66 アンデッドの欠片
戦いを始めてから数時間後。私たちは、「汚れの森」の中央付近に集まっていた。
アンデッドとの戦いは、特に問題なく終了した。思ったより、長引いたけどね。接近戦を主体とするトライデンとジークが、かなり苦戦していたんだ。アンデッドというより、アンデッドを倒した時に飛び散ってしまう、腐った肉とか体液とかに。あれって、すごく臭うから。装備に着いた臭いって、いくら落としても、けっこう残るものなんだ。
トライデンは途中から吹っ切れたみたいで、腐肉や腐液は気にせず、ゾンビに切りかかっていくようになってはいた。まあ、あそこまで汚れちゃったら、もう気にしてもしかたないし。ホロイズも申し訳ないと思ったんだろう、「街に戻ったら報酬の一部として、新品の装備一式をご用意します」と言ってたっけ。
ただジークの方は、なかなかそこまで思い切ることはできないみたいだった。やっぱり、育ちが違うせいかなあ。ところがここで、びっくりすることが起こった。ジークは剣に魔法をまとわせる「魔法剣」を使って戦ってたんだけど、戦いの途中、なんとその剣から白い光の刃が飛び出したんだ。
飛び出た光はゾンビたちに襲いかかって、それをまぷたつにしたあと、宙に消えていった。
「わ! なんや、今のは?」
「……魔法剣だ。魔法剣の修練を積むと、剣にまとわせた魔力そのものを、刃として放出することができるようになる。それによって、離れた場所にある対象も攻撃可能となるんだ。
私も以前から練習してはいたんだが、これまで成すことはできていなかった。まさかこんなところで、できるようになるとは……」
ジークはちょっと微妙な表情で、手にした剣を見つめた。あれだけ訓練してもできなかったのに……って感じなのかな。まあ、人間追い込まれると、とんでもないことができる場合もあるらしいから。さっきの彼が、そこまで追い込まれていた(主に嗅覚的に)ってことなんだろう、きっと。
こうしてジークとトライデンの討伐スピードが上がったこともあって、お昼前には、森の中にいるアンデッドはすべて、倒すことができた。
ただ、森の中央付近に集まった私たちの表情は、微妙なものだった。微妙というより、困惑、が近いだろうか。私たちの視線は、目の前の地面に転がっているものに集まっていた。
「一体なんなんだ、これは?」
「なんでしょうな。アンデッドに属するものに、間違いないとは思われますが……」
そこにあったのは、アンデッドの体の一欠片だった。
形からすると、おそらく右腕だろう。半ば腐りかけた腕が、それを突き刺した剣によって、地面に縫い付けられている。腕は、まるでその剣から逃れようとするかのように、今ももぞもぞと動き続けていた。
皆が首をかしげる中、私は言った。
「うち、思うんやけど……黒い霧って、ここから出ているような感じやな」
ジークとトライデンがはっとした顔になった。
「霧を出してる、だって? ってことは、もしかしてこいつ、サウロイールを襲ったリッチなのか?」
「そういえば、確かあの時のリッチは、片腕しか見えていなかったな」
「だが、こんな片腕だけになっても、生きて……って言っていいのかよくわからんが、動けるものなのか?」
トライデンの疑問に、エイブラムが解説をしてくれた。
「アンデッドというのは、普通は頭部を破壊すると動けなくなる、と言われていますね。ですが例外的に、手や頭が単独で動く例も目撃されています。これはその、稀な例なんでしょう。
通常であれば、腕だけあっても何もできず、逃げるか退治されるしかないはずなんですが、今回はこの黒い霧のおかげで、こうしてアンデッドの群れを作ることになってしまったんでしょうね」
なるほどなあ、とトライデンが感心の声を上げた。
「いずれにしろ、この魔物を退治しない選択肢はないな。エイブラム、頼めるか?」
「だいじょうぶです。まだ、魔力には余裕があります」
