第13話 ボーイミーツゴーレム
遺跡に向かっていたソーマは、またしても、他人の戦闘場面に遭遇する。
目的の遺跡はまだ見えないが、戦う一方は彼も狙っていたストーンゴーレムだった。
サンダーソードを持つ人物が、一人でゴーレムに斬りかかっている。髪が短かいことから男性だとソーマは早合点したが、動きから察するに女性のようだ。
聖火騎士を思い返して若干悩んだが、ソーマは自ら声をかけた。
「助けは要るか?」
「うーん……。報酬は、戦いを見てからってことでいい?」
そんな返しをするあたり、頭の固い教会騎士と比べて話は通じそうに見える。比較相手が相手なので、ソーマの評価は相対的に甘くなっていた。
先ほどと同様に、ミスリルソードを引き抜くものの、ソーマが使用する魔法は大きく違った。
地属性であるストーンゴーレムに、属性攻撃による相性はほとんど生じない。あえて言うなら、筋力を上げて物理で殴る。これに尽きた。
「身体加重」
魔法効果そのものを目的に、ソーマが地属性魔法を使用する。
体重の増加で敏捷性こそ落ちるものの、攻撃の反動で身体が流れることもなく、一撃の威力が格段に跳ね上がるのだ。
頑丈な『硬化ミスリルソード』が、ゴーレムの体表に触れて、ハンマーのような打撃音を響かせる。
「土神と契約してるの? 初めて見たよ」
『トラフロ』に関する説明などできるはずもなく、ソーマはとぼけて返答する。
「そんなとこだ」
対ゴーレム戦で重要なのは、手数ではなく一撃の威力を増すこと。
「全開・一撃必中」
担ぎ上げた剣を、力任せに振り下ろした。
ゴーレムの肩口に命中した袈裟懸けが、空気を震わせ、地面すらもかすかに揺らす。
あまりの衝撃に、よろめいた巨体が何歩も後ずさる。
「ここは任せるよ。ボクじゃ、邪魔になるだけみたいだ」
そんな風に告げた少女は、戦いをソーマに委ねて見物に回った。
体術も魔術も無限に使えはしないので、雑魚敵あいてに連続使用することは少ない。
しかし、第三者が居た場合は、待たせてしまうのが後ろめたく、ソーマは決着を急ぐ傾向にあった。サボテニアンとの戦いも同様の考えから、手早く済ませたのだ。
人間相手と違って、手加減が不要というのも一因である。
「全開・一撃必中」
何回目かの一刀が、肩口に開いた割れ目をさらに深くする。奥へ突き込んだミスリルソードをこじると、亀裂が拡大し無数のひびが全身を覆う。
ゴガンと音を立てて、ゴーレムの身体が斜めに割れた。
身体を保てずに、腕や足など、いくつもの部品に別れ、土煙とともにその場に崩れ落ちる。
ゴーレムだった存在が、瓦礫の山に変わっていた。
「なんて言うか……、凄いね。ボクがあんなに手間取ったのに」
眼鏡の奥でキラキラと目を輝かせ、ソーマを賞賛する。
黄色で巻き毛のショートヘア。教会騎士とは異なり、あちこち痛んだ軽装鎧を身につけている。態度などは、聖火騎士よりはるかに親しみ安い。
「それがゴーレムの魔石なんだね。残念だけど、君に譲るよ」
少女が指さしたのは、表面が凸凹している、くすんだ水晶のような石だ。ある種のモンスターは体内に魔力を蓄積し結晶化させる。うっすらと宿す白い光は、純度が高いことの証明だった。
「そっちも、これが目的で戦ってたんじゃないのか?」
驚きを見せるソーマに、少女が肩をすくめて見せた。
「そうなんだけど、ボクじゃ難しかったみたいだしね。仕事に見合った報酬を渡すべきだと思うんだ」
「そうか……」
こうして遠慮されてしまうと、ソーマとしては悪い事をした気になる。やはり、抱く好意は、相手の態度次第で増減するものなのだ。
「このゴーレムなら勝てると思ったんだけどね」
「このって言うのは、どういう意味だ? 何か、弱点でも見つけたのか?」
「それがね……」
彼女によれば、下記のような経緯だったらしい。
もともと、彼女の目的は砂漠狼だった。戦闘の合間に3人の教会騎士が遺跡へ向かうのを目にして、彼女は好奇心から追いかける。ゴーレムは遺跡を守るように徘徊しているため、交戦中に別な個体が通りかかる可能性が高かった。3人は、苦心して一体だけを遠くまで引き離したものの、力及ばず諦めたようだ。追いかけてきたゴーレムは、この場所で敵を見失ってしまう。
彼等がサボテニアン相手に苦戦していたのも、すでに大きく消耗していたからだろう。
「ゴーレムの身体に焦げ後があるのはそれが原因か」
