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剣と魔法の隙間産業的勇者生活  作者: 田丸環
第5章 森に潜むモノ
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第38話 森の木陰で襲われてみる

「エルフの村ではケルベロスを飼っていたのか?」

「私は知らないけど……」

 エメラルダの視線を受けて、ハヴェルも答えた。

「そんなの聞いた事もないよ」

「ケルベロスでなくても、何かの動物を飼っていた様子は無かったか?」

「聞いてない。……エルフが飼っていると思ってるの?」

 ケルベロスの存在に竦んでいるのか、ハヴェルはごく素直にソーマに応対していた。

「可能性はあると思ってる。さっきの鳥の声を真似た合図を聞いただろ?」

「僕は聞いた事がないって言ったじゃないか! エルフはケルベロスなんて飼ってない!」

「長老もそう言ってたけど、意図的に隠している可能性もあるからな。……まあ、逃げ出した御子を追わせるという使い方は、いろいろと危険だとは思うけど」

 ソーマはもとより、エメラルダやハヴェルにまでケルベロスの存在が発覚してしまう。全員を始末するなら、問題にはならないだろうが。


 樹上から見下ろすソーマ達を、ケルベロス達はうろうろと落ち着きはないものの、吼えかかることなく様子をうかがっていた。

「このままなら安全そうだけど、森から出ても追ってきそうだな……」

 さすがに、獣相手に足の速さを競うのは無謀だった。

「じゃあ、枝の上から攻撃して倒しちゃうの?」

「そのつもりだ。ふたりとも弓を持ってるし、この距離なら魔法も届く」

 ハヴェルに答えたソーマは、ひとつ尋ねる。

「……ハヴェルは、例のエルフを呼ぶための『鳥の声』は使えるのか?」

「子供だから任された事はないけど……、僕もできるよ。村のみんなを呼んで助けてもらうの?」

「いや、呼ぶのは終わった後だ。ケルベロスの死体を、エルフに見せておきたいんだ。少なくとも、騎士隊のでっちあげではないとわからせておく必要がある」

 エメラルダが頷く。

「一方的に上から狙えるなら、ケルベロス相手に苦戦する事もないしね。……それに、今、エルフを呼んだりしたら、私が連れ戻されちゃう」

 場を和ませようとしたのか、おどけて見せるエメラルダ。

 しかし、これは余計な一言だった。


 頭上を振りあおいだハヴェルが、喉を震わせて『鳥の声』を上げていた。

「ちょっ……! 何をするのよ、ハヴェル!? そんなことしたらエルフが来ちゃうじゃない!」

 エメラルダやソーマの不在に気づいていれば、捜索隊が動いている可能性もある。そんなエルフのひとりが聞きつけたなら、すぐさまこの場へ駆けつるだろう。

 ハヴェルが狙ったのも、まさにそれだ。

「ソーマ! 急いでケルベロスを倒さないと!」

「……援軍が来るなら無理に闘わなくてもいいんじゃないか」

「怒るよ、ソーマ?」


「まあ、エルフに追いつかれると、痛くない腹も探られそうだしな。さっさと片づけるか。エメラルダの副属性はなんだ?」

「水属性よ」

 自慢げに告げたエメラルダに、ソーマは表情を曇らせる。

「……俺とかぶったな。俺もメインは水属性なんだ」

 6属性の魔法が使える魔法剣士と言えども、全てを平均的に取得しているわけではない。ソーマの場合は、属性相性によるダメージ倍増を狙って、火・水・光属性に重点を置いている。中でも、水属性魔法への配分が大きい。

 彼が『水神の勇者』に選ばれたのも、そのあたりが原因だろう。

 ソーマとエメラルダというパーティー編成では、水属性への偏りが大きくなってしまう。

「そんなこと言っても仕方ないじゃない。友達と一緒に効率よく3属性を割り振ったんだから。それに、ケルベロス相手には丁度いいでしょ?」


「まあ……、今更、言っても仕方がないか」

「そうそう。逆に、ソーマは魔法力共振はできるの?」

「残念ながらとってない」

 魔法力共振は使用できる同行者が必須だ。そのため、ソロプレイが基本のソーマは取得していない。

「じゃあ、私とソーマは上級氷結魔法を連発して、ハヴェルは弓で攻撃するってことでいい?」

「悪いけど、上級魔法は使えない」

「あれ? 氷結魔法がメインじゃないの?」

 バツが悪そうにソーマが明かした。

「……俺は中級魔法剣士だから、どの属性も中級魔法までしか使えない」


『トラフロ』では一般的に、レベル1から50を初級者、レベル51から100を中級者、レベル101以上を上級者と呼んでいる。

 ソーマは、最近行われたレベルアップ促進イベントのおかげで、レベルだけは117まで上げているので、上級者のカテゴリーに入る。

 しかし、彼はあくまでも『中級魔法剣士』であった。

 レベル101になれば上位職へ転職可能で、より強力なスキルが使用できる。ところが、上級魔法剣士の戦闘力は上級戦士にも上級魔術師にも及ばないため、次の職を決めあぐねていたのだ。

