72 【Side:魔王】 祝宴
「おお、魔王様! このたびの聖女討伐、おめでとうございます!」
「聖女討伐に続き、とうとう我が軍が、カーペンタリア王国王都を占領したとの報告もありました」
「これで我が魔王国のますますの繁栄は、約束されたも同然ですな!」
「本来であれば我が息子も、魔王様の行軍に参加させていただくつもりだったのですがなあ。ご出発があまりに急だったために、間に合わなかったのです。つきましては──」
「魔王様! このたびの凱旋、おめでとうございます!」
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魔王ゼウロンに向かって、魔族の幹部や長老たちが、盛んに話しかけていた。魔族が魔王に対して直接に話しかけるのは、実は非常に珍しいことなのだが、この日は無礼講ということで、大目に見られている。酒が入っていることもあって、魔族たちはわりと気軽に、ゼウロンに声をかけていた。
というのも、ゼウロンは四天王ドレアム、同じく四天王ゼルファー、魔族幹部ジスランたちとともに、魔王国の王都アムダリヤで開催された「対カーペンタリア王国戦の戦勝祝賀のパーティー」に参加していたからだった。
◇
聖女との戦いの後、魔王一行はカーペンタリア王国の王都、モレーンへ向かった。そしてここでも、そこまでの経路で起きたことが繰り返された。魔王の強力な闇属性魔法により、モレーンの外壁はあっという間に崩壊し、ヒト族の軍は一合も斬り合わないままに全滅したのだ。
その後、四天王を初めとする魔王軍が街に侵入、せん滅戦を開始した。モレーン占領に幾ばくかの日数を要したのは、カーペンタリア軍が抵抗したからではない。ただ単に、この街が広かったため、せん滅に時間がかかったためであった。
敵の王都攻略後、魔王軍はいったん、自国の王都に戻ることにした。ただ、その際は行きとは別のルートをたどったため、ルート上に存在するヒト族の街、そしてヒト族の軍との間で、またしても戦いが起こった。
これは、モレーンでせん滅戦を行ったため、カーペンタリア王国側が、正式な「降伏」をしていなかったのも一因だった。もっとも、戦いが起きること自体は、ゼウロンにとって望むところであった。そして戦いの結果、魔王軍はほとんど無傷のまま王都に帰還し、ヒト族のいくつもの街が廃墟と化した。
こうして今回の戦争は、魔王国の勝利、カーペンタリア王国の事実上の滅亡という形で終結した。アムダリヤに戻った魔王一行は、魔族たちから熱狂的な歓迎を受けた。そして今回、修復の進む王城の一室で、祝勝のパーティーが開かれることになったのである。
◇
久しぶりの酒宴とあって、ドレアム、ゼルファー、ジスランたちは、上機嫌で他の魔族たちと語り合い、酒を酌み交わしていた。ゼウロンも、当初はその輪の中に加わっていたが、パーティーが始まってしばらく経ったころ、にぎやかに騒いでいる部下たちの元を離れて、テラスへと向かった。
周囲の人たちも、一人になりたいという魔王の意向をくみ取ったのだろう。誰もついては来ず、ゼウロンは一人、魔王城のテラスに出た。そして、真っ暗な夜空を見上げた。
反魂者となって以来、ゼウロンは酒を飲んだことはなかった。
反魂者が酒を飲めないわけではないし、酔えないわけではない。ただ、酔って楽しげに騒ぐなどという行為が、許せなかったのだ。報復が道半ばにも達していないこの自分が、そのような浮かれたことをすることが。
今日も、形だけはグラスを手にしていたものの、ゼウロンは一滴も中身を飲んではいなかった。考えていたのは、ヒト族との戦い、ただそれだけだった。
今回の戦争は、魔王国の勝利、カーペンタリア王国の事実上の滅亡、という形で終結した──わけではなかった。
戦争が終わったと思っているのは、この戦いを外から見ている国々くらいだろう。実際には、戦争は終わってなどいない。これは、「戦争をした国の国民にとっては、戦争のもたらす苦しみはまだ続いている」といった意味での「終わっていない」ではない。文字どおりの意味で、戦いは終わっていないのだ。
ゼウロンはパーティーが始まる前に、これからのことについて後で相談したい、とドレアムに言われていた。ゼウロンは、何についての相談か、と問い返したりはしなかった。
