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剣と魔法の隙間産業的勇者生活  作者: 田丸環
第1章 勇者、異世界に現る
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第1話 目覚めは聖水教会で

 天井のみならず、壁にも、床にも、見覚えはない。

 いずれも石造りでひんやりと冷たく、加工や装飾から判断すると非常に工費はかかっているように思われた。

 上半身を起こして周囲を見渡した少年は、寝起きのように霞んでいる頭を軽く振った。

 彼がいたのは、幅10m、奥行き20mほどの一室。天井まで5mはありそうだ。

「あれはアクアリーネの像? 聖水教会なのか?」

 当惑しながら漏らした彼の問いに答えてくれる者はいない。

 もちろん、水神アクアリーネの石像も無言のままだ。

「聖水教会なのはいいとして、なんで俺はここに……。いや、ゲームなんかやってたか?」

 目覚める前……、正確には意識を失う前の状況を思い出そうとするが、彼はその記憶に辿り着くことができなかった。


 彼がよく遊んでいるVRMMORPGのタイトルは、『トライポッド・フロンティア』。

 ヘッドギアを被ることで、視覚と聴覚と触覚の疑似信号を脳内へ送り込む方式のバーチャルリアリティ技術は、すでにネットワークを介して多人数が同時参加できるRPGにまで転用されていた。

『トラフロ』はそのうちの一つで、蘇った魔王の軍勢が活動し始めた時代に、かつて魔王を封印した勇者達の武器を求めて多くの冒険者達が世界中を旅する物語だった。

 それはともかく、彼にとって一番重要なのは、聖水教会にいつ来たのか。あるいは、誰に連れ込まれたのか。そして、その理由であった。

 右手のジェスチャーに応じて、透明なテレビが画像を映し出すようにシステム画面が表示された。彼が見やすいように、読書時に本を開いた距離感と傾きで表示位置を調整してある。

 システム画面上でできたのはアイコン表示される所有アイテム一覧ぐらいで、全体マップや現在地という現在欲している情報はほとんど表示されなかった。

「システムの不具合か……?」

 後から考えればのんきなものだが、この時の彼はまだ何も知らずにいた。


 誰かに事情を尋ねてみようと歩み寄った扉が、内側に向かって開かれる。

 不意に現れた少女が驚きで目を見開き、少年の姿を瞳に映し出した。

「……っ!」

「あっ、悪い。驚かせたか?」

 思わずして口をついて出た謝罪に理解を示し、少女は気を落ち着かせて問いかけくる。

「あなたは、どうやってここまで入ったんですか?」

「……俺の方が聞きたい。なんで、俺はここにいるんだ?」

 どちらも明確な答えを持ち合わせていないようで、互いの顔を見つめ合う。

「ここは聖水教会の礼拝堂で、普段なら一般の方の立ち入りは許されていません。誰の許可も得ずにここまで入ったのですか?」

 少女が口にしたのは有益な情報ではあったが、まだまだ核心には触れていない。


「俺はソーマ。気がついたらこの場に寝ていて……、どうしてここにいるのかまったく覚えていないんだ。何か知らないか?」

「えっと……あっ、私は僧侶見習いをしているシシリーといいます。訪問者が来られるという話は誰からもうかがっていません」

 見知らぬ人物に対しても、真摯に対応してくれる少女。

 落ち着いて容姿を眺めてみると、ふんわりと広がる水色の髪が軽く肩にかかり、幼さこそ残るものの柔和な顔立ちは非常に可愛らしかった。

 地味目な印象ではあったが、僧侶という事も考慮するなら似合っていると言えるだろう。


「……なんですか?」

 無遠慮な視線にシシリーは怪訝そうに尋ねてくる。

「プレイヤー……だよな?」

「……プレイヤー?」

 理解できないらしく、首を傾げるシシリー。

『トラフロ』に限らず、仮想現実型のゲームでは自キャラを格好良く設定する者が多い。自慢できる話ではないが彼自身もまた『ソーマ』を何割か増しで格好良く設定しており、ついでに、年齢も五歳ばかり若くしていた。

 逆に言えば、客であるプレイヤーとは違い、NPCは基本的に平凡な容姿であることが多かった。もちろん、イベントキャラはこの限りではない。


 少女のスカートの裾をつかんでめくり上げようとしたソーマの手が、少女の手で取り押さえられる。

「なっ、何をするんですか!」

 戸惑いや怒りを滲ませながらも、恥じらう少女の表情は可愛らしかった。

「何って、スカートめくり……」

「失礼でしょう! どうしていきなり女性のスカートをめくるんですか!」

「……嫌がるかどうか知りたかったから?」

「嫌がるに決まってます!」

 怒鳴られた。

 仮想現実型のゲームでは、NPCへの性的な接触は不可能な仕様になっているのが一般的だ。『現実とゲームの区別がつかなくなる』という論調への予防線という意味合いが強い。

