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剣と魔法の隙間産業的勇者生活  作者: 田丸環
第4章 聖水教会にて
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第30話 勇者様、神殿で大暴れする

「副隊長! 次は私にやらせてくださいっ!」

 先ほど乱入した男が、年かさの男に願い出る。

「……よかろう。第5騎士隊の汚名を払拭して見せろ」

「お任せください!」

 応じた騎士の目が、電撃への復讐心に燃え上がっていた。

 ラッセが仲間の肩を借りて立ち去ると、替わって彼がソーマと対峙する。

「名はなんといったかな?」

「ダグ・フェルセンです。ダールバリ卿」

 誇らしげに名乗る青年は、外見よりも幼く感じられた。


「これより……」

「ダールバリ卿。ちょっと、いいですか?」

「無礼なっ! ダールバリ卿の言葉を遮るとは!」

 いきり立つダグを、ダールバリ卿が右手を挙げて抑える。

「何か?」

「さっきのような格闘戦の勝敗についてです。本人が『参った』と言うか、相手の身体か床を二回以上叩いた場合は、負けを認めたと判断してください」

「なるほど。フェルセンもそれでよいか?」

「かまいません!」

「これより、勇者ソーマと、騎士ダグ・フェルセンの試合を行う。では……、始めっ!」


 ダグは半身の構えで、ソーマに片手氷結剣を向ける。

 ソーマは剣での戦いに見切りをつけており、申し訳程度に構えていた黒剣を、早々に手放してしまう。

「ふざけるな! 剣を持つ俺と素手で闘うつもりか!」

 怒りを込めて斬りつけるダグの剣を、ソーマは両腕にはめた『解放の鉄腕』で受け止める。

 厚い鉄板を筒状に加工した『解放の鉄腕』は、腕の長さの半分ほどをカバーしている。ソーマ自身もこれまで試してなかったが、幅や厚さのおかげで、手甲がわりに扱える事が初めて判明した。

 両手で一本の剣を操るより、身体の反応で防げるこちらの方が、ソーマには容易く感じられる。


 パーテライネン卿のように気位の高い方々は、剣技で実力を評価したがる。

 剣技を駆使する事で、スキルの使用者を圧倒できるならまだいい。しかし、彼等が剣技を競うのは、『身の安全が保証された状況』に限られる。

『強さ』ではなく『綺麗さ』を追求する姿勢こそが、猛者達は『見せ物』と称し、『虚構の強さ』だと笑い飛ばすのだ。

 現に、スキルを禁止された戦いでは、火力の低い通常攻撃に限定されてしまう。

 ソーマが武器を手放せた理由である。

 格闘戦を狙う彼にしてみれば、素手の方が間合いも掴みやすく、攻撃にも移行しやすいのだ。


 ソーマの頭部を狙ったダグの突きを、左手の手枷で左上方へ受け流す。

 そのまま、するりと右手を出して、ダグの右手を捕らえた。

「は、離せ!」

 ダグがふりほどこうとするが、それは果たせない。

 両手で、ダグの手首を上方に押し曲げてやると、指が自然と伸びてしまい氷結剣がこぼれ落ちる。

「なっ、なんで!?」

 初めての体験に、困惑を見せるダグ。

 さらに力を込めていくと、痛みに押されたダグの腕が折りたたまれ、上半身も右に傾いていく。

 合気道でいう小手返しを狙うも、素人のソーマではうまく行かず、大外刈りの要領で足を刈った。

 ダン!