ジークの依頼に、エイブラムはうなずいて、呪文の詠唱に入った。ここまでさんざんゾンビどもを倒してきた、火魔法のファイアーボールだ。
「……<ファイアーボール>!」
魔法名を叫ぶと、エイブラムの前に浮かんでいた炎の玉が、片腕のゾンビに飛んでいった。大きな炎があがり、半ば腐敗した腕は、一種独特な臭いと共に燃え上がった。
やがて炎が治まると、腕だったものは燃え尽きて、黒っぽい骨だけになっていた。刺さっている剣も、黒くすすけている。けれど、リッチを退治した時に起きたような、周囲の黒い霧が晴れ上がるといった現象は、起きてくれないみたいだった。
「霧は、そのまんまやな。なんでか知らんけど」
「そうみたいですね。あたりから感じられる、嫌な魔力が消えていません。あれ? ちょっと待ってください。この骨、動いてませんか?」
エイブラムの言葉に、みんなは改めて地面の骨に注目した。エイブラムの言うとおりだった。焼け焦げた指の骨が、まるで大きなクモの足のように、細かく動いている。そして周囲の土をひっかいて、カサカサと音を立てていた。
「スケルトンみたいに骨だけのアンデッドもいるが、そいつとも違う感じだな。スケルトンなら、火魔法で普通に倒せるはずだし」
「エイブラム、試しにもう一度、火魔法を使ってみてくれないか? 今度は一段階、強いものを」
ジークの再度の依頼に、エイブラムはうなずいて少し後ろに下がり、火魔法ファイアーランスの詠唱を始めた。みんなもエイブラムにならって、炎が届かないくらいの位置まで下がる。やがて詠唱が完成し、炎の槍がうごめく骨に向かって放たれた。けど、結果は同じだった。骨の動きは止まらず、黒い霧も残ったままだった。
「参ったなあ。霧が残ってるってことは、このままだとまた、アンデッドができてまうんやない?」
「たぶん、そうでしょうね。それにしてもどうして、火魔法が通じないのか……籠もっている怨念があまりにも強くて、火魔法では浄化できないんでしょうか」
「ってことは、あれをやってもらうしかないのか?」
トライデンが言った。そして、あっしまった、といった顔になって、あわてて口を閉じた。
「この魔物を退治する方法があるのですか?」
ホロイズが、当然とも言える質問をした。けど、トライデンは答えることができなかった。
「あれ」というのは、光魔法のことだろう。この腕の元になったと思われるリッチは、私の光魔法で退治できていた。それならこいつだって、たぶん同じ魔法で浄化できるんだろう。けど、そんなに強い光魔法を使えることが、ばれてしまったら? それもよりによって、魔族の街の長に……。
けれども今回もまた、ジークの決断は速かった。
「方法はある。ただしこのことは、絶対に他言無用だ。いいな」
「やってもええの?」
「うむ。救うべき民に、ヒト族と魔族の違いなど無いからな。
それに君だって、助けられる人は助けたい、そう思っているのだろう?」
「まあ、そうやねんけどね。ほなら、いくで。
「<患者すなわち主体は
自己決定する半分の中で否定され
主体すなわち患者となる>」
私は呪文の詠唱を開始した。念のため、使うのはあの時リッチを倒したのと同じ魔法だ。
「<それは可能な形も
共立性も準拠も持たない
あらゆる放出と打撃を包含し
現れるやいなや ただちに消え去る>
……<ホーリーレイ>!」
詠唱と共に、前に突き出した私の右手に白い光が集積していく。その光景に、ホロイズは驚きの表情を浮かべた。そして呪文名を叫んだと同時に、強烈な光が放たれた。光はうごめく骨に向かってまっすぐに走り、爆発的な輝きを放った。
輝きが収まると、骨のあった場所には、何も残っていなかった。そして汚れの森を覆っていた黒い霧は、不気味なうごめきをやめた。それは次第に、空に向かって浮かび上がっていき、薄まっていった。