この戦いを起こす際、魔王ゼウロンは、カーペンタリア王国だけでなくヒト族のすべての国を討ち倒し、ヒト族そのものをこの世界から滅する、と宣言していた。あの時の言葉のとおり、これからも戦争を続けるつもりなのか。ドレアムはこの点について、確認をしたかったのだろう。
答は、是、だ。
戦いを起こして以降、ゼウロンの決意は一度も揺るいだことはなかった。
その証拠に、ゼウロンが着用しているのは他の魔族のような礼服ではなく、いつもどおりの黒の鎧だった。これは、今この時も、気を抜いてなどいないことの現れである。ヒト族に対する報復の志は、カーペンタリア王国を滅ぼした今も、魔王の心で燃え続けていたのだ。
それは当然だ、とゼウロンは思った。忘れるなど、どうしてできるだろう。
カーペンタリア王国の者の手によって、自分は突然に捕らえられた。そして、神と王国を裏切った重罪人として見せしめにされ、さらし者にされた。そして、数々の陵辱を加えられた末に、死刑という娯楽に狂喜する民衆の面前で、処刑されたのである。
自分だけではない。ドレアムもゼルファーも、すべての名誉と栄誉を奪われた上に、首を落とされた。自分たちに関わった多くの人たちも、同様の目にあったらしい。そうのような国、そのような民衆を、どうして許すことができるというのか。
今回の戦いで、ゼウロンは多くのヒト族を殺し、多くの都市を滅ぼした。その中には、無辜の人々もいたかもしれない。だが、ゼウロンは後悔などしていなかった。そんなことは、魔王となりゼウロンの名を戴いた時から、覚悟していたことだ。
いや、後悔するどころではない。この程度では、まったく足りてなどいないのだ。ヒト族の命、ヒト族の血、肉塊、悲鳴。涙を流して命乞いをする姿、その体を貫く剣、うめき声と腐臭、アンデッドとなってさまよい歩く死体たち……まるで飢餓状態にあるかのように、ゼウロンは心の底から、それらを求めていた。
そんな光景が今すぐ見たくなり、ほとんど無意識のうちに、手にしていたグラスを手すりに置いた。そうして空いた手が、腰に下げた剣に動きそうになったその時、
ゼウロンは突然、両膝を床についた。
魔王の上半身はゆっくりと前に傾き、床に投げ出された。まるで、土下座をするかのようだった。黒い鎧は小さく震えている。魔王は両手で自分の肩を抱きしめ、自分の顔をその中に埋めた。その姿勢に応えるかのように、空から降りてきた風が鎧の隙間にあたって、小さなうなりを上げた。
それは <慟哭> だった。
そこには泣き声はなく、涙もなかった。だが、それは間違いなく、 慟哭だったのだ。
どうしてこんなことになってしまったのか。ゼウロンの心の隅の方で、こんな叫び声が上がっていた。慟哭の対象は、かつて自分が受けた仕打ちや、境遇の変化ではない。自分自身の変貌だった。かつての自分であれば、他人の血肉や死を求めるなど、絶対に考えられないことだったのに。
ゼウロンは反魂者だ。反魂者は生前最後の経験によって、大きく変化することがある。その変化はスキルや能力だけでなく、性格にまで及ぶ。幼くして光魔法を習得し、将来は聖女になると期待されていた少女が、反魂者となって蘇った途端に、闇魔術で祖父を殺害しようとしたように。
ゼウロンもそのことは、知識として知ってはいた。だが、よりによって自分自身が、その実例になるとは。少女に起こったことがほとんどそのまま自分に起きるだなどとは、考えてもいなかった。
ゼウロンの回想は、あの日のことに及んでいった。おそらくは「幸福」だっただろうあの日。成すべき事を成し遂げ、仲間たちと酒杯を掲げて、満たされた気持ちで微笑んでいたあの日に。その数刻後、すべてが暗転するなど想像もせずに……。
回想が続く間、鎧の震えは止まることはなく、 慟哭は続いた。
──突然、ガラスの割れる音が響いた。
ゼウロンは素早く立ち上がり、パーティー会場を振り向いた。手は既に、腰の剣にかかっている。会場の中をのぞき見ると、ゼルファーがグラスを落としてしまっていた。ゼウロンは剣を抜き、思わずそこへ駆けつけようとしたが、すぐに思いとどまった。ゼルファーが周囲と一緒になって、大笑いしているのに気づいたからだ。