 その容姿も、その言動も、NPCらしからぬものに思える。

「やっぱり、プレイヤーなんだろ?」

 騙されているという疑惑が抜けず、ソーマの言葉には険が混じる。

「わけのわからないことを言ってごまかさないでください。こちらも教会騎士を呼びますよ」

 ソーマの態度に気分を害したらしく、少女も硬い態度で応じてきた。


「……悪かった」

 あっさりと折れたのは、謝罪と言うよりも打算による選択だった。ソーマ自身は部外者であるようだし、彼女と揉めるのは得策ではないと考えたのだ。

「どうしてこんな真似をしたんですか?」

「いや……、どんな反応をするのか確かめたくて」

「そのような行動で相手の身分を確かめるのは、あまりに失礼です。二度としないでください」

 憤然と応じる少女に、ソーマが首を捻る。

「身分……って何のことだ?」

「貞操観念を見ることで、相手の身分を知ろうとしたんですよね?」

「ちょっと違うけど……、まあ、そんなところ……かな」

 曖昧に頷きながら、ソーマの胸を不吉な予感がかすめた。


 先ほどの反応といい、今の発言といい、彼女はNPCらしくない。

 それでいて、プレイヤーらしくもない。

 役割を演じるという意味でのロールプレイングには合致しているが、見知らぬ相手にその態度を貫く意味があるのだろうか?

「……とにかく、さっきも言ったとおり、俺自身もここにいる理由や原因を全く知らないんだ。この教会の中で、誰が俺をここへ運び込んだのか、そのあたりを知っている人間に心あたりないか?」

「それはみなさんに聞いてみませんと……。とりあえず、教会騎士のお部屋まで案内するということでよろしいでしょうか?」

 いまさら他の選択肢があるはずもなく、ソーマは頷くしかなかった。



 ○



 礼拝堂を後にして、二人は廊下に出る。

 床も壁も隙間なく石が組み合わされており、表面は滑らかに加工されていた。礼拝堂だけでなくどこもこのような作りになっているなら、ずいぶんと立派な建物と言うことになる。

 幾つかの角を曲がり、石畳を敷き詰めた中庭の広場を突っ切ろうとした時のことだ。

「……貴様、何者だっ!? その少女から離れろ!」

 誰何する鋭い声が飛んできた。

 さすがに自分の事だと察したソーマは、声の主を振りかえって視界に納める。

 艶やかな紺色の髪はポニーテールに結い上げていても肩胛骨の辺りまで届いていた。騎士然とした凛々しい女性が、怒りの感情を露わにするような足音でこちらに詰め寄ってくる。


「アストレア様、お待ちください」

 慌てて止めようとするシシリーを、当人は怪訝そうに見返していた。

「シシリーの知り合いか? 訪問者がいるなら私達に通してもらわないと困る」

「……それが、礼拝堂でお会いしたばかりで、どのような事情か私も知らないんです。ちょうど、騎士団詰め所までご案内するところでした」

「教会へ勝手に忍び込むとは言い度胸だな。そのような無礼な行動が許されると思っているのか」

「……なんだよそれは」

「なんだ、だと?」

「どうやって入ったかなんて、俺の方が知りたいくらいだ」

 どうやら、ソーマがここにいる事情を、シシリーもアストレアも知らないのは確からしい。それはソーマ自身にもわかっている。

 しかし、同じ問答の繰り返しに彼もうんざりしていたのだ。自分のことを被害者だと思っているのだから、なおさらである。

「第一、俺が忍び込んだって言うなら、忍び込まれるあんた達の警備に問題があるってことだろ! 人を責める前に、自分の落ち度を問題視しろよ! あんた達が『誰にも潜り込まれていない』と証言してくれれば、俺の不法侵入なんて疑いも消えるんだからな!」


 ソーマの理屈にも一応の正当性はある。

 アストレア自身も明言しなかったが、自分達に失態の可能性があるからこそ、事態の究明が必要だと考えていたのだ。

「貴様っ……」

 そのため、元凶であるはずのソーマから堂々と追及されては、冷静な仮面も剥がれてしまう。

「盗人猛々しいとはこのことだな。叩きのめされてから牢へ叩き込まれるのが望みか? 目的も手段も力ずくで吐かせてやるぞ」

「やれるものなら、やってみろよ!」

 威勢良く応じるソーマ。

 ゲーム内でのできごという認識のせいで現状判断が今ひとつ甘いらしい。

 彼は怒りにまかせて八つ当たりしてしまったのだ。


2013-07-19 サブタイトル変更

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