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剣と魔法の隙間産業的勇者生活  作者: 田丸環
第4章 聖水教会にて
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第31話 聖女様とのお仕事

 言い出したパーテライネン卿の思惑はどうあれ、同席した2人の枢機卿の助力もあって、クローナ教会側は過剰な責を負わずにすんだ。

 神殿に召喚された要件も全て終わり、すっかり帰るつもりだったソーマが足止めを受ける。

「シシリー様とソーマさんには、もう一つ仕事をお願いしたいのですよ」

 口にしたのはコルウィン司祭だ。

「……今度は何ですか?」

 司祭が悪いわけではないとわかっていても、審問を受けたり、戦いを強要されたり、はた迷惑な状況が続いているのだ。思わず警戒してしまうのも、無理からぬことだろう。

「教会内のことでご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 すぐさま謝罪されると、ソーマも不満をぶつけるわけにはいかなくなる。


「それで、お願いというのは?」

「ブロムステット卿の提案で、おふたりには、カティヤ様の手伝いをお願いしたいのです」

「……カティヤ様のですか?」

「また、枢機卿か……」

「安心してください。審問のような強制ではなく、形式的にはあくまでも要請なのです。近頃、都の東にケルベロスの群れが現れて、村々に被害が出ておるんですよ」

 ケルベロスというのは火属性のため、聖水教会としては狙いやすいモンスターと言えた。

「カティヤ様と騎士隊が討伐に向かっているのですが、これに2人の力を貸してもらいたいのです」

「俺達の存在とは無関係に始まった討伐ですよね? それなのに、俺達が参加する意味はあるんですか? 援軍を望んでいるなら、凄く危険な状況かもしれないし……」

 どうしても裏の意図を疑うソーマを、司祭がなだめに回る。

「いえいえ、そうではありません。カティヤ様が同行している点でわかるでしょうが、神殿では危険の少ない仕事と見ております。これは、カティヤ様の実績と教会の評判を高めるための仕事なのです。ブロムステット卿がお二人に協力を願ったのは、その栄誉を分け合うため。あるいは、聖女様同士の融和を願ってのことです」


「厄介事を押しつけるわけじゃ、ないんですね?」

「もちろん。過酷な仕事を強いたり、命の危険に晒すのは、枢機卿の本意ではないはずです」

「……仮にも目的が人助けなんだし、断ったらまずそうですね」

「そうですなぁ。決めるのは、あくまでもソーマさんですが、やはり、断っては悪評を招くでしょう」

「仕方ないですね。参加しますよ」

 続いて視線を向けられたシシリーも、おずおずと答える。

「……私もかまいません。ですが、私は今だ見習いで、とても役に立てないと思います」

「それを実感し、学んでいくためにも、参加する意義はあると思いますよ。アストレアには今回も護衛をしてもらいます」

「わかりました」



 ○



 討伐隊の宿営地は、オルロープの都から近かったが、ソーマ達はアルバトロスで送ってもらえた。

 都周辺もそうだが、その東部はさらに緑が生い茂っている。

 シャングリラ大陸は、横長の直角三角形といった形状で、このあたりは重心よりも鋭角に近い位置だ。北側の長い底辺と、南側の斜辺が海岸線で、挟まれた陸地の9割近くを大きな樹海が縦断している。

