67 いよいよ、ハッピーエンド!
それから三日後の早朝。私たちは、アイトイの街の北門にいた。
「汚れの森」を浄化した後、無事アイトイに戻った私たちは、一泊したらすぐに出発するつもりだった。この街では、予定外の時間をかけてしまっていたからね。けどホロイズから、もう一日だけ出発を待ってくれないか、と頼まれた。トライデンに渡す約束をした、代わりの装備を準備するための時間がほしいんだという。
鎧などを新しい品に代える場合、その人に合ったサイズのものにするのは当然なんだけど、さらにその人用の微調整をしたほうがより動きやすくなるんだって。街の職人に大急ぎで準備させると言われ、トライデンもできればお願いしたいとのことだったので、私たちは滞在を一日延ばした。
新しい装備は約束よりも少し早く、その日の夕方にはできあがったので、その次の日に街を出ることにしたんだ。
北門のそばに立って 私たちの見送りをしてくれる人がいた。ホロイズだ。
汚れの森の件を、ホロイズは公には発表しなかった。森の様子を確認したけど、アンデッドの群れなんていなかったよ、ということにしてくれた。よくわからない霧とアンデッドの腕がいて、そいつを私たちが討伐した、なんてことになったら、またまた目立つことになってしまうからね。光魔法を秘密にしたとしても、
あそこにはゾンビの死体がたくさん転がってるんだけど、あれは「おそらくトロールのゾンビのしわざだろう」でごまかすそうだ。そのうちに、火魔法の使い手を集めて、死体の後始末をしに行くらしい。そのほうがいいだろうね。変な病気がでたりしたら嫌だし、そうでなくても、とにかくくさいから。
ということで、私たちの功績を知る人もいなかったので、見送りに来てくれる人もいなかった、ってわけ。ジークやトライデンは、トロール退治の後の飲み会で仲良くなった人には、昨日のうちに挨拶してたみたいだけど。
トライデンは、昨日受け取った新しい装備のことで、ホロイズにお礼を言っていた。ホロイズはお礼を返した後、今度は私に近寄ってきた。手に、布の包みを持っている。ホロイズはそれを私に差し出しながら、
「マリーさん、こちらはあなたのためにと思って、持ってきた品です」
「あれ、うちにも? なんやろ、これ。休憩中に食べる、お菓子かなんかかな?」
「いえいえ、食べ物ではありませんよ。あなたにぴったりの装備です」
冗談めかしていった私の言葉に、ホロイズは軽く微笑んで、包みを少し開いて見せた。布の間から、白い色の服の一部が覗いて見えた。
「服?」
「ええ。これは白の法衣と呼ばれているものです」
ホロイズは包みを元に戻しながら、こんな説明をした。
「前にもお話ししましたが、この街にはは様々な境遇の方が訪れることがあります。
この法衣は、遠い昔、この地に身を寄せたヒト族の女性が身につけておられたものと伝わっています。その方はヒト族の王国から逃れてきたらしく、詳しい事情は当時の者も尋ねなかったそうですが、この装備からすると、おそらくは高位の聖職者だったのでしょう。
高度な光魔法の使い手で、街に小さな治療院を開き、魔族である住人たちの治療をしてくださいました。街の者だけではなく、近隣の街の住民たち、一度などは噂を聞きつけて王都からやってきた魔王国の王族の治療をしたこともあるそうです。
当時も今も変わりませんが、ヒト族の教会の聖職者たちは、魔族をことのほか嫌います。そんな中、魔族を治療してくださったその方は、種族の垣根を越えた『人間』に対する愛情を持っておられたのでしょうな。もしかしたらそんな愛情を持っていたがために、国を追われることになったのかもしれませんが」
「へー。そんな昔に、そういう優しい人がいたんやねえ」
私は包みを受け取って、中の服を調べてみた。生地のさわり心地は、いかにも上等そう。私には鑑定スキルなんてものはないけど、触ってみたり、ちょっと魔力を通してみた感じでは、防御力もけっこうなもの持っているように思えた。ジークたちとも相談して、私はこれを受け取ることにした。
「おおきにやで。なんか気をつかわせたみたいで、かえって申し訳なかったなあ」
「いえいえ。魔族には、こうした服を着用する習慣はありませんのでね。ここに置いておいても宝の持ち腐れですので、どうぞお持ちになってください」
ホロイズは最後に、深々と一礼してこう言った。
「それでは皆さん、お気をつけて。今回、私は皆さんに一つの借りを作ってしまいました。皆さんがどちらに向かわれようとしているのか、私は存じませんが、必ず無事にお戻りになってください。そして、私に借りを返させてくださるよう、願っております」
私たちが歩き出しても、ホロイズはずっと私たちを見送ってくれ、私たちが振り向くたびに、手を振ってくれていた。
しばらくして道が折れ、ホロイズの姿が見えなくなった頃、トライデンが言った。
「ところでだな。あそこだと、なんか場違いな感じかと思って、言わなかったんだがな。ちょっと、気になったことがあったんだ」
「あなたが雰囲気を読むなんて、珍しいですね。何が気になったんです?」
「うん。あの、汚れの森での事なんだが……ゾンビはほとんどがオークだったけど、中にはヒト族のゾンビもいたよな? 魔族ではなく、ヒト族のじいさんが。あのゾンビ、どこから来たんだろう。
あの森は、場所的にはアイトイとヘリータウンの真ん中あたりだったけど、街をつなぐ道からは大きく外れていた。そんな場所に、あんなに背の曲がったじいさんが来ることなんて、あんまりないとは思わないか? 少なくとも、生きているじいさんは」
「……もしかして、あなたが言いたいのは……」
「そうか。ヘリータウンの魔法実験では、被害者の遺体は街の外に捨てられた、とのことだったな。捨てるとすれば街道からは外れた場所だろうし、また冒険者などに発見されるのをできるだけ避けたいと考えたのなら、紛争の起きそうな二つの国の国境沿いに捨てるのが、一番良いのかもしれない。ちょうど、あの森のあたりのような」
ジークの述べた推理に、トライデンは無言でうなずいた。
「ありえますね。なんか、気分が悪いですけど。
けど、あれはもう終わったことです。もう魔法の実験がされることはなく、実験の犠牲者が出ることもないんですから。余計なことは考えずに、これから先は前を見て歩いていきましょう」
「そやね」
私は、私たちの上に広がる、晴れ渡った空を見上げた。
「これで、ハッピーエンドや!」
「そうだな。いよいよ、旅の終わりは近づいた。あとは、それがより幸福なものになるよう、努めるだけだ」
「……うん。そやね」




