第20話 初依頼承りました
ホンワード伯爵家令嬢のグロリアが聖水教会を訪れた。
対面場所は以前と同じく応接室だ。
「先日、勇者様が捕まえた男の事を覚えてますか?」
「あの引ったくりだろ」
「目的は勇者様が所有する魔石だったようです」
「そうだろうな。予想はしてたし」
面白いもので、ソーマを『勇者』と呼ぶのは部外者の彼女だけである。
もともとは水神が口にした呼称だが、共に暮らしていることもあって、教会関係者からは普通に名前で呼ばれるようになった。
「尋問でいくつか興味深い情報を聞き出しました。彼も含めて、盗賊達はこの街で徒党を組んでいるようです」
聞き出したと言っても、彼女が口にしているのは警備隊から上がってきた情報だろう。
「……まあ、ありがちだな」
この世界の実情は知らないが、ファンタジー小説に盗賊ギルドが登場するのはよくある展開だ。冒険者ギルドを求めるソーマ同様、自分が安心できる後ろ盾は誰しも望むはずだ。
「盗賊達は、西にある古代遺跡を拠点にしているようです」
「あのあたりはゴーレムがいるだろ。……あれ? 俺が数を減らしたのが原因なのか?」
そう思い至ったが、グロリアが言下に否定する。
「それは違います。すでに5年以上も前からのようですね」
「5年も前なら、もう少し噂でも流れるものじゃないか?」
「盗賊団らしい行動は取ってませんでしたし、これまでは個別の窃盗犯という扱いだったのでしょう。今回は、勇者様を狙ったことで、詳しく尋問しましたから」
「俺だったから?」
「はい。勇者様が魔石を持っているのは周知のことですが、その実力も知られています。勇者様を狙うというなら、なにか強い動機を持っている可能性があります」
「どこかで恨みでも買ったかな……」
「詳しく聞くと、兄の名前が出てきました」
「……クラウスの方か?」
マジックポーチの一件で関わった、ダメの方の兄だ。
「はい。兄は盗賊とのつながりもあったのでしょう」
グロリアが表情を改めた。
「ここからはお願いになるのですが、遺跡にいる盗賊達の状況を、勇者様に調査してもらえないでしょうか?」
「警備隊じゃあダメなのか?」
「遺跡の周辺にはストーンゴーレムがいますから。集団を動かしてしまうと、向こうにばれてしまうでしょう。兄の関与も周囲には隠しておきたいのです」
「ゴーレムがいるから近づけないのは解ったけど、それならどうして盗賊達は遺跡へ行けるんだ?」
「遺跡には、風化によって崩れた箇所があるそうです。ゴーレムは遺跡内部にまで追いかけてくるのですが、破損箇所から潜り込むと追うのを打ち切るそうです。ゴーレムに出された命令が、融通の効かないものだったのでしょう」
ゴーレムに優る戦闘力を持ち、クラウスの身分を無視できる人間。
グロリアにとって選択肢はそう多くなかったのだ。
「報酬ももらえるよな?」
「銀貨50枚ではいかがでしょうか?」
「『冒険者』としての初依頼だな。……目的は『遺跡にいる盗賊の様子を探ること』だな?」
「その通りです」
「人数も聞いているのか?」
「本人も正確には把握していませんでした。わかっているのは30人以上ということです」
「出入り口を探るのは当然として、中まで確認する必要があるのか? 実数を調べるとなったら、親玉から聞き出すか、全員を捕まえないとわかりそうもないけど」
「そうですね……。そこまで詳細な条件は決めていなかったのですが」
考える素振りを見せて、グロリアが再び口を開く。
「まず、拠点の正確な場所を把握し、可能ならば目印を残してください。それが最低条件です。あとは、入手できた情報によって、追加報酬を支払います。どの時間帯にどの程度出入りするか。頭目や幹部など、とりまとめている人物の名前や人相なども調べてください」
「戦いになった場合はどうすればいい?」
「全滅出来るのならば、してもらうのが一番有難いです」
イタズラっぽく笑うが、それはさすがに無理だろう。
「調査中に盗賊と戦っても、これは報酬の対象にいたしません。ですが、盗賊を倒したうえで、警備隊に引き渡してくれたなら、報酬も考慮します」
「それは無理だな」
街まで担いでくるのもせいぜい一人が限界だろうし、敵に追われる可能性が非常に高くなる。
「盗賊達を警戒させないで欲しいというのが本音です。しかし、戦闘を避けるばかりに、情報が得られないのでは本末転倒でしょう。もともと、警備隊の突入が難しい場所ですから、盗賊達が逃げ出したという結果になっても、遺跡から排除できればそれで十分です」
「じゃあ、敵に気づかれても問題はないってことだな?」
