『足音』
シュウの背中を擦りながら、恐怖で震える体を優しく抱きしめる。
幸輝「こういう場所ではしゃぐなよ。俺がいなかったら、落ちてたんだからな。」
彼は語気を強めて注意した。
シュウ「…ご、ごめん…なさい…。」
彼女は震える手で、僕の服をつかむ。
僕はシュウが落ち着くまで、「大丈夫。」と言い続けた。
幸輝は呆れたように寝転がる。
リンネ「ありがとう、七瀬くん。」
幸輝「…ん?」
シュウ「…私を…、助けてくれて、ありが…とう。」
僕から少しだけ離れ、彼女は幸輝に礼をいう。
そしてすぐに、僕にくっつく。
幸輝「…いいさ、怪我が無くてよかったよ。」
優しく微笑んだ。
僕はその顔を見て、シュウを抱く手に力が入ってしまう。
リンネ(幸輝…、お前は、やっぱりいい奴だよ。
…なのに、僕は君を巻き込んで…)
休憩時間が半分を過ぎた頃、ようやく落ち着いたシュウが幸輝と同じように寝転がった。
僕もそれを真似て、寝転がる。
シュウ「…風が気持ちいいね。」
さっきまで震えていたとは思えないほど落ち着いた声で言った。
幸輝「…へぇ、高いところが好きなんだな。」
それを聞き、意外そうに言った。
シュウ「うん!高いところって、なんだか心が落ち着くんだよね〜!」
リンネ「…それ、初めて知ったかも。」
僕は素早くポケットからメモ帳を取り出し、彼女の初情報を『神凪シュウ帳』にメモする。
その時、グラウンドの方から鋭い視線を感じた。
僕は咄嗟に構えたが、その犯人を見つけることができなかった。
リンネ(今の視線は…よく知っている気が…、気のせいか…?)
警戒している僕の服を何かに引っ張られる。
そちらに目を向けると、僕の腕を優しくつつみ、心配そうな目でシュウが見ていた。
シュウ「…大丈夫?」
どうやら気付かないうちに、険しい表情をしていたようだった。
リンネ「…大丈夫だよ。ありがとう。」
彼女にそう伝え、再び寝転がる。
ジャングルジムの頂上で、僕とシュウ、そして今知り合った七瀬幸輝の三人で、昼休憩が終わるまでゆっくりと過ごすこの時間が、無性に嬉しく感じてしまう。
チャイムが鳴り、あっという間に学校が終わってしまった。
リンネ(あまり情報を集められなかったな…。)
鞄に荷物を詰めながら、今日の振り返りをする。
そこへ、一人の男子生徒が近づいてくる。
男子生徒「愛咲くんですか?」
目の前に来たそいつは、おどおどとしており、やたらと背後を気にしていた。
僕は頷き、彼の次の動きを観察した。
男子生徒「じ、実は、学年主任の明先生が職員室に来いって言ってたよ。」
手元は震え、落ち着きなくどもりながら、そんな事を言ってきた。
僕は軽くため息をつき、「伝えてくれてありがとう」と彼に言った。
彼は小さな声で「…う、うん。」と言っていた。
そして、男子生徒が目を背け「ごめん…愛咲くん」と言ったことも、聞き逃さなかった。
リンネ(…こういう事もしてくるんだな…。太一…!)
