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剣と魔法の隙間産業的勇者生活  作者: 田丸環
第4章 聖水教会にて
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第27話 聖水教会のあれから

 聖水教会を襲った盗賊達の多くは、ソーマの手で倒されている。

 これが宣伝に使えれば、彼に対する周囲の評価は高まるに違いない。あくまでも、『使えるならば』だ。

(……さすがに、それはなー)

 魔石を高値で売りさばこうとして、結果的に盗賊を引き寄せてしまったのはソーマ本人とも言える。それを撃退して自慢するなど、自画自賛、いや自作自演と言うべきか。

 この一件により、ソーマは張り紙の文面を次のように変更した。

『魔法剣士ソーマより。ストーンゴーレムの魔石は完売済み。要望があれば新たに入手可能。依頼料は応相談。購入希望者は聖水教会までご連絡を』

 こう書いておけば、所有分は全て売却済みと解釈されるはずだ。

 また、ソーマの出した幾つかのアイデアが、司祭の承諾を受けて具体的に動き出していた。



 ○



 普段、修練場を使っているのは、教会騎士とソーマだけだ。

 しかし、あの事件以降は、世話をしている孤児達にも戦い方を学ばせるようになった。

 ソーマが強く主張したためで、戦力に加えるのが目的ではなく、危難を避けるための自衛手段を教えるためだ。

 ゆくゆくは、冒険者に育て上げることも考慮しているが、強制の意図はなく、将来的に自活する手段の一つに考えている。


 そんな彼等の視界を黒い影がかすめた。

 降り注ぐ陽光を、飛翔する何かが遮ったのだ。その数は5つ。

 警戒を見せた教会騎士達が頭上を振り仰ぐと、5羽の鳥が連なって円を描いている。

「中央を空けろ! たぶん神殿の使いだ!」

 発せられた騎士の言葉を誰もが理解し、すぐさま修練場の端によって着陸場所を確保した。

「神殿?」

 ソーマの問いに、傍らのアストレアが驚いたように応じる。

「知らないのか? ここからずっと東の、オルロープの都にある聖水神殿だ。アルバトロスで、いきなり教会に乗りつけるのは、神殿に所属する者ぐらいだ」

 翼長5mほどの鳥が、修練場の中央に降り立った。背中に鞍が乗せてあり、2人ずつ騎乗している。

「アルバトロスってのは、あの鳥のことか?」

「そうだ。維持費がかかるため神殿や、大きな教会でしか飼っていない。他には、領主を務めるほどの貴族なら、飼っていることもある」

「そうか……」

『現代日本』で言えば、アルバトロスとはアホウドリを指すが、実物をよく知らないソーマでは、形状的な差異に気づけなかった。ただし、『現代日本』のアホウドリは翼長が5mということはないはずだ。

 アルバトロスの印象は、インコなどの小鳥をそのまま大きくしたような印象だ。性質的には大人しい鳥なので、戦闘には向かず、積載重量にもあまり余裕はないらしい。

『トラフロ』では、転移門による移動が一般的なので、騎乗用のアルバトロスはいずれ廃れる文化なのかもしれない。


 5羽のアルバトロスから降り立ったのは、神殿に所属する10名の教会騎士であった。

「騎士団本部副総長のミロです。司祭様に取りついでもらえますかねぇ」

 クローナの街だけでなく、小さな村や町にもそれぞれ教会が存在しており、それらの総本山となるのが聖水神殿だった。各教会が有する騎士団を総括しているのは、神殿所属となる騎士団本部となる。

 中年の割に軽薄そうな彼は、その容姿や態度に反して騎士団本部のナンバー2とも言える人物だ。

 司祭室に案内しようとしたところ、ミロの意向で礼拝堂で対面することとなった。

 水神・アクアリーネ像を背負うミロ以下10名の本部騎士が、呼び集められた司祭コルウィン、騎士団長アンソニー、聖女シシリー、勇者ソーマの4名を睥睨する。

「今回の失態を神殿ではとても憂慮しているんですよ」

 言葉とは裏腹に、非難する意図は感じられず、ミロの視線にはむしろ好奇心が見て取れた。

「それは申し訳ありません。私の不徳の致すところです」

 頭を下げるコルウィン。

「今後の対策なんかは考えてるんですかねぇ?」

「すでに実行に移しており、別の方面では成果も出ておりますよ」

「ほう……。どのような行動をしているんでしょう?」


「教会騎士が定期的に街の巡回を行っています。食堂などにも顔を出して、不審者などの情報を集めたり、ケンカなどの仲裁をおこなっております」

 宣伝告知に絡んで店側から出た条件を、教会の賛同を得て実行に移したのだ。何も、ソーマ個人が楽をするだけが目的ではない。

「そのような仕事は街の警備兵の仕事でしょう? 教会の警護を薄くするだけじゃないですかねぇ」

「ミロさんの言葉ももっともですな。しかし、教会の内と外を区切り、中だけを守るというのは、非常に困難だと思うのですよ。それでは、教会に入り込まれたところから戦いが始まります。積極的に教会の外へ働きかけ、不埒者が行動を起こしづらい環境作りを心がけておるのです。この点では、効果があっても表に出づらいでしょうな」

