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剣と魔法の隙間産業的勇者生活  作者: 田丸環
第5章 森に潜むモノ
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第36話 エルフ少女の事情

「……『トラフロ』のプレイヤーって、本当なのか?」

「当たり前じゃない。それでどうなの? 貴方もプレイヤーなんでしょ? 教えて! 一体、どういう状況になってるの!?」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ。少し落ちついて」

 目の前の少女もそうだが、なによりも自分自身を落ちつかせねばならない。

 マジックポーチを見て予想していた彼女と違い、ソーマ自身にはまったくの不意打ちだ。困惑から抜け出すにも時間がかかる。

「確かに俺も『トラフロ』のプレイヤーだった」

「他にも『トラフロ』のプレイヤーっているの?」

「悪いけど、俺が会ったのもあんたが初めてだから、他にいるかどうかはわからない」


「そう……。何か、他にわかってる情報はある? 『この世界』は『トラフロ』じゃ……ないんだよね?」

 ソーマ同様に『この世界』へ放り出されたのなら、彼女もそれなりに考えを巡らせたはずだ。その結論はがこれなのだろう。

「俺も『トラフロ』じゃないと思ってる」

 ソーマが根拠に上げた理由は、聖水神殿へ現れた際に感じた幾つかの事柄だ。

 対応していないはずの味覚や嗅覚があること。

 ログアウトやシステム操作の不可。

 マジックポーチの希少性。

 倒したモンスターが死骸となって残ること。

 周囲の人間が、セリフを繰り返すNPCと異なり、自立した人格を持っていること。

 彼女の方も似たような経緯を辿って、仮想現実型ゲームではないと推測していたようだ。


「これって、『トラフロ』が現実になったのかな?」

「だとしても、『トラフロ』をそのまま再現したわけじゃなさそうだ」

「どういうこと?」

「エルフ達の設定は『トラフロ』と同じだったのか? 地理とか歴史が違ってるはずだけど」

「長生きするエルフの生活はほとんど変化していないみたい。特に、深緑の森は『トラフロ』でも特殊なイベントでしか入れなかったでしょ? だから、役に立ちそうな情報は入ってこなくて……」

 彼女にとっても頭を抱える問題だったらしい。

「それで、どんな風に違うの?」

「例えば、大陸の地形とか名称は同じだけど、街の名前が違ってた。アクアポリスはクローナの街と呼ばれているし、死霊都市は王都と呼ばれている」


「じゃあ、『トラフロ』に比べて凄い未来ってことなの?」

「……え?」

 本来ならば、時間の流れは一方通行だ。自分の知る現在が変化する先は、未来と考えるのが自然である。

 ソーマはもう少し情報を握っていたから、違う結論に落ちついたが。

「話を聞いてみると、魔王が存在したという歴史すらないんだ。他にも冒険者ギルドが存在しないし、使える属性魔法は、1種類というのが一般的だ」

「ヒトもそうなんだ? 私も2属性持ちだって驚かれたし……。え? 結局どういうことなの? 凄く文明が廃れたってこと?」

「逆だ、逆。俺は『トラフロ』よりも過去の世界だと考えてる」

「……可能性はあると思うけど、根拠が薄い気がする」

 彼女の言う事はもっともで、反論するためにはソーマも『ある事柄』に言及する必要があった。


「俺が目を覚ましたのは聖水教会だったんだ。前後の記憶が無かったため、不審者扱いしてきた聖水騎士ともめたんだけど、そこでアクアリーネに仲裁された」

「アクアリーネ? 水神の?」

「僧侶に憑依したアクアリーネに、『勇者としてこの世界を救え』って言われたんだ」

「……貴方が勇者?」

「この時代には『勇者』に関する伝承も残っていない。だから、『トラフロ』において過去だった『勇者』の魔王退治も、『この世界』ではこれから起きる未来の出来事だと考えているんだ」

「貴方がこの世界を救うの?」

「あくまでも推測だ。水神が言っていただけで、嘘とか間違いって可能性もあるしな」

「じゃあ、私は貴方に巻き込まれたのかな?」

 ソーマを非難するのが目的ではなく、浮かんだ疑問をそのまま口にしたようだ。

 どうやら、まだ他人事と思っているのだろう。

 自分が勇者などという恥ずかしい説明を、わざわざソーマがした理由に気づいていない。


「『トラフロ』だと、勇者のパーティーが魔王を封じていたという設定だったろ?」

「うん、覚えてる。貴方がその勇者になるんでしょ?」

「設定上、勇者はひとりじゃないんだ。魔王を封じたのは、勇者に率いられた・・・・・・・・パーティーではなく、封じたパーティーが勇者と呼ばれるようになった・・・・・・・・・・んだ」

