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剣と魔法の隙間産業的勇者生活  作者: 田丸環
第3章 初依頼とその顛末
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第18話 勇者の冒険者的生活

「ソーマも狩りに慣れてきたみたいだね。最初は、あまりにも素人すぎてビックリしたけど」

 などとブリジットが述懐する。

「そうだろうさ」

 ふてくされたように応じるソーマ。


『トラフロ』がそうであるように、仮想現実を利用するゲームには表現規制が存在する。

 人間キャラに出血が生じるのも、非常に危険な状態となってからだ。ゲーム内容的に武器の使用が前提となるため、負傷を重大事と認識させる意図によるものだ。

 忌避感を生み出すような演出する一方で、生理的な嫌悪感を招く表現も排除される傾向にある。

 だれだって、ゲーム中に不快な思いはしたくないからだ。

 例えば、死にかけたモンスターが狂乱する様子とか、とどめを刺した時の断末魔の痙攣とか。


 狩りをしていれば、当たり前のように遭遇する事態に、ソーマは初めて直面してひどく狼狽えてしまった。

 戦闘能力を見て熟練者と思い込んでいたブリジットは、あまりの落差に驚かざるを得ない。

 これまでは、歩行植物のサボテニアンや、無生物のゴーレムが相手だったため、ソーマ本人すら自覚していなかった。

 今回、彼等が倒したのは、沼地に棲息していた水属性のリザードマンだ。知的生物などではなく、二足歩行するトカゲという表現が近い。あわせて11体を始末している。

 人間を連想させる体型から、ソーマの受けた心理的負担は非常に大きかった。

「さばくのも頑張ってね」

「……頑張る」

 これまた、この世界でやらねばならない事だ。


 ゲームであれば、死体は即座に消え去って、ドロップアイテムだけがその場に残る。

 現実ではそうもいかず、動物ならば身体を裂いて、体組織を収集しなければならない。

 こういうのを嫌がるのは、『現代日本』で恵まれた環境にいたからだろう。

 腹部を引き裂くと、赤い血が大量に溢れ出し、こもっていた熱が湯気となって立ち昇った。

 ソーマはライトソードを脇に置いて、ピンポイントダガーに持ち替える。

 刀身が薄く、刃幅が狭い形状をしており、器用さに上昇補正のある短剣だ。戦闘においては急所狙いに向いており、日常生活では細かな加工に適していた。


「その黒い内蔵がそうだよ。肝臓本体に傷つけると、組織が劣化するから気をつけてね」

 ブリジットの注意を念頭に置いて、顔をしかめながら作業を行う。

「ほんと、ゴーレムってありがたいモンスターだったんだな。少なくとも血は見なくて済む」

 ソーマがぼやくと、ブリジットが苦笑する。

「そう言えるのはソーマだけだろうね」

 単純にゴーレムを倒せる実力の持ち主が少ない。

「だけど、ゴーレムだけを狩ってたら、明るくない未来が待っている気がするよ。試してみる?」

 供給過多ともなれば、魔石はいずれ値崩れを起こすだろう。

 さらに問題なのは、ゴーレムが全滅しかねないという点だ。生物ならばそんな心配は不要だが、ゴーレムでは誰かが製造しない限り、減少する一方だ。

「……やめとく」

 いざという時に備え、ヘソクリにしておくのが賢い選択に思えた。



 ○



 狩りを終えた二人が、夕飯のために酒場を訪れていた。

 ソーマのキャラ設定は17歳だが、中の人の実年齢は22歳で飲酒経験もある。ブリジットは2歳年上の19歳だから、飲酒制限の緩いこの世界ではなんの問題もなかった。

 葡萄酒で満たしたグラスを、二人が打ち合わせる。

「お疲れさん」

「お疲れー」

 アイテム素材を職人ギルドへ持ち込んだところ、本日の収入は銀貨40枚ちょい。ブリジットは遠慮していたが、パーティ行動時の配分は半分ずつという取り決めにしてあった。


「ブリジットはずっと旅を続けているのか?」

「そういうわけじゃないんだ。人捜しをしてるんだけど、やっぱり足代はいるしね」

「どんな相手なんだ?」

「個人的な知り合いじゃなくて、犯人探しになるかな。盗まれた属性武器を取り戻して欲しいって依頼されたんだ」

「属性武器って、ずいぶん高いって聞いてるぞ」

「そうだね。懇意の教会ならば無償で提供してくれることもあるけど、安くても金貨2枚ぐらいに相当するよ」

「盗んだ相手はわかってるのか?」

「なんの情報もないんだ。手がかりは盗まれたのがサンダートマホークって事だけでね。使ってる人間や、売買されたって情報を集めてるとこ」

「……サンダートマホーク? 見覚えがあるぞ」

「え? ホント!?」

「だけど、その盗まれた物とは限らないぞ」

「その確認は自分でするから、知ってる情報を聞かせてもらえるかな?」

 ブリジットの要望に応え、貴族の用心棒をしていたザジについて説明する。

 外見的な特徴や装備している武器や戦法について。


「……特にフリーズナイフは、火属性のブリジットにとって天敵だろ」

「そうだね……。もともと、ボクに話が回ってきたのは、光属性に対して優位だからなんだ。ボクとしても計算違いだよ。教会から貸し出されたサンダーソードが、ものすごく有難く思えてきた」

