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剣と魔法の隙間産業的勇者生活  作者: 田丸環
第3章 初依頼とその顛末
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第20話 初依頼承りました

 ホンワード伯爵家令嬢のグロリアが聖水教会を訪れた。

 対面場所は以前と同じく応接室だ。

「先日、勇者様が捕まえた男の事を覚えてますか?」

「あの引ったくりだろ」

「目的は勇者様が所有する魔石だったようです」

「そうだろうな。予想はしてたし」

 面白いもので、ソーマを『勇者』と呼ぶのは部外者の彼女だけである。

 もともとは水神が口にした呼称だが、共に暮らしていることもあって、教会関係者からは普通に名前で呼ばれるようになった。


「尋問でいくつか興味深い情報を聞き出しました。彼も含めて、盗賊達はこの街で徒党を組んでいるようです」

 聞き出したと言っても、彼女が口にしているのは警備隊から上がってきた情報だろう。

「……まあ、ありがちだな」

 この世界の実情は知らないが、ファンタジー小説に盗賊ギルドが登場するのはよくある展開だ。冒険者ギルドを求めるソーマ同様、自分が安心できる後ろ盾は誰しも望むはずだ。

「盗賊達は、西にある古代遺跡を拠点にしているようです」

「あのあたりはゴーレムがいるだろ。……あれ? 俺が数を減らしたのが原因なのか?」

 そう思い至ったが、グロリアが言下に否定する。

「それは違います。すでに5年以上も前からのようですね」

「5年も前なら、もう少し噂でも流れるものじゃないか?」

「盗賊団らしい行動は取ってませんでしたし、これまでは個別の窃盗犯という扱いだったのでしょう。今回は、勇者様を狙ったことで、詳しく尋問しましたから」

「俺だったから?」

「はい。勇者様が魔石を持っているのは周知のことですが、その実力も知られています。勇者様を狙うというなら、なにか強い動機を持っている可能性があります」


「どこかで恨みでも買ったかな……」

「詳しく聞くと、兄の名前が出てきました」

「……クラウスの方か?」

 マジックポーチの一件で関わった、ダメの方の兄だ。

「はい。兄は盗賊とのつながりもあったのでしょう」

 グロリアが表情を改めた。

「ここからはお願いになるのですが、遺跡にいる盗賊達の状況を、勇者様に調査してもらえないでしょうか?」

「警備隊じゃあダメなのか?」

「遺跡の周辺にはストーンゴーレムがいますから。集団を動かしてしまうと、向こうにばれてしまうでしょう。兄の関与も周囲には隠しておきたいのです」

「ゴーレムがいるから近づけないのは解ったけど、それならどうして盗賊達は遺跡へ行けるんだ?」

「遺跡には、風化によって崩れた箇所があるそうです。ゴーレムは遺跡内部にまで追いかけてくるのですが、破損箇所から潜り込むと追うのを打ち切るそうです。ゴーレムに出された命令が、融通の効かないものだったのでしょう」

 ゴーレムに優る戦闘力を持ち、クラウスの身分を無視できる人間。

 グロリアにとって選択肢はそう多くなかったのだ。


「報酬ももらえるよな?」

「銀貨50枚ではいかがでしょうか?」

「『冒険者』としての初依頼だな。……目的は『遺跡にいる盗賊の様子を探ること』だな?」

「その通りです」

「人数も聞いているのか?」

「本人も正確には把握していませんでした。わかっているのは30人以上ということです」

「出入り口を探るのは当然として、中まで確認する必要があるのか? 実数を調べるとなったら、親玉から聞き出すか、全員を捕まえないとわかりそうもないけど」

「そうですね……。そこまで詳細な条件は決めていなかったのですが」

 考える素振りを見せて、グロリアが再び口を開く。

「まず、拠点の正確な場所を把握し、可能ならば目印を残してください。それが最低条件です。あとは、入手できた情報によって、追加報酬を支払います。どの時間帯にどの程度出入りするか。頭目や幹部など、とりまとめている人物の名前や人相なども調べてください」


「戦いになった場合はどうすればいい?」

「全滅出来るのならば、してもらうのが一番有難いです」

 イタズラっぽく笑うが、それはさすがに無理だろう。

「調査中に盗賊と戦っても、これは報酬の対象にいたしません。ですが、盗賊を倒したうえで、警備隊に引き渡してくれたなら、報酬も考慮します」

「それは無理だな」

 街まで担いでくるのもせいぜい一人が限界だろうし、敵に追われる可能性が非常に高くなる。

「盗賊達を警戒させないで欲しいというのが本音です。しかし、戦闘を避けるばかりに、情報が得られないのでは本末転倒でしょう。もともと、警備隊の突入が難しい場所ですから、盗賊達が逃げ出したという結果になっても、遺跡から排除できればそれで十分です」

