第11話 勇者のお仕事
「張り紙を見たという人間と契約できれば、紹介料として銅貨10枚ぐらいは払えると思う。収入に余裕が出てくれば、紹介料の値上げも検討する」
「そうだねぇ……」
店のおかみさんが首をかしげる。
さっきの店は酒場だけあって、店主も客も荒っぽい印象だったが、こちらはずいぶん様子が異なっていた。
彼女の料理が店の売りらしく、かわされる会話も他の客を気づかって控えめな音量だ。
「依頼客がこないと金にならないってことだろう?」
「そこを変えたいなら、1日で銅貨1枚というやり方はどうかな? ただし、誰かにはがされていたら、その日は除外という感じで」
「張り紙を守るのもあたしらの仕事なのかい?」
「はがされていたら広告の意味がなくなるからね。誰がはがしたか教えてくれれば、俺が本人に直接話をつけるよ。それに、依頼の有無を確認するため毎日通うから、ケンカが起きないよう睨みを効かせることもできる」
ソーマが考えたのは『警察官立寄所』みたいなものだ。治安向上のためにも有意義だと考えたのだが……。
「都合よくケンカの場面に立ち会うもんかねぇ。営業時間中、ずっと張り付いてくれるわけじゃないんだろう?」
「たとえば、教会まで連絡を入れてもらうとか、相手の所在がわかってるなら、後で懲らしめて賠償させるというやり方もある」
「それなら教会騎士に来てもらうというのはどうだい?」
「教会騎士に? 俺じゃだめってこと?」
「悪いんだけど、あんたの名前で大人しくさせられるかねぇ。一人じゃとても手が足りないだろ」
「んー。応じてはもらえるだろうけど。騎士が店に来たら、飲み物の一杯ぐらい出してもらえる?」
「そのぐらいならねぇ。お布施みたいなものだと思えば」
(無料の俺よりも、多少の負担はあっても教会騎士の方がいい、か……。実績皆無だと社会的な信用性が低いなー)
自覚はあったものの、不満に感じるのも仕方のないことだろう。
○
酒場のマスターにもらった手書きの地図を頼りに三件ほど回ったが、聖水教会の客人という肩書きのおかげで、話だけは聞いてもらえた。
店ごとに微妙に異なった要求をされるため、契約内容はまだまだ調整が必要だ。店によって条件を変えるのは避けたいし、対費用効果を無視して一律好条件にしてしまうと、財政危機に陥ってしまう。
やはりコストを下げると同時に、宣伝効果は高めたい。
現在、彼が考えているのは、自分のブランド価値を高める事だ。
高額のアイテムを入手するとか、契約を確実に履行する信頼性など、付加価値をつけて腕前を高く売りつけたい。
メリットがあると解れば、仲間に入りたいと望む者や、同種のやり方を真似る人間も出てくるはずだ。
ギルドとまではいかずとも、信頼できるメンバーを仲間に引き込んで、パーティー内の誰かが依頼を果たすという、ギルドの前身を確立しておきたいのだ。
○
日が傾き、街は夕闇に覆われた。
現代日本などと違い、日が沈む時間帯を終業時刻とする者が多いようだ。ラッシュアワー的に、帰宅時刻の重なった者達が家路を急いでいる。
そんな中、ソーマと目があった一人の子供が、慌てたように駆けだしていった。その態度はまるで逃げ出すかのようだ。
「ん? どっかで見たような……」
ソーマの記憶を刺激する幼い顔。
この世界を訪れて間もないソーマに、子供の顔見知りなど無いに等しい。
あえて上げるなら、聖水教会で暮らす子供達だろう。
「……あっ!?」
思い至ったソーマが、少年の後を追う。
「追風移動」
使用したのは、移動速度を増加させる風系統の魔法だった。
身体の周囲を風が覆って、障害物である通行人達との間で緩衝剤の役目を果たす。
少年は路地に詳しいらしく、頻繁に角を曲がって撒こうとするが、ソーマは速度差に物を言わせて直線で追いすがる。
ソーマは、交渉したうちに一軒で、『聖水教会を名乗る子供が残り物を集めていた』と耳にしている。教会では食材が不足してなどおらず、ソーマ自身も毎日二食か三食はご馳走になっていた。
そんな話題と共に、ほんの数秒見た顔を思い起こす。
少年は、道をふさいで話し込んでいた男達の足元をくぐり抜け、人垣の向こうへ駆けて行く。
それを見たソーマは、速度を落とすどころか、加速するように地面を蹴った。追風の後押しを受けた身体が、軽々と男達の頭上を飛び越える。
「浮遊足場」
ソーマが空中を蹴る様は、まさに空を駆けるようだった。
正確には足場を作るわけではなく、蹴った足に反発力が生じる魔法で、ソーマが使用できるのは一歩だけである。たかが一歩と言えど、これは実に汎用性の高い魔法だった。
空中で少年を追い越したソーマが、その前方へ着地する。
「ええっ!?」
降ってきたソーマにの姿に驚いて、急制動した少年は足をもつれさせ、地面を転がりながら停止する。
「追いかけっこはここまでだ。アントン」
○
アントンは観念したのか、行き止まりになった路地の奥まで素直についてきた。
「ふ、袋を盗んじゃってごめんなさい。クラウス様に言われて仕方なく……」
「まあ、その件はもういいよ」
「許して……くれるの?」
「俺には何も言う資格がないからなぁ……」
