第27話 聖水教会のあれから
聖水教会を襲った盗賊達の多くは、ソーマの手で倒されている。
これが宣伝に使えれば、彼に対する周囲の評価は高まるに違いない。あくまでも、『使えるならば』だ。
(……さすがに、それはなー)
魔石を高値で売りさばこうとして、結果的に盗賊を引き寄せてしまったのはソーマ本人とも言える。それを撃退して自慢するなど、自画自賛、いや自作自演と言うべきか。
この一件により、ソーマは張り紙の文面を次のように変更した。
『魔法剣士ソーマより。ストーンゴーレムの魔石は完売済み。要望があれば新たに入手可能。依頼料は応相談。購入希望者は聖水教会までご連絡を』
こう書いておけば、所有分は全て売却済みと解釈されるはずだ。
また、ソーマの出した幾つかのアイデアが、司祭の承諾を受けて具体的に動き出していた。
○
普段、修練場を使っているのは、教会騎士とソーマだけだ。
しかし、あの事件以降は、世話をしている孤児達にも戦い方を学ばせるようになった。
ソーマが強く主張したためで、戦力に加えるのが目的ではなく、危難を避けるための自衛手段を教えるためだ。
ゆくゆくは、冒険者に育て上げることも考慮しているが、強制の意図はなく、将来的に自活する手段の一つに考えている。
そんな彼等の視界を黒い影がかすめた。
降り注ぐ陽光を、飛翔する何かが遮ったのだ。その数は5つ。
警戒を見せた教会騎士達が頭上を振り仰ぐと、5羽の鳥が連なって円を描いている。
「中央を空けろ! たぶん神殿の使いだ!」
発せられた騎士の言葉を誰もが理解し、すぐさま修練場の端によって着陸場所を確保した。
「神殿?」
ソーマの問いに、傍らのアストレアが驚いたように応じる。
「知らないのか? ここからずっと東の、オルロープの都にある聖水神殿だ。アルバトロスで、いきなり教会に乗りつけるのは、神殿に所属する者ぐらいだ」
翼長5mほどの鳥が、修練場の中央に降り立った。背中に鞍が乗せてあり、2人ずつ騎乗している。
「アルバトロスってのは、あの鳥のことか?」
「そうだ。維持費がかかるため神殿や、大きな教会でしか飼っていない。他には、領主を務めるほどの貴族なら、飼っていることもある」
「そうか……」
『現代日本』で言えば、アルバトロスとはアホウドリを指すが、実物をよく知らないソーマでは、形状的な差異に気づけなかった。ただし、『現代日本』のアホウドリは翼長が5mということはないはずだ。
アルバトロスの印象は、インコなどの小鳥をそのまま大きくしたような印象だ。性質的には大人しい鳥なので、戦闘には向かず、積載重量にもあまり余裕はないらしい。
『トラフロ』では、転移門による移動が一般的なので、騎乗用のアルバトロスはいずれ廃れる文化なのかもしれない。
5羽のアルバトロスから降り立ったのは、神殿に所属する10名の教会騎士であった。
「騎士団本部副総長のミロです。司祭様に取りついでもらえますかねぇ」
クローナの街だけでなく、小さな村や町にもそれぞれ教会が存在しており、それらの総本山となるのが聖水神殿だった。各教会が有する騎士団を総括しているのは、神殿所属となる騎士団本部となる。
中年の割に軽薄そうな彼は、その容姿や態度に反して騎士団本部のナンバー2とも言える人物だ。
司祭室に案内しようとしたところ、ミロの意向で礼拝堂で対面することとなった。
水神・アクアリーネ像を背負うミロ以下10名の本部騎士が、呼び集められた司祭コルウィン、騎士団長アンソニー、聖女シシリー、勇者ソーマの4名を睥睨する。
「今回の失態を神殿ではとても憂慮しているんですよ」
言葉とは裏腹に、非難する意図は感じられず、ミロの視線にはむしろ好奇心が見て取れた。
「それは申し訳ありません。私の不徳の致すところです」
頭を下げるコルウィン。
「今後の対策なんかは考えてるんですかねぇ?」
「すでに実行に移しており、別の方面では成果も出ておりますよ」
「ほう……。どのような行動をしているんでしょう?」
「教会騎士が定期的に街の巡回を行っています。食堂などにも顔を出して、不審者などの情報を集めたり、ケンカなどの仲裁をおこなっております」
宣伝告知に絡んで店側から出た条件を、教会の賛同を得て実行に移したのだ。何も、ソーマ個人が楽をするだけが目的ではない。
「そのような仕事は街の警備兵の仕事でしょう? 教会の警護を薄くするだけじゃないですかねぇ」
