第25話 聖水教会居候のお仕事
教会の扉から、わらわらと盗賊達が湧いて出てくる。
軽く10人は越えただろうか。
敵の手にした氷結剣に対し、ソーマは双剣の属性を変更する。
「中級・電光魔法。中級・電光魔法」
さらに、中級体術を発動させた。
「剣舞踏行進」
盗賊の剣を左の剣で受け止めるソーマ。
がら空きの右から斬りつけるソーマ。
身を翻して、後方へ剣を向けるソーマ。
ソーマの姿が、時間の経過によってその数を増していく。
0.5秒ごとに残像が発生し、最大10人分の姿がその場に残る。
敵の目を幻惑する体術で、多数を相手取る場合は非常に有効だ。
体術としては非常に珍しいことに、単発ではなく、一定時間持続する特性を持っている。代償として、解除するまでは他の体術が一切使用できなくなる。精神獣化と違って、こちらは任意での解除が可能だ。
自分の幻を目隠しにして、盗賊達へ斬りつけていくソーマ。
さらに、追風移動の効果と『エンジェルステップ』を使って、瞬間的に間合いを乱し、敵の混乱を助長する。
ダダダダダと、荒っぽい足音が駆けつけて、敵に加勢が加わった。
残像を含んだ11人の全てのソーマを、20人近い人数で押し囲む。
「構わねぇから、幻もまとめて斬ってしまえ!」
「おおおっ!」
物量で押し切ろうとする盗賊達。
痛みを覚悟して、ソーマは繰り出された剣を、その身で受けた。
「痛ぇっ!?」
「間違えんな、俺だ!」
「誰が俺を斬りやがった! 気をつけろ!」
歯を食いしばったソーマではなく、盗賊達の中から痛みを訴える声があがる。
ソーマの羽織るマントの名は『悪戯精霊の加護』。属性攻撃に限定されるが、高確率でランダムな相手へ全反射する。自分にも被弾は発生するし、味方にも当ててしまうし、特定の敵を狙う事も出来ない。
自分より劣った敵に囲まれた場合にのみ、有効な装備だった。
「ほら、もっと攻撃してみろ。仲間が怪我しても構わなければな!」
挑発するソーマの言葉に、敵も薄々事態を察したようだ。
無属性武器による攻撃ならば、マントの効果は無効化されるが、幸い、かれらは高額な属性武器を手に入れ調子に乗っていた。手放すなど考えられないだろう。
「くそ、こんなのはなにかのトリックだ」
言い立てた男の氷結剣に、ソーマがわざと身体を晒す。
「ぎゃっ!」
別方向から男の悲鳴が上がる。
「さあ、わかったか!?」
分身を纏ったソーマは狙いづらく、反射攻撃も警戒していては、どうしても攻撃が及び腰となる。
接近したソーマを嫌がって突き出される氷結剣は、威力も冴えも無く、軽く払った双剣に逆襲される。
ちょうど、ソーマの背後に位置していた男が、自分に向けられた背中めがけて斬りつける。
「ぐわっ!」
あがったのは、別な男の悲鳴だ。
確率で言えば、ソーマに命中する確率は約20分の1以下となる。分の悪い賭けだ。
「俺が相手をする。隙を見せたら、そいつの後ろから叩き切れ!」
正面に回った男が、氷結剣を構え仲間達に指示する。
「でもよう。さっきみたいに……」
怖じ気づく男に、剣士が怒鳴りつけた。
「全部が跳ね返るなら、あいつは突っ立っているだけでいい。そうしねぇのは、受け続ければ負けるからなんだよ!」
剣士の言葉はある意味正しかった。
ソーマが動かなければ、20人が倒れるより早く、体力の限界に達するはずだ。とはいえ、盗賊達が自分も含めて8割方倒されるような戦法を押し通せるかは別の話だった。
構えから見ても、男は正統な剣術を学んだ経験がありそうだ。なんらかの事情で、身を持ち崩した人間なのだろう。
片手だけでも強いソーマの双剣を、ただの1本で防ぎきっている。
ソーマの攻撃をなぞっている残像があるため、敵は虚実の全てを受けているようだった。
右の剣を受け止められ、とっさに振るう左の剣。
これを、剣士はのけぞるようにしてやり過ごしていた。
一歩踏み込んだ剣士が、上半身は距離を取ったまま、下半身で攻撃してきた。痛めつけるのが目的ではなく、ソーマを後方へ蹴り飛ばすための蹴り。
「斬れ!」
剣士の威圧を受けて、飛ばされた先にいた男が、ソーマの背に斬りかかった。
ソーマを襲った剣は6本。
いくつも上がったうめき声の中に、ソーマのものも混じっていた。
後方を牽制するために、ライトソードを一閃させ、ソーマは剣士に向き直る。