 転職すれば取得スキルはリセットされるため、彼は取得したレベル101以降のジョブポイントも、全て初級・中級スキルに割り振っていた。

 攻撃力で及ばないのがわかっていたため、半ば諦めもあって、彼は『汎用性に特化』した成長を果たしていた。


「嘘っ!? それでも勇者に選ばれたの?」

 エメラルダだって『強さこそが全て』などとは思っていないが、最終目標が魔王戦であるならば、勇者には相応の強さが求められるはずだ。

『トラフロ』における上限がレベル150で、到達した者も複数存在するのだから、中級者を選ぶ理由は低いように思える。

「少なくとも、俺が立候補したわけじゃないから、そこは神様に聞いてくれ。なんで選ばれたのかは俺が聞きたいくらいだ」

 納得がいかないのか、エメラルダは首をかしげているが、いくら悩んだところで答えがわかるはずもない。


「とりあえず、今はケルベロスを倒さないと。ハヴェルは手伝ってくれる気……ないのね?」

「……うん」

 念押しされたハヴェルは、後ろめたそうにだが頷いた。

「それなら、ソーマがケルベロスを牽制して、集まったところを私が上級魔法で始末する。そういう戦法でいい?」

「わかった」

 魔法攻撃用に、ふたりがそれぞれアイテムを取り出した。

 ソーマが『クリスタルナイフ』で、エメラルダは『百年杉の枝』だ。ちなみに、『百年杉の枝』とは、本来、風属性魔法を強化するのに向いている『魔法の杖』だ。


 ソーマが魔法を眼下に向けて魔法を連発する。

氷結魔法フリーズ氷結魔法フリーズ氷結魔法フリーズ

 沈黙を守っていたケルベロスも、直撃を受けた痛みでさすがに悲鳴を上げた。

 三箇所の攻撃で包囲し、ケルベロスの密度が増したところへ、エメラルダが魔法発動させる。

上級ギガ氷結魔法フリーズ

 効果範囲に6頭は捉えたはずだが、本能によるものか、とっさにケルベロス達が飛び退いていた。

 未調整の基本魔法が最大の威力を発揮するのは、効果範囲の中心点だ。そのため、同心円状に離れれば離れるほど、その威力も低下してしまう。

 わずかに遅れた1頭の下半身だけが効果範囲にひっかかったが、死ぬほどのダメージには及んでいない。


「……嘘!? 『トラフロ』だと当たってるタイミングなのに」

『トラフロ』の魔法は、呪文の詠唱が不要なので妨害はほぼ不可能だ。ただし、発動から発現までにタイムラグがあり、これは、強力な魔法ほど顕著となる。

「ゲーム用に、ケルベロスの強さを調整してるのかもな。広範囲用の調整魔法なら通用したぞ」

「私のは直進型だから、この状況だと使いづらいのよ……」

 直進型とは、平面上を一直線になぎ払うのに向いている魔法だ。現状のように高低差があると、非常に使い勝手が悪くなる。

「発動の早い初級魔法で、ちまちまと削っていくしかないな」

「そうね。隙が見つかったら、中級も使ってみるわ」

 腰を落ち着けたふたりが、魔力残量に気をつけながら冷気を浴びせていく。

 牙も毒も届かないケルベロス側は、樹上の敵に対する攻撃手段を持たない。皮肉にも、ケルベロスの意識が守りに向いているため、反応速度を跳ね上げているのだ。

中級メガ氷結魔法フリーズ

 3頭が悲鳴を上げる。

 手も足も出ない敵に、牙を剥き威嚇を続けるケルベロス。この期に及んでも、吼え声を上げていなかった。


 ガサガサと何かが枝を揺らす。風などではなく、質量を有する『何か』だ。

「もう来たの!?」

「……エルフかっ?」

 警戒を見せるふたりと違って、ハヴェルは喜色を見せる。

「来てくれたんだ!? こっちに御子がいるよっ! 急いでっ!」

「やめて、ハヴェル! お願い!」

 エメラルダの懇願も、この件に関してはさすがに通用しない。

「ごめん、お姉ちゃん。お姉ちゃんには村にいて欲しいもん!」

 だがここで、誰もが予想しなかった方向へ、事態は転がり始める。


 間近で揺れた枝の『下』から、小さな影が姿を見せた。接近してきた『何か』は、エルフの様に枝の上を駆けてきたのではなく、枝の下を渡ってきたのだ。

 枝のしなりを利用して宙を跳んだ影が、ようやく正体を露わにする。