「何をしている! さっさとふりほどけ!」

 パーテライネン卿が檄を飛ばす。

 もともと、全身鎧は重いため、一人で立ち上がるのも困難だという話だ。ラッセより小柄なダグでは、さらに手間取る事になる。

 先ほどの試合の再現と見た観客達は、容易に決着の形を思い浮かべる。腕挫十字固だ。

 その予想を裏切ったのはソーマ自身だった。意図的なものではなく、臨機応変に技へ移行できないという、彼自身の実力不足によるものだ。

 彼は、仕掛けた時の予定通りに、小手返しからの連携を狙う。

 極めていた手首を、今度は腕の下方向へ捻る。

 痛みから逃れようとしたダグの腕は、棒のように伸ばされ、身体をうつぶせにした状態で、背中側へねじ上げられた。

 頬が石畳に押しつけられ、極められた右肩からはオーラの赤い煙が立ち上る。

「ぐぅっ!? ぁぁぁぁぁあっ!」

 肺から空気を絞り出すダグ。


 激痛を訴えるダグは、腕や足をでたらめに動かして床を叩く。

「勝負あり!」

 ダールバリ卿の宣言で、ソーマが技を解いた。

 技から解放されて安堵するダグ。しかし、数秒も経過すると、ようやく状況が理解できた。

 身を起こそうとして、右肩の痛みに顔をしかめると、左手で身体を起こす。

「……わ、私は降参などしていません!」

「床を叩いたら降参の合図だと、先ほど合意したではないか」

 ダールバリ卿の正しい指摘にも、ダグは納得しなかった。

「あれは偶然そうなっただけです! 降参の意図などありませんでした!」

 彼の言葉に嘘はない。意図的な降参でないのは事実なのだ。他者を納得させられるかどうかは、別の話だが。


「どうするね?」

 問われたソーマが提案する。

「では、先ほどの体勢に戻して、同じ状況からはじめましよう」

「な、なにを言うか! やり直すのならば、初めからに決まっているだろう!」

「不利な体勢へ追い込まれたのは事実だろ? 不利でないと言うなら、あそこから再開しても問題ないはずだ。それでも、自分の都合のいい所からやり直すと言うつもりか?」

 ソーマの言及に、ダグは視線を泳がせてなんとか反論する。

「あ、あれは、私が止めたのではない。ダールバリ卿が……」

「ほう。わしのせいか」

「そ、そういうわけでは……」

 口ごもるも、ダグは言葉を撤回しようとしない。あの状態から始めるのは、どうしても避けたかったからだ。

「先ほどの体勢で再開できぬのであれば、勝負なしとするしかない。すまんな、わしの判断ミスだ」

「ダールバリ卿のせいじゃありませんよ」

 ソーマの感覚から言えば、敗北を認めることもせず審判のせいにしたダグが恥知らずなだけだ。


「さて、第5騎士隊はどうするね? まだ続けるのかな?」

 睥睨するダールバリ卿に、騎士隊の面々が視線をそらした。

 ダグもラッセも、あれで隊内では戦闘力が評価されており、ふたりよりも戦える自信がなかったのだ。ソーマの敗北を期待していたパウリも、さすがに名乗り出ようとはしなかった。

「俺が出るっ!」

 野太い声が響く。

 副隊長の許可を得ようともせず進み出たのは、声に相応しい巨漢の男だった。

 男は素手であるだけでなく、着込んでいた鎧までその場に脱ぎ捨てた。

 それならと、ソーマも『解放の鉄腕』を外し、マジックポーチにしまう。

「アラン・モルバリですっ!」

 ダールバリ卿に堂々と名乗る。

「うむ。勇者殿は体力に不安はあるか?」

「大丈夫です」

 減少しているのは事実だが、連戦して負ったダメージは軽いものだ。


「ならば、このまま始めよう。勇者ソーマと、騎士アラン・モルバリの試合を行う。では……、始めっ!」

 アランが素手のため、ソーマは最初から武器を握りもしなかった。

 ボクシングに似た相手の構えにあわせ、ソーマも両拳を顔のあたりに構える。ボクシング経験などないが、テレビで見た試合を参考に、上体を揺らしながら敵を様子をうかがう。

「小手先の技で勝てると思うなよ。同じ条件なら、言い訳もできんだろう」

 貴族のはずだが、アランは素手での戦いに慣れているようだ。

 ソーマに比較して、ざっと2回りは大きい身体をしている。ラッセは鎧ありだったが、アランは鎧なしでそれに匹敵していた。

 顔面を狙って、棍棒のようなアランの腕が振り回される。武器には及ばなくとも、十分な威力が感じられた。


 アランの襟や袖にはたるみが少なく、ソーマ程度の実力では『柔道技』を仕掛けるのが非常に厳しい。重ねて言うが、ソーマは素人なのだ。

 単純な殴り合いでは、ソーマが不利だ。なにしろ、子供の頃を除けば喧嘩らしい喧嘩をしたことがないのだ。

 しかし、実践は伴わなくとも、知識だけは持っていた。

 銃が容易く手に入る国で、剣を学ぶ者は少ない。

 剣を常に持ち歩く世界で、格闘術を学ぶものもいない。

 つまり、ソーマは格闘技の素人だが、聖水騎士はもっとド素人なのだ。


 ソーマは殴り合いを避け、アランの左太股に右のローキックを放っていた。

「なんだその攻撃は。まるで効かんぞ」

「なら、もっと蹴ってみる」

 ソーマ本人も一発で決まるとは思っておらず、もとから数を重ねるつもりだった。

 これが、殺し合いや、喧嘩であれば、おのずと戦い方も違ってくる。しかし、互いにルールを遵守し、第3者からの介入もない。そういう試合というのは、言ってみればスポーツなのだ。ならば、ソーマは相応しい『戦い方』を知っている。

