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剣と魔法の隙間産業的勇者生活  作者: 田丸環
第3章 初依頼とその顛末
27/43

第26話 そして翌日へ……

 聖水教会を襲った盗賊を叩きのめし、それで事が終わったかと思えば、それだけでは済まなかった。

 まず、盗賊達はクローナ警備兵に引っ立てられたが、いまだ倒れたままの者も多く、ソーマや目覚めた僧侶達が治療に当たった。

 それが終われば、警備隊による教会関係者への事情聴取だ。

 どうも警備兵は、別な仕事にも同時に当たっているようで、教会の警備や調査に十分な人数が回されていないのだ。

 順番待ちしながら、交代で仮眠を取っていく。

 警備兵もそうだが、教会側も始末に大わらわだった。



 ○



 明け方まで働いた上に、その日の昼前に、教会の上位者達が会議室で顔を揃えることになった。

 教会の責任者たる司祭のコルウィン。

 教会騎士団の団長を務める壮年のアンソニー。

 その部下のカリアスとアストレア。

 そして、組織体制から見れば部外者であり、なおかつ今回の元凶の一つと言えるソーマが同席する。


「今回の一件は私の失態です。申し訳ありません」

 団長であるアンソニーが、コルウィンに向かって頭を下げる。

 騎士団の存在理由は教会の名誉を守る事にある。アンソニーだけでなく、二人の騎士も悔しそうに唇を噛む。

 以前にも触れたが、団長は回復魔法を得意とする騎士で、今回はコルウィンとともに負傷者の治療に尽力した。

「それを言うなら、私こそが一番何も出来ませんでした。自分の無力さを痛感しています」

 アストレアが沈痛な面持ちで訴えた。倒れていた場所が悪く、彼女が治療を受けたのは解決後だったのだ。カリアスなどはまだ戦いに参加していたため、彼女が悔やむのも当然だろう。

「ふん。お前一人が加わったところで、大した違いはない。ならず者の侵入を許した時点で、騎士団の失態だ。お前が責任を感じるなどおこがましいと言うものだ」

 高圧的な物言いのカリアスに、アンソニーが言葉を添えた。

「言葉は厳しいけど一理あるね。アストレアさんだけでなく、何も出来なかった人は多いんだ。自分だけを責めるのは良くないね。責任は騎士団全体か、団長の私が負うべきだから」

「……申し訳ありません」


「責任問題はまた後で話し合いましょう。まずは、今後の警備体制など、急ぎ決めておきたいですからな」

 コルウィンが話題を変えると、アンソニーがすぐに応じた。

「進入経路などは不明ですが、夕食に麻痺毒が混入されていたのは間違いないと思います。皆がそろって一緒に食事をとるのも、考え直すべきでしょう」

「そうですな。改善案は有りますか?」

「少なくとも、騎士団の食事は2班に分け、時間をずらそうと考えています。メニューを3種というのは難しいでしょうから、1班は皆と同じメニューで時間を遅らせ、2班は従来の時刻のまま騎士団で調理して食べる事にします。これなら、それほど大きな変更はせずに済むでしょう」

「そうですな……。それ以上警戒しても、きりがないでしょうから。金銭や労力から考えても、継続できない方法では意味がありません」

 コルウィンが頷くと、カリアスが提案した。


「フリーズソードを全て同じ部屋で保管するのも、考え直すべきだと考えます。騎士団への携帯を推奨してはどうでしょうか?」

 正確には剣だけに限定されないが、所有武器の大半を占めるので意味は十分に通じる。

 思わず、アストレアが異論を挟んだ。

「保管方法は考慮すべきだが、普段から持ち歩いていては、フリーズソードの扱いが軽くなってしまう。今回の例で言えば、騎士達の腰から個別に奪われやすくなるぞ」

「食事なども含めて、警戒は厳重にする。その上で危険を分散するのだ。なんの問題がある?」

「それを望むのは、普段から持ち歩いているお前ぐらいだ」

「自身を戒めるため、自負を持つためにも、有益だと俺は考えている」

 互いの主張をぶつけ合う2人。

「個人の意識もあるので、希望者に限定すべきですかね」

 アンソニーの出した折衷案に、2人は言い合いをやめて頷いた。


「俺も、ちょっといいですか?」

「意見を聞くために招いたのですから、ぜひ発言してください」

 コルウィンの了承を得て、ソーマが話を続ける。

「食事もそうだけど、今回は一網打尽にされたのが問題だと思います。フリーズソードの話と同じで、少数でもいいから、教会の外にも人を配置しておくべきじゃないでしょうか? 詰所のような建物を確保して、定期的に教会と連絡をとり、問題があったらすぐに駆けつけられるような形で」

