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剣と魔法の隙間産業的勇者生活  作者: 田丸環
第4章 聖水教会にて
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第29話 勇者様、神殿で暴れる

 神殿内にいくつもある修練場の一つが、ソーマの舞台となる。

 修練場には、3人の枢機卿や審問会に顔をそろえていた司祭達の他、第5騎士隊を含む多くの教会騎士が、修練場の端に並んで様子を見守っている。

 パーテライネン卿としては、情けなく敗北するソーマの姿を皆に見せつけるつもりなのだろう。


「……あのパウリはちゃんと仕事してるんだな」

 体術や魔法の使用を制限するのは、ソーマの力を正しく理解していればこそだろう。クローナ教会で恥をかかされて得た情報を、パウリは無駄にしなかったらしい。

 ソーマが対戦する相手は、第5騎士隊のラッセ・オルヴォ。

 ほぼ全身をフルアーマーで覆い、長身ということもあって、ソーマより2回りは大きく見える。

『トラフロ』における全身鎧は、胴体部分がマジックポーチに入らないため、別個に運搬するか、装着して移動するというデメリットがあった。そして、それを相殺できるだけのメリットもまた存在していた。

 1つ目は絶大な防御力。

 もう1点は、装着者の持つ劣属性の保護だ。全身鎧を装着すすることで、聖水騎士は電光系の攻撃を防ぎやすくなる。板金鎧以外では属性攻撃が通りやすいからだ。

 装備は双方自由となっていたが、全身鎧のデメリットを考慮せずに済む騎士側は、非常に有利な条件だろう。

 構える武器は氷結槍。

 素肌のほとんどを覆う全身鎧や、得物の長さで勝る氷結槍は、ソーマにとって難物と言えた。


 対するソーマは、回復魔法の替わりに体力を奪える黒剣『プレデター』を構えたが、フルアーマー相手では効果は期待薄だ。そして、以前にも使用した『解放の鉄腕』と『悪戯精霊の加護』と『エンジェルステップ』。

「待て! なんだ、そのマントや手枷は! 聖水神殿に相応しい装いというのがあるだろう!」

 批判してくるのは当然のごとくパーテライネン卿だ。

「装備は自由のはずです。どうしてもと言うなら、フリーズスピアと全身鎧もやめてください。それで初めて同じ条件になります」

「勇者殿の主張は公正だと思うが、いかがか?」

 審判を務めるダールバリ卿が、ソーマの主張を支持してくれた。

「……わかった。ダールバリ卿がそういうのならば、認めよう」

 このことから解るとおり、パーテライネン卿は教会側の装備が優っていると考えていた。常識で考えれば、当然の判断と言えたが、今回ばかりは事情が特殊すぎた。


「これより、勇者ソーマと、騎士ラッセ・オルヴォの試合を行う。審判はこのライネ・ダールバリが勤める」

 彼は元々武人肌の人間で、聖水教会騎士達の尊敬を集める人物である。公正な審判が必要だとして自ら名乗り出てくれた。本来ならば、とても枢機卿が行う役柄ではない。

「では、始めっ!」

 突き出されてくるラッセの氷結槍を、反射速度を頼りにかわすソーマ。

 ソーマの剣が穂先を払うと、槍から伝わる威力にラッセがかすかに驚いている。

 聖火騎士戦では先端の重い戦斧が相手だったが、これが槍に変ると戦い方も大きく異なっていた。

 ラッセが手元を動かすだけで、氷結槍の穂先がソーマの眼前で自在に踊る。

(……やりづらいっ!)

