第10話 酒場における物理的な交渉
まえがき
2年もの間が空いてしまったため、物語の概要をざっと説明します。
水の女神に召喚され、ゲーム設定を引き継ぐ形で異世界に召喚されてしまった魔法剣士のソーマ。
彼は、傲慢貴族との戦闘をきっかけに、聖水教会の世話になるだけでなく、自活を目指すようになる。
ゲームとは違い冒険者ギルドが存在しないことから、組織の立ち上げを目標に定めたソーマは、交渉に訪れた酒場で客に絡まれてしまう。
以下、今回。
増援として加わった仲間達に任せるつもりか、発端の男は数歩退いていた。単純に疲れたのだろう。
自分を取り囲む3人を、ソーマの双剣が牽制する。
「ふざけやがって……、2本なんて扱えるかっ!」
右手のひげ面が斬りかかってくると、右の剣でこれを払いのけて、生じた隙に左の剣で斬りつける。
「ちゃんと使えるから、心配してもらう必要はない」
「くそっ、やっちまえ! こっちは3人だ!」
絶えずに繰り出される3刀。
オーラによる防御とは、銃弾を防ぐ防弾チョッキのようなもので、傷は防げても衝撃は消せない。
ソーマは痛みを嫌い、左の禿頭に狙いを定めて積極的に攻勢へ出た。
「飛燕連撃」
繰り出したのは一番初歩的な体術で、燕返しをイメージさせる2連撃だ。
一撃目で敵の剣を払い、瞬時に翻した剣で、無防備な敵へと斬りつける。左の頭部をがつんと殴られて、禿頭が大きく揺らぐ。
その傍らを抜けて、ソーマは禿頭と体を入れ替える。
「こっちにもいるんだよ!」
背後へ回り込んだ頬に傷のある男が、ソーマの背中へ袈裟懸けに殴りつけた。
「こいつっ!」
痛みに顔をしかめたソーマが、振り向くなりレフトソードの切っ先を傷の男へ向ける。
「三段連撃」
眉間に向けた突きを、かろうじて傷男が払いのける。
しかし、ソーマの剣はさらに続き、喉、ついで、みぞおちへと叩き込まれた。3段突きをモチーフとした、これもまた初歩のスキルだった。
痛みに耐えかねて、地面に倒れた男がゲエゲエと喉を鳴らして、路面に胃の内容物を吐き出している。
「くそがあっ!」
最初の男が再び加わって、横合いからソーマへ襲いかかった。
ソーマ本人は、負けるなどという心配を露ほどにも感じていない。
二刀流の固有のスキルもあるうえ、中級の魔法剣まで使用できるのだから、この程度の相手を一蹴するのは簡単だ。
しかし、クラウスとの一件があって、彼は自分の力――正確には、自分の力が引き起こす結果を恐れている。
どの程度の力が適当なのかわからないため、やりすぎを避けるためには、どうしても弱い攻撃から探りつつ調整するしかない。
雑魚敵相手に死なせないよう手加減するのは、ただ倒すよりも面倒だからだ。
当人が苛つきを募らせているために、自然と、攻撃にも遠慮が無くなって、攻撃も強力になっていく。
ソーマがそうであるように、彼等だって苦痛を嫌っている。興奮時には気づかずとも、体に受け続けた痛みは、戦意だけで隠しきれないものだ。
互いの優劣がわかってきたためか、男達が無茶な攻撃を控えるようになると、剣を打ち合う回数も減ってきた。
男達が自ら引かないのなら、終わるタイミングはソーマ次第と言えるだろう。
ソーマは両腕を交差するように構えて、二刀流固有スキルを発動させる。
「孤狼双牙」
狙いは禿頭の少し手前。
ライトソードが左から右へ、レフトソードが右から左へ、それぞれの軌跡が一点で重なる。
キン。甲高い金属音が、空気と、男達の鼓膜を振るわせる。
交差した二刀が、間に挟んだ剣を噛み砕いていた。
「剣を折りやがった……」
驚いた男達が、身動きも忘れてその場に立ちすくむ。
『トラフロ』内でも、耐久度が尽きれば武器は破損する。これを意図的に起こすのが武器破壊という技で、非常に難易度が高く、使えるのは熟練者に限られる。