 時間をかけた長期戦も、立派な戦法なのだ。

 痛みによって、敵の構えを崩したり、初動を遅らせる。足を痛めつけて、追い足や逃げ足を鈍らせる。等々。

 聞きかじりだったが、拳だけで闘うボクシングと、蹴り技を含めたキックボクシングとでは、構えも間合いも大きく違うらしい。殴るための前のめりな姿勢では、ローキックはかわしづらく、足を浮かせて力を逃がす事もできない。


(あれ? 俺だけ装備に頼ってるのは卑怯かな?)

 その点に気づき、罪の意識が脳裏をかすめる。

 彼の履いている『エンジェルステップ』は、蹴り足を強めて走行時の歩幅を伸ばす装備だ。腰の回転などには影響しないものの、蹴りこんだ右足や、軸足となる左足で、その効果が発揮されていた。

 力を半分に抑えた動きでも、全力と同じ結果をもたらす。すなわち、予備動作を抑えられるため、敵の反応を封じることにつながるのだ。

(……いや。俺は連戦してるんだから、このくらいはいいよな)


 アランの腕の長さに、ソーマは足の長さで対抗する。別に、足が長いと言っているわけではない。

 足技に不慣れなアランは、左足に痛みが重なって動きも鈍り始めていた。

(脚力は腕力より3倍は強いって聞いたことがあるしな)

 追い足が奪われると、自慢の拳もソーマに届かなくなる。

 動けなくなれば、あとは的になるしかない。

 ソーマは、マンガから得た知識を思い返す。

(確か、上に向かって蹴れば、力が逃げるはずだ。床との間に蹴り潰すイメージで……)

