58 【Side:魔王】 閑話:王都の会議室にて
カーペンタリア王国の王都モレーン。その王城内にある一つの会議室で、ある重要な会議が開催されていた。
会議自体は、それまでにも何度か開かれている、定例のものである。出席者も、ほぼいつもの顔ぶれだった。ロイド第二王子、トルマン宰相、ヴァイセル軍務卿、エルマー財務卿、バーナビー枢機卿、そして各省庁の筆頭事務官やその代理たち。
その議題もまた、「魔王国との戦争の現況、及びこれからの方針」という、これまでと同じものだった。
だが今回の会議は、それまでとはかなり雰囲気が異なっていた。
「──我が国領土内にあるいくつかの街が、突然に現れた魔王軍の攻撃を受けた結果、陥落したものと思われます。
守備部隊からの最終報告によりますと、敵軍の規模は数十名程度という、ごく小規模なもののようです。その規模に比して大きな攻撃力を考えますと、敵軍の実体は、少数の強力な個体──おそらくは魔王自身を主要戦力とする奇襲部隊であり、魔王自身が前線に立って戦っているのではないか。
当方としては、そのように判断しております」
報告を終えたヴァイセルの副官が、席に座った。会議参加者たちはしばらくの間、一様に苦い表情を浮かべて押し黙っていた。やがて、エルマーが吐き捨てるような口調で言った。
「魔王軍め。不意打ちとは、卑怯な真似をする」
だが、それに応じる声はなかった。これは戦争であり、奇襲もまた一つの戦術であることは、出席者全員(おそらくは、発言者であるエルマー自身も含めて)が理解していたのだろう。そもそも、今回の魔王国との戦争は、カーペンタリア王国側の奇襲攻撃で始まっていたのだ。
しばらくの間をおいて、今度はトルマンが口を開いた。
「ところで、少々気になった点があるのだがね。『魔王自身が前線で戦っていると判断する』、とのことだったが、判断する、とはどういう意味だね? 未確認情報ということなのだろうか」
「は、その通りです。いまだ、直接に確認するには至っておりません」
「しかし、敵軍の前線に魔王がいるかどうかなどというのは、情報の中でもごくごく基本的なものではないか? なにしろ、戦っている場所が『前線』なのだから、確認は容易なはずだ。
それに、私は軍務に精通しているわけではないが、それぞれの街には『草』と呼ばれる隠密が相当数潜んでいることくらいは知っておる。その草であれば、街に攻め込んだ軍に魔王がいるかどうかも、簡単に把握できるだろう。
それともこれは、魔王に偽装した偽者の可能性もある、という意味なのかな?」
「いえ、そうではありません。隠密に関する詳細をこの場で説明するわけにはまいりませんが、様々な場所に隠密が配置されているのは、おっしゃるとおりです。ですが、彼らからの情報を期待することはできないのです。
なぜかと申しますと、魔王軍に占領された街では、騎士や兵士だけでなく、住民のことごとくが、殺害されているからです。そのため、彼らの中に潜んでいた隠密たちも殺害されております。戦闘自体が短時間で終了したこともあって、戦闘初期の断片的情報以外は、こちらに伝わってきておりません
もちろん、この点についての情報も直接にもたらされているわけではありませんので、正確には、ことごとくが殺害されていると『思われる』、なのですが」
この軍務省副官の説明に、会議室にいたほぼ全員が、あっけにとられた表情になった。
「なんという凶行、なんという神を恐れぬ所行だ! やつらはまさしく、悪魔の化身に違いない!」
バーナビーが叫んだ。それに続いて、出席者から次々に発言が飛び出した。
「しかし魔族どもめ、なぜそのようなことをする。住民すべてを亡き者にしてしまっては、街の経営などできん。街を占領して自らの領土としたとしても、住民がいなくては何の意味も無いではないか」
「そのような小さな街など眼中にない、本当の目標はその先の大都市、ということなのかな」
「敵部隊は数十名程度しかいないのだから、街を統治する兵を残す余裕などないのだろう」
「かもしれんが、そんな小部隊で住民を殺害して回るなど、そのほうが手間がかかるのではないか?」
「……それからこれは、本当に未確認の情報なのですが」
議論の中、軍務省副官が再び立ち上がった。
「これがはたして魔王自身の考えなのか、それとも幹部クラスの指示なのかははっきりしませんが……。魔王軍の兵が、こう話していたそうです。
我々はヒト族をせん滅する、そのために戦っているのだ、と」
この言葉に、出席者の間からどよめきが上がった。
「なんということだ……」
「馬鹿げている!」
「いや、さすがにそれは、魔族側の宣伝だろう。魔王国など、我が国の数分の一の人口しかない小国だ。それに、ヒト族の国は我が国だけではないのだぞ? すべてのヒト族の国に対して、戦争を仕掛けるつもりなのか?」
