死んだはずなのに出勤ですか?
――目が覚めた。
……いや、正確に言うと「目を開けた感覚がした」
天井が見える。
見慣れた、六畳ワンルームの天井だ。
ああ、よかった。
夢か……。
そう思った次の瞬間。
「ぎゃああああああああああああああ!!!!!」
目の前に、半透明の人間がいた。
「ひぃぃぃ!?お化けーー!!」
反射的に布団を引き寄せようとして、手がすり抜ける。
すり抜けた。
布団も。床も。
ついでに自分の手も。
「ちょ、ちょっと待って!? え!? なに!? 誰!? 私!? ここどこ!?あぁ、私の部屋か... え!? なんで私が寝てるの!?!?」
叫びながら後ずさる――はずが、壁をすり抜けた。
「ひゃあああああああ!! 今、すり抜けた!? ホラー映画でもここまでいかない!!」
謎の幽霊「ちょ、落ち着いて! 落ち着いてください! これ毎回あるやつなんで!」
目の前の半透明な女性が慣れた様子で手を振る。
いや無理です。
毎回あるって何。
初回なんですけど私。
てか毎回あってたまるか。
そこでようやく気づいた。
自分の体がうっすら透けていることに。
「……あれ?」
手を見る・・・透けてる。
心なしか、霧みたいに輪郭があいまい。
「……あれ?」
もう一度見る。
「……え?」
嫌な予感が背筋を這い上がった。
「……私、もしかして死んだ?」
***
記憶がゆっくりと巻き戻る。
その日の昼休み。
会社の給湯室でマグカップ片手にぼんやりしていた。
「ねぇ零、死んだらどうなると思う?」
唐突に聞いてきたのは同僚の佐藤さんだった。
「え……急ですね」
「最近忙しすぎてさ。ふと思ったのよ。天国ってあるのかなぁって」
私は少し考えてから答えた。
「……あったらいいですね。せめて静かなところが」
「はは、零は真面目だね」
すると横から別の同僚が割って入る。
「佐藤は天国行けないでしょ」
「え、なんで!?」
「だってほら」
ニヤニヤしながら指をさされる。
「あんたは地獄じゃない?」
「ひどっ!?冗談でも言わないでよ!」
笑い声。
いつもの何気ない日常。
その夜も残業で終電ギリギリ。
コンビニで半額弁当を買って帰宅。
シャワーを浴びて寝床につく。
「明日も仕事かぁ……」
そう呟いたところまでは、覚えている。
そのあと床が妙に冷たくて。
視界がぐるっと回って。
胸が苦しくて。
――それで。
***
「……ああああああああああ!!!!」
思い出した瞬間、再び叫んだ。
「私、死んでる!? 死んでますよね!? これ完全に死後の演出ですよね!? 私まだ28なんですけど!? 一人暮らしで孤独死!? やだぁぁぁぁ!!」
「だから落ち着いて! 叫びすぎるとと消えちゃうから!」
「消えちゃう!?」
思わず声が裏返る。
目の前の幽霊が、少しだけ真顔になった。
「幽霊ってね、はっきりした形じゃないの。なんていうか……小さい粒が集まって成り立ってるって言うか…なんと言うか?」
「粒子みたいな……?」
「そう!だから壁をすり抜けたり無理なことをやりすぎると粒が減りすぎて最終的には強制成仏だから気を付けてくださいね♡」
「怖っ……」
「基本は“すり抜ける”って意識しないと無理だから安心して。さっきのはたまたまできちゃっただけ」
なるほど。
だから無意識で壁を……。
謎の幽霊「えーっと……名前は?」
「……驚衣、零です」
「はい驚衣さん。ようこそ幽霊社会へ」
満面の事務的スマイル。
「ここは死後、未練がある人だけが来る“現世滞在区”です」
「ちょっと待ってください。情報量が多すぎます」
「大丈夫、みんなそう言います」
彼女は指を一本立てた。
「まず大事なこと。ここには天国も地獄もありません。
成仏すると記憶が消えて同じ世界に輪廻転生します。
転生先は、生前の業だったり幽霊としての働き具合で決まります。」
「……ん?何言ってんのこの人。」
理解が追いつかない。
頭を抱える私をよそに彼女は続けた。
「ここは言わば一般社会ならぬ幽霊社会!働かざる者、強制成仏!
ここに来た幽霊は皆さん仕事をする必要があるのです!」
死んだのに仕事だと?とんだブラック企業だな…
嫌な顔をしていると彼女がニコッと笑った。
「別にいいですよ?働かなくても。
記憶なくして変な動物や虫に生まれ変わってもいいならですけど。」
「それは絶対に嫌!!」
「仕事は生前よりも刺激があって楽しいと思いますよ。
あなたは真面目そうだから役所に配属かな」
「ちょっと待ってください!私死んだばっかりなんですけど!?」
「はい、なので今日はオリエンテーションです」
にっこり。
「死後の世界へようこそ」
私はその場にへたり込んだ。
怖いものが苦手な私が幽霊として働く。
天国の話をしていた数時間後にこんな現実が待っているなんて。
どう考えてもこの世界はおかしい…
ご愛読ありがとうございます。
趣味で小説を作り始めた新参者です。
至らない点が盛りだくさんだと思いますので温かい目で読んでいただけたらと思います。