「おや? 成果があったのではありませんか?」

「教会騎士は教会を守るためにしか動かない。そのように思われていては、街の住人からも隔意を抱かれてしまいます。教会の外で積極的に触れ合えば、親しみも湧こうというものです。聖水教会への入信や寄進は、事件前よりもむしろ増えているのですよ」

「……そこまで仰るなら利点もあるのでしょうねぇ。しかし、友好を深めるのは結構ですが、教会騎士全体への侮りにも繋がりそうですよ。その点についてはどうお考えで?」

「信徒だけではなく、住民の理解や強力がなければ、教会は成り立ちませんからな。これは教会として、積極的に取り組むべき活動だと信じております」


「おやおや。司祭様は強い信念をお持ちのようですね。残念ながらそれを私に力説しても仕方がありません。神殿のお偉方に直接してもらいましょう」

「……直接ですか?」

「ええ。そうなんですよ。伝える順番が逆になりましたけど、私達がこちらへうかがったのは、召還を命じられた司祭様達を神殿へ送り届けるためなんです」

 ミロの口元に薄く笑みが浮かんだ。

「たかが盗賊如きに、教会の敷地を踏み荒らされるとは、なんたることか! ……とまあ、神殿ではそのような意見が大きいのですよ。なんといっても、クローナ教会には聖女様がおられるのですから」

 話題にだされて、シシリーの身体が大きく震えた。

「ですから、このような噂まで流れている事をご存じでしょうかねぇ? 盗賊如きも防げぬクローナ教会には、アクアリーネ様の威光など届いていない。ならば、報告にあった聖女も偽物ではないのかとね」

「……その言葉は到底受け入れられません。私の目が曇っていると言うのですかな?」

 顔をしかめるコルウィンに対し、ミロの態度はまるで変わらない。

「私の意見ではなく、神殿の方々の言葉なんです。言ったではありませんか、私に主張しても無駄だとねぇ」

「召還と言いましたが、その対象は私だけでなく、シシリー様もということですかな?」

「司祭様、聖女様はもちろん。騎士団長と、勇者様の4名となりますねぇ」

 そのために、この場所へ集められたのだ。


「ただし、勇者様については、もう一つ確認しなければなりませんが……」

 ミロの視線が、値踏みするように向けられた。

「そもそも、『勇者』様とはいかなる存在か。聖水教団には、その存在を示唆した伝承が残されていないのですよ。我々が知りうるのは、クローナ教会関係者がそう主張しているという事実のみです」

 ミロの言葉を端的に言い換えるなら、全てが『クローナ教会の作り話』だと疑っているということだ。

「勇者様とは果たして、教団やアクアリーネ様の信頼を得るに値するのか? 盗賊の襲撃に晒されたという事実が、神殿の疑惑を招いているわけですねぇ」

「ソーマさんは不在だったのです。その点で責めるのは理不尽ではありませんか?」

 弁護する団長の言葉を、ミロは気にもとめない。

「それはおいておくとして、私どもは勇者様のお力を見せていただきたいのですよ」



 ○



 一同が、中庭に場所を移している。

 アルバトロスの一件で空いたままの修練場に、ソーマ達がやってくる。何が行われるのかだいたい察したようで、修練場を囲むようにして教会騎士が状況を見守っていた。

「勇者様のお力を、直接試したいという騎士がおりましてねぇ。やる気のある人間に私は任せるつもりです」

 ミロに随行してきた本部騎士が、物怖じすることなく堂々と歩き、修練場の中央に到達する。

「さっさと来いよ。まさか、臆してるなんて言わねぇだろ? 肝心な時に不在だったなんて、都合のいいいいわだよな。失態を演じた騎士団の方がまだマシってもんだ」

 ソーマや騎士達から向けられる怒りの視線に、本部騎士は嘲笑を返していた。

 大声で挑発する声に続き、小さく押さえたミロの声がソーマの耳に届く。


「生まれがいいせいか、彼はどうも思い上がってましてねぇ。なかなか、心を入れ替える機会に恵まれません。そのような役目は、アクアリーネ様に認められた勇者様こそが適任だと思いませんか?」

 正直言って、負けるなどとは思っていないが、勝てば勝ったで恨まれる気がする。

「どう断っても、逃げたって言い出しそうだな」

「よくおわかりで」

『逃げた』などと思われるのは気に入らないし、なにより、ソーマを認めて、受け入れてくれたクローナ聖水教会も面目を失ってしまう。言いがかりを発端として、教会に悪評を招くのは避けたかった。

