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剣と魔法の隙間産業的勇者生活  作者: 田丸環
第3章 初依頼とその顛末
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第17話 勇者の聖水教会における平穏な1日

 教会騎士達が鍛錬のために、修練場で模擬戦を行っている。

 自身の剣技を磨くのが目的なので、体術や魔法の使用は禁止だ。

 客観的に見て腕が立つのは、一番がアストレア。二番がカリアスだろう。騎士団長をしている人物は回復魔法を得手としており、剣は苦手なのだ。

 修練に参加しているソーマを含めたとしても、この順位は変らない。教会を訪れた当初、ソーマは剣だけでアストレアの上をいったが、これは膂力や反応速度を背景としたもので、剣技そのものに限定すれば評価は覆る。

 敵をねじ伏せるだけならソーマの方が早い。しかし、相手の身も気づかうなら二人の方が上だろう。


「貴様の力は認めるが、体術頼みでは上達しないぞ」

 ソーマをいなしたカリアスの言葉に、優越感が滲み出ていた。

 幾度か剣を交えたことで、ソーマの動きを先読みできているようだ。カリアスが剣を振り続けた経験は、ちゃんと彼の中で実を結んでいる。

『トラフロ』では、モンスターの動きには癖が仕込まれていたし、対プレイヤー戦でも体術は使って当然だった。

 ソーマに限らず、『トラフロ』プレイヤー達のほとんどが我流である。なにより、ソロプレイヤーが主体のソーマは対人戦の経験が非常に少なかった。

「わかってるから、こうして練習してるんだろ」


 発奮したソーマが、決着を確信して振るった一刀。

 しかし、ソーマの行動を起こした瞬間には、カリアスが軽く一歩退いていた。

 上半身をのけぞらせたカリアスの鼻先を、ソーマの模擬刀が虚しく空振りした。

 体勢を立て直したカリアスが間合いを詰めてくる。

 ソーマは純粋な反射神経で後方へ飛び退き、縮められた間合いを引き離そうとする。

 そこへ、さらに一歩踏み込んだカレアスの剣が、ソーマの胸にまで届いた。

「ぐっ……!」

 強烈ではないが、無視できない痛みが胸を打った。

「ちょっと、下がる距離が足りなかったようだな」

 カリアスの口元に皮肉気な笑みが浮かんだ。


 傲慢な態度が少し軟化したのは、ソーマより優っている部分に気づいたからだろう。

 ソーマとしてはあまり愉快な気はしないが、体術でケンカをふっかけるのも情けないし、剣技の必要性も自覚していた。

 前にも言及したが、体術とは学びとる技ではなく、『天啓』として『授かってしまうもの』だ。

 これには諸説あり、一つの技を一定数以上の人間が習得すれば、まるで無関係の人間にも伝播すると考えるのが多数派であった。『100匹目のサル』という話の真偽はともかく、似たようなものだと考えていい。

 生まれや育ちに関係なく、多くの者が得られるという点から、『凡庸な力』と評価する者がいた。

 それが貴族や高官達だ。彼等に許された自由を費やし、身につけた腕前を誇る。『体術とは力任せの攻撃であり、技量とは知性や修練を意味する』と。

 逆に、実戦派ならこう言うだろう。『鮮やかな剣技より、敵を倒せる体術だ』と。



 ○



「小耳に挟んだのですが、魔石はすでに10個ほど所有しているとか。高値で買い取った直後に、値下がりする可能性も考慮するなら、その値段では二の足を踏む商人も多いでしょう」

 2度目の来訪となるハンザが、あらためてソーマと交渉している。

 端的に言えば、値下げ交渉だ。

「美術品などではなく、実用品という点から見ても、希少価値を強調しては、買い手を遠ざけるのはでありませんか?」

「伝えるのが遅れましたが、すでに金貨5枚で購入してくれた方がいるんですよ」

「えっ!? そんなはずは……。購入したという話は誰からも聞いてませんよ。失礼ですが、本当ですか?」

「もちろん。ホンワード伯爵家が買ってくれました」


「伯爵様がですか? 伯爵家なら商人に資金の融通を求めなくても、支払えるとは思いますが……。相場を無視してまで購入するとはとても……」

「嘘じゃありませんよ。このまえ、グロリアさんを訪ねて交渉してみました」

「嘘だなんて思っていませんよ。そんな嘘はすぐにばれるでしょうし、結果的に伯爵家へケンカを売るようなマネもしないでしょうから。購入の目的についてはお聞きでしょうか?」

