『さつじん』
「イヤァーッ!!!」
歩き出そうとした僕の耳に、入ってきたその悲痛な叫びは、僕の身体を動かした。
「神凪!!」
悲鳴の聞こえた家へ飛び入り、僕は彼女を読んだ。
しかし、彼女の返事はなかった。
靴を脱ぎ、奥へと踏み入ろうとした時、妙な悪臭に気付いた。
「いやぁ…!いやぁっ…!!」
嗚咽とともに、彼女は何かを否定するように同じ言葉を繰り返していた。
僕は彼女のいるであろう部屋へ、向かった。
「…神凪…?」
若干開かれた扉に手をあて、何も知らない僕は、その部屋へと入ってしまった。
「…ッ!?」
僕はこのとき、ここへきたことを後悔した。
「お父さんっ…!!お母さんっ…!!」
彼女は涙を流しながら、もう返事を返さない両親に呼びかけ続けていた。
僕は吐き気を感じ、必死にソレを飲み込んだ。
「け、警察…!警察に電話しなきゃ…!」
その場から離れたかった僕は、スマホを取り出した。しかし、なぜか充電切れを起こしていた。
仕方なく、僕は廊下にあった固定電話を使うことにした。
警察へ電話をかけながら、僕は彼女の様子を見た。
「…おかしい…、なんで…?」
彼女はポツポツと何かを呟いていた。
不安に思った僕は、彼女に声をかけようとしたが、そのタイミングで警察に繋がった。
僕は不安な気持ちを抱えながら、状況説明と、場所を伝えた。
「ーだから、早く来てください…!」
「…」
警察に頼みながら、僕は彼女が静かになったことを不思議に思い、神凪の両親が倒れていた台所へ目を向けた。
「…っ!!神凪ッ!!」
僕は電話中にも関わらず、それを捨て、彼女に向かって走った。
「やめろ!神凪ッ!!」
彼女の腕を必死に抑え、喉元まで近づいていた包丁の刃を止めた。
「離してよッ!!死なせてよッ!!」
目を異常なほど見開き、今までに見たことのない形相で僕を見てきた。
「なんでこういう時だけ止めるのよッ!!いつもは止めないくせにッ!!」
「…っ!!」
激昂した神凪の力は強く、僕はいとも簡単に振り払われてしまった。
僕は台所に頭をぶつけながら、それでも彼女を止めようと立ち上がった。
「…どうして…、どうして止めるのよっ…!
…私にとって二人は、生きる希望だったのよ…。
私がいじめに耐えれたのは、二人がいたからなのっ…!!」
彼女は涙を流しながら、僕に話した。
「私はね…、本当はすっごく弱い人間なの…。
本来、いじめに耐えれるようなメンタルは無いの…。でもね、いつも両親だけは、私の味方だったの…。
それが、私にとって生きる意味になっていたの…。いつか二人に、恩返しをするんだって…、それだけで頑張ってきたの…。
だから…、もう生きる意味なんてないのよっ…!!」
「…そんな、ことないんじゃないか…?」
…とても無責任だ。だが、今言えるのは、この言葉しか浮かばなかった。
彼女は小さく微笑み、僕を見た。
「…私ね。初めて君に声をかけられた時、うれしかったんだよ…。
こんな私にも、声をかけてくれたんだって…。
だけどね、同時に思ったことがあったんだ…。それはね…」
彼女は包丁の刃をこちらに向けると、真顔になり、言った。
「…どうして、もっと早く声をかけてくれなかったんだろって…」
「………」
「もっと早く…、小学生の時に声をかけてくれていたなら…、私は、もっと楽だったんじゃないかなって…。
ねぇ…、どうしてなの…?どうして…、助けてくれなかったの…?」
「……それは…」
しばしの沈黙の後、僕はそれに応えた。
「…怖かった、から…」
「…怖かった?」
「…あの時、君と関わっていたら、僕もいじめられると思ったから…、自分の事を守るために、君を助けなかった…」
