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剣と魔法の隙間産業的勇者生活  作者: 田丸環
第3章 初依頼とその顛末
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第21話 勇者へのお出迎え

熱源探知スコープ

 暗闇の中で、生命体の発する熱量を探り、行く手の安全を確認する。

 取得レベルの低さから、映像化に時間もかかるため、戦闘時ではとても使えない。しかし、足を止めての索敵なら、問題とはならなかった。

 マジックポーチから『夜光石』を取り出し、ソーマは後方に向けて丸く振った。

 太陽光を貯め込むことで、数時間ほど薄く発光するアイテムだ。

『トラフロ』では、真っ暗闇というのは不便すぎるためか、イベント演出以外では発生せず、『夜光石』も登場しない。

『この世界』では、夜間や室内の照明に使われており、日中は陽へさらすという手間が必要となっている。

 ソーマの合図を待って、ブリジットがそれを追いかける。

 火属性魔法の熱源補足はブリジットも取得していたが、隠形移動ができるソーマが先行を引受けていた。


 奥深くまで足を踏み入れて、二人は不思議そうに顔を見合わせる。

「変だな。ここまで来て、一度も盗賊を見かけてない」

「人がいた形跡はあったけどね。あれはここ最近のものだと思うよ」

 焼き肉の残骸らしき骨とか、すり切れて汚れたボロ布や、汚い話だが便壺など。

 存在した痕跡は残っているのに、肝心の盗賊達の姿が見えない。

「どこかに出かけているのか、もう立ち去ったのか」

「立ち去った可能性が高いかな。金目の物がなにも残ってないし。ほら、引ったくりがソーマに捕まったから、警戒して逃げ出したのかも知れないよ」

「そうなると、全部無駄足だな。とりあえず、もっと奥まで確認はしておこう」


 二人の調査は、無人であることの確認だけで終わっていた。

「その通路を覗いたら、一度引き上げよう」

「すぐ行き止まりみたいだし、調べるだけ無駄だよ」

 どんな根拠があるのか、ブリジットが言い切った。

「そうか? まあ、行ってみればわかるだろ」

「そんなに気になるの?」

 不思議そうに尋ねられたこと自体が、ソーマには不思議だった。

「……気になるな。確認だけはしておいた方がいいだろ」

「そう? じゃあ、すぐに確認してきて」

 自分では調べる気がないのか、丸投げである。

「わかった」

 違和感は拭えないものの、ソーマは単身で通路へ向かう。

 すぐ角を回ると、その先にも通路が延びていた。

「行き止まりじゃなさそうだ」

 狭い通路のため、反響だけでブリジットにまで声が届く。

「わかった。早く見て来てよ」

 ブリジットはその場から動こうとせず、ソーマだけに探索を委ねてきた。

「……わかったよ」

 不審を抱きながら、石の通路を歩き進める。


 2度目の角を曲がってすぐ、奇妙な感覚がソーマを襲った。

 上昇するエレベーターが急減速したような、かすかな浮遊感。おそらく、『この世界』では彼だけが体験した感覚だ。

 その異変の正体に、彼はすぐに気づく事となる。

 ソーマの行く手に明かりが見える。通路の突き当たりの部屋に、照明が点ったのだろう。

 彼が足を踏み入れたのは、ぽっかりと開かれた巨大な空間。幅も奥行きも30mはあるだろうか。天井までは10mほど。

 しかし、ソーマの意識は中央の存在に釘付けとなっていた。

 黄土色の体表に、爬虫類的な特徴を持つ、全長20mはあろうかという巨大な生物。

 縦長の割れ目のような瞳孔が二つ、ソーマを捉えた。

「ドラゴン……!?」


 体色から考えれば、地属性のサンドドラゴンである。

 グルルルルゥ!

 うなり声を上げていたドラゴンが、口を開いて全ての牙を露わにする。

 ゴアアアアッ!

『トラフロ』でおなじみの、竜種が持つ威圧の咆哮。

「……しまった!」

 感電魔法と同様、ソーマの動きが封じられてしまう。

 ドラゴンの喉奥からせり上がったのは、声ではなく、体内で製造された高温の息。

 ゴォォォーッ!

