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剣と魔法の隙間産業的勇者生活  作者: 田丸環
第2章 仕事探し、仕事始め
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第12話 獲物を求めて荒れ地を行く

 クローナの街を出たソーマは、西に広がる荒れ地を歩いていた。

 目的は、当初の予定通り、古代遺跡周辺を徘徊するストーンゴーレムだ。

「そういえば、忘れてたな……」

 彼にとっての計算違いは、その途上でモンスターと遭遇しなかったことだ。

 その理由には心当たりがあって、原因は彼自身に求められる。


 魔法剣士は3種以外にも属性魔法を習得でき、ある系統に『精神威圧ストレス』という魔法が存在する。常時展開型のスキルで、低レベルモンスターの精神に作用して接近を拒むのだ。

 ゲーム内でパーティを組む場合、攻撃、防御、魔法、回復など、各種能力に秀でた者同士で組み、総体としての強さを求めるのが普通だ。どの面で比較しても能力が不足する魔法剣士は、パーティに誘われない傾向にある。

 必然的にソロプレイが多くなる魔法剣士にとって、移動中の負担を減らせる精神威圧は非常に有益なのだ。

 そのため、『よけ香』や『よせ香』というモンスターとの遭遇率を左右するアイテムは、ソーマの所持品に入っていなかった。


 一方で、持ってはいるけど使用していないアイテムも存在する。

 装備品の類は特殊性を示すために派手なデザインが多く、人目のある街中では一度も着用していない。

 今回はモンスター相手ということで着用も考えていたが、早々と装着しなかった事を内心で安堵する。がちがちに装備を固めて、戦闘もせずに虚しく歩き続けるなんて、想像するのも恥ずかしかった。

「よせ香買うためだけに戻るのもなぁ……」

 ここまで来たのを無駄足にするのも悔しく、また、帰ると何かに負けるような気もして決めかねていた。

 本人の徒労感のせいか、空気はホコリっぽいような気がするし、岩場の表面でじゃりじゃりと砂を踏むのも不快であった。



 ○



 かろうじて、戦闘音が耳に届いてきた。人の声もだ。

 単調な状況に飽き飽きしていたソーマは、誘われるように音源へと足を向ける。

 丘のような大岩を登ると、サボテンの林の中に三つの人影が見えた。うずくまった女性を、男二人がかばうようにしてサボテンと向き合っている。

 状況的に言って、サボテン型の歩行植物・サボテニアンと交戦中のようだ。

 彼らの実力も事情も知らないソーマは、介入は避けて、好奇心からその光景を眺めていた。

 大柄な青年が戦斧、ずんぐりした筋肉質の中年男は大剣と、どちらもソーマの扱えない大型装備を振り回している。

 ソーマの見知った服とは大きく違っていたが、彼らが軽装鎧の下に着込んでいるのは、聖水騎士の制服に通じるものがあった。

 水属性のサボテニアン相手に痛打を与えられず、戦いが長引いているところから察するに、聖火教会の人間なのだろう。

 わざわざ3人でここまで出向いているのだから、勝算があって戦っているとソーマは考えた。

 しかし、当人の言葉がそれを否定する。


「ちょっと、貴方! 人が襲われている場面に遭遇したのに、竦んで動けないなど、情けないと思わないのですか! 恥を知りなさい!」

 立ち上がった女性が、こちらに細剣を向けている。どうやら、座っていたのは解毒治療のためらしい。

「そう言うなら……」

 どうやら、ゲーム的思考に流されていたのだと、ソーマは今更ながら自覚する。

『トラフロ』では、倒した人間がアイテムや経験値を手に入れることから、優先権という概念が存在する。他プレイヤーと戦闘状態にあるモンスターを狙うのは、問題行為とされているのだ。