「……」
「…僕はね、一番たちが悪いんだ…。
…自分可愛さで、誰かがいたぶられていても、僕は傍観することで、自分自身を守ったんだ…。君を身代わりにしてね…」
「…」
「…僕が君に話しかけたのは、罪悪感から来た、ちょっとした救済のつもりだよ…。
僕は君を、彼女を救ったんだって…。彼女を一人にしなかったって…。
…僕は、…僕の行動を正当化するためだけに、君に声をかけたんだ…。
…最低だよ、一番のクズだよ…、僕は…」
全てをさらけ出した僕は、自身の醜さに。吐き気を感じた。
彼女は包丁を下ろし、「そっか」と小さく呟いた。
「…愛咲くん、話してくれてありがとね…」
彼女は苦しそうな笑顔を見せると、包丁を自身に向けた。
「…神凪…!」
「…どんな理由であれ、私は嬉しかったよ…。さよなら…」
僕は手を伸ばし、その行為を止めようとした。
だが、神凪の両親から流れた血溜まりによって、僕は体勢を崩し、そして…
「ハァ…!ハァ…!ハァッ…!」
僕は一心不乱に走り、家へと帰ってきた。
家に着くと、僕はすぐに洗面所へと駆け込んだ。
「…ハァ…ハァ…うっ…!
オエェッ!!!ゲホッゲホッ!!」
何度か嘔吐を繰り返し、立っているのも限界になった僕は、洗面台にもたれかかりながら、その場で膝をつく。
「…僕は、悪くない…!…僕は、何も悪くなんかない!!」
言い聞かせるように、僕は何度もその言葉を繰り返す。
いつも頭の中で言っていたように、繰り返し、繰り返し…。
「……っ」
胸のざわつきが止まらない僕は、一度顔を上げ、恐る恐る自身の顔を鏡を通して見る。
「…ヒッ!!」
僕はよろめきながら勢いよく立ち上がり、顔に付いていたソレを指でそっと触れる。
ソレはまだ乾いていなかった。
「…落とさなきゃ…、…落とさないと…!!」
僕は蛇口をひねり、まず手に付いてソレを流し落とす。
流されていく水は赤く濁り、脳裏に先ほどの光景が映し出された。
「…僕は、僕は何も悪くないんだ…!!!」
真っ暗な部屋の隅に座り込み、震える身体を手で押さえる。
『昨日、午後六時過ぎに、ーーで強盗殺人がありました。
被害者は神凪ーーさん、ーーー』
テレビでやっているニュースを見ていたが、何も頭に入ってこなかった。
ご飯を食べる気力もなく、学校へ行ける体力はなかった。
僕は手に残った感触を拭うため、何度目かも分からない手洗いを行った。
「…神凪……」
僕は手元から、鏡に目を向け…
「…殺そう…、いじめっこ、全員…」
フードを深々と被った僕は、皆が下校するタイミングを見計らい、その中から目標を定める。
「…幸輝…」
目標を見つけた僕は、彼が一人になることタイミングを探った。
だが、その必要はなかったようだ。
「そこにいんのは誰だ!」
幸輝は僕の気配に気づいたようで、わざわざ路地で呼んできた。
バレたからには、正面からやるしかなく、仕方なく姿を見せた。
「…お前は…、愛咲か」
「…」
僕は静かに、ナイフを取り出しそれを幸輝に向ける。
それを見た幸輝は拳を握り、構えた。
「やるなら、本気で来いよ…」
「…っ!」
僕はナイフをしっかり握りしめ、そして幸輝めがけて走った。
『昨夜、ーーの路上で、ーー高校に通うーーが、刃物で複数回刺され、死亡が確認されました。』
「…あと二人…」
あれから何日が経ったのだろう。曜日感覚はすでに狂っており、気づけば春になっていた。
何度も肉を刺したせいか、手にはタコができていた。
「…今日で終わらそう…。全て、この手で…」
そして今日も、獲物を狩りに出かけた。
「…最後は太一か…、懐かしいな…」