 左足の太股や膝を狙って、利き足の右で蹴り降ろす。

「……ぐっ!?」

 蓄積されたローキックの痛みで、アランの表情が大きく歪む。

 アランが体格に見合った力自慢だったとしても、ソーマの身体能力は人類のトップクラスなのだ。


 外側からだけ蹴られていたアランの左足は、痛みから逃れようと内向きに膝を曲げている。そこを狙って、今度はソーマの左足が、内側から外へ向けて蹴り出される。

 ふいに左足の支えを失って、傾いて倒れそうになるアラン。

 ソーマは聞きかじった知識を総動員する。

 普通に殴ると、拳を痛めるし、手首が曲がって力が分散されてしまう。だから、手首を反らせた掌底を使用する。

 狙いは、顎の先端。首を支点に頭蓋骨を揺らせば、脳震盪が起きやすい。幸いにも、敵の頭部は大きく下がっていた。

 動揺を見せるアランの顎先で、右掌底を素早く振り抜いた。

 不意にアランの全身から力が抜けた。

 糸の切れた操り人形のように、アランの巨体がその場に崩れ落ちる。

 呻くこともなく、起きあがりもしない。

 まるで死んだように、動かなくなった。

 これまでと違う静かな決着に、観客達は戸惑っているようだ。


「……さて、パーテライネン卿。これは勝負ありと見てよろしいかな?」

「ま、待て! 大きな怪我もしてないのに、勝敗を決めるのは早計だ!」

「動けずにいるモルバリを、勇者の手で傷つけろと言うのか? パーテライネン卿の意志で行われた試合だ。どうしても望むと言うのであれば、応じてもかまわんが?」

 そう応じながらもも、ダールバリ卿は確実に気分を害していた。

「ぐ……。そ、そういうわけでは……」

 ふがいないアランや、失態を繰り返した第5騎士隊に、パーテライネン卿が怒りを抱く。

 本音を言えば、アランが負傷しようが、屈辱にまみれようが、彼自身はなんら痛痒を感じない。別に、殺されるわけではないのだ。

 しかし、なぶり者にするような指示を出しては、パーテライネン卿の声望に傷がついてしまう。


「このまま挑戦者を入れ替えたところで、第5騎士隊が全敗しかねんと思うのだが、それでも続行を望むのか?」

「…………」

 ダールバリ卿の指摘通り最悪の結果もありえる。

 そうなった場合、パーテライネン卿が肩入れする第5騎士隊を踏み台に、勇者が賞賛を受けることになる。

 ここで負けを認めた方が、まだ傷は浅くて済む。

 そう理解しながらも、パーテライネン卿は一縷の望みにすがろうとしていた。

「ま、まだ……」

 彼の苦境を救ったのは、第5騎士隊の副隊長だった。

「ダールバリ卿! アランの負けです! 当人に替わって、私が認めましょう」

 その宣言をダールバリ卿が受諾する。

「では、試合は勇者ソーマの勝ちとする。この件の異議は今後認められん。よろしいですな、パーテライネン卿」

「仕方……あるまい」

 意図した展開とかけ離れた結末に、パーテライネン卿は憤懣やるかたない様子だ。


「納まるところに、納まったわけじゃな」

 ブロムステット卿が満足げに頷く。

「……それは、どういう意味でしょうか?」

「スキルを使った勇者殿の実力は、すでにお前さんも理解しておるのじゃろう? 少なくとも、聖水騎士を挑ませるのが無駄に思えるほど強いのじゃと」

「なっ……!?」

「そのうえ、スキルを封じられてもあの強さじゃ。勇者殿から『神殿が』反発を招く事なく、実力をお披露目できたのじゃから、最善の結果と言えるじゃろう。恨まれ役を買って出てくれたお前さんには、感謝せねばのう」

「…………」

 全て掌の上だったと知り、パーテライネン卿が落胆するも、彼の受難はそれに終わらなかった。


「ひとつ提案があるんじゃが」

「……どのようなものでしょう?」

「ほれ、勇者殿も言うておったじゃろう。枢機卿ではアクアリーネ様の様の御心に届かんと。ならば、我々ではなく聖女様自身の判断に委ねてはどうじゃな?」

「言い出したシシリー様に真偽を確かめても、信憑性の問題が残るのでは?」

「そうではない。もうひとりの聖女であるカティヤ様ならば、シシリー様と勇者殿を正しく見極めてくれるじゃろう。カティヤ様のお言葉を聞けば、勇者殿も心服し、あのような態度を改めるかもしれんぞ?」

「カティヤ様が戻るのはまだ先でしょう」

「なに、待たずとも良い。これから、カティヤ様の元へ向かえばのう」

「なっ!? あのふたりをカティヤ様に合流させるなどと、そんな……!」

「合流してまずい理由などなかろう? 新たな聖女様も勇者殿の存在も、『神殿にとって』不利益とはならん。聖水教会の威光を示すよい機会ではないか」

 何も気づかぬふりをして、朗らかに笑うブロムステット卿。

 その傍らで、パーテライネン卿は口惜しさに身を震わせていた。


 一方、クローナ教会の司祭や騎士団長から謝罪や慰労の言葉を受けているソーマに、一人の枢機卿が歩み寄った。

「ご苦労であったな勇者よ」

 連戦の間、ずっと審判を務めていたダールバリ卿だ。

「勝敗の判定はまだしも、ずいぶんと第五騎士隊に配慮したように見えましたけどね」

 思わず皮肉を口にするソーマ。

「おかしなことを言う。結果的に勝利を収めたのは勇者ではないか。勇者自信が本気で拒んでおらんのに、審判が個人的な意志を優先してはまずかろう?」

「あれは、断っても引き下がらないと考えただけです」

「戦いそのものほぼ圧倒していたではないか。なんの不安もなかろうに」

「そう見えたとしても、そうなるとは限らないでしょう。人は簡単に死んだりするし」

「人であればな」

「俺は人ですよ」

「いや、お主は『勇者』だろう? 審問会でのお主の言葉を借りるなら、パーテライネン卿の目よりも、アクアリーネ様の目を、わしは信頼しておるのだよ」

「それはうまくいったから言えることです」

「うむ、そのとおりじゃ。うまくいったなら、『今すぐ活躍できる勇者』であり、うまくいかねば、鍛え上げる期間を必要とする『やがて活躍する勇者』というわけじゃ。今の試合で我々が見極めたのは、どちらの勇者かという2択にすぎん」

 ソーマの批判を、ダールバリ卿は何のてらいもなく笑い飛ばすのだった。


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