彼らが驚愕した理由もそこにあった。
……ただし、二刀流の場合はその難易度が大きく下がる。一本の武器で打ち払うのに比べれば、二本で挟み込んだ方が折れやすいのは自明の理だ。
実際、二刀流スキルの中でも、習得しやすい部類に入る技なのだ。
「まだ暴れ足りないなら、最後までつきあってもいいけど?」
わざとらしく問いかけると、男達は表情をひきつらせて、ぶんぶんと勢いよく顔を横に振った。
「あ……あんたの力はわかった。若ぇのに強いんだな」
「じゃあ、ケンカはこれでお終いってことで」
「ああ。そうさせてもらう」
「ほら、寝てんじゃねぇ! 立てって!」
助け起こした仲間を連れて立ち去ろうとする4人。
見物していた3人も、毒気を抜かれたのか後を追うように歩き出す。
「……あれ?」
ソーマのつぶやきに、ビクリと体を震わせて男達が足を止めた。
「な、なんだ?」
「俺はあんた達を追い出すつもりなんてないよ。マスターに話があるだけだから、飲み足りないなら店にいても構わない」
他意のない、親切のつもりで告げるソーマ。
「メシはもう済んでんだ。休んでただけだから、もう帰るよ」
恥をかかされた相手と同じ店にいても、息が詰まるのだろう。男達の態度からソーマも気づく。
「それならいいや。これからは退屈しのぎにケンカは売らないようにな」
と、これまた親切心から忠告しておく。どう受けとめるかは、相手次第だ。
再び店の扉をくぐったソーマを、不機嫌そうなマスターの声が出迎える。
「どうしてくれるんだ? 客がいなくなっちまった」
「悪かった。だけど、勝手にケンカを売ってきて、勝手に恥をかいて、勝手にいなくなっただけだろ」
「そいつはわかってるよ。見てたからな」
無愛想なままマスターが応じる。
「で? まだ、何か用があるのかい?」
「あいつらの乱入で中断しただけで、話が本題に入ってないしな」
「本題ってのはなんだ?」
「壁に張り紙させてもらってもいいか?」
「内容は?」
「仕事の依頼人を捜したいんだ。さっき話したゴーレムの魔石の購入希望者とか、緊急のモンスター狩りの受付とかね」
「さっきのケンカを見てれば、腕が立つのもわかったが、そんなやり方で依頼人を見つけられるのかね」
この町の常識、或いは慣習とは大きくことなるやり方に、マスターは怪訝そうだ。
「可能性はあると思う。……ちなみに、マスターは元ハンターだったりする?」
「腕っぷしには自身もあるが、酔っぱらい相手に鍛えられただけでね。俺はただのマスターだよ」
「なんだ。隠れた実力者だったらコネも期待できたのに」
「そいつは悪かったな」
「それで、張り紙の件だけど……」
「お断りだ」
「なんかの形で謝礼も出すけど?」
「貼ったところで、はがされるのがオチだ。それに店内に貼られるのは目障りだからな」
「交渉の余地なし?」
「なしだ」
「たとえば、店内で起きるケンカの仲裁を引き受ける用心棒をするとか、そんな条件でもだめ?」
「だめだな」
とりつく島もなかった。
「それなりに需要はあると思ったんだけどな……」
「他の店ならまだしも、うちはお断りだ」
「……え?」
「うちはああいう連中相手の店だ。金払いのいい客がほしいなら、もっと上品な店が向いてるだろうな」
「なるほど。そういうことなら、他の店を回ってみるよ」
財布を手にしたソーマが、銅貨の枚数を数えて机の上に置いた。
「さっきの連中は支払いをしなかったみたいだし、俺が10枚支払っておくよ」
いいことをしたつもりのソーマに、マスターが呆れたように首を振る。
「冗談だろ」
「いや、本気で」
「そうじゃない。これだけじゃ、8枚ばかり足りないんだ」
「……わかったよ。それも払う」
「ただで金を受け取るつもりはない。かわりに、話に応じそうな店を地図に書きだしてやる」
「そりゃ、助かる」