すでに廃校となってしまった母校、南勇石小学校のグラウンドに立っていた。
そこへ、一人の男がやってきた。
「お前が俺を呼んだのか?」
「…そうだよ、僕が君を呼んだ…。覚えてる?」
僕はフードを外し、その男を見た。
「…畑野太一…」
「誰だオメェ?」
「…なんだ、覚えてないのか…、それは残念だよ…」
ポケットに突っ込んでいた手を出し、ナイフをチラつかせる。
太一はそれに気づき、吐き捨てるように笑った。
「そんなもんで俺を殺せるとでも?バカかオメェ?」
彼は挑発的な態度を取ると、僕を鋭い眼光で睨みつけた。
「…警察を呼ばなかったこと…、後悔するけど…いい?」
僕は忠告する。
彼はポケットを漁りだし、そこから出てきたのは、ドライバーだった。
それを構えると、彼は足に力を入れた。
「オメェが何人殺ったかは知らねぇがな、俺はオメェみてぇなクソ陰キャに負けるはずがねぇんだよ!」
「…その威勢…相変わらずだね…」
「来ねぇならこっちから行くぞッ!!」
啖呵を切った太一は、正面から刺しに来た。
僕はそれを簡単に避け、足を引っ掛けた。
「どぅわっ!?」
ドシャッと地に倒れ込む太一は、手に持っていたドライバーを手放してしまった。
「ふざけやがってッ!!」
彼は立ち上がると、拳を振りかざした。
まるで子供のような戦法に呆れた僕は、その拳を避けると、ナイフで腕を切った。
切られたことに気づいた彼は、僕から距離を取り、切られた箇所を確認する。
「…どうしたの?…もしかして、…死ぬのが怖いの?」
「…ッ!!ナメんじゃねぇッ!!」
「……単細胞だな…」
僕は、あまりにも単純な太一に呆れ、思わず本音を吐露してしまった。
それを聞いた彼はさらに怒り、僕に殴りかかった。
「…もういいよ…、…死んで…」
僕はナイフを持ち替え、利き手で彼の拳を受け流し、足をかけながら、もう片方の手で彼を地面に押し倒した。
「グハッ!?」
地に顔を強打した彼の腕を、僕は全体重を駆使し、掴んでいた腕を折った。
「ッ!?ぐがっ……!?!?」
痛みによって出されたその声を塞ぐように、僕は隠し持っていた汚れた雑巾を口に押し込んだ。
「…もう片方も邪魔だから…、切っとくね…」
「ッ!?!?」
「…安心してよ…、まだ死なせないから…」
そう言うと、僕はナイフを彼の肩に押し当て、そのまま力任せに差し込んだ。
「ぐぅっ…!?!?!?」
先ほどまでの威圧的な表情から一変し、今は恐怖と痛みに耐える表情になっている太一に、僕は問いかけた。
「…君が虐めてた子…、覚えてる?」
「うぐっ…!!」
首を横に振った…。
「…覚えてないんだ…?」
僕はナイフを抜き、まだ痛覚の残る太ももに突き立てた。
「…本当に、…覚えてない?」
「うぐぅグッ!!」
「…はっ?」
「うごぅうぐぐ…!!」
「…"覚えてる"ね…。じゃあさ…、あの時、君が何をしたかは覚えてる?」
「…うっ…」
「…じゃあ思い出させてあげるよ…」
僕はナイフを太ももに刺し、油性ペンを取り出した。
痛みで悶える彼の顔を掴み、キャップを外した油性ペンを眼前に持っていく。
「…そうだ…、…これは、君に聞かれたことへの答えね…」
「ふっ…!ふっ…!」
「…僕、神凪のこと…、本気で好きになったから…。よろしく…」
そう伝え、僕は力任せにペンを振り下ろした。
何度も、何度も、何度も…、彼の悲鳴が耳に入らなくなるまでペン先で殴り続けた。
やがて、彼は動かなくなり、原型をとどめていない顔に、使い終えたペンを立て、飛び散ったインクと共に流れる血を眺めながら、最後の目標を終わらせる決意を固めた。
僕は…手段を選ばなかった…。
今回のメイン
愛咲 リンネ