「えっと……、どこが違うの?」

「だから、主役とその仲間達じゃなくて、パーティーメンバー全員が勇者扱いされているんだ」

「……それって、つまり、貴方以外にも勇者がいるって事?」

 どうも、意識の外にある事には気づきにくいらしい。

「『トラフロ』の勇者パーティーは全部で6人だ。神様が6体なら、勇者が6人いてもおかしくない」

 正直言って、中級魔法剣士たるソーマの実力は、最強には遠く及ばない。それを考えれば、ただひとりの勇者というよりも、勇者集団のひとりという方が、よほど納得できるというものだ。

『偶然』にも、彼は自分以外の『トラフロ』プレイヤーと出会ってしまった。

 ならば、自然と『複数の勇者』という考えに辿り着く。

 水神に招かれたソーマが勇者ならば、エルフの村で『御子』と呼ばれている彼女が課せられた役割とは?


「もしかして……、私も勇者なの?」

「……その可能性は高いと思う」

「そう……。私も、勇者なんだ……」

 困惑だけでなく、ソーマの視線を気にしてそわそわする少女。

 選ばれたという自負や、今後への不安など、喜びや迷いが混在するのは、ソーマにも理解できる。

 彼女が『風神の勇者』だとすれば、『水神の勇者』たるソーマとは長いつきあいになるかもしれない。

「俺の名はソーマ。『トラフロ』では中級の魔法剣士だから、名前は全く知られてないと思う」

「あ、う……、うん」

 なぜかためらいを見せつつ、少女も名乗った。

「私はエメラルダ。その……、『トラフロ』では狩人をしていて、そのころの名前は『翡翠姫』っていうの」

 悪評を轟かせている名前ではないが、彼女が言い淀どんだ理由もわかる。

 ゲーム内であれば『翡翠姫』という名も問題なかったが、『この世界』で他人へ名乗るには不向きすぎる。

 ちなみに、彼女の素顔は知る由もないが、『エメラルダ』はずいぶんな美少女だ。自分の分身たるゲームキャラなので、よほどのこだわりがなければ、美男・美女にデザインするのが一般的だ。その点はソーマ自身も当てはまる。


「エメラルダはどんな形で『この世界』へ来たんだ?」

「私は森の中で倒れてたの。通りかかったエルフに案内されて、それからはこの村で暮らしてた」

 風神の加護と呼ばれていた『迷いの霧』は、精霊界を通じて離れた場所同士をつなぐもので、当人が意図せず離れた場所まで転移してしまう事例がある。

 彼女はそんな『迷い子』のひとりと思われたのだ。

 風属性の上級魔法を使いこなす彼女は、深緑の森で『御子』として扱われていた。

「一応、『御子』として扱われていたから、森の外へ出る事を許してもらえなかったの。ほら、エルフはヒトに対する偏見が強いから。環境保護を主張する気持ちは分かるんだけどね」

「科学文明が発達して、大規模な公害を垂れ流さない限り、考えすぎだと思うけどな」

 狩りで動物を絶滅させるという事例は地球でもある。

 しかし、対処するのであれば、森の中を守るだけでなく、森の外でも啓蒙活動に勤めなければ効果は薄いだろう。

 多種族を見下している状況では協力体制も整わない。


「もともと、この村のエルフは考えが古いの。若いエルフもいなかったでしょ?」

「……出生率が低いって理由じゃないのか?」

「エルフの生まれた地と言えば聞こえはいいけど、ここに残っているのは、古き良き時代に固執するエルフなのよ。長老とか年長者の権限が強くて、若いエルフの意見なんてほとんど通らない……って聞いたわ。だから、ひとり立ちできるようになると、この森を出て行くんだって」

 原理主義者と表現すればわかりやすいだろうか?