「ミロさんの言葉ももっともですな。しかし、教会の内と外を区切り、中だけを守るというのは、非常に困難だと思うのですよ。それでは、教会に入り込まれたところから戦いが始まります。積極的に教会の外へ働きかけ、不埒者が行動を起こしづらい環境作りを心がけておるのです。この点では、効果があっても表に出づらいでしょうな」
「おや? 成果があったのではありませんか?」
「教会騎士は教会を守るためにしか動かない。そのように思われていては、街の住人からも隔意を抱かれてしまいます。教会の外で積極的に触れ合えば、親しみも湧こうというものです。聖水教会への入信や寄進は、事件前よりもむしろ増えているのですよ」
「……そこまで仰るなら利点もあるのでしょうねぇ。しかし、友好を深めるのは結構ですが、教会騎士全体への侮りにも繋がりそうですよ。その点についてはどうお考えで?」
「信徒だけではなく、住民の理解や強力がなければ、教会は成り立ちませんからな。これは教会として、積極的に取り組むべき活動だと信じております」
「おやおや。司祭様は強い信念をお持ちのようですね。残念ながらそれを私に力説しても仕方がありません。神殿のお偉方に直接してもらいましょう」
「……直接ですか?」
「ええ。そうなんですよ。伝える順番が逆になりましたけど、私達がこちらへうかがったのは、召還を命じられた司祭様達を神殿へ送り届けるためなんです」
ミロの口元に薄く笑みが浮かんだ。
「たかが盗賊如きに、教会の敷地を踏み荒らされるとは、なんたることか! ……とまあ、神殿ではそのような意見が大きいのですよ。なんといっても、クローナ教会には聖女様がおられるのですから」
話題にだされて、シシリーの身体が大きく震えた。
「ですから、このような噂まで流れている事をご存じでしょうかねぇ? 盗賊如きも防げぬクローナ教会には、アクアリーネ様の威光など届いていない。ならば、報告にあった聖女も偽物ではないのかとね」
「……その言葉は到底受け入れられません。私の目が曇っていると言うのですかな?」
顔をしかめるコルウィンに対し、ミロの態度はまるで変わらない。
「私の意見ではなく、神殿の方々の言葉なんです。言ったではありませんか、私に主張しても無駄だとねぇ」
「召還と言いましたが、その対象は私だけでなく、シシリー様もということですかな?」
「司祭様、聖女様はもちろん。騎士団長と、勇者様の4名となりますねぇ」
そのために、この場所へ集められたのだ。
「ただし、勇者様については、もう一つ確認しなければなりませんが……」
ミロの視線が、値踏みするように向けられた。
「そもそも、『勇者』様とはいかなる存在か。聖水教団には、その存在を示唆した伝承が残されていないのですよ。我々が知りうるのは、クローナ教会関係者がそう主張しているという事実のみです」
ミロの言葉を端的に言い換えるなら、全てが『クローナ教会の作り話』だと疑っているということだ。
「勇者様とは果たして、教団やアクアリーネ様の信頼を得るに値するのか? 盗賊の襲撃に晒されたという事実が、神殿の疑惑を招いているわけですねぇ」
「ソーマさんは不在だったのです。その点で責めるのは理不尽ではありませんか?」
弁護する団長の言葉を、ミロは気にもとめない。
「それはおいておくとして、私どもは勇者様のお力を見せていただきたいのですよ」
○
一同が、中庭に場所を移している。
アルバトロスの一件で空いたままの修練場に、ソーマ達がやってくる。何が行われるのかだいたい察したようで、修練場を囲むようにして教会騎士が状況を見守っていた。
「勇者様のお力を、直接試したいという騎士がおりましてねぇ。やる気のある人間に私は任せるつもりです」
ミロに随行してきた本部騎士が、物怖じすることなく堂々と歩き、修練場の中央に到達する。
「さっさと来いよ。まさか、臆してるなんて言わねぇだろ? 肝心な時に不在だったなんて、都合のいいいいわだよな。失態を演じた騎士団の方がまだマシってもんだ」
ソーマや騎士達から向けられる怒りの視線に、本部騎士は嘲笑を返していた。
大声で挑発する声に続き、小さく押さえたミロの声がソーマの耳に届く。
「生まれがいいせいか、彼はどうも思い上がってましてねぇ。なかなか、心を入れ替える機会に恵まれません。そのような役目は、アクアリーネ様に認められた勇者様こそが適任だと思いませんか?」
正直言って、負けるなどとは思っていないが、勝てば勝ったで恨まれる気がする。
「どう断っても、逃げたって言い出しそうだな」
「よくおわかりで」
『逃げた』などと思われるのは気に入らないし、なにより、ソーマを認めて、受け入れてくれたクローナ聖水教会も面目を失ってしまう。言いがかりを発端として、教会に悪評を招くのは避けたかった。