「そうですな。いくつかの街を失ったとは言っても、いずれも小さな街です。戦況全体に、大きな影響はありません。その小さな戦果で、戦線全体にある程度の影響を与えたい、そんな計算があっての宣伝なのではありませんかな」
「うむ。その点については同意じゃな。わしも、一種の宣伝ではないかと思う。だがそのような宣伝がなされているのは、現実にいくつもの街が滅ぼされているからなのだぞ? 軍務省として、その責任をどう取られるつもりかな」
ヴァイセルの顔を見ながら、エルマーが皮肉っぽい調子でいった。
王位の後継を巡る争いは、ロイド第二王子派の勝利で確定した。だが、そうなると今度は、第二王子派の中で主流派と非主流派が生まれ、水面下で争うようになっていたのだ。トルマン宰相やヴァイセル軍務卿は主流派、エルマー財務卿は非主流派に属していた。
この徴発に、ヴァイセルは少し眉をしかめた。が、すぐに堂々とした態度に戻って、こう答えた。
「むろん、対応は考えておる。軍としては、ロイド殿下に『聖剣』の使用許可を願い出たところだ」
この発言に、会議室は再びざわめいた。
聖剣とは、王家が秘蔵する法具の一つである。「剣」という名前がついているが、いわゆる剣ではない。攻撃魔法を放出する法具で、その外見は、片手分の持ち手に細長い発射口が着いているという、マレビトのマリーが見れば「ライフル銃みたい」と評するだろう形状をしていた。
この法具が攻撃対象にできる相手はただ一人で、広範囲攻撃はできない。また、敵を貫通する能力もそれほど高くはない。したがって、狙える相手は一度に一体だけとなるのだが、一度命中すればその威力は絶大で、これまでに聖剣の攻撃を受けて生き残った者はいない、とされている。
ただし、その使用には制限がある。使用できるのは、一週間に一度程度なのだ。これは、聖剣の使用に必要な魔力の充填に、時間がかかるためである。充填効率が著しく低く、数多くの魔導師の手を借りても、一週間程度はかかってしまうのだ。
この点について聖教会は、聖なる武具はみだりに使用してはならないという戒めから、予めそうした制約が課せられているのだ、としているが、真偽の程は定かではない。
こうした制約はあるものの、それでも聖剣が非常に強力な法具であることは、間違いがなかった。
「聖剣の放つ攻撃魔法ははただでさえ強力な上に、その属性は『光』である。それを魔王が受けたならば、まず間違いなく、生き残ることはないだろう」
「な、なるほど……魔王さえいなくなれば、残りの兵など、ただの弱兵に過ぎぬ」
「魔王軍の命運は、尽きたも同然でしょうな」
「しかし、聖剣は一度しか発射できないのだろう? うまく狙撃ができるのか? 」
「軍としては、光魔法の法具を用意してそれを聖剣と似た構造に加工した上で、弓術のスキルを持つ者に持たせて、訓練をさせております。その者に聞いたところ、扱いは非常に易しく、弓よりもはるかに簡単に目標に命中させることができる、とのことでした」
「まあ、万が一狙撃に失敗したとしても、こちらには聖女様がおられますからなあ」
最後の言葉を発したのは、エルマーだった。議論が落ち着き、会議の趨勢が軍務卿優位に傾いたのが面白くなかったのだろう。この皮肉っぽいセリフに、ロイド第二王子は苦笑いを浮かべて、
「まあ、そう言ってやるな。念のため、聖女殿にも魔王の迎撃に向かうよう、指示は出している。
だがそうなる前に、こちらの策で魔王を倒したとしても、文句を言われる筋合いではあるまい。残敵は、少なからずいるはずだからな。残りの弱兵を倒させて、功績を積ませてやるのが、せめてもの思いやりというものだ」
「はっ、失礼いたしました」
「エルマー卿も、それでよろしいですかな?
さてと。どうやら議論の行方は定まったようですな。では殿下、本会議で検討を行った事柄につきまして、殿下のご裁可をお願いいたします」
トルマン宰相のとりまとめの言葉に、ロイドはうなずいた。
「うむ。それでは病床の父上に代わって、私の名で裁可を下すこととしよう。
聖剣の宝庫からの持ち出し、及び今次戦争への使用を、認めるものとする。
この法具を用いて、ヒト族、ひいてはこの世界の敵である魔王を、必ずや討ち取ってもらいたい」
これにて第4章が終了となります。今回もまた、なんとなく現代的な騒動を解決したマリーの一行ですが、次の第5章では、どこかで見たような事件に出くわします。というか、再会します。ですが、そこはすでに魔族の住む街。マリーたちは、どうするのか……。
この先も、マリーたちの冒険を見守っていただけたら幸いです。
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