07 さっそくのルート変更
こうして私は、異世界から召喚された聖女として、王子様と旅に出ることになったのだった。
…
……
………
いやー。ないわー。何度考えても、やっぱ、ないわー。
異世界? 聖女? 王子様と(とりあえずは)二人っきりの旅?
どこをどう考えても、まったく現実感のない話だった。できすぎた作り話というか、はっきり言ってしまうと、欲望がてんこ盛りでダダ漏れの、イタ過ぎる妄想。そうとしか思えない。
でも、今の私は間違いなく馬車に乗せられていて、窓の外に広がる景色には、高層建築も瓦屋根も電柱も車もない。それどころか、舗装された道路さえない。そして目の前の席には、王様に謁見した時に隣にいた、さらさらの金髪に高い鼻筋という、いかにも王子様と言った顔立ちの若い男性が座っているんだ。
なんだか、出発してからずーっと黙り込んでいて、とりつく島もないって感じなんだけど、そんな素っ気なさ、機嫌の悪ささえも、身分の高貴さを感じさせる。まあ、本物の王子様なんだから、当たり前なんだけどね。
確かに、異世界もののお話は、ラノベもマンガもそこそこ読んではきたよ。けど、まさか私が、こんな目にあうなんて。一体、どうしてこんなことに……。
ちょっと、整理してみよう。
この男の人は、ジークベルト・エルズミーア様。この国、カーペンタリア王国の、本物の王子様だ。しかも、いわゆる第一王子だそうで、王太子にはなっていないけど、第七王子とか八男とか、継承順位が低くてほったらかしにされているような人ではない。そんな人が、どうして私なんかと一緒に、魔族討伐の旅に出ようとしているんだろう。
いや、私と一緒に、というのはまあいい。なんせ私は「聖女」だそうだから、国の偉い人が同行するのも、ない話ではないのかもしれない。王子が戦いの前線に出るのも、わからないではない。兵士の士気高揚とか、王位を継ぐための実績作りとか、そう言うこともあるんだろう。
わからないのは、なんでこんなに貧相な装備なのか、だ。
ジークベルトが身につけているのは、革製の鎧に革の兜、膝当てと言ったもの。王城にいた騎士のような、立派な甲冑などではなかった。防具以外の服装も、「王子様」という言葉から連想されるようなきらびやかな服ではなくて、普通の庶民が着ているようなものだ。
これは、私がこの世界の常識を知らないからそう思ってしまっているわけではない。馬車の窓から見える人たち、特にその中にいる、おそらくは冒険者と言われる人たちの格好と、それほど変わらないんだから。
ちなみに私の服装はというと、やっぱり王様に謁見した時と同じ、黒のマントに杖という、魔導師の装備。こちらも当然ながら、そんなに高級なものではない。ただ、見た目は少しだけ変わっていた。私はもともと髪は染めてなくて、黒髪で黒目だったんだけど、今は銀色の髪に、ちょっと青みがかった色の瞳になっている。
こっちに来てから染めたのではなく、これは「魔道具」というもののおかげだった。この世界の魔道具には、目や髪の毛の色を変えてくれるものがあるんだ。そういえば、どういうわけかジークベルト王子も、髪の毛が鮮やかな金髪から銀髪に変わっている。これも、同じ魔道具を使ったんだろうか。
どうしてこんなことするのかは、ちょっとわからないけど。
その上、私たちが乗っている馬車も、なんていうか庶民的なものだ。王城にいた頃も馬車を見たことがあったけど、あれにはそこら中に金色の(っていうか、たぶん本物の金を使った)飾りや彫刻がついていたし、それを引く馬にも、金ぴかの装具がつけられていた。
対してこちらの馬車と馬には、何の装飾もされてない。外側だけでなく内側も、つまり私が今座っている座席も、ひどく座り心地の悪い、クッション性のない代物だった。まあクッションについては、金ぴかの馬車には乗ったことがないから、これがこの世界の標準なのかもしれないけど。
さらにその上、馬車の外にも、随行の騎士なんて人はいなかった。あ、そういえば城を出る時も、見送りみたいなものが無かったな。なんて言うか、昼間なのに夜逃げでもするかのような、ひっそりとした出発だった。これって絶対おかしいよね。普通、一国の王子が戦場に行くとなったら、護衛や見送りがあるんじゃないだろうか。