「まあね。ゴーレムもさすがに弱ってると思ったんだけど、とにかく硬くて、ボク一人じゃ無理だったみたいだ」
「なんで、騎士と協力しなかったんだ?」
「この街の聖火騎士って凄い偉ぶってるんだけど、聞いてないかな? ボクならあんまりお近づきになりたくないね」
「それはよくわかる。さっき、関わったのを後悔したから」
さすがに、死なれでもしたら、気も咎めるだろうが。
「ははは。ご愁傷様だね」
と、軽く笑い飛ばす。
「君はこのまま遺跡へ向かうのかな?」
「ああ。ストーンゴーレムが目的だったからな」
「目標は1体だけじゃないのか……。ゴーレム相手に連戦できるなんて、羨ましい話だね」
「魔石が欲しいなら、俺も手伝おうか?」
「それは恵んでもらうみたいで、ちょっと悔しいかな」
「……話し相手になってくれると有り難いんだ。一人で歩いていると暇でさ」
「なんでそんなに気楽なの? ゴーレム以外にもモンスターが出没するのに」
「よけ香みたいな効果があって、弱いモンスターは近づいてこないからな。一緒に行けば、そっちも手間が省ける」
「助けてもらった以上、そっちの要望には応じておこうかな。ボクはブリジットだよ。よろしく」
「ソーマだ」
ブリジットの差し出した右手を握り返す。
歩き出すと、さっそくブリジットが話しかけてきた。
「暇つぶしの話題なんだけど、質問してもいいかな? ……ドワーフとつきあいがあるの?」
「いいや。なんで、そうなるんだ?」
「地属性魔法を使っていたじゃない。話には聞いた事あるけど、ボクは初めて見たよ」
以前にも説明した通り、人間社会で広く信仰されているのは、炎神・水神・雷神だ。『トライポッド(三脚)・フロンティア』というゲームタイトルもそこに由来している。
他には、エルフという種族が風神を、ドワーフという種族が土神を信仰しており、それぞれが風属性、地属性の魔法を使用する。
精神系の魔法は虚神に由来し、非常に特殊な扱いとなっていた。ちなみに、ゴーレムなどは精神系の魔法で生み出されたというのが通説になっている。
ここに登場した6体が、世界創造にかかわった神々なのだ。
「ドワーフが使っているだろ?」
「だから、ドワーフそのものを見た事がないんだよ、ボク」
「そうなのか?」
「だから、聞いてるんだって。ドワーフの聖域に行けるほど親しいんでしょ? 出回ってるドワーフ製の武器は凄く性能がいいんだよね。どうにかして売ってもらえないかな?」
「あー……、いや。そのあたりの説明は難しいんだ。込み入った事情があるから、触れないでくれるとありがたい」
ソーマの知識はあくまで『トラフロ』に由来する。これがゲームであれば、自キャラをエルフやドワーフから選べるし、街中でも普通に往来していたのだ。
この世界がゲームより過去だと仮定するなら、各種族が接近する前の時系列なのだろう。
「それは残念だなぁ。ドワーフの剣なんて一財産なのに」
「そんなのが買えるなんて金持ちなんだな」
「……ううん。分割払いでなんとか交渉できないかな、と」
○
遠慮していた彼女だったが、ソーマから見て同行してもらう価値は十分にあった。
3騎士同様、一体ずつ釣り出す形で対処していたが、ここに砂漠狼などが乱入してきたのだ。
対ゴーレム戦であまり手を出せないため、ブリジットがこの乱入者を撃退した。
この周辺は火属性のモンスターが多く、彼女が所持するサンダーソードでは相性が悪いので、無属性の短剣を使用して彼女は戦っている。
砂漠狼の毛皮や、赤蠍の毒針など、いくつかのアイテム材料が入手できた。これらは魔石に比べると安価だが、売却しやすいというメリットがある。
ブリジットの話によれば、王都当たりなら魔石は銀貨80枚程度で売れるようだ。
ソーマ達が手に入れたゴーレムの魔石は、全部で14個にも及ぶ。
最後に、一つだけソーマには誤算が生じていた。
彼がこの世界へ持ち込んだアイテムの中に、『転移石』が存在する。
白と黒のマーブル模様の石で、割った片割れを宿などに残しておけば、もう一方に魔力を通すことで瞬時に帰還できる。
司祭に相談した結果、最初に召喚された礼拝堂に転移石を設置することになった。あそこなら、転移することを回りを納得させ易いという判断だ。
ソロ狩りならば一瞬で直帰できたのだが、偶然同行した相手へ見せるには、あまりに希少性の高いアイテムである。
ソーマは仕方なしに、彼女と一緒に徒歩で帰還する事にした。