どうやらゼルファーは、調子に乗って飲み過ぎただけらしい。
ゼウロンの顔に微笑みが浮かんだ。気がつくと、体の震えは止まっていた。そして不意に、こんな言葉が口をついた。
「そうか。私は、癒やされていたのか」
ゼウロンの脳裏には、先ほどとは別の回想が、浮かび上がっていた。
いろいろなことがあった。戦いの初めに死霊術師ピサラを失い、途中でハイラインも失った。が、三人の側近だけは、無事に守りきることができた。そして仇敵であるヒト族の国を滅ぼし、自分たちに害をなしたヒト族たちを、惨殺することができた。
この復讐の道は、これからも続いていく。だが、カーペンタリア王国を滅ぼしたことで、とりあえずの一区切りがついたのだろう。一区切りがつき、気持ちにある程度のゆとりが生まれた。だからこそ、慟哭したのだ。
慟哭をすることができたのは、心の傷が、ほんの少しだけ癒やされたために違いない。
ゼウロンは剣を収め、手すりに置いたままだったグラスに手を伸ばした。
私も一杯、飲んでみるか。
決して油断などはしない。けれども今夜くらいは、楽しんでもいいだろう。もたらされた癒やしを、実感するために。そしてこれからも癒やしを求め続ける、その決意を新たにするために。
手にしたグラスの中身を飲もうとしたゼウロンは、今さらながらに気がついた。魔王はまだ、兜を脱いでいなかったのだ。
ゼウロンはグラスをいったん手すりに置き、兜を外した。反魂者となって魔王の鎧を身につけて以来、人前でこれを外すのは初めてのことだった。軽く頭を振ると、長い黒髪がふわり、と鎧の肩の上に広がった。魔王は兜を手すりに置いて、再びグラスを手に取った。
ゼウロンは暗い夜空を見上げた。グラスを空に向けて掲げ、そして本当に久しぶりに、この言葉を口にした。
「これで、ハッピーエンドや!」
これにて、「召喚されたおおまか聖女は、ハッピー・エンドを希求する」は完結となります。
最終話のエンディングはいかがだったでしょうか。「なんだこれ」「よくわからん」「矛盾してるだろ」と言った感想が出てきそうですが、終章の冒頭に書いたとおり、これはパラレルワールドでも世界線の違う世界の話でもありません。
よくわからないという人のために、この最終話では <ヒント> を出しておきました。これでもよくわからないかもしれませんが、このくらいで勘弁してください。これ以上書くと、あちらのネタバレになってしまうので……。
いやー、それにしてもですね。女性主人公(しかも若い女子大生)の一人称、というのを書くのは初めてだったので、けっこう戸惑いました。と言うか、今も戸惑っています。けど、この小説の場合、男性主人公ではしっくりこないな……と思ったので、やむを得ずこうしたんです。本作の仕掛けに気づいた方は、同意してくれるかもしれません。
一応、「蜘蛛ですが、○か?」あたりを頭に置いて書いたつもりなんですが、うまくいったかどうか。まあ、途中で吹っ切れて、と言うかあきらめて、水戸黄門とかの思いっきりオッサンっぽいネタも入れてしまったんですけどね。後悔はしていません。そっちの方が書きやすかったし。
ここまで読んでいただいた皆さん、どうもありがとうございました。なにか別の機会がありましたら、その時はまた、よろしくお願いします。
えーと、もう少しヒントがほしい、という方のために。
あちらのネタバレになってしまうので、出来ればこの方法は避けてもらった方がいいのですが……。 <ヒント> に、例えば「ネタバレ」という言葉を加えて Google とかで検索すれば、出てくるかな?
さらにもっと、はっきり書いてほしい、と言う方のために。
本作はカクヨムにも掲載していますが、あちらには「サポーター」という仕組みがあります。その、サポーター限定公開の近況ノートに、「召喚されたおおまか聖女」の外伝を連載することにしました。「追放された蘇生術師の~」外伝(こちらもサポーター限定)と同様、ネタバレというか、種明かしの内容となる予定です。「蘇生術師」ほど長くはなく、7~8話くらいかな? エンディングの意味が気になる方は、のぞいてみていただければありがたいです。
※ 出典:アラン・ソーカル、ジャン・ブリクモン「知の欺瞞」