正直なところ、いまさらという感じが強い。
「俺の住んでいたところだと、実行犯よりも、命じた人間の方が責任は重いんだ。アントンは俺に悪意があったわけでもないし、俺の道具で金を稼いだわけじゃない。脅迫された被害者という見方もできる」
ソーマが自嘲気味に笑った。
「俺なんか……、道具を盗まれただけなのに、あのバカ貴族を殺してる。殺意は無かったけど、過失致死……この場合は暴行致死かな? 窃盗よりも重い罪を犯してるんだ」
「ぼうこうちし?」
「痛めつけるだけのつもりが、やりすぎたってこと」
「でも、道具を盗まれたんだから当然でしょ? クラウス様だったら、相手が貴族でも殺していたと思う」
あまり慰めにならないことをアントンが口にする。
「クラウスはクラウスだ。俺はそんな自分勝手な真似はしたくないんだ」
「ご、ごめんなさい」
「別に怒ってるわけじゃない。ただ……、盗みと殺しは、罪として大きく違うんだから、ふさわしい罰であるべきだ」
『目には目を、歯には歯を』という言葉も、『やられたらやり返す』という意味で使用されがちだが、本来は『罪に応じた程度の罰を与える』という、過剰な報復を戒める言葉だったとソーマは記憶している。
「教会には蘇生までさせてしまったし、伯爵家とのもめ事を起こしたわけだから、俺の責任はもっと重い」
「ごめんなさい! 俺が……」
「そこまで! 盗まれた俺がいいって言ってるんだ。俺に対してはもう謝らなくていい」
「……うん」
「あれからどうしてたんだ? 食堂で残り物を貰ってたのは、やっぱりお前なのか?」
「そう。何度も追い返されたから、教会の名前で頼んでみたんだ」
「他の教会には行かなかったのか?」
「入れてもらうには犯罪してないか調べられるんだ……。俺はもう泥棒だし、ばれたらどうせ追い出されちゃうから……」
考えてみれば、クラウスを倒した時にはすでに逃げ出してわけで、クラウスの性格では用済みで裏切った子供の面倒をみることはないだろう。
「聖水教会に戻ったらどうだ?」
「えっ!? ……だめだよ。俺はみんなを裏切ったんだし、どうせ嫌われてるから……」
一瞬は表情を輝かせたものの、すぐにうつむいてしまう。
正しくは、裏切ったわけでなく、命じられて敵地へ潜り込んだ状態なのだが、彼にとってはクラウスよりも教会こそが仲間なのだろう。
「たぶん。そうだろうな」
ソーマにも否定する材料がない。あれ以降、確かに孤児達の口から彼の悪口を耳にしているのだ。
「嫌うのも向こうの自由だし、アントンがそれで諦めるのも自由だ。だけど、戻るとしたら、今しかないんじゃないか」
「どうして?」
「今帰るんなら、俺が許したってことも証言してやれる。俺がこの街を去ってしまったら、口添えしてやることもできなくなるぞ。アントンが聖水教会と完全に縁を切るっていうなら、このままで構わないけどな。お前も、教会も、誰も困らないわけだし」
「あんたが許しても、みんなは許してくれないよ」
「そうか。じゃあ好きにすればいい」
「え……」
驚いた表情で少年がソーマの顔を見上げる。
「俺にはアントンを連れ戻す義務はないんだ。だから、無理強いするつもりもない」
ソーマが抱いていた善意の量はほんのわずかなものだ。
「気が咎めたから誘ってみただけなんだ。悪いけど今決めてくれ。帰るつもりがあるなら、ちょっとぐらいは弁護してやれる」
全てソーマの本心だ。自分の将来すらわからないのに、子供の面倒を見るなんて不可能だ。
アントンが聖水教会を拒んだ結果、どこかでのたれ死ぬとしても、それは本人の自由だろう。ソーマは選択肢を与えただけで、十分だと考えていた。
自分の迷いを表すように、アントンの視線が左右に揺れる。
なんらかの選択を下すのではなく、アントンはすがるようにしてソーマの提案に頷いた。
「……一緒に、帰る」
ソーマはこの世界に関するほとんどを知らずにいるが、身よりのない孤児に優しくない世界なのは理解していた。
教会の人間からどれほど白い目を向けられようと、屋根があり食事ができるという事実には代え難いはずだ。
それに、教会暮らしの中で友達だってできているだろう。すでに軽蔑されていたとしても。
「とにかくみんなに謝ってみろ。どうしても居づらかったら、その時に逃げ出せばいいさ」
○
幸いにして、教会を預かる司祭はアントンを許した。
以前にも感じた事だが、聖水教会の司祭は実に人格者である。聖職者全般に、『背教者や異教徒に厳しく、信者の金で贅沢三昧している』などと偏見を抱いていたソーマは、内心で彼に詫びていた。
アントンは皆の前で謝罪もしたが、それ以降も冷たい視線に晒されている。
本人へ告げたとおり、ソーマが勇者の立場に物を言わせて介入することはなかった。
アントンが自分の居場所を手に入れるには、誰かの弁護や強要などではなく、彼自身の行動で信頼を勝ち取るしかない。
すべては彼のがんばり次第。
そしてそれは、勇者などに頼ったら手に入らない、価値あるものとなるだろう。
アントンが聖水教会に居続けさえすれば、時間が彼の苦境を流し去ってくれるはずだ。
あとがき
戦いではありませんが、これもまた勇者のお仕事かなー、なんて。