 ソーマは真っ正面から、吐き出された火炎を浴びた。地属性でありながら、サンドドラゴンは強力な火属性攻撃を持っているのだ。

 麻痺が解けたところで、即座に横っ飛びしたが、受けた数秒で体力の3割近く削られていた。

 ドラゴンの頭部は警戒すべきだが、横へ進みすぎると、こんどは尻尾の射程範囲に捉えられる。

 戦場が広ければ距離を取って戦える。逆に狭かったら、ドラゴンは向きを変えるのも困難となる。

 交戦こそ可能だが、この部屋はソーマにとって不利な戦場であった。


身体加速アクセル

 まずは攻撃速度や回避率を上昇させた。身体加重とは逆に、攻撃力が減少してしまう風属性魔法だ。

 サンドドラゴンのレベル帯は90代。すでに100を越えていたソーマならば、勝てるはずの相手だった。

 しかし、『トラフロ』におけるドラゴンは、種族全体が強力に設定されており、攻略時には同レベル帯のプレイヤーによるパーティ戦が基本である。

 少なくとも、防具に期待できない現状では、ソーマとしても油断できる相手ではない。

 残念なことに、地属性が相手では決定打を浴びせられず、ミスリルソードに一応は氷結魔法をかけて交戦中だった。


 ソーマはドラゴンの左側に位置取りしていた。

 頭部の火炎や尻尾の殴打を避け、左前肢や左後肢の爪を警戒する。

 その時、ドラゴンの巨体がソーマの視界を覆う。四肢で踏ん張ったドラゴンが、その身体を持って壁との間で押しつぶそうと迫ったのだ。

 慌てて飛び退いたソーマを、前足が前方へ蹴り飛ばした。

 転がり出た場所は、牙の届く位置だ。

 ぎょっとしたソーマを、ドラゴンの顎が捉える。

 上半身を噛み砕こうとする上下の牙を、両腕でなんとか押さえようとする。

 奈落を思わせるドラゴンの喉奥が、赤く照らし出されていく。じょじょに光源がせり上がってきた。

 顎の力で押さえられた形なり、ソーマはその場から動けずにいる。

 吐き出された紅蓮の炎が全身を飲み込んでいた。

 本能的な恐怖が出たのか、身体を硬直させたソーマは、押さえ損ねた牙に捉えられた。

 前後から胸部を圧迫され、腕の自由が効かず、肌に食い込む牙をただ耐えるしかない。


 体力が危険域にまで達した時に、それは起こった。

「があああぁぁぁっ!?」

 何の言葉を発したのかソーマに自覚などない。

 激痛。肉をえぐり、胸を圧する、強烈な痛みがソーマの脳内と全身を駆けめぐった。

 おそらく、『トラフロ』では制限されていたもの。瀕死状態に陥り、オーラで緩和されることのない生の激痛に、初めて襲われたのだ。

『現代日本』では縁の無かった、死を覚悟するほどの痛み。それこそ、死んだ方がマシと思えるほどの。

 どうすれば、ドラゴンの口から脱する事ができるか。

 そんな事を考える余裕すらなく、涙やよだれを垂れ流しながら、必至で身をよじる。生死を考える余裕すらなく、ただただ、痛みから脱するための行動だった。

 噛み心地が悪かったのか、ドラゴンがもう一度噛もうとしたタイミングで、ソーマが龍の顎を脱していた。

 単純に幸運がソーマに味方してくれたのだ。


 ソーマは部屋の角へ逃げ込んだ。深い考えなど無く、単にドラゴンから一番離れたかったためだ。

 完全回復薬のエリクサーを使用する。

 魔力はほとんど減っていないし、状態異常もない。通常ならばもったいない使い方だったが、ソーマはなによりも即時全回復を望んだのだ。

 かろうじてミスリルソードを握っているが、非常に腰の引けた構えだった。

 脳裏をしめる恐怖の中で、わずかに残った理性が生き残ろうともがいていた。

 自前の『ドラゴンスレイヤー』は、『トラフロ』の倉庫に置いてきたから使えない。

 水属性の防具を装備する時間も得られないだろう。

 所有するアイテム情報は把握しているはずなのに、スムーズに思考が働いてくれない。緊急時に必要な道具を取り出せないという状況が、彼にはとてもよく理解できた。

(逃げるか?)

 ソーマの入ってきた通路が、右手の壁にぽかりと空いている。

 だが、ソーマの視線をサンドドラゴンも追っていた。

(こいつ……、俺が逃げる可能性にも気づいているのか?)

 無防備にさらした背中を狙われるのは余りに危険だ。それに、細長い通路では炎から逃げ切れないだろう。


(あんな痛いのはもうごめんだ。精神獣化ならどうだ?)

