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召喚されたおおまか聖女は、ハッピー・エンドを希求する  作者: ココアの丘
終章 決戦と祝宴

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70 【Side:魔王】 決戦

 「クリティカル・ディケイ」の魔法で一つの街を滅ぼした数日後。魔王ゼウロンの一行は、広い平原地帯に立っていた。


 ここは王都の前に広がる、最後の平原だ。魔王の背後には、都を守る外壁と、そこに作られた異様に大きく、派手な色の飾りがつけられた城門の姿が、うっすらと遠くに見えていた。

 本来であれば、ゼウロンはこんな場所に来るつもりではなかった。だが、とある目的のために、わざわざ進撃のルートを変更して、ここに軍を回すことにしたのである。

 そして、魔王の前方に、その目的の姿が見えてきた。


「魔王様、あそこにおりますな。事前の情報どおりです」


 魔族の幹部ジスランが、前方を指しながら言った。彼の言うとおり、数百メートルほど先の原っぱに、ヒト族の部隊が現れていた。部隊と言っても数人程度の小規模なもので、そのほとんどは騎士らしく、白銀色の全身鎧を装備している。ただ、その中の一人だけは、光るように輝く法衣を身につけていた。


「あれが聖女、か」


 ゼウロンは小さくつぶやいた。兜の中に隠れてみえないが、そのまなざしは、法衣姿の女性を厳しくにらみつけていた。

 ゼウロンの後ろでは、ジスランに四天王であるドレアムとゼルファーも加わって、敵軍の意図を推し量ろうとしていた。


「それにしても、なぜたったあれだけの人数なんだ? 向こうに、何か企みでもあるんだろうか。例えば、このあたりに伏兵がいるとか」

「それはどうだろう。この地に先着していたのは我々だ。伏兵や罠を仕掛けるような機会は、彼らにはなかったはずだ。単純に、各地の戦線でヒト族の軍が苦戦しているため、多くの兵力をこちらへ回す余裕がなかったのではないかな」

「ひょっとしたら、あの聖女とやらは王位でも目指しているのかもしれませんな。現状では、ロイドとかいう王子が次期王位に就くとみられておりますが、もしもここで魔王様を倒すことができればたいへんな実績となり、ヒト族の間では英雄扱いされるこでしょう。そうなれば、逆転での就位も夢ではありません。

 彼女が魔王様を倒すためには急いでこの地に来なければならず、移動速度を重視した結果、部隊の数がたったあれだけになってしまったのではないでしょうか。

 もちろん、魔王様を倒すなど万が一にもできるはずはないのですが、そんなことすら、彼女には理解できないのでしょうな」

「なるほど。あの女は、聖女に最もふさわしいのは自分であり、自分以外の者が聖女になるなど決して認められないと叫んでいた、などという情報も上がっていたな。そこまで自信過剰な女であれば、かなわぬ夢を抱いてしまってもおかしくはない」


 彼らが口にした情報の中には、ハイラインによってもたらされたものもあった。が、ハイラインの手によらない、かなり不確かなものも混じっていた。敵の狙いについて、三人が盛んに議論をしているのは、そのためだった。

 ゼウロンにとっては、そんな議論に時間を費やしていること自体が、ハイラインの不在を強く感じさせるものだった。そこでゼウロンは、あえて嘲るような笑い声を上げた。


「あれしきの者が聖女とは、王国軍もいよいよ人材が払底してきたと見える。

 あそこにいるのは、聖女などではない。ただ自分が聖女になりたくてだだをこね続けているだけの、聖女の張りぼてにすぎぬ」

「ですが魔王様。ヒト族の教会が聖女と認めているのですから、彼女にもそれなりの素養があるのは、確かだと思われます。寡兵で現れたのも、いざとなれば聖女の光魔法がある、との考えがあってのことかもしれません。実際、彼女からは、尋常ではない質の魔力というか、魔力の『余波』のようなものも感じられますし……。

 確かに愚かな相手ではありますが、こちらとしてもそれなりの警戒は必要かと」

「うむ。だがそれでも、戦わない手はない。そのために、我々はわざわざルートを変えて、迎撃に来たのだからな。となれば──」

「お待ちください! 向こうは、何か仕掛けてくるようですぞ!」


 ジスランが叫んだ。

 彼の言ったとおり、聖女が発する魔力に、大きな変動が起きていた。それまでは周囲の空間に霧散していた魔力の余波が、まるで渦を巻くように、聖女を中心に収束していったのだ。

 そして聖女はその左手を、ゼウロンの方に向かって突き出した。魔力の渦は、その手の前に集積していき、まるで白く光る立方体が浮かんでいるかのように見えた。


「なるほど。どうやら向こうは、聖女の魔法攻撃で決着をつけるつもりらしい。彼女の力をあてに寡兵で現れたのなら、その力を使おうとするのが道理ではあるな。と、なればこちらは……」


 ゼウロンはこう言って、呪文の詠唱を開始した。


「<それはマイナスの平方根

  それは降伏の絶対兵器

  すなわち差異 すなわち微分 すなわち比

  歴史から拒絶され 物神化された教条主義>」


 詠唱を始めた魔王は、左手を前に掲げた。その手の先に、黒く光る立方体が現出する。詠唱が続くと共に、立方体の内側に魔力が集積されていった。集積と同時に魔力は圧縮されていき、その黒い輝きを増していった。