「じゃあ、敵に気づかれても問題はないってことだな?」

「はい。かまいません」



 ○



 クローナの街から見て、遺跡は西側に位置している。

 そのさらに西。

 ゴーレムの活動範囲を考えると、こちら側まで回り込む人間はほとんどいない。そのため、遺跡へ接近するのに適した位置と言えるだろう。

 小さな茂みの中に、ソーマとブリジットが身を潜めている。

 この場所から見る限り、遺跡に人影は見あたらない。

「……このまま、待ちか?」

「そうだよ。小さな変化も見過ごせないから、あまり視線はそらさないようにね」

 ソーマは一人で仕事に当たるつもりだったが、話を聞いたブリジットが同行を申し出た。

 全ては、彼の経験不足を心配してのことだった。

「調査って、基本的に難しい仕事なんだよ。ソーマは強いんだから、戦闘だけで済む仕事の方が向いているんじゃないかな」

 ブリジットの言葉は真実だった。

 調査が目的では、とにかく待たねばならない。

『トラフロ』の依頼の多くはアイテム収集などで、所有モンスターのいる場所はわかっているし、遭遇するまで歩き回ればいい。自分が動きさえすれば、ゴールへ近づけるわけだ。そもそも、調査という依頼が存在しない。

 指摘されたとおり、ただ待つという行為は、経験の浅いソーマにとって非常に辛いものだった。


 夕日が周囲を赤く染めたところで、ソーマはひとつの事に気づく。

「日が沈んでも、これが続くのか?」

「そうだと思うよ」

「そうか……」

「…………」

「暗くなってからだと、アジトへ接近するのは大変だよな?」

「そうだと思うよ」

「だよな……」

「…………」

「正直言って、耐えられそうもない」

「そうみたいだね」

「暗くなる前に、あたりだけは着けておきたい」

「どうする気?」

「モンスターや人間に見つからないように気配を消せる魔法があるんだ。そいつで接近して、遺跡を調べてみる」

「大丈夫?」

「魔法について不安はないよ。これを残しておくから、お互い、何かあったら連絡しよう」

『トラフロ』から持ち出した『伝声札』を2枚取り出し、重ねた上から記号を書き込んだ。

「こいつを渡しておく。俺が持つ1枚と接続させたから、カードに話しかければ、相手側のカードが震えて声が届く」

 カードそのものが、マイクとスピーカーを兼ねている。

 一度セットしてしまえば、通話できる札の変更や追加ができない、使い切りのアイテムだ。時間経過で消滅することはないので、使い続ける事も可能だった。

 臨時パーティを組む場合に、全員が1枚ずつ負担して使用するので、ソロ主体のソーマが持ち歩く数は非常に少ない。

 1セット10枚しか持っておらず、これで残り8枚だ。

「こんなのまで持ってるんだ……。声はどのくらいまで届くの?」

「街までなら届くはずだ」

「そんなに!?」


「詳しい話は後でな。さっさと行ってくるよ。隠形移動ステルス

 ソーマの気配が地面と同化するに従って、ブリジットの視界に映る姿が薄れていった。

 驚いた彼女が周囲を見渡すが、どこにも見つからない。

「……いや、すぐ目の前にいるから」

「うわっ!?」

 思わぬ至近距離から声が聞こえて、驚きの声を上げるブリジット。

「取得レベルが低いから、時間は30秒しか保たないけどな。ちょっと、ここで待っててくれ」

 他にも、臭いや音で気づく敵もいるし、検出するための魔法も存在する。

 それでも、活用機会の多い魔法だ。

 遺跡へ到達するまでに、隠形移動が何度も時間切れになった。

 しかし、ゴーレムとの距離があれば、スキルの再使用で接触は避けられる。

「遺跡に到着した」

 伝声札越しに言葉を交わす。

『だいたい、わかってる。回りに不審者は見えないよ』

 一定時間ごとにソーマの姿が現れたため、到着のタイミングはブリジットにも察する事が出来ていた。

「了解」


 遺跡の外壁をざっと見渡したソーマは、さほど時間をかけることなく破損箇所を見つけ出した。

 申し訳程度に岩でふさいでおり、横から見ればすぐに気づけた。

「入り口を見つけたから、ちょっと潜ってみる」

『待って。一人で行くのは危険だよ』

「え? 二人で行っても、あまり変わらないんじゃないか?」

『単独行動はどう考えても危険すぎるよ。ボクも一緒に行く』

 ブリジットの申し出を実行に移すのは、それほど困難ではなかった。

 ストーンゴーレムの目につくよう、ソーマが意図的に隠形移動を解除する。

 ゴーレム達を南側へ十分に引きつけたところで、ブリジットが北側を最短距離で駆け抜ける。

 考えてみれば、盗賊達も似たような手段でゴーレムを誘導し、遺跡に出入りしているのだろう。

 再び合流した二人が、遺跡内部へと足を踏み入れた。


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