 古くから伝わる指針を『守る事』そのものを目的としており、改善にしろ改悪にしろ、改変に対する是非を検討する事無く、改変そのものを悪と定義してしまう。

「そのわりに、街ではエルフを見かけなかったな……」

「他の村へ移住するエルフも多いから、人間社会へ飛び込むエルフは少ないんだと思う」

『現代日本』でも『老害』という言葉が存在する。

 年長者が強い権限を握り続ける状況や、現在の地位に固執する当人を指す言葉だ。

 結果として、若者の意見を頭ごなしに否定したり、状況の変化に対応できなかったりと、組織を硬直させてしまう一因となっている。

 エルフという種族にとって、老害の影響は極めて大きい。なにしろ、寿命で死ぬ可能性は低く、老化せずに働き続けてしまうからだ。

 組織の新陳代謝が行われず、数百年経っても若年者扱いされるようでは、誰だって嫌気が差す。


「だから、ケルベロスの件も断られると思う」

「それならそれで仕方ない。さっさと帰るよ。騎士隊の方も抑える必要があるし」

 もともと、ソーマはエルフ側から譲歩を引き出すための代償を持ち合わせていない。エルフ側の寛容さや厚意に期待するだけでは、自ずと限界があった。

 エルフ側があんなスタンスである以上、当然の帰結と言える。


「私も連れて行って」

「……は?」

「私も連れて行って欲しいの」

「……なんで?」

「この森にいる限り、新しい情報が入ってくる可能性は凄く低いし、いい機会だから、森の外へ出ようと思って」

「思うのは自由だし、好きに出て行けばいいんじゃないか? 何も俺を頼る必要はない」

「自分で決めたくったって、判断するための情報がないの! 地図すら持ってないんだから」

「地図なんて俺も持ってないぞ。『トラフロ』のマップを頼りに歩いてみるしかない。第一、許してもらえないって言ってただろ。ヒトに同行するなんて、それこそ無理なんじゃないのか?」

「無断で出て行こうと思って」

「それじゃあ、なおさら無理だ」

「……そんなに、私を連れて行くのが嫌?」

「嫌もなにも……。俺が連れて行く理由がない」

「嫌なんだ?」

「……ああ。嫌だ」


「どうしてよ? 私の事が嫌いだから?」

「嫌ったりする程、そっちの事を詳しく知らないだろ。単純に、この森のエルフに睨まれたくないんだ。エメラルダを連れ出したら、形としては俺が御子をさらった事になる」

「そんなにこの村のエルフと仲良くしておきたいの?」

「さっきも言ったけど、いずれ魔王が出現すると俺は見てる。だからそれまでに、ヒトとエルフとドワーフは友好的な関係を築いておくべきなんだ。もめる原因をわざわざ作る理由がない」