「えっ……、猿!?」

 それを正面から見たハヴェルが、驚愕に目を見開いた。

 にやり、と笑ったように見えた猿は、すれ違いざまにハヴェルの左腕にしがみついた。

「うわあっ!?」

 勢いを殺すことなく飛びかかってきた猿が錘となって、ハヴェルの左腕を後方へ振り回す。

 小さいとは言え猿の体重があの勢いで飛びついたのだ。枝の上という不安定な足場でなくとも、ハヴェルの身体は後方へ倒れ込んでいただろう。

 腕にしがみついた猿ごと、ハヴェルの身体が、5mは下の地面へ向けて落下していく。


「ハヴェル!」

 悲鳴を上げたエメラルダと違い、ソーマは少年の名前すらとっさに思い浮かばなかった。

 潰されるの嫌がったケルベロスが、薄情にも退避してしまったため、ハヴェルが落ちるべき地面がぽっかりと口を空ける。

「……くっ!」

 比翼の剣を引き抜いたソーマが、枝を蹴って宙に身を躍らせた。

中級メガ氷結魔法フリーズ中級メガ氷結魔法フリーズ

 氷結魔法剣の二刀流でケルベロスの群れへ飛び込むソーマ。

「痛っ! ……っっっ!」

 落下の痛みに、ハヴェルは身をかがめて悶えている。

「エメラルダ! 援護!」

氷結魔法フリーズ氷結魔法フリーズ氷結魔法フリーズ

 ソーマに求められるまま、エメラルダは牽制目的で魔法を連続使用する。


「……うわあああっ!」

 ハヴェルの足に噛みついた1頭を、ソーマの剣が斬りつけた。

「しっかりしろっ、ハヴェル! 動けるか?」

「痛いよ……」

「食われて死ぬのが嫌なら、とにかく立て! なんとかして、枝まで戻れ!」

 助け起こそうにも、背中から襲われるのは目に見えている。ケルベロスを追い払うのに専念して、ハヴェル自身に頑張ってもらうしかない。

「……氷結魔法フリーズ。立ちなさい、ハヴェル! このままだと、村へ戻るどころか、死んじゃうわよ!」

 魔法の合間に、エメラルダがハヴェルを叱咤する。

「わ……、わかった」

 涙をこぼしながら、それでもハヴェルが立ち上がった。

浮遊足場フロート

 空中でわずかにふらつきながら、許された3歩でハヴェルは樹上に辿り着く。


 その時、ソーマはその視線に気づいた。

 ハヴェルを道連れに飛び降りたはずの猿が、ハヴェルよりも早く樹上へ登っていた。

 枝の上にしゃがんで、ソーマを見下ろしながら、確かに猿は嗤っていた。

 嘲るような、『上』から見下す様な表情だ。

「お前、そこで、死ね」

 人語を発するのに適していない器官が、無理矢理ひねり出した声。

 言葉の意味はわかっても、内容を吟味する以前に、目撃した光景に衝撃を受けた。

「猿が……しゃべった?」

 ソーマの疑問に、ふたりのエルフも反応できなかった。


 猿が人語ではなく再び喉を震わせる。それは、幾度か聞いた鳥の鳴き声だった。

 ウオオオォォォン!

 これまで無言だったケルベロスが一斉に吼えた。まるで群れ全体が生き物の様である。

 ここまで来れば間違いはない。ケルベロスを従えていたのはこの『猿』なのだ。

 ソーマを囲んでいたケルベロス達が、同時に飛びかかってくる。

剣舞踏行進カーニバル

 群れを翻弄するように、ソーマの身体が残像を帯びて動き出す。

 さすがにハヴェルも、助けられた事に感謝したのか、ケルベロスに向けて矢を放つ。エメラルダは氷結魔法だ。

 急いで助けを呼ぼうと、ハヴェルが再び『鳥の声』をあげる。

 結論から言えば、彼の望みはかなえられた。多少、彼の予測を裏切る形で。


 深刻な事態に至るよりも早く、蹄の音を響かせて援軍がこの場へ駆けつけた。

 勇者の安否を危惧した『彼等』は、不測の事態に備えて、宿営地を深緑の森近くへと移していたのだ。

『彼等』の耳にしたのが、ハヴェルのものか、『猿』のものかはわからない。だが、警戒している『鳥の声』を聞きつけて、細かい事情もわからぬまま、『彼等』は森へ突入した。

 エルフを呼んだはずのハヴェルの『鳥の声』は、ケルベロス討伐を目的とした第5騎士隊を、戦場まで導いたのだ。


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