『トラフロ』情報が正しければ、森の中央部がエルフ達の故郷なのだろう。

 上空から見下ろせば一目瞭然だが、人の村と、森との間には一定の距離が保たれている。村と森の間に存在する距離が、人間とエルフに存在する距離なのかもしれない。


 空中散歩を楽しむまでもなく、アルバトロスの5羽編隊が草原の宿営地に到着した。

 到着した内のひとりが、報告のために騎士隊の元へ走る。

 ここまで5羽で来たのは、合流するのが5名だからだ。

 ソーマ、シシリー、アストレアの3名。

「また一緒だな。よろしく」

「みんなの前では、あまり、親しく声をかけないでくれよ」

 気安く声をかけたソーマに、トビアスが小声で釘を刺す。召喚時同様に、またもや彼が勇者の送迎を命じられたのであった。

 そして、追加メンバーのもう1名が、3人の女性を先導して戻ってきた。


「あちらが、もう一人の聖女であるシシリー様と、随行する女騎士、そして、勇者を名乗る男です」

 ソーマへの敵意を向けつつ説明したのは、素手の相手に負けたという屈辱感のせいだろう。ソーマの小手返しで敗れた2人目の騎士、ダグ・フェルセンだった。

「私は皆にも知らせてきます」

「わかったわ」

 聖女の許可を得て、仲間の元へ向かうダグ。彼が同行した理由は、神殿での1件を知らない討伐隊へ、勇者の情報を知らせるためだろうとソーマは考えていた。


「噂は聞いているわ。あなた達が聖女と勇者なのね。私がカティヤよ」

 超然とした態度で、金髪を波打たせた美女が名乗る。随伴している2名は、アストレアのような女騎士だ。

「は、はいっ。シシリーです。新しく聖女となりました」

「俺は勇者と呼ばれてるソーマです」

「初めまして。私はシシリー様の護衛を務めるアストレアです」

 3人の自己紹介にカティヤが軽く頷いた。

「……たしかに、貴女の身体からアクアリーネ様の温もりが感じられる。貴女が聖女だということを、私も認めましょう」

 迷い無く断言するカティヤに、シシリーが安堵した。


「聞けば、アクアリーネ様を身に宿して、お言葉を代弁したのでしょう? ならば、私よりもよっぽどアクアリーネ様に近いわね」

「カティヤ様ご自身がそのような事を……」

 たしなめようとする女騎士を、カティヤは軽くいなす。

「いいのよ。アクアリーネ様のお声を聞いただけの私より、彼女の方がアクアリーネ様と深く触れ合ったのは事実なんだから」

 聖女と讃えられる生活をしてきた割に、驕り高ぶったところが感じられない。

「アクアリーネ様を宿した貴女が勇者と呼んだのならば、貴方もまたそれに相応しい人物だと私は考えているわ」

 その瞳には、侮蔑じみた色は見えず、正面から二人を見つめていた。

 彼女を支持しているパーテライネン卿と異なり、拍子抜けするほどあっさりとこちらを認めてくれた。

「あ、ありがとうございます」

「助かるよ」

 シシリーとソーマが感謝を示す。


「なんだ、その言葉遣いは!」

 女騎士の一人が声を荒げ、ソーマも慌てて謝罪する。

「すみません。どうもシシリーで慣れているせいか、聖女に対する敬意が薄くて」

 これはこれで失礼な言い回しだが、これもシシリーへ親しみを抱いていればこそだ。

 それでいて枢機卿相手には口調を改めているから、教会の人間が言うほど、ソーマは傍若無人に振る舞っているわけでもない。

「かまわないわ。アクアリーネ様の名の元に、聖女と勇者は対等であるべきだもの」

「カティヤ様!」

 崇めるからこそ、聖女を正そうとする女騎士。

「貴方こそ言葉を控えなさい。聖女であるシシリーが認めたのだから、ソーマにも相応の敬意を払うべきよ」

「ですが、この者はパーテライネン卿にまで無礼な態度をとったと聞いています」

「やめなさいと言ったわ。枢機卿であればこそ、率先して敬意を払うべきよ。それができないと言うのなら、それこそ思い上がりね」

「パーテライネン卿に対して、そのような事を口にするべきではありません!」

「貴方こそ意識を改めなさい。聖水教会が従うべきはアクアリーネ様のご意志よ。誰にどのような恩があろうと、教会内でどれほど地位が高かろうと、個人的な感情で信仰を蔑ろにすべきではないわ」

 カティヤがきっぱりと言ってのける。

 口にしたとおり、枢機卿に恩は感じていても、それを信仰と混同する気はないらしい。

「……わかりました」

 ひとまずは、女騎士が引き下がる。

 祭り上げられた存在を想定していたソーマは、堂々と主張したカティヤに驚かされた。増長することなく、自分を保っている彼女には、聖女を全うしようという意志が感じられた。


