第15話 中央公園における見せ物
3騎士に言いがかりを受けた翌日、ソーマは中央公園を訪れていた。
普段なら、芸人達が技術や感性を披露する場だが、今回は魔法剣士や騎士達が武芸を披露する場となる。
訪問を受けたその場で決着をつようとしたソーマに、衆を頼んで口封じされてはたまらないと、聖火騎士は拒んだ。
聖火教会でと言い出した彼らの申し出を、今度はソーマが拒否する。『悪辣な奸計』を警戒する彼等の言動が、彼ら自身への不信感につながっているのだ。
そこで、どちらの管轄でもなく、一般人も出入り自由な中央広場がその舞台に選ばれた。
「話は聞いたよ。ボクも手を貸そうか?」
「いや。見物しててくれ。あいつ等には腹も立ててるし、思いっきり恥をかかせてやる」
心配してくれたブリジットの申し出を、ソーマは自分の都合から断った。
アストレアの同行を断ったのも、聖水騎士の存在を理由とする『決着後』の言い訳を封じるためだ。
「自信満々そうだし、楽しませてもらおうかな。危なくなったらいつでも呼んでよ」
との事だが、ブリジットの持つサンダーソードでは相性が悪いはずだ。
「その時は頼む」
好意には感謝して、ソーマは待ち受ける3騎士の前に出る。
「逃げずにきたようだな。それだけは誉めてやろう」
鷹揚に告げる中年騎士が、見物客に向かって声を張り上げた。
「先ほど告げたとおりだ! 魔石を売り出した張り紙を知っている者もいよう! 昨日、我らとの戦いで弱まったゴーレムを、かすめ取るような形でこのものは撃破したのだ! 手柄を独占し暴利をむさぼるような真似は、絶対に許すべきではない!」
自分たちの正当性をうたう中年男。もっともだと頷く人間と、不思議そうに首をかしげる者と、半々といったところだ。
自分が正しいと思い込んでいては、自身を振り返ることもなくなってしまうのだろう。クラウスのような貴族も、聖火教会に関わる人間も。
「ロッシュにもオードリーにも手は出させん。この聖火騎士・ボンバスが、炎神・フレア様に替わって真実を明らかにしてみせよう」
大剣を突きつける中年男。
聖火騎士らしく、大剣は火属性が付与されたファイアーブレードなのだろう。
筋肉質でずんぐりした体格の彼に相応しい武器だった。
「やれるもんなら、やってみろ」
対するソーマが、マジックポーチから『比翼の剣』を引き抜いた。
「奇妙な手品を使うものだ。ゴーレムに関してもなにかの仕掛けを使ったのだろう」
彼の持つ常識に従ってそう断定する。
「サンダーソードの使用を諦めるのはいいが、それで選んだのが二刀流とはな。武器を選ぶ時間ぐらい待ってやってもいいぞ」
「やればわかる。さっさとこい」
ボンバスが気づくはずもないが、ソーマが無属性のままで挑むのも、負けた言い訳を奪うためだ。
「つまらん小細工で、この大剣から逃げられると思わんことだ。己の浅はかさを悔やむがいい!」
大剣を振りかぶって、袈裟懸けに斬りつけるボンバス。
吹き付ける剣風で、その威力を察することができる。
しかし、回避できていれば、威力そのものを恐れる必要もない。
さらなる追撃。
力を込めた一撃は、どうしても次手が遅れ、ソーマはそれをひょいひょいとかわしている。
そのまま後方に退いては見物客にぶつかるため、右に左に移動することで、戦いの場は中央からほとんど動いていない。
「くそっ! こしゃくな真似を。私を前に最後までかわしきれると思うな!」
言いながらも、空振りを続けるうちにボンバスは、屈辱から頭に血を上らせる。
「ぬう……。真面目にやり合うつもりがないのなら、思い知らせてくれる」
大剣を担ぐようにして、腰を落とすボンバス。
「一撃必中」
足りない間合いをさらに大きく踏み込んで、風をなぎ払うようにして大剣が振り下ろされる。