拳を握り、職員室へと向かった
職員室についた僕は、デスクワークをしていた他の先生に、明先生に呼ばれた旨を伝える。
それから、三分ほどが経ってから、明先生は姿を現した。
明「ごめんね〜!待たせちゃって!」
飄々とした態度を見せる。
この先生について少し触れておこう。
簡単に言えば、「怠け者先生」だ。
授業にはいつも遅れてくるし、テスト中は寝てるし、おまけに何の連絡もなしで学校をサボったりする。いわゆるヤバい人だ。
なんでこんな人が学年主任なんかになっているのかは知らないが、きっと実績があるのだろう。知らんけど…
リンネ「用事ってなんですか?」
ぶっきらぼうに尋ねた
明先生は僕を別室へ来るようにジェスチャーする。
僕はため息をつき苛立ちながら、彼に付いていく。
別室に入った僕は、明先生に椅子へ座るように指示された。
薄暗い部屋。
カーテンは空いているのに、まるで外の光が入っていないように薄暗い。
散らばったゴミのせいか。それとも、高く積み上げられた資料たちのせいか。空気は重く、なぜか僕の鼓動は早くなる。
そこは初めて入る部屋だったが、部屋の散らばり具合を見て、ここが彼専用の部屋であることはすぐに分かった。
明「リンネくん。単刀直入に聞かれるか、遠回しで聞かれるか。
…君はどっちがいい?」
不気味な薄ら笑いを見せながら、僕の返答をじっと待つ。
いつもなら単刀直入と即答する僕だが、なぜかここに来てから、どうも気が重たい。
僕は何度目かもしらないため息をつく。
リンネ「…単刀直入でお願いします。」
呆れながら答える。
明「オッケー!じゃあ遠慮なく…」
妙に明るく、まるで友達のように振る舞う先生に、僕は軽い恐怖心を抱えた。
鼓動はさらに早まり、額から汗がにじむ。
リンネ(…いったい何を聞かれるんだ?)
警戒を解かず、僕はその言葉を待ち構える。
ー…【神凪シュウ視点】
私は下駄箱で彼が来るのを待っていた。
シュウ「まだかなぁ〜、ま〜だっかなぁ〜。」
彼のことを考えていると、いつもより明るくなれる。
シュウ「リンネくん。…ふふ、やっぱりかわいい名前。」
このまま、ずっと彼のことだけを見ていたいと、そう思ってしまう。
私という人間は、どうやら不幸体質みたい。
両親から聞いたことがある。
幼稚園に入った時のことはあまり覚えていないけれど、それでも、今よりも多くの友達と、普通に遊んでいたらしい。
普通…、私には普通がなんなのか、理解することはできないけれど、今が普通の生活じゃないということは、子どもだけど理解はできている。
常にいじめと隣り合わせの生活なんて、…こんなの、普通なはずがない。
空を見上げる。
落ち込んでいるときは、いつも空を眺めていた。
シュウ「…綺麗〜。」
だけど、今はそれだけじゃない。
ただ美しいから眺める。見たいと思ったから見る。
それができるようになったのも、全てリンネくんのおかげ。
あの日、私の事を無視せず、声をかけてくれたリンネくん。
彼がいたから、私はもっと学校を楽しもうと思えた。
彼が言ってくれた…
『…シュウ、君のことは、僕が守るからね。』
その言葉が、どうしょうもなく嬉しかった。
今まで聞いてきたどんな慰めよりも、リンネくんが言ってくれたその言葉だけは、特別に感じた。
シュウ「…リンネくん…、まだかなぁ…」
「一緒に帰りたい」、なんて思える日が来るとは、思ってもみなかった。
そんな事を思っていると、下駄箱の方から足音が聞こえてきた。
私は「リンネくんが来た」と思い、そちらに目を向けながら。
シュウ「リンネくん!一緒に帰ろ!」
と言った。
しかし、その返事は返ってくることはなく、私は頭に衝撃を受けた。
シュウ「…ぁ…ぅ…」
(頭が痛い…、それに、なんだか…熱い…?)
私は手についた液体を見る。
シュウ「ぁっ…!ぅぁっ…!!」
(…これって…血…?)
声がうまく出せない。徐々に熱は冷たく感じ始め、睡魔のようなものに襲われる。
私は、最後の力を振り絞り、その人物を見ようとした。
シュウ「…!!」
その人物は、よく知る生徒で、見慣れた眼光で私を見る。
(…りんね…くん…?)
薄れゆく意識の中、彼の名前を唱える。
そんな私に、彼は容赦のない一撃を、もう一度頭に加える。
そして、私は意識を失った………