「他の貴族へ宣伝したり、自慢するためみたいですね」

「伯爵様ならば、もっと良質の品も手に入るのでは? わざわざストーンゴーレムの魔石でなくとも……」

「ストーンゴーレムの狩り場はこの近くです。それなのに、この街を通り過ぎて王都へ送られてしまうのは、領主としての対面にも関わるんじゃないか、と説明しました」

「そうでしたか……」


「売ったのは、持っている中で一番大きくて質のいい魔石です。そのおり、幾つか条件を出されています」

「……それはどのような?」

「他の相手には、金貨5枚以上の値段で売らないこと。もっといい魔石が出たら、伯爵家に持ち込むこと」

「なるほど。一番いい品を買ったという箔付けもありましたか」

「持っている魔石はどのようなサイズなのでしょう?」

「これが、持っている魔石の特徴を一覧にした表です。指定してくれれば、特定の品をご覧に入れます」

 表の項目は、重さ、最大直径、最小直径、明るさなどである。

 重さ順に記載されており、一番上の行には金額が記載されていた。


「14番の一番軽い魔石と、13番も見せてもらえますか?」

「ちょっとお待ちください」

 応接室を出たソーマは、自室でマジックポーチから取り出し、再び戻ってきた。

「14番だけ、極端に小さいですね。品質は問題ありませんが……」

 戦闘が長引いた場合、モンスターは魔石の魔力を使用して回復する事がある。おそらく、この魔石は騒動の元となったゴーレムから取れた品だろう。


「14番を安く売ってもらうことは可能ですか?」

「構いませんよ。どのぐらいなら、買えそうですか?」

「……金貨1枚」

「ちょっと安くありませんか?」

「やはり大きさがネックでしょう。相談なんですが、13番とセットならまとめて金貨3枚支払います」

「13番は金貨2枚という扱いですか……。急に買う気になったのは、急ぎで必要な事情でもあるんですか?」

「王都まで行くには、やはり時間も費用もかかりますからね。私が買うなら、このあたりが限界です。正直に言いますが、これは大きく譲歩した金額ですよ」

「……わかりました。セットで売りましょう」



 ○



 就寝の前にトイレを済ませたソーマは、戻る途中で人影を目にした。

「まだ起きてて、明日の朝は大丈夫なのか?」

「そろそろ眠ろうと思ってましたところです」

 はかなげに微笑むシシリー。

「星を見てたのか?」

「はい……。綺麗ですよね」

「まあ、そうだな」

 ソーマが気のない返事を返す。

『現代日本』では到底望めない光景だが、『トラフロ』内ではもともとこれが標準だった。ゲーム開始時当初ならまだしも、ずいぶんと慣れてしまったソーマは深い感慨を抱いたりはしない。

 本人の感受性が鈍いというのもあるだろう。


「……アクアリーネ様はなぜ私を選ばれたのでしょうか?」

「素質があったからじゃないか?」

 そう応じたが、状況的に見ると偶然という可能性も高い。

 ソーマが召喚されたという前提があり、ソーマへ言葉を伝えるために選ばれた。そういう見方をするなら、だ。

「私は見習いの一人に過ぎなかったのに……」

 僧侶としての実力すら不足しているのに、いまや、彼女は聖女扱いである。

 ソーマは自分と出会う前の彼女を知らないが、以前と今とで扱いが大きく違うのは想像がつく。


「俺だって、ここに来る前は勇者なんて呼ばれた事無いぞ」

「そうなんですか?」

「そりゃあ、そうだ。神様なんて会った事もないし。そこまで大きな期待を受けた事もない」

「一緒……ですね」

 シシリーがため息のようにぽつりとこぼす。

 それなりに親しかったであろう人たちから、全く違う対応をされてしまい、彼女の培った人間関係はリセットされてしまった。

「こうして対等に話してくれるのはソーマさんだけです」

「俺は聖女がどういう存在かよく知らないんだ。こんなんじゃ、問題視されるかもな……」

 会社の上司を相手にするなら、ソーマの態度だって当然改まる。ネットゲームの『トラフロ』ではタメ口が基本だし、ファンタジー世界だから現実感が薄いというのも理由の一つだ。

「このままでいいです。お願いですから、今まで通りでいてください。ソーマさんは勇者様ですから、構わないと思います」

 彼女にとって、ソーマのような存在は希少なのだ。


「……アントン君のこと。連れ戻してくれてありがとうございます」

「手助けしただけだよ。戻ると決めたのはアントン本人だし」

「孤児達の面倒は私が見ていたんです。アントン君も嬉しかったと思います」

 くすくすと笑ったシシリーが、最後にこう言い残した。

「私はソーマさんのこと、勇者らしいと思いますよ。戦いに強いことよりも、ずっと」

「俺も……と返したいけど、俺は僧侶も聖女も必要条件を知らないからな。うまく元気づけてやれそうもない」

 適当に調子を合わせたところで、相手が納得するようには思えなかった。

 アントンの時と同様、ソーマは率直な言葉を口にする。

「いいんです。私が力不足なのは自分でも知ってますから。……おやすみなさい」

「おやすみ」

 少女でしかない聖女の後ろ姿を、ソーマは見送っていた。


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