もともと大剣は、攻撃力が高い代償として、取り回しが難しい。この武器にとって、単発攻撃ではあっても、命中率の上がる一撃必中は非常に相性が良かった。
避けられないのならば、受け止めるしかない。
双剣を交差させて防御したソーマの身体が、軽く浮いて後方に飛ばされた。
「ほう。武器を落とす事もなく、防ぎきるとは大した物だな」
ボンバスが珍しくソーマを誉めた。いや、初めてだろうか。
「かわせないことが解っただろう。逃げずにかかってくるがいい」
大仰に言っているが、いまだソーマは無傷である。
「では、お言葉に甘えて。……その剣をきちんと握ってろ」
左手のレフトソードを向けるが、振りかぶったのは右手のライトソード。
「一撃必中」
ボンバスが正面に立てていた大剣を、横薙ぎするライトソード。上半身がのけぞらせたボンバスが、下半身の力だけでなんとか体勢を立て直す。
「……ば、ばかな!? 片手剣でこれほどの威力だと?」
想定外の事態に、ボンバスはようやくソーマに脅威を覚えた。
「た、たまたまだ。この剣で打ち負けるはずがない」
力を溜めるボンバスがもう一度同じ攻撃を試みる。
「一撃必中」
これに、小さな動きでソーマが合わせる。
「同期相反撃」
力のぶつかり合った一点を中心に、互いの身体が後方に弾かれる。
ソーマの動きからは想像しにくいが、双方の威力はほぼ互角だった。
中級スキルとは言え、同期相反撃は単純に強力な技とは言えない。これは、相手の体術をそのまま再現するという特殊な技なのだ。
使いどころの難しい技だが、一撃必中に比べて体力消費が少ないという利点がある。
「こんな馬鹿な……」
再現できるのは、あくまでも体術そのものであって、威力までは再現できない。
つまり、ソーマの示した攻撃力は、純然たる彼の実力である。
使用武器が大剣と片手剣であることを考えれば、どちらが上かは傍目にも明らかだ。
「も、もう一度だっ! 一撃必中」
「同期相反撃」
ぶつかり合う大剣と片手剣。
どちらも打ち負ける事はなく、ほぼ互角。
「くぅ……。大怪我させるつもりまではなかったが、私の本気を見せてくれる」
同期相反撃には、大きな欠点が一つあった。
それは、使用者が習得していない体術は発動しないというものだ。
「全開・一撃必中」
「同期相反撃」
先ほどを大きく上回るボンバスの攻撃に、構わず迎え撃ったソーマ。
再現できると理解していたソーマは踏ん張る事が出来たものの、想定していなかったボンバスは数歩退いてから尻餅をついた。
目論見がはずれたボンバスが、呆然とソーマを見上げる。
「馬鹿な……全開だと? その身体で、その剣で……、なぜこれほどの威力が……」
体格や武器の選び方からしても、ボンバスが威力優先の戦闘スタイルなのは明らかだ。
かろうじて立ち上がったが、年齢も体格も武器も劣るソーマに押されているという現状に、ボンバスは動揺を隠せない。
ソーマに向けられたフレイムブレードの切っ先が、持ち主の心情を表わしてかすかに揺れている。
今回、ソーマがわざわざ二刀流を選択したのは、聖火騎士達に思い知らせるためだ。
これまでの攻防では、その利点が一度も出ておらず、むしろ不利にしか働いていない。
幸いにも、すでにソーマの優勢は明かなので、一気に決着をつけることにした。
はた迷惑な聖火騎士の誇りをへし折る。
「孤狼双牙」
交差した構えから、『比翼の剣』の両翼が大剣に襲いかかる。
カン! やや鈍い金属音と共に、ソーマの試みは成功した。
存在感を示していた長大な刀身が、中程で断ち切らた。キュルキュルと回転しながら、太陽光を幾度も反射させて、空中を舞う。
カーン! 石畳に落ちる虚しい響き。
ボンバスの自慢する大剣が、炎神の加護も虚しく両断される。
堂々たる対決で、魔法剣士は聖火騎士を打ち負かしていた。