「はい。かまいません」
○
クローナの街から見て、遺跡は西側に位置している。
そのさらに西。
ゴーレムの活動範囲を考えると、こちら側まで回り込む人間はほとんどいない。そのため、遺跡へ接近するのに適した位置と言えるだろう。
小さな茂みの中に、ソーマとブリジットが身を潜めている。
この場所から見る限り、遺跡に人影は見あたらない。
「……このまま、待ちか?」
「そうだよ。小さな変化も見過ごせないから、あまり視線はそらさないようにね」
ソーマは一人で仕事に当たるつもりだったが、話を聞いたブリジットが同行を申し出た。
全ては、彼の経験不足を心配してのことだった。
「調査って、基本的に難しい仕事なんだよ。ソーマは強いんだから、戦闘だけで済む仕事の方が向いているんじゃないかな」
ブリジットの言葉は真実だった。
調査が目的では、とにかく待たねばならない。
『トラフロ』の依頼の多くはアイテム収集などで、所有モンスターのいる場所はわかっているし、遭遇するまで歩き回ればいい。自分が動きさえすれば、ゴールへ近づけるわけだ。そもそも、調査という依頼が存在しない。
指摘されたとおり、ただ待つという行為は、経験の浅いソーマにとって非常に辛いものだった。
夕日が周囲を赤く染めたところで、ソーマはひとつの事に気づく。
「日が沈んでも、これが続くのか?」
「そうだと思うよ」
「そうか……」
「…………」
「暗くなってからだと、アジトへ接近するのは大変だよな?」
「そうだと思うよ」
「だよな……」
「…………」
「正直言って、耐えられそうもない」
「そうみたいだね」
「暗くなる前に、あたりだけは着けておきたい」
「どうする気?」
「モンスターや人間に見つからないように気配を消せる魔法があるんだ。そいつで接近して、遺跡を調べてみる」
「大丈夫?」
「魔法について不安はないよ。これを残しておくから、お互い、何かあったら連絡しよう」
『トラフロ』から持ち出した『伝声札』を2枚取り出し、重ねた上から記号を書き込んだ。
「こいつを渡しておく。俺が持つ1枚と接続させたから、カードに話しかければ、相手側のカードが震えて声が届く」
カードそのものが、マイクとスピーカーを兼ねている。
一度セットしてしまえば、通話できる札の変更や追加ができない、使い切りのアイテムだ。時間経過で消滅することはないので、使い続ける事も可能だった。
臨時パーティを組む場合に、全員が1枚ずつ負担して使用するので、ソロ主体のソーマが持ち歩く数は非常に少ない。
1セット10枚しか持っておらず、これで残り8枚だ。
「こんなのまで持ってるんだ……。声はどのくらいまで届くの?」
「街までなら届くはずだ」
「そんなに!?」
「詳しい話は後でな。さっさと行ってくるよ。隠形移動」
ソーマの気配が地面と同化するに従って、ブリジットの視界に映る姿が薄れていった。
驚いた彼女が周囲を見渡すが、どこにも見つからない。
「……いや、すぐ目の前にいるから」
「うわっ!?」
思わぬ至近距離から声が聞こえて、驚きの声を上げるブリジット。
「取得レベルが低いから、時間は30秒しか保たないけどな。ちょっと、ここで待っててくれ」
他にも、臭いや音で気づく敵もいるし、検出するための魔法も存在する。
それでも、活用機会の多い魔法だ。
遺跡へ到達するまでに、隠形移動が何度も時間切れになった。
しかし、ゴーレムとの距離があれば、スキルの再使用で接触は避けられる。
「遺跡に到着した」
伝声札越しに言葉を交わす。
『だいたい、わかってる。回りに不審者は見えないよ』
一定時間ごとにソーマの姿が現れたため、到着のタイミングはブリジットにも察する事が出来ていた。
「了解」
遺跡の外壁をざっと見渡したソーマは、さほど時間をかけることなく破損箇所を見つけ出した。
申し訳程度に岩でふさいでおり、横から見ればすぐに気づけた。
「入り口を見つけたから、ちょっと潜ってみる」
『待って。一人で行くのは危険だよ』
「え? 二人で行っても、あまり変わらないんじゃないか?」
『単独行動はどう考えても危険すぎるよ。ボクも一緒に行く』
ブリジットの申し出を実行に移すのは、それほど困難ではなかった。
ストーンゴーレムの目につくよう、ソーマが意図的に隠形移動を解除する。
ゴーレム達を南側へ十分に引きつけたところで、ブリジットが北側を最短距離で駆け抜ける。
考えてみれば、盗賊達も似たような手段でゴーレムを誘導し、遺跡に出入りしているのだろう。
再び合流した二人が、遺跡内部へと足を踏み入れた。