 提案を受けてアンソニーが考えを巡らせる。

「確かに外からの応援をあてに出来ますし、考慮すべきですね。しかし、騎士団を滞在させる場所を手配しなければなりませんし、対応するには費用がかかりそうですね」

「聖水教会だけで難しいなら、他との連携も考えましょう。警備兵の詰所を頼るとか、聖光教会とは定期的に連絡を取って、緊急事態に備えます」

 聖火教会はあの調子なので、ソーマは最初から除外している。

「教会の失態を、周囲に触れ回るつもりか!? 警備兵ならまだしも、聖光教会相手にっ!」

 頭に血を上らせるカリアスを、アンソニーがやんわりと諭す。

「落ち着きなさい。それを言うなら、聖水教会への襲撃を許してしまった状況こそが失態なんだよ。不測の事態に陥ったのなら、早急に解決を図るのが騎士団の勤めと言うべきだね。体面を気にして解決を遅らせるなんて、騎士団の為すべき事とは言えないよ」

「……わかりました」

 唇を噛みながら、受け入れるカリアス。


「アンソニーさんは、騎士団の体勢作りをお願いします。聖光教会や警備隊……いえ、伯爵には私が話を通すとしましょう」

「今日中に振り分けを終えて、報告致します。罰を受けるのはその後でよろしいでしょうか?」

「罰とは、どの程度を考えているんですかな?」

「明日から一月は反省房に籠もります。それと、半年間の俸給を返上しましょう」

「お待ちください! 団長だけに罪を負わせるわけにはいきません。私も同様の罰を受けます」

「私も同感です」

 アストレアとカリアスが慌てて言葉を申し出る。

「まあ、お待ちなさい。騎士団だけが、そこまで厳しくある必要はありません。教会全体が緩んでたのも確かですし」

 鷹揚に告げる司祭。

「内部の動揺を抑えるためにも、騎士団にはしばらく頑張ってもらわねばなりません。反省房は不要でしょう。減俸もまあ、半額で半年というところでしょうな」

「教会の威厳を損なったというのに、それでは信徒にも世間にも示しがつきません」

「こう考えてはどうですかな? 教会外へは被害を出さず、盗賊達を懲らしめ、世の平和に寄与したのだと。教会だけの被害で済んだのなら、喜ばしいことではないですか」

「司祭様の温情に感謝し、そのお言葉に恥じないようこれからも励みます」

 納得したアンソニーに替わり、今度はソーマが問いかけた。


「責任問題を追求するなら、そもそもの原因は俺らしいんだけど。どうすればいいですか?」

 盗賊達の目的の一つは、ソーマの持っている魔石だった。張り紙の告知などで触れ回ったソーマの行為は、教会側から見れば糾弾すべき対象だろう。

「魔石を売る話はソーマさんから事前に聞いていましたからな。後になってから非を訴えるのも、無責任な振る舞いと言えるでしょう。ソーマさんの帰りが遅ければ、教会が被る被害はさらに大きくなってはずです。罪と呼べるほど重い責任があるとは思ってませんし、あっても恩による帳消しが可能ですな」

「……それでいいんでしょうか?」

「一時はフリーズソードまで奪われたのですから、取り戻せただけでも感謝しておるのですよ」

 当たり前の事だと言わんばかりに、コルウィンが告げる。

 ほっと安堵するソーマの本音は傍目にも明らかだったが、誰からも非難されることはなかった。



 ○



 その日の午後になって、伯爵令嬢のグロリアが教会を訪れていた。

「昨夜は大変でしたね。人命を損なわずに済んだのは、不幸中の幸いでした」

「まったくですな。もう、あの様な事件は勘弁願いたいものです」

「事件の背景についてお伝えしたい事があって、こちらにお邪魔いたしました」

 グロリアの前に、司祭とソーマが腰を下ろしていた。ソーマは不思議だったが、同席を求められた理由はすぐに判明した。

「まず伝えておきたいのですが、聖水教会が醜態をさらしたという自責の念に駆られているのであれば、それは間違いだと私は考えています。なぜなら、事態の根幹にあるのは、教会が存在するこの街の治安だからです。教会に押し入った無法者達は、犯行以前に警備隊の手で取り押さえるべきでした」

「その理屈はわかりますよ。ですが、教会が荒らされては信徒にも影響がありますからな」

「いえ。教会内部での対処に口を挟むつもりはありません。ですが、教会と警備隊は、同程度の責任を負っていることを理解しておいてください。教会には教会の事情があると同時に、警備隊には警備隊の、そして、領主にもまた別の事情があるということも」

 なにやら含みのある言葉をグロリアが発する。


「ホンワード家としては非常に忸怩たる思いなのですが、今回の事件の裏で意図を引いていたのが兄のクラウスだと判明しました」

「ほう。それはまた……」

「やっぱり、そうなのか」

 魔石目的というだけでなく、復讐の意図があったなら、無茶な行動も説明できる。

「騒動の最中、聖水教会から出てきた不審者をたまたま警備兵が目撃し、兄上の屋敷に駆け込んだのを確認しました。そのため、聖水教会への対処だけでなく、クラウス邸にも踏み込んで不審者の捕縛を行いました」