 それがソーマの本心だ。

 攻めあぐねているという自覚があればこそ、余計に、皆の視線が気になった。

 クローナ教会での訓練でも解った様に、スキルを禁止されたソーマの剣術は非常に底が浅い。

 槍との戦いに不慣れなソーマと、剣との対戦を積んだであろうラッセでは、本来なら勝敗は明かなのだ。


「いくぞ」

 意図的にラッセが攻撃のタイミングを知らせる。実力差を自覚しているからこそ、ハンデのつもりだったのだろう。

 剣を弾いた氷結槍が、ソーマの腹部を直撃する。

「……がっ!?」

 呻いたのは攻撃を行った、ラッセの方だ。

 属性攻撃を反射させるマントに触れてはいないが、装備者の全身が保護の対象に含まれるのだろう。『トラフロ』でも同様の効果だった。

「待てっ! 今のはおかしいぞ! 貴様、何をした!」

 外野から異議が上がる。声の主は予想通りパーテライネン卿だ。

「……何もしてない。見てただろ」

 すでにソーマの口調からは敬意が除かれていた。口を開けば批判してくるパーテライネン卿に、苛立ちを覚えているからだ。

「だから、おかしいのではないか! その変な装備のせいか!?」

「おかしな事を言うんだな。装備は自由だって言ったのはあんただろ。教会騎士だけにフリーズスピアやフルアーマーを装備させ、相手に裸で闘うよう強制するのが、神殿の公平性なのか?」

「私が命じたのは互角の条件だ! そんな、怪しい装備は認められん!」

「互角が望みなら、そいつの鎧も外せと言ったはずだ。その場合、俺がサンダーソードを使っても文句は言うなよ?」

「ぐ……」

 言葉に詰まった様子に、ソーマは内心で安堵する。

 実のところ、ソーマの言葉はハッタリだった。よく誤解されるが、魔法剣が前提のソーマは属性武器をほとんど持っていない。少なくとも、火・水・光の3属性は。

「パーテライネン卿は口出しを控えていただこう。審判であるわしが問題ないと考えておる。試合はこのまま続行だ」

 再び、槍と剣が打ち合わされる。


 剣技を学び初めて日の浅いソーマには、もともと選択肢はほとんどない。

 彼にできるのは、『トラフロ』あがりの身体能力で敵の技量を圧倒すること。

 力任せ、反射速度任せで、強引に踏み込んではフルアーマーを削っていく。

 聴衆から湧く、嘲笑。

 優雅さを感じさせない力ずくの戦法は、騎士団の目にはとても醜く映った。

(仕方ないだろ! 剣道すらやったことがないんだ!)