「ゲームじゃないんだし、経験値目的ってことはないもんな」

 戦いそのものを目的としていないなら、敵の撃破を優先するのは当然であった。

 惨劇を期待していたわけでもなし、助力を求めるなら応じてもかまわない。ソーマにしてみれば、サボテニアンなど恐れる理由もないからだ。


追風移動フォロー

 斜面を蹴ったソーマの身体が、追風に乗ってさらに加速する。

中級メガ電光魔法サンダー

 マジックポーチから引き抜いたミスリルソードに、魔法をかける。

全力フル四方連撃スクエア

 一呼吸の間に斬りつけた、4連撃がサボテニアンの身体を切り刻んだ。

「……なに!?」

 苦戦していた敵の、実にあっけない最後を目にして、3人が呆然と立ちすくんでいる。

 それが隙となって、長身の青年はトゲを受けて腕に傷を負った。

 残るサボテニアンは5体。戦闘で興奮状態にあるモンスターは、精神威圧の効果を受けないのだ。

 3人が具体的な行動を起こすよりも早く、勝負は決着する。

 ソーマは、四方連撃を5度繰り返すことで、造作もなく敵を排除してのけた。


 女性が青年の腕に解毒薬を塗っていると、中年男性が代表するようにソーマへ話しかける。

「一応、礼は言っておこう」

 しかし、その表情はきわめて不満そうだった。

「属性の優位が出たようだな。まあ、私たちが負わせた傷も大きかったのだろうが」

 ソーマが勝ったのは、光属性を使ったから。自分たちが弱らせたから。

 見下したような言葉をわざわざぶつけてくる。

「…………」

 聖火教会について耳にした評判は、どうやら事実のようだ。

 いわく、聖火教会は聖光教会を見下し、聖水教会に対して常に反発すると。

 聞かされた時には、むしろ聖水教会側の偏見だと感じたものだが、これはソーマの思いこみだったらしい。

 この世界では、多かれ少なかれ、属性相性が原因で隔意を抱く事がある。弱い属性を侮り、強い属性に劣等感を抱くという形で。

 クローナの街では、聖水教会の司祭が人格者なため卑屈になったりせず、聖光教会の司祭も温厚な性格なため、双方は対等のつきあいができている。

 唯一、聖火教会の司祭だけが自尊心も高く、聖火教会こそが一番尊いと主張して譲らないのだ。おのずと、教会関係者も似たような意識を持つに至っている。

 これは教会全体の総意とは違い、地域や街によって、各教会の距離感や関係性は大きく異なっていた。


「しょせん、光属性ですもの」

「そう言うなよ。おかげで助かったんだ。俺たちより弱い相手にだって、礼儀は守った方がいいんじゃねぇ?」

 女性も青年も、口にするのはソーマを見下すような言葉だ。

「困った時に助け合うのは当たり前のことだ。君もそう思うだろう?」

「…………」

 押しつけがましい中年の主張に、ソーマは言葉を詰まらせた。他人を見下した言動を見るに、口論するだけ無駄だと感じてしまう。

「サボテニアンの死骸は君が好きに処分してくれ。私たちに必要ないからね」

 寛容さを現すつもりなのか、鷹揚に告げる。

「……これを?」

 考えてみれば、ソーマがこの世界に来て初めてのモンスター退治である。

 体内器官の一部がアイテム材料となるため、小銭稼ぎにはなるはずだった。


 しかし……。

「俺もサボテニアンが目的だったわけじゃないからなぁ」

『トラフロ』のアイテムと比較してみるが、ほとんどの葉肉からは水が流れ出ており、大きな毒針もすでに使用済みのようだ。そのうえ、サボテニアンのドロップ品はあまり高い品ではない。

「ずいぶんと痛んでるみたいだし、こんなのが売れるのか?」

 ぽつりと漏れたソーマの独り言に、3人の聖火騎士が表情を歪ませる。

 強力な一撃で始末したソーマに比べ、小さな傷を多く与えたのは彼らなのだ。


「私たちの厚意を金銭で計るなんて、浅ましいですわね」

 さすがに腹がたって、ソーマも言い返した。

「それを言い出したのはそっちだろう。じゃあ、金以外のどういう目的で、この死体を俺に押しつけたんだ? お礼のつもりだったんじゃないのか?」

「こんなところまで一人で来るのだから、貴方の仕事はハンターなのでしょう。ならば、有り難く受け取りなさい!」

「あんた達を助けた代償が、これ? ずいぶん安い命だな。確かに、俺は大した苦労をしてないから、こんな安物で、質の悪いアイテム報酬でも、文句を言うのは贅沢なんだろうけどな」

 嫌味たっぷりに応じると、女性が目をつり上げる。

「だったら、これも差し上げます! 無礼な男だこと! これだから分をわきまえない人間は嫌いですわ!」

 財布を取り出したかと思うと、女性は財布の中身をその場でぶちまける。勝手に拾えという事なのだろう。

「いい加減にしたまえ。困った時には助け合うものだ。私達ならば、どんなに嫌いな相手にも手を差し伸べる。恩をかさに着て金を要求するなど、恥知らずな真似はしないぞ」

 言葉だけは立派だが、平然とソーマを嫌いな相手と表現する中年男。

「やめましょうって。仮にも助けられたのに、金でもめていじめるようなまね、みっともないっすよ」

 勝つ事を前提に仲間をなだめる青年。

 三者三様に不愉快な人物達であった。

 とは言え、態度が気に入らないという理由だけで斬りかかるほど、ソーマは物騒な性格をしていない。


「あんたらの言動は腹が立つけど、金には罪がないもんな。ありがたくもらっとく」

 3人を無視して、ソーマが金を拾い始める。

「卑屈な男っ!」

「まったくだ。誇りが感じられん」

「じゃあ、がんばってなー」

 嘲るような声を最後に、3人はこの場を後にした。

 頭を上げたソーマが3人の後を見送って、しみじみとつぶやく。

「召喚されたのが聖火教会でなくて良かったなぁ。……そう言えば、お互い名乗りもしなかったな」

 ちなみに、拾い集めた金額は、銀貨1枚に、10枚入りの銅貨3包みと、銅貨6枚であった。


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