ああ、この人がずーと機嫌が悪いのも、そのせいなのか。王子なのにぞんざいな扱いをされて、服装や髪の色まで変にされたら、そりゃあ面白くないよね。
でもなあ。はっきり言ってしまうと、それって私とは関係ない話だ。王子様の格好をどうするかなんて、そっちで決めたことだよね? 不満があるなら、担当者とか責任者とか、そう言う人にいってほしい。
不機嫌な男の人の相手をするなんて面倒くさいし、できれば放っておきたいところ。でも、そういうわけにも行かないんだろう。なにしろ、これからしばらくの間一緒に旅をすることになるんだから、最低限のコミュニケーションは、とっておく必要がありそう。ずーっとだんまりなんて、そっちの方が疲れそうだし。
もしかしたら、一般人は貴族の人に話しかけてはダメ、なんてルールもあるのかもしれないけど、だったら一緒の馬車になんて乗せないはず。それに私、聖女だし。聖女ってけっこう偉いものらしいから、王子様に話しかけても、たぶん怒られることはないでしょう。
ということで、私の方から、彼に話しかけてみることにした。
「えーと」
「……」
「うちら、これからどこに行きますの?」
こう聞くと、黙って馬車の窓の外を見ていたジークベルトに、じろりとにらまれた。
何かしくじっちゃったかな。あ、もしかして、関西弁がまずかったの? 関西弁を話す人って、なんだかいつもふざけているとか、面白がっているようなイメージがあるみたいなんだよね。関西以外の人には。
でも、あたりまえだけど、関西弁の人がいつもぼけてるわけじゃないし、真面目なやつも根暗なやつもいる。まあ、ボケが日常に根付いているのはそのとおりなんだけど、いくらなんでも一国の王子に、いきなりボケをかましたりはしませんよ。
もちろんこれは、元の世界での話なんだけど、もしかしたら自動翻訳ってやつが、同じような偏見がある方言に直したのかな、って思ったんだ。
けど、ジークベルトはふうと大きくため息をつくと、
「聞いていないのか?」
「いえ、だいたいのルートは知ってます。オーデルやったっけ、その街まで行くんよね。で、近くにあるブルッヘ平原? とかいうところに着いたら……」
私はここで口をつぐんだ。
魔王国とカーペンタリア王国の間には一本の大きな街道がつながっていて、その道沿いには多くの街がある。そのうち、王国領側の国境近くにあるのがオーデルで、魔族領側にあるのがブルッヘだ。その近くにあるブルッヘ平原が主な戦場になっていて、私たちはそこで戦争に加わることになるそうなんだ。
戦争か。あー、やだなあ。
といっても私自身は、戦場で敵に向かって剣を振るう、なんてことはしないらしい。やれといわれても、私にはそんなことできないからね。戦場の後ろの方から、教えられた光の攻撃魔法を唱えるだけだ。
直接に、剣を振るうわけではない。それでも、私のせいでたくさんの人が傷つき、もしかしたら死んでしまうかもしれない。そんなこと、進んでやりたいわけがない。けど、武力でそれを強制されたら? それをしなければ元の世界に帰してくれない、なんて言われたら──?
私は小さく頭を振った。今ここでそんなこと考えても、仕方がない。
「……ただ、うちの聞いてた感じやと、もっと大人数になるのかと思ってたんや。なにしろ戦争をしに行くんやからね。けど実際に来てみたら、なんちゅうかその……ちょっと、しょぼいかなあ、って」
「そうか、君は知らされていなかったのか。それはすまなかった。なにしろ、急に決まったことだったのでね」
ジークベルトは、こう言って頭を下げた。あれ、この人、ちゃんと謝ることができるんだね。私が少し意外に感じていると、彼は言葉を続けて、
「我々が向かうのはオーデルではない。当初はその予定だったが、方針の変更があった。ハイファンからヘリータウンへ通じる街道に向かい、最終的には魔王国の王都、アムダリヤを目指す」