 剣道の有段者でも、この世界の剣術に対抗できるかは非常に怪しい。武器も千差万別で、槍や斧と向き合った経験の持ち主などいるはずもない。

『悪戯精霊の加護』があるため、ラッセの攻撃を受ける確率は五分五分である。ただし、ダメージそのものは防御力で左右されるため、相対的にソーマの分が悪いと言えた。

 初対戦の相手なので、もう少し接戦に持ち込めると判断していたが、当人が考えるほどほどには上達していなかったようだ。

 しかし、勝算がないわけでもない。

 スキルを強制的に封じられる可能性もあるので、剣技を学ぶ必要性はソーマも自覚している。だが、悔しさも感じていたのだ。

 そんな彼が暖めていたのは、一つの奇策である。


 右から、左から、乱暴に剣を叩きつけるソーマ。

「自暴自棄にでもなったか……」

 ラッセは焦ることなく、淡々と槍で払いのける。

 その時、ソーマの手から黒剣が離れた。弾かれたフリをして、自ら手放したのだ。

 石畳に落ちた剣の音をバックに、ソーマの両手がラッセの槍を掴んでいた。

「な、なにをするかっ。離せ!」

「やだね」

 一本の槍を互いに引き合うソーマとラッセ。

 武器を失ったソーマの醜態に、周囲からは失笑がこぼれている。

 ソーマの身体能力は『トラフロ』で鍛えたステータスを引き継いでおり、その体格や態度からでは想定できないほどに強かった。

 ラッセはソーマの意外な力に驚きを隠せない。


 ラッセが思い切り槍を引いたタイミングで、逆にソーマは踏み込んでいく。

 抗っていた力が喪失し、バランスを取ろうとしたラッセの右足を、外側からソーマの右足が刈っていた。

 学生時代に週一であった柔道の授業で習った、大外刈。

 右斜め後方へ倒されたラッセは、受け身も取れずに背中全体を石畳で打つ。さらには、ヘルメット越しに後頭部もぶつけていた。

 痛みに顔をしかめたラッセは、立ち上がろうとして、それが果たせない。

 今も槍を握ったままのラッセの右手に、ソーマがしがみついていたからだ。

「なっ、何をするっ! 離っ……むぐ!」

 ソーマの左膝裏がラッセの顔を覆い、右足は胸部を押さえ込んだ。

 棒のように引き延ばされたラッセの腕。

 槍を握るラッセの右手に、ソーマは右手をかぶせ、左手で腕を抱え込む。

 腕挫十字固。

 こちらは柔道ではなく、友人とのプロレスごっこで鍛えた技だ。


 ラッセの右肘を腰で突き上げ、無理矢理、外方向にへし曲げる。

「ぐわっ! があああああああっ!」

 打撃に強い全身鎧も、関節技が相手では効果が薄い。

 鎧が活きたのは、テコの支点を微妙に外したという一点のみ。完全に技が極まっておらず、むしろ、ラッセの痛みが長引く原因となっていた。

 瞬間的な打撃であれば、噴霧器で吹きつけたようにオーラは赤い霧となって一瞬で散ってしまう。

 しかし、ラッセの右肘からは、オーラが赤い煙となって立ち昇っていた。持続的な損傷を与える関節技が、体力を今も奪い続けているのだ。

 見物人達に技の原理はわからずとも、生じている結果は視覚的に理解できた。


「ま、待て! そこまでだ!」

 聞き覚えのある声が焦って制止するが、ソーマは一瞥しただけでこれを無視。

「やめんか! 試合は終わりだ! 剣を失った時点で勝負は決まったのだ!」

 勝手な言い分に腹がたったので、やはり無視する。

「ぐおおおっ! ぎぃぃぃぃっ!?」

 腕の内側でみちみちと何かが鳴っている。

 右腕を引き抜こうと奮闘していたラッセが、ついに勝敗や対面を度外視し、自由な左腕や両足を振り回して痛みを訴える。

「や、やめっ! いだっ……!」

 ソーマの技が見よう見まねだったことが、決着を長引かせている。完全に極まっていれば、ものの数秒で右腕を破壊していただろう。


「パーテライネン卿の声が聞こえんのかっ!」

 ダダダダッ!

 駆けつけた騎士の一人が、剣を引き抜いた。

 ラッセの右腕を解放したソーマが、慌てて転がる。

 ガン!