修練場の中央で、ソーマが本部騎士と向い合った。
「このパウリ・ヒッタヴァイネンが、勇者の実力とやらを明らかにしてみせよう」
「……ヒッタヴァイネン?」
司祭だけでなく、疑念を持った観客からざわめきが漏れた。
「一応、勇者をやっているソーマだ。望み通り、全力を見せてやる」
とはいえ、ソーマが手にしたのは、ビルドの手による硬化鋼鉄製諸刃両手剣だ。生死を賭けるほどの戦いにはならないだろうから、貴重な装備は身につけていない。
「中級・電光魔法」
聖水騎士が相手なのだから、ソーマは剣に光属性を付与する。
「お、おかしいだろ!? なぜ、そんな真似が出来る! 神の御業だぞっ!」
以前にも触れたとおり、属性付与は教会が儀式を用いて行っている。永続的ではないにしろ、これほどお手軽にできたりはしない。
彼の様子に、コルウィンが眉をひそめた。
「ソーマさんの力についても、神殿への報告に書いてあったはずですが?」
「本人にも教えてありますとも。ですが、世の中、直接見なければ信じない方も多いですからねぇ。彼に限らず、私自身もまたその一人なのですよ。こうして、目の当たりにするまでは、私も半信半疑でしたから」
澄まして答えるミロの態度は、パウリと違って落ちついたものだった。
パウリの持つ氷結剣と、ソーマの電光剣が打ち合わされる。
互いの優劣は、剣を打ち合わせる前からわかっていた。属性の優位性でも、魔法の等級からしても、ソーマの方が上なのだ。
「仮にも、アクアリーネ様に認められたと主張していたはずだ! それが、電光魔法などとっ……!」
同じ水属性ならばまだしも、劣位である相性を覆すのは非常に困難だ。
「盗賊が電光魔法を使ってきたら、どうするつもりなんだ? 電光魔法が相手では勝てないから、見逃してくれって頼むのか? それとも、水属性の洗礼を受けてくれって泣きつくのか?」
基本、ソーマはやられたらやり返す。
大した根拠もないまま、礼儀を無視して見下すような相手に、好意的に接するつもりはさらさらないのだ。
無礼には無礼を、嘲弄には嘲弄を。
剣技に頼った攻防では、パウリの体力が光属性で削られる一方だ。
「これならどうだっ! 全開・三段連撃」
ソーマの剣をかいくぐって、三段突きが襲ってきた。
「そら! もう一度だ! 全開・三段連撃」
体術にもミスは生じるが、ソーマの剣技で全てを受け切れはしない。
「……ぐっ。それで終わりか?」
「負け惜しみか。まだまだ、これからに決まっているだろう。聖水回復」
体術に必要な体力を回復させるパウリ。
せっかくなので、ソーマもこのタイミングで回復する。
到底、死にはしないとわかってはいたが、サンドドラゴン戦を経たソーマは、一歩手前の瀕死状態すら避けたかったのだ。
「聖水中回復」
「そんな馬鹿な……。中級の回復魔法まで使えるのか!?」
コルウィンの報告を正しく思い返せば、心身正常化の記述も彼の記憶に眠っていたはずだが、推測が外れた今も彼は敵の虚像だけを相手にしてる。
「こんどはこっちが全力で行くぞ!」
両手に握る電光剣を、ソーマが頭上高く振り上げた。
「脳天唐竹割」
一撃必中の上位に位置する技だ。全力を込めるせいで、必中どころか命中率の低下を引き起こし、使用後の硬直時間まで発生させる。その一方、ソーマの使える体術の中で、最大の攻撃力を誇っていた。
真一文字に振り下ろした両手剣がまぶしく輝いた。光属性ということもあって、さながら落雷の如く。
「……がっ!? こん……な」
頭頂部に落ちた一撃で、パウリの視線も足元もふらついている。ただ、直立することすら困難そうだ。
「頼むから、死なないでくれよ」
「や……やめ……」
「全開・四方連撃」
繰り出された連続攻撃に、パウリは最後まで耐えきれず、2撃目で糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。
脳天唐竹割を再度使っては死にかねない、と怯えたソーマが、手を抜いたのは正解だったらしい。
ソーマの実力を知るクローナ教会の面々は特に反応を示さず、だからこそ、本部騎士達の動揺が目立っていた。
「これで彼も少しは自重するでしょう。父上を恐れない者もいるのだと知って」
ミロが楽しそうに笑みを浮かべている。
「やはり、ヒッタヴァイネンという姓は……?」
「勇者様はまだしも、司祭様ならご存じでしょうねぇ。パーテライネン枢機卿の名を継いでいる、ピエタリ・ヒッタヴァイネン子爵のご子息ですよ」
パウリの父親は、聖水教会に7人しか存在しない枢機卿のうちのひとりであった。