「一度戦ったからってザジに恨みはないけど、言ってくれれば俺も協力するよ」

「それは有難いね。なんか、世話になってばっかりだから、気がとがめるけど」

「大げさに考えなくてもいいって。ブリジットが負けるとは思わないけど、厄介そうな相手だとは思ってるんだ。返り討ちでもされると寝覚めが悪くなる」

「じゃあ、お願いしようかな。……ポーションが尽きる前に、融通してもらわないと」

「聖水ポーションだとやっぱり効率が悪いな」

「だよねー」

 苦笑するブリジット。

 本来、火属性である彼女には、聖火ポーションが一番効率がいい。

 教会は信徒以外にも門戸を開くものだが、この街の聖火教会は特に狭量だった。先日の一件で、ブリジットに回復薬を売ろうとしないのだ。

 そのため、効率には目をつぶり、ソーマの入手する聖水ポーション頼りとなっていた。


「あんな方針じゃ、信者が離れる一方なのに」

「ブリジットがそう感じるのは当然だけど、信者全般も教会に批判的なのか?」

「あそこまで意固地なのは教会内部だけだよ。街の住人は多属性の隣人とも普通につきあいがあるし、ハンターともなれば多属性から仲間を捜すくらいだ。ほら、狙った獲物とだけ戦えるならまだしも、別な敵が襲ってくる可能性を考えると、どうしても単一属性だと危険が大きくなるでしょ」

「普通はそう考えるよな」

「ボクが明かな罪を犯したのならまだしも、どう見たって、聖火騎士ともめたのが原因だからね。ただの嫌がらせにしか思えない。知り合いの火属性ハンターも呆れてるし、人ごとじゃないって警戒もしているんだ」


「そういう点から言っても、ギルドの価値はあるって事になるな」

「ギルド? えーと、ハンター用のギルドってこと?」

「ハンターだけでなく……、ブリジットのような犯人探しとか、傭兵とか、何でも屋全体のギルドだな。上下関係は嫌がりそうだけど、横のつながりは広げておきたいだろ?」

「それはそうかもね。仲間はどのくらいいるの?」

「現在は俺一人だけ」

「ボクを入れても、二人ってことか」

 さらっと自分を数に入れるブリジット。


「今の話だと、ポーションの手配は考えてるんだよね。他にはどんな支援をするつもりなの?」

「ポーションだけでなく、消耗品はストックしておきたい。使い道の少ない道具は、共同で購入して貸し出しを行う。教会や他ギルドや国から掣肘を受けたら、仲間を代表して交渉にあたる。新人には、基本的な知識や慣習や礼儀を教育したり、季節や地域ごとの有益な情報を共有化する。依頼の受付もギルドに一本化して、一定の基準から難易度を設定する。顧客への信頼性を高めるために、不達成の仕事への賠償や、代役の手配も行う。こんなとこかな」

『現代日本』を参考に、ずらずらと並べてみた。

「ずいぶん……、考えてるんだね」

「あれば便利だろ」

「うん。……お金の預かりはしないの? 今みたいに」

「それはそれでもめそうだしな」

 本人の意向もあって、彼女の魔石の取り分は3つとなっていた。個別に値段が違うため、最初に売れた6個の代金を、それぞれ折半という取り決めだ。

 現在、3個売却済みで、金貨8枚の収入。

 魔石同様、宿に残すと不安なので、金貨3枚、銀貨70枚がソーマ預かりとなっていた。ソーマ個人の戦闘能力もさることながら、警備の固い聖水教会に寝泊まりしているという点がその判断理由だった。

 預金通帳のようなノートを作って、ブリジットのお引きだしに対応している。



 ○



 ブリジットとは店の前で別れ、ソーマは教会への帰路につく。

 酔いも回っており、少しばかり思考が浮ついた状態にあった。

 ソーマは軽い歩調で、右へ左へとかわしながら人とすれ違う。

 どん、と後ろから誰かがぶつかってきた。

「悪いな、坊主」

 ソーマより小柄な男が、軽く謝罪を口にする。

「こっちこそ」

 そう応じたソーマが、体勢を崩した。

 腰にくくりつけたマジックポーチが引っ張られ、ギシギシと耳障りな金属音が鳴った。

「鎖かっ……」

 革紐だけでなく、盗難に備えた鎖が役に立ったようだ。

 さすがに、クラウスの一件で懲りたためだ。そのうえ、ブリジットの財産まで預かっている。


 しくじった瞬間に、男は脱兎の如く駆けだした。

「待て!」

 呼び止めるソーマの言葉に従うはずもない。

「えーと……」

 酔いのせいか、とっさに魔法が思い出せない。

「……感電魔法テイザー

 空間を走る小さな電光が、人の間を縫うようにして男を追う。

 ダメージを与えずに、数秒間だけ麻痺させる魔法だった。照準可能なのは敵単体に限定されるが、そのおかげで射線が遮られても第三者に被害は発生しない。

『トラフロ』では、モンスター集団を分断させるのに使用される。効果時間が短い上に、連発も効かず、対象が一体だけと、使い勝手が悪いとの評価に定まっている。

「ぎゃっ!」

 感電のショックに、足をもつれさせて男が転倒する。

「窃盗未遂の現行犯で、衛兵に突き出すからな」

 痺れる身体でもぞもぞと逃走を図るが、それを許さずにソーマが拘束する。

 酔っぱらい狙いの引ったくり。

 事実であったが、それが全てではなかった。

 ソーマを狙っての犯行だと、後に判明したからだ。


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