 振り下ろされた剣が石畳を削った。

 ソーマが逃げずにいたら、頭部へ命中していただろう。

 1対1の対決へ乱入した相手へ、怒りが一瞬にして沸点を越えた。

中級メガ電光魔法サンダー

 魔法剣のような持続型とは違い、攻撃魔法は瞬間的に最大の威力で発揮される。

 聖水騎士の苦手とする電光魔法が、軽装だった騎士の全身を駆けめぐった。

 乱入した騎士が四つんばいのまま、ソーマをにらみつける。

 傍らには、右腕を押さえて痛みに呻くラッセがいる。


「やめんか! この神殿内で乱暴狼藉は許さん! 控えよ、勇者!」

 パーテライネン卿が良く通る声でソーマを非難する。

「悪いのは俺じゃないだろ」

「何を言うか! 足元を見れば一目瞭然であろう!」

 撃退したふたりを見下ろし、ソーマが首を振る。

「何一つ悪い事はしてないな」

「自分のしでかした卑怯な振る舞いに、恥も感じていないとは! 勇者などとおだてられ、何一つ教養を身につけておらんのか!」


「その前に教えてくれ。何が卑怯なんだ?」

「試合で剣を手放したであろう! あれで勝負はついた! 油断した相手を騙し討ちにするなど、卑怯と言わずなんと言おう!」

「そういうルールなら、事前に言ってくれないとな」

「これだから常識を知らぬ無頼漢は……」

「俺は素手で闘う技術も学んでいるからな。そっちの希望通り、スキルを使わずに技術を見せただけだ」

「そのような技が、モンスターに通用するものか!」

「モンスター相手なら、そもそも剣技にこだわる必要ないだろ。あんたはモンスター相手に、体術も魔法も使わずに挑むつもりなのか?」

「そ、それは別の話だ」

「そうだな。モンスターと闘っているわけじゃない。だから、人間相手の戦い方をしたんだ。なんの問題もないだろ?」

「人との戦いだからこそ、礼儀をわきまえろと言っている! そのような下品な戦い方を認めるわけにはいかん!」

「聖水教会では自分が武器を失ったら、降参するように教えているのか? 守るべき者も見捨てて、戦いからも逃げ出せって?」

「なっ、なんだと!?」

「武器を失った途端に、戦いをやめるって言うのはそういう事じゃないのか?」

「そのようなことは言っておらん! 今のはあくまでも実力を見るための試合にすぎん。試合でのルールと実戦を混同してどうするか!」

「あんたの言うルールって、騎士を勝たせるために、不利な条件を強制しているだけだ。俺としては、体術も魔法もありの方が有難いんだからな。お互いに素手でもいい。だけどあんたは、体術もダメ、魔法もダメ、素手もダメ。次は、剣も禁止して、槍での戦いを強要するか?」

「ぶっ、無礼な! 聖水騎士をどこまで愚弄する気だ!」

「愚弄なんてしてないだろ。負けたとはいえ、この騎士と俺は対等に闘ったんだ。あくまでも、互いに納得したルールでな」


「くっ……。ならば、なぜ魔法を使った。禁止だと命じたはずだ!」

「1体1の戦いを邪魔するのは、恥ずかしい事じゃないのか? それが聖水神殿の礼儀だって言うのか?」

「あれは貴様が卑怯なまねを……」

「素手で闘うのが卑怯とは聞いていない。だが、決着していない戦いに乱入するのは卑怯だと俺は考えている。過失だと言うなら見逃すけど、あれが正当だと言い張るなら、少なくとも第5騎士隊は卑怯な集団だと俺は考えるし、誰にでもそう伝えるしかない」

「神殿の名誉を自ら汚すというのか、貴様は!」

「公表されて恥ずかしいなら、最初からするなって言ってるんだ。公正だとか礼儀だとか言葉を飾らずに、あんたが頼むと言えば、こっちだって譲歩してもいい。例えば、『第5騎士隊員は素手では闘えないので、武器を手放したら反則にさせてくれ』とか、『負けるのは屈辱だから、教会騎士側だけには乱入を認めてくれ』とかな。パーテライネン卿の名で懇願するなら、そのルールで闘ってもいいぞ」

「…………」

 自らそんな主張を出来るはずがない。ソーマの要求する宣言内容に、正当性がまるでないぐらいは自覚していた。


「わはははははっ! 確かにお主の言う通り、2人のやりようは不実であったな。素手の相手に負けた後で、不満を言い立てては、誇りを疑われてもおかしくない」

「ダールバリ卿!」

「わしは勇者殿を指示するぞ。それとも、パーテライネン卿は戦いのなんたるかを、わしに講釈するつもりか?」

「…………」

 さすがに、それ以上の抗弁は難しいようだ。

 容貌や言動から見て、ダールバリ卿の方がはるかに戦いへ精通しているだろう。

「ここで終わるのであれば、わしは勇者殿の勝利を告げねばならん。パーテライネン卿は今の戦いで、勇者を認めたのかな?」

「……とても納得できん。勇者の力は、まだ示されていないと考える」

 パーテライネン卿は次なる試合を要望するのであった。


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