剣技を競い合っても、1対1では厳しいだろう。
だが、勝つだけなら可能なはずだ。
「解除」
ソーマの動きを、ビデオのコマ落としのように追っていた残像が消滅する。
「一撃必中」
受け止める氷結剣も無視して、力任せの一撃を叩き付けた。
「一撃必中」
属性相性もあって、電光魔法剣の威力は敵の剣を上回る。
「一撃必中」
やっかいなこの敵を、とにかく排除する。
「一撃必中。一撃必中。一撃必中。一撃必中。一撃必中」
単発攻撃の体術を、ただただ重ねて敵を圧倒する。
『トラフロ』由来の腕力や体力をあてにした、力によるごり押しだ。
「お、お前等、こいつをなんとかしろ!」
「……あ、ああ」
「い、行くぞ」
数人がかりで、後ろからソーマに斬りつけた。
ソーマだけでなく、複数の人間が痛みに反応する。
右手を振って敵を払いのけると、ソーマが双剣を右肩に担ぐ。
向き直ったのは剣士の男。
「全開・十文字斬」
『比翼の剣』が十字架を描き出す。
しかし、これが空振りに終わる。
少々みっともない動きだったが、剣士はしりもちをついて仰向けに倒れることで、攻撃をかわしていた。
踏みつけようとしてソーマが右足を振り上げる。
対して、剣士は下から貫こうと、氷結剣を突き上げた。
「浮遊足場」
剣士の上方にある何もない空間を、ソーマは蹴って、盗賊達の輪を飛び越えていた。
地面を踏んだ『エンジェルステップ』が、動きを追い切れずにいる敵集団の後方へ、ソーマを送り届けた。
無防備な敵の背中を、三つばかり続けざまに斬りつけていく。
剣士の男は手強いが、足手まといな味方に囲まれては、動きも制限されるはずだった。
「剣舞踏行進」
再び、残像を引き連れて、ソーマは先ほどと違う戦法を取る。
わざと囲まれたりせず、身体能力を頼りに、とにかく斬りまくる。
あれ以降、ブリジットからの連絡は入っていないが、ソーマはあまり心配していない。向こうの動きを知られるのは不利益だろうし、ソーマが判断するよりも向こうの裁量に任せた方が、うまくいくように思えたからだ。
そして、彼女はソーマの期待に応えてくれた。
中庭に向けて開かれた扉から、ブリジット率いる一団が無言のまま飛び出してくる。彼女が引き連れていたのは、教会騎士10名。中にはカリアスの姿もあった。
ソーマに気を取られていた盗賊達が、奇襲を受けて取り乱していく。
「え……っと、遅くなってゴメン」
分身に戸惑いながら、駆け寄ったブリジットが話しかけてきた。
「解除。大丈夫だ。手間取ったけど、怪我もしてないしな」
教会騎士の多くが、倒れている敵の手から氷結剣を取り戻して使っている。以前のカリアスの発言にもあったが、あれは教会騎士にとってとても大切な品なのだ。
ソーマの体力が回復する。剣士に続いた僧侶からの回復魔法で、ソーマは右手を挙げて感謝の意を示した。
先ほど手こずった剣士は、教会騎士二人を相手にやりあっているのに、ソーマが気づく。
「感電魔法」
無造作に放った魔法が、剣士の身体を瞬間的に麻痺させる。
ソーマとの戦いもあって、剣士に残された体力は限界に近いはずだ。安全に取り押さえることも可能だろう。
乱戦状態は続いているが、人数さえほぼ互角なら、盗賊相手に教会騎士が遅れを取ることはない。
「盗賊は他にもいたか?」
「見つけた連中は無力化してるよ。騎士の全員がこっちに来たわけじゃなくて、何人かを治療や探索に回してる」
騎士としても様々で、僧侶として魔法に特化した者もいるのだ。
中庭を見渡したソーマは、逃げようとした連中に感電魔法を放っていく。
それでも、一人の男が氷結剣すら投げ捨てて、教会から逃げ出そうと駆けだした。
「追風移動」
効果の切れていた魔法をかけ直し、『エンジェルステップ』で地を駆ける。
正門から逃げ出そうとした男を、追い越しざまにライトソードでぶっ叩く。
そこで、ソーマは門を押し開けて敷地内に突入する男達を目にした。
鎧や剣や槍で武装した面々。
「我々はクローナ警備隊だ! 聖水教会に無法者のが押し入ったとの知らせで駆けつけた! 不法侵入者達は大人しく裁きを受けるがいい!」
もっと早く到着していれば、ソーマ達の苦労は大きく軽減されたことだろう。
だが、後始末をしてくれるのなら、それだけでも有難いかもしれない。
長かったソーマの1日は、なんとか無事に終わりそうだった。