 宗教を論じるのはソーマの目的ではないため、さっそく本題に入る。

「ケルベロス退治は上手くいってるのか?」

 率直な問いに、女騎士ふたりが顔をしかめた。答えたのはカティヤだった。

「正直言って難航しているわ。何匹か仕留めてはいるんだけど、逃げ出されては、追いかけるのが難しいのよ」

「カティヤは今日は休みなのか?」

「カティヤ様が怠けているとでも言うつもりか!?」

 噛みついてくる女騎士に、ソーマがため息混じりに応じる。

「そんな過敏に反応するなって……。どんなに忙しくても休憩は必要だから、休んでいても責めるつもりはない。予定とか役割分担を知りたいだけだ」

「私も休憩の必要性はわかっているつもりよ。だけど、ここに残っている理由は休憩ではなく、待機ね。ケルベロスを誘い出すために、準備をしているところなの」

「どういう方針で進めているんだ?」

「詳しい説明は、後にしましょう。顔合わせも必要だもの」


 ソーマ達3名にはテントが一つあてがわれ、しばしの休息を取る。

 カティヤに対する印象や、今後について多少話したところで、再び呼び出しがかかった。

 日差しを遮る屋根だけとは言え、一番大きな天幕に3名が案内された。

 カティヤはもとより、討伐班を統括する第5騎士隊隊長や、副隊長代理など、本隊の20名近くが顔を揃えている。


「クレメッティ。作戦概要をシシリー達に説明して」

「はっ!」

 自然な態度で命じるカティヤに、隊長のクレメッティ・トウルネンが従った。

『王国東部辺境』の地図が広げられる。正式な地図を雑に書き写した代物だが、いろいろと書き込むにはこれで十分だった。

「我々のいるのがここ。そして、ケルベロス被害のあった場所に×印が記してあります」

 地図上にはいくつもの村が存在し、南東に位置した4つの村が×で消されている。

 無事な村で一番南東に位置するのがキサの村で、宿営地を示す○印は、一番近い×印との中間に存在していた。

「あてもなく探し回っていては、終わりが見えません。キサの村と宿営地の間には『よけ香』を散布し、ケルベロスを追い払います。逆に、宿営地から南東にかけて『よせ香』を散布し、餌として干し肉なども撒いています」

『よけ香』は三角印で、北西に広がっている。

『よせ香』は逆三角形印で、宿営地から放射状に伸びていた。

「『よせ香』に反応したケルベロスを、この宿営地までおびき出す予定なのか?」

「そういうことだ」

「危険すぎないか?」

「それを承知でやっている。むしろ、襲ってこないと困る。このまま長引くようなら、諦めて撤収せねばならん」


 ここでカティヤが口を挟んだ。

「聞いておきたいんだけど、シシリーはどの程度の魔法が使えるの? 魔法力共振は使える?」

 魔法力共振は中級の補助魔法だ。ふたりの使い手が同時に使用する事で、次に使用する攻撃魔法の威力が増大する。単純計算ならば、2倍から2乗へ跳ね上がるのだ。

「その……、初級の回復魔法だけです」

 シシリーの答えが、騎士達からの負の感情を招く。

 なにしろ、比較対象となるカティヤを近くで見知っているのだ。実力の劣るシシリーへ、失望の目を向けるのも仕方のないことだろう。

「これで聖女か……」

「よく言うものだ」

「やはり、なにかの間違いでもあるんじゃないか?」

 シシリーが無力感に身を竦ませる。


 この時、ソーマよりも早く、カティヤが騎士団に怒りを向けた。

「いい加減にしなさい! アクアリーネ様の御意志をあざ笑うというの、貴方達は!?」

「ま、まさか。そう言うわけでは……」

「どこが違うの! シシリーを笑うということは、選んだアクアリーネ様や、それを認めた私を侮辱しているのと変らないわ! なぜその程度の事がわからないの!」

 カティヤから驚くほど辛辣な言葉をぶつけられ、居合わせた一同が言葉に詰まる。

「魔法が優れているからといって、アクアリーネ様のお声が聞けるわけではないわ。教皇には教皇の、枢機卿には枢機卿の役目があるのよ。なぜ、彼等にではなく、聖女にお言葉が届くのか、よく考えなさい。聖女には聖女の役割があるからよ。力が足りなければ、学べばいい。鍛えればいい。力不足を蔑むような、我が身を反省なさい!」