 精神獣化の説明文には『痛みを忘れるほど攻撃性が高まる』とあった。魔法を取得した当初、弱いモンスター相手に試用しただけなので、ソーマ自身も詳しい使用感を知らない。

 一度発動させると、戦闘終了時までスキルや道具が使用できなくなる。ソロプレイヤーにとって、自力での回復が出来なくなるのは死活問題と言えた。

 それでも、激痛に怯えるソーマは、痛覚遮断を期待して使用を決断してしまう。

 ミスリルソードをしまうのももどかしく、無造作に投げ捨てた。後で拾えばいいと考えたからだ。

 武器の前に、一つだけ防具を取り出す。

『解放の鉄腕』。ある奴隷戦士が自由になる際に引きちぎったとされる手枷だ。筒状の一対の鉄環で30cmほどの鎖が垂れ下がっている。両腕に装備する事で攻撃力が増加するのだ。

 続いて、刀身に蔦のような溝の刻まれた、黒い両手剣を引き抜く。

(身体加重は……ダメだ。威力は上がるけど、回避も落ちる)

 数秒ごとに体力が自然回復する『生命樹の種』も使用する。

一滴回復ドロップ

 これは、体力が半分以下に減少した時、一度だけ発動し、体力を2倍に増やしてくれる。一種の保険だった。

 任意での回復を放棄し、半自動的な回復に、ソーマは全てを委ねた。

精神獣化ビースト

 視界が真っ赤に染まる。

 体術、魔法、道具の使用を諦める代償として、身体能力が大きく強化される。攻撃力も防御力もだ。

 もう、ソーマ本人が泣こうがわめこうが、結果が出るのを待つだけだ。

 防御をしないのではなく、反射的、或いは理性的に回避も行う。ただし、直撃を受けても痛みはないから、恐れもしない。目の前の敵を屠るまで、戦い以外の行動を取れなくなるのだ。


 ドラゴンの炎を避けたソーマが、今度は右側へ移動して、右前肢に黒剣を突き立てた。

 ギャオーッ!

 ドラゴンが痛みに叫ぶ。

 黒剣の溝に沿って、ドラゴンの赤い血が鍔元まで流れてくる。

『プレデター(捕食者)』の名を持つこの黒剣は、敵ダメージの5%ほど自分の体力を回復させてくれる。

 底なしとも思えるドラゴンの体力に対し、ソーマはその体力を奪うことで食らいつく。

 与える攻撃や、受ける傷が、全て同じだったなら、戦闘は全てルーチンワークとなる。

 しかし、被るダメージが浅い状況が続くと、ソーマの体力は上限にとどまり、自動回復は意味を為さない。

 逆に、不幸な偶然が重なって、立て続けに傷を負ったなら、ごっそりと体力が削られたりもする。

 一度しか効かない一滴回復が発動し、バックアップは早々に失われてしまった。

 不安を抱きながらも、痛みを感じていないソーマは、全力を持って攻撃だけに専念する。

 オーラに守られたソーマは無傷に見え、ドラゴンの身体だけが傷だらけで血にまみれていた。だからといって、戦いが一方的に推移しているわけではない。

 現在も、ソーマを不運が襲い、体力は半分以下にまで減らされていた。

(……次に炎を浴びたら、死ぬかもしれないな)

 危険を察しながら、ソーマの頭に逃走という選択肢は浮かんでこない。

 滝を下るが如く、この戦闘が決着に向かって転がり落ちていく。


 左側から襲ってきた尻尾が、強烈な一撃でソーマの身体をはじき飛ばす。

 ドラゴンの死角から、頭部の方へ再び押し出されていた。

 満を持して顎を開くドラゴン。

 喉奥から炎がせり出すよりも早く、ソーマのプレデターが鼻先を斬りつける。

 ボアァァァッ!

 閉じぎみだった口の隙間から、火炎があふれ出る。

 放射量が少なかったため、ソーマは自ら地を蹴って炎へ飛び込んだ。

 一瞬でソーマは炎の壁を突き抜けた。

 ドラゴンの頭部を踏み台にして、小山のような背中へと飛び乗った。

(こいつで、どうだっ!)

 両手で逆手に握ったプレデターを、真下に突き降ろす。

 鱗も皮膚も筋肉も貫通し、内臓にまで達する攻撃。

 ドラゴンが痛みに身悶えしたため、ソーマの身体が振り落とされた。

 瀕死に陥ったソーマがそうだったように、ドラゴンもまた威厳をかなぐり捨てて痛みにのたうっている。

 横たわった状態のため、頭部の可動範囲が大きく制限されているようだ。

(今なら、やれるか?)

 頭部へ回ったソーマを、ドラゴンが視界に捉える。

 横に傾いたままのドラゴンは、顎を左右に開いてソーマを狙った。

 ソーマを捉えるより早く、横殴りに振るわれたプレデターが、下あごを殴りつけて力ずくで口を閉ざす。

 がら空きになった顎の下には、他と比べて一回り大きな鱗が存在した。

 故事に登場する『竜の逆鱗』が、『トラフロ』では弱点の一つとして設定されている。

(ここでも一緒であってくれよ!)

 切っ先を向けたソーマは、腰だめに構えたまま突っ込んでいた。


2013-08-03 熱源補足スコープ熱源探知スコープに修正。

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