「<それは次世代に対する遅延毒となり

  死にゆく者に運命の選択を迫り

  捏造された平和の形を露わにする>」


 魔力の集積と圧縮は、すでに魔王自身でさえ経験したことがないくらい、巨大なものになっていた。少しでも制御を誤ったら、それを封じ込めている闇の箱がたちまち崩壊して、魔力が暴発してしまいそうなほどに。

 だが、魔王は動揺などまったく見せることなく、呪文の詠唱を続行した。


「<もはや運命も 終末も 宿命も有しない

  すべてはまさに最後の審判のシステムとなり

  フラクタルの果てしない異常増殖から逃れられない>


 ……<ヘルズ・ゲート>!」


 詠唱が完了した。詠唱に引き続いて魔法名が叫ばれると、立方体の面の一つ、聖女を向いた側に変化が起きた。面の真ん中に一本の亀裂が入り、あっという間に飛散したのだ。閉じ込められていた檻から、闇の魔力が解放される。それは巨大な濁流となってほとばしり、聖女たちに向かって一直線に走って行った。

 ほとんど同時に、聖女の前にあった立方体からも、光の魔力が発射された

 闇と光は正面から激突して、まるでお互いを取り込もうとしているかのようにねじり合い、絡み合った。激しい明滅が繰り返され、対消滅した魔力は熱となり力となって、周囲の地面を赤熱させ、激しい砂埃を巻き上げた。

 だが、そんな均衡が成立していたのは、ほんの一瞬だった。


 闇の濁流は、その圧倒的な力によって、光の濁流を完全に飲み込んだ。


 そしてあっという間に、光を生んだ術者と、周囲にいた者たちに襲いかかっていった。相手には、反応する暇さえ与えなかった。闇の魔法は聖女の体に衝突すると、目のくらむような、いや、その闇の深さによって視力がまるごと吸い取られてしまいそうな、爆発的な『負の輝き』を放った。

 闇は、すぐに収まった。しばらく時間が経つと、魔王たちの視力も少しずつ回復していき、あたりの光景が見えるようになってきた。魔王はすぐに、聖女たちが立っていた、原っぱの方を見た。


 そこにあったのは、地面に倒れたまま動かない、白の法衣だけだった。


 聖女の左右にいたはずのヒト族の軍勢は、きれいに消滅していた。少なくとも、魔王にはそう見えた。魔王たちは、しばしの間その場に留まっていたが、法衣はぴくりとも動かない。やがて、聖女は既に死亡していると判断した魔王軍は、万が一の反撃を警戒しながらも、法衣の落ちている場所に近づいていった。

 近くまで来てみると、ヒト族たちが消えたと判断したのは間違いだったとわかった。周囲の地面には、そこかしこに鎧や剣の破片らしきものが散らばっていたからだ。どうやら彼らの体は、闇魔法の威力で爆散してしまったらしい。そして法衣のそばに立った魔王は、もう一つの間違いに気づいた。

 法衣はただ落ちていたのではない。その内側に、聖女の肉体を残していた。

 けれども彼女の体は、闇の魔力によってさんざんに蹂躙されているらしかった。特に下半身の損傷はひどく、腰の部分で完全に切断されている上に、股、膝、足首といった関節の継ぎ目ごとに、大量の血液と、さらには肉塊のようなものが噴き出していた。

 また、肩にかける部分の布がめくれ上がっているため直接には見えないが、顔や頭部も大きく傷ついているらしい。布の下の地面に、赤黒い血が流れ出ていた。


「これが、聖女の法衣か。法衣自体は、魔王様の魔法を受けても傷一つないようだ。他の騎士たちはほぼ消滅しているのに、聖女の体だけが残されたのは、この法衣の持つ防御力のおかげだろうな」

「ですが、それが良かったかと言われると、なんとも言えませんなあ。なにしろこの状態では──」


 ジスランが急に言葉を切った。

 完全に事切れていると思っていた、聖女の体。その顔を収めている法衣の中から、弱々しい声が響いてきたからだ。


「……あなたが、魔王?」


 顔には法衣の布がをかぶさったままで、彼女がどんな顔でどんな表情をしているのかは、うかがい知ることはできない。けれど、布のほんのわずかな動きから、聖女が魔王に顔を向けているのはわかった。


「なぜ? なぜ私が倒れて、あなたが生きているの? 私は間違いなく、聖女が扱うことのできる最強の魔法を、成功させたはずなのに……」

「あれが最強の魔法だと? 笑わせるな。聖女の魔法は、あんなものではない。あんなもので我が魔法に打ち勝つことなど、できるはずがなかろう。

 貴様が敗れたのは、単に貴様が弱かったからだ。貴様はもともと聖女などではなく、聖女となる資格さえも持っていなかった。ただそれだけの話だ」

「……違う。私はまだ、負けてなんていない。私は魔王を倒して、王都に戻らなければ──」

「今の言葉も、二つの点で間違っているな。まず、おまえは既に敗れている。それは誰が見ても明らかなことで、議論の必要もないだろう。

 そしてもう一つ。おまえが帰るべき王都など、どこにも存在しない。なぜなら──」


 魔王は一歩前に踏み出して、布の上から聖女の頭部を思い切り踏みつけた。ゴギン、と骨の砕けるような音がして、聖女の体の上半身だけが、小さな、そして最後の痙攣を起こした。


「──カーペンタリア王国そのものが、今から跡形もなく滅亡するからだ」




 魔族軍の幹部の名前をまた変更しました。何回も済みません……。



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