「…………」


 全てをカティヤが口にしてくれたので、ソーマが話すべき言葉は残っていない。

 いや、一つだけあった。

「勇者についても、同じように考えてくれ」

 その補足は余計だったようで、騎士達からからは怒りの目が向けられた。

「……まだ、わかってないの?」

 険を含んだカティヤの声に、まるで、飼い主に叱られた犬の如く、騎士達が再び視線を伏せていた。


「力が足りないとしても、後ろめたく感じる必要なんてないわ」

 カティヤがシシリーに向かって真摯に訴える。

「統率力のある者。人格的に優れた者。魔法の実力が高い者。どれほど強力で尊敬に値する人物でも、神に選ばれるとは限らないのよ。聖女に選ばれたのは、それに値する資質があったから。シシリーがすべき事は、アクアリーネ様を疑うのではなく、御意志に添えるよう自らを磨く事よ」

 彼女の言葉がソーマの記憶を喚起する。

「……虚神のホーラもそんな事を言ってたな。基本的に神と接触できる人間は限られていて、とても希少価値があるって。素質があるか、神に好かれてるか、そのどちらかなのは間違いない」


 怪訝そうな視線に囲まれたソーマへ、シシリーがおずおずと訪ねた。

「あの、ソーマさん。その話は一体……?」

「言ってなかったか? クローナの街の西にある遺跡は、もともと、虚神を奉っていたものらしくて、今でもあそこには虚神の欠片が残ってるんだ。調査に行った際に、いくらか話をしてきたんだ」

「お前はアクアリーネ様に選ばれたのではなかったのか!?」

 元から敵意を抱いているダグが、糾弾するようにソーマを責める。

「いや、アクアリーネ……様の声は俺も直接聞いた事なんてないぞ。虚神とは、聖女とか御子でなくても話せるんだ。勇者について聞いてみたけど、アクアリーネ様の意志は虚神も知らないらしくて、なにもわからなかった」

 ありのまま告げるソーマ。

 しかし、聖女を神聖視する事からも解るとおり、神との対話というのは、とても重い意味を持つ。いまだにソーマの言葉を疑う者が大半だった。

(……神が信仰すら求めてないって話は、しない方がよさそうだな。あくまでも虚神の認識だから、水神は別かも知れないし)

 宗教に縁の薄いソーマだからその程度の認識で済んでいるが、これは重要な選択肢だった。

 この点に言及していれば、いろんな神の多くの信徒が教義を貶められたと感じるだろう。場合によっては、彼への迫害にもつながりかねない。

「この話は、ここでおしまいにしましょう」

 事の真偽でもめるより早く、カティヤが話を打ち切った。


「クレメッティ、人員配置はどうすべきかしら?」

「最大戦力はカティヤ様の魔法で変りありません。ならば、カティヤ様にはこれまで通り宿営地で待機してもらいます。周辺を警戒している4つの偵察班のうち、シシリー様達は北西を受け持つ1班に編入します。余剰人員は1名ずつ他の部隊に編入します」

 どうやら隊長は、シシリーの身の安全を図る、或いは、戦力不足から、遭遇の可能性の低い場所に配置するつもりのようだ。

「北西は『よけ香』を使用してるんじゃなかったか?」

 地図を指さしながら、ソーマが念を押す。

「ケルベロスとの遭遇確率は低いが、近くにキサの村が存在するため、警戒を怠るわけにはいかん。他班の戦闘で逃げ出したケルベロスが、北西へ向かう可能性もゼロではない」

「……わかった」

 ソーマが頷いたのを見て、カティヤが改めて確認を取る。

「シシリー、貴女も納得できたかしら?」

「はい。それでかまいません」

 荒事に慣れていないシシリーは、それ以外の返事を持たなかった。


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