「長老には好き勝手な事、言ってたくせに」

 すねるように嫌味を口にするエメラルダ。

「……まあ、あれは俺も反省してる。だから、余計に火種は避けたいんだ」


「エルフとの協力なんだけど……、私じゃだめなの?」

「どういう意味だ?」

「長老だけでなく、この村のエルフはみんな頭が固いの。ケルベロスでももめてるのに、魔王相手の戦いで協力してもらうのは難しいんじゃない? だから私を仲間にして」

「エメラルダには人脈なんて期待できないんだし、比べる必要すらないだろ」

「この村よりも、他の村の方が説得し易いと思う。そうなると、ソーマひとりで会うよりも、エルフの私が傍にいれば、交渉に持ち込みやすいでしょ?」

「それは……そうだろうな」

 ソーマは風属性魔法を材料に交渉の場を持ったが、エメラルダならば面倒な手順も要らずに村長などと会えるだろう。

「いずれ、私が勇者になってソーマと組むなら、早いうちから傍にいた方がいいと思う」


「でもなぁ……。直に会って思ったけど、いつもああやってヒトを侮蔑しているんじゃあ、ヒト側だってエルフを毛嫌いしているんじゃないか?」

「ヒトの街だと、エルフ差別なんかあるの?」

「エルフを見た事ないから、俺には断言できないけど、差別はあってもおかしくないだろ? エルフと会った経験があれば、確実にエルフ嫌いになると思う」

「気持ちは分かるけど……」

 苦笑を浮かべるエメラルダ。

 本来はヒトである彼女だから、エルフ達の主張を内心では苦々しく思っていたことだろう。

「差別があっても、なんとか我慢してみる」


「……言っておくけど、俺も聖水教会に居候の身だから、エメラルダの世話をするのは難しいぞ」

 盗賊騒ぎの迷惑料もかねて、魔石を売った多大な収入の一部を教会へ寄付しているため、正確には下宿といったいったところだ。

「ソーマは勇者なんでしょ?」

「勇者の名が広まるのは魔王討伐後だ。勇者という肩書きだけじゃ、食事にも困る」

「依頼を受ければなんとかなるでしょ?」

「そこからなのか……。この時代に冒険者ギルドは存在していない。せいぜい、ハンターとしてモンスターを狩って、素材を斬り分けて、職人ギルドへ持ち込むぐらいだ」

「冒険者ギルドはいつごろできるのかな? 魔王が動き出してから? それとも、魔王討伐後?」

「わからないから、設立されるのを待つんじゃなくて、自分で立ち上げようとしているとこだ」

「今はどのぐらいの規模なの?」

「転移してからまだ一月も経ってないんだし、せいぜい、参加者はふたりってとこだ。一緒に来るなら、エメラルダにも働いてもらうことになる」

「連れて行ってもらえるなら、ちゃんと仕事もするよ」


「どうしても来る気なのか? 魔王戦が近くなったら呼びに来るし、それまでのんびり暮らしていることも可能なのに」

「『向こうの世界』を守るためなら頑張れると思うけど、この村のエルフのためだと、そこまで守りたいと思えないの。私に『この世界』を守る責任があるなら、きちんと『この世界』を理解しておきたい。守るべき世界とは限らないし……」

「その点は確かに怪しいな。人権意識は低そうだし、身分の壁も厚そうだし」

「それを自分の目で見ておきたいの。それに、もう一つ理由があって……」

 名乗った時のように、なにやら言い淀む。

「どうしたんだ?」


「……言ってみれば老人ばっかりだから、この村には娯楽や刺激が少ないの。特に困るのが食事のこと」

「食事?」

「この村では肉を食べないの。私はそこまで肉好きじゃないけど、ベジタリアンってわけでもないし……。エルフだからなのか、塩分も控えめで、食の楽しみがまったくないの」

「……それは大変だったな」

 食べ物があふれかえり、他国のレストランが軒を連ねる『現代日本』の出身だ。食に関する不満を募らせるのはソーマにも理解できる。

『食べられる』野草があったとして、本来は『(毒がないから)食べられる』という意味だが、日本人の多くは『(おいしいから)食べられる』と解釈してしまう。まずい野草を、わざわざ食べたがる日本人は少数派だ。

 これまで聞かされた説明のうちで、一番彼女へ同情することになった。


「どうしても、森を捨てる気か?」

「私にはこの森への愛着はほとんどないもの」

 そう口にした後、エメラルダは素直に頭を下げた。

「……ごめん。この機会を逃すと、次にいつ、信用できる相手が来るかわらないから。どうしても、ソーマじゃないとダメなの」

 情報の無い人間社会へ踏み入るためには、ヒトの協力が不可欠だ。

 その点、『トラフロ』プレイヤーのソーマは理想的と言えた。

 日本人のモラルの高さは折り紙付きで、同郷という意識からも騙される可能性は低く、価値観や道徳観念が近いため判断基準として信頼できる。

 エメラルダがソーマ一択という状況である一方、ソーマは重大な選択を迫られた。

 エルフ内で発言権を持つが排他的な長老と、協力的で戦闘力はありつつも人脈を持たない少女という2択だ。


「……仕方ないな。どうせ、この村との交渉が決裂するなら、『風神の勇者』との協力を優先しておくか」

「ありがとう!」

「長老に許可をもらえないって事は、逃げ出すんだよな?」

「うん。日が沈んでから真夜中にでも……」

「そんなにすぐか?」

「だって、交渉がこじれれば何日も足止めされるでしょ? そうなったら警戒も厳しくなると思うし」

「だとしても、夜中はまずい。俺は熱源探知のスキルが低いから夜目が利かないんだ」

「じゃあ、早朝にする?」

「それで頼む」


 こうして話す限り、エメラルダは普通の少女にしか見えず、とても勇者とは思えない。

 その点に関してはソーマも同様で、ごく一般人であった。

 そもそも、勇者に相応しい資質の持ち主が、ゲームプレイヤーにいる確率は極めて低いだろう。

 魔王の気配がまるで感じられない現状ですら、ソーマでは判断しかねる案件が多いため、勇者仲間には是非とも頼れる人材がいて欲しかった。

 どんな敵も圧倒できる強さと、どんな難問もすかさず解決する賢さを持つ、理想的な『勇者様』。

 現時点において、誰よりも『勇者』を欲しているのは、皮肉にもソーマ自身であった。


 どうも、名乗るタイミングが難しいです。

 出会った直後に、親しくない相手へ名乗るのは不自然に感じられて……。

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