「クラウスなら身分を盾にして、さんざんゴネそうなのに」

「抵抗はしたようですよ。ですが、先日の一件で優秀な用心棒を失い、代役を務めたのは盗賊の一味だったようです」

「警備隊もよくそんな行動をとれたな。この街と言うより、伯爵家に雇われていると考えれば、雇い主の子供だろ?」

「優秀な警備隊長が、事態を隠蔽することなく、すぐさま我が家へ連絡をくれましたから。父は不在だったため、私の裁量で乱暴な捕縛も許可しました」

 どうやら、彼女は伯爵家内部にとどまらず、街の組織運営にまで影響力を持っているらしい。


「クラウス邸からは盗品と思われる品が多数発見され、盗賊達と深いつきあいだった事も判明しています。父上の判断により、ホンワード家ではクラウスを廃嫡としました。伯爵家の継承については、カリアス兄様と話し合うことになるでしょう。教会騎士を退団する可能性もあります」

 この世界における教会は、『現代日本』で周知されている宗教とは、いろいろな面で異なっている。

 例えば、貴族としての身分を俗世間とのつながりを断つ必要もないし、婚姻や出産も禁止されてはいないのだ。

「わかりました。当人とよく話し合ってください」


「廃嫡はいいとして、クラウスはこれからどうなるんだ? 牢に入れておくのか? それとも強制労働とか?」

「……いえ。伯爵家としての外聞がありますので、廃嫡をもって罰とします」

「家から追い出すだけなのか? ずいぶん身内に甘いんだな」

 ソーマが思わず辛辣な意見を口にしてしまう。

「庶民にはわかりづらいと思いますが、身分の剥奪とは、貴族にとってとても重い意味を持ちます。あの兄が、後ろ盾を無くして、屋敷からも追い出されて、一人で生きていくのは難しい事だと思いますよ」

「それでもやっぱり軽い気がするな……」

「教会における名誉が損なわれたのは理解しているつもりですが、この無形の被害は試算することができません。聖水教会の被った実質的な損害が非常に少ないため、クラウスに課す罪を重くするのは難しいのです」

 伯爵家の名誉も汚されているが、『司法の責任者』であればこそ、重すぎる罰を下すのは難しい。重罰を望むのならば、伯爵家は裏側で手を回すという手段を取ることになる。


「勇者様が重い罰を求める気持ちも理解できますが、ここは堪えてもらえないでしょうか」

「……まあ、そこまで恨んでるわけじゃないよ。腹を立ててるのは確かだけど」

「それを聞いて一安心です。勇者様がクラウスを相手に騒動を起こされては、勇者様までも取り締まらねばなりません」

 法の執行に相手を選んだりしないという表明だろう。

「俺からは動くつもりなんてないよ。向こうが自粛してる限り」

「このような企みがあったのなら、勇者様に遺跡の探索など依頼すべきではありませんでしたね。申し訳ありません」

 ソーマに向かってグロリアが頭を下げる。

「いや、あれを推測するのは難しいだろ。あんたが謝る事じゃない」

 全てが計画通りと考えるには、前提条件が厳しすぎる。

 遺跡がすでに引き払われていたという情報がもっと早かったとしても、その時点では教会襲撃をとめるのは難しかっただろう。ソーマであればこそ間に合ったのだ。

 邪魔者のソーマを外へ誘い出したとみるにも、その場合は、当初から魔石を諦める必要がある。

 ソーマの個人的な見解としては、あくまでも偶発的な事故でしかない。


「結局、遺跡の探索そのものが無駄になったな」

「そうとも言えません。今回の依頼では、盗賊の捕縛にも触れていたはずです。遺跡を拠点としていた盗賊退治と解釈すれば、予定以上の成果を上げた形になります」

「……有難い話だけど、ちょっと拡大解釈すぎないか?」

「依頼者の要望に沿った成果です。依頼者がそれを認めているのに、勇者様は否定されるのですか?」

「そっちが良ければ、俺に文句なんてないよ。初依頼がより大きな成果と見なされるなら、喜ばしい事だしな」

「正確な報酬については、盗賊達への尋問を終えてからでよろしいですか?」

「それでいいよ」

 交渉が済んだと見て、司祭が話を締めくくる。

「ふむ。教会の体制変更などはまだ残ってますが、これで一件落着ですかな」


「そうですね。後で蒸し返す人間さえいなければ」

 ソーマが思い浮かべたのはクラウスのことだ。

 本人に戦闘能力など皆無だし、身分も財産も失った状態では、たいしたことは出来そうもないが……。

 予想にはあったが、クラウスの関与は先ほど知らされたばかりだ。

 ソーマが自ら口にしたとおり、腹立たしくはあっても、憎んだりするほど強い感情は浮かばずにいる。

(今回の事件では、直接クラウスに会っていないからだな)

 実力が伴わず、口先だけは傲慢な相手だった。

 直接顔を合わせていれば、また違った感情も湧いたことだろう。

 しかし、今回はそうではなかった。

 クラウスについて彼が知り得たのは、あくまでも、グロリアに知らされた伝聞情報だけなのだ。


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