 修練場の中央で、ソーマが本部騎士と向い合った。

「このパウリ・ヒッタヴァイネンが、勇者の実力とやらを明らかにしてみせよう」

「……ヒッタヴァイネン?」

 司祭だけでなく、疑念を持った観客からざわめきが漏れた。


「一応、勇者をやっているソーマだ。望み通り、全力を見せてやる」

 とはいえ、ソーマが手にしたのは、ビルドの手による硬化鋼鉄製諸刃両手剣だ。生死を賭けるほどの戦いにはならないだろうから、貴重な装備は身につけていない。

中級メガ電光魔法サンダー

 聖水騎士が相手なのだから、ソーマは剣に光属性を付与する。

「お、おかしいだろ!? なぜ、そんな真似が出来る! 神の御業だぞっ!」

 以前にも触れたとおり、属性付与は教会が儀式を用いて行っている。永続的ではないにしろ、これほどお手軽にできたりはしない。

 彼の様子に、コルウィンが眉をひそめた。

「ソーマさんの力についても、神殿への報告に書いてあったはずですが?」

「本人にも教えてありますとも。ですが、世の中、直接見なければ信じない方も多いですからねぇ。彼に限らず、私自身もまたその一人なのですよ。こうして、目の当たりにするまでは、私も半信半疑でしたから」

 澄まして答えるミロの態度は、パウリと違って落ちついたものだった。

 パウリの持つ氷結剣と、ソーマの電光剣が打ち合わされる。

 互いの優劣は、剣を打ち合わせる前からわかっていた。属性の優位性でも、魔法の等級からしても、ソーマの方が上なのだ。


「仮にも、アクアリーネ様に認められたと主張していたはずだ! それが、電光魔法などとっ……!」

 同じ水属性ならばまだしも、劣位である相性を覆すのは非常に困難だ。

「盗賊が電光魔法を使ってきたら、どうするつもりなんだ? 電光魔法が相手では勝てないから、見逃してくれって頼むのか? それとも、水属性の洗礼を受けてくれって泣きつくのか?」

 基本、ソーマはやられたらやり返す。

 大した根拠もないまま、礼儀を無視して見下すような相手に、好意的に接するつもりはさらさらないのだ。

 無礼には無礼を、嘲弄には嘲弄を。


 剣技に頼った攻防では、パウリの体力が光属性で削られる一方だ。

「これならどうだっ! 全開フル三段連撃トリプル

 ソーマの剣をかいくぐって、三段突きが襲ってきた。

「そら! もう一度だ! 全開フル三段連撃トリプル

 体術にもミスは生じるが、ソーマの剣技で全てを受け切れはしない。

「……ぐっ。それで終わりか?」

「負け惜しみか。まだまだ、これからに決まっているだろう。聖水回復レストア

 体術に必要な体力を回復させるパウリ。

 せっかくなので、ソーマもこのタイミングで回復する。

 到底、死にはしないとわかってはいたが、サンドドラゴン戦を経たソーマは、一歩手前の瀕死状態すら避けたかったのだ。

聖水中回復ヒーリング

「そんな馬鹿な……。中級の回復魔法まで使えるのか!?」

 コルウィンの報告を正しく思い返せば、心身正常化の記述も彼の記憶に眠っていたはずだが、推測が外れた今も彼は敵の虚像だけを相手にしてる。


「こんどはこっちが全力で行くぞ!」

 両手に握る電光剣を、ソーマが頭上高く振り上げた。

脳天唐竹割クラッシュ

 一撃必中の上位に位置する技だ。全力を込めるせいで、必中どころか命中率の低下を引き起こし、使用後の硬直時間まで発生させる。その一方、ソーマの使える体術の中で、最大の攻撃力を誇っていた。

 真一文字に振り下ろした両手剣がまぶしく輝いた。光属性ということもあって、さながら落雷の如く。

「……がっ!? こん……な」

 頭頂部に落ちた一撃で、パウリの視線も足元もふらついている。ただ、直立することすら困難そうだ。

「頼むから、死なないでくれよ」

「や……やめ……」

全開フル四方連撃スクエア

 繰り出された連続攻撃に、パウリは最後まで耐えきれず、2撃目で糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。

 脳天唐竹割を再度使っては死にかねない、と怯えたソーマが、手を抜いたのは正解だったらしい。


 ソーマの実力を知るクローナ教会の面々は特に反応を示さず、だからこそ、本部騎士達の動揺が目立っていた。

「これで彼も少しは自重するでしょう。父上を恐れない者もいるのだと知って」

 ミロが楽しそうに笑みを浮かべている。

「やはり、ヒッタヴァイネンという姓は……?」

「勇者様はまだしも、司祭様ならご存じでしょうねぇ。パーテライネン枢機卿の名を継いでいる、ピエタリ・ヒッタヴァイネン子爵のご子息ですよ」

 パウリの父親は、聖水教会に7人しか存在しない枢機卿のうちのひとりであった。


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