表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
召喚されたおおまか聖女は、ハッピー・エンドを希求する  作者: ココアの丘
第4章 課税の街

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/72

55 永遠の繁栄

「せめてもの情けとして、断罪者の役は、私自身で行うことにしよう」


 ジークの宣告に、オーガストははっと顔を上げた。その表情は驚愕に満ちていた。まさか自分が、こんなところで首を落とされるなんて、思ってもいなかったんだろう。

 実を言うと、私も驚いていた。いきなりの断罪宣言。ジークがこんなことを言い出すとは、思わなかったんだ。表情や言葉には出てなかったけど、それだけオーガストの行動に、腹を立てていたんだろう。そうでなければ、魔王討伐という目標を脇に置いて、こんな時代劇もどきの行動を起こすはずもないか。

 水戸黄門では、ラストの立ち回りが終わったら、残った人たちに後を任せていた。けど、黄門一行がその地を去ってしまったら、適正な裁きが行われるとは限らないのかも。後に残るのは、それまで悪事をしてきた、あるいはそれを見逃してきた人たちなんだから。だとしたら、一気に断罪までやってしまおうというのも、わからないではないんだけど……。


 オーガストは涙を流しながら、ジークの足下へにじり寄った。


「どうか、お助けください! どうか……あれは一時の気の迷いだったんです。あそこにいる、非道な魔術師にそそのかされまして……。

 ですが、殿下の今のお言葉で、ようやく目が覚めました。これからは心を入れ替え、誠心誠意、国と領民に尽くしていくことを誓います。あなた様が王位に就かれるのを応援いたしますし、王位に就かれた暁には、領民を上げて、あなたにつき従います! 決して、逆らうようなことはいたしません!

 ですから、どうか御慈悲を!」


 けれどジークは、黙ったままオーガストの顔を見つめ、剣を上段に構えた。小さく悲鳴を上げ、後ずさりするオーガスト。そしてジークの剣ががわずかに動き、今にも振り下ろされそうになった時、


「──ちょい待ち!」


 ジークの剣が止まった。

 声を出していたのは、私だった。


「なあジーク、それでええんか?」

「いい、とはどういう意味だ?」

「そのままの意味やで。その程度の根拠で、その人を殺してもいいのか、っちゅうことや」


 ジークは眉をしかめたまま、にらむように私を見た。私は続けて、


「その人が、今度の事件の責任者なのは間違いないやろ。ただ問題は、どの程度の責任があるのか、や。事件の主犯の可能性もあるし、従犯に過ぎない可能性もある。もしかしたら、詐欺被害者の一面が大きいって可能性も、あるのかもしれん。うちらはそのあたりを、はっきりつかんでるわけでもないやろ。

 罰を下すのは、そこらへんを詳しく調べてからでもええんやないかなあ」


 断っておくけど、私は別に「不殺」なんてスローガンを持ってるわけではない。元の世界では、悪即斬な小説やマンガなんかも、わりと嫌いではなかった。

 けどできれば、私の目の前で、ジークに、というか私が親しくしている人に、人を殺してほしくはなかった。山賊が襲ってきたとかならしかたがないけど、自分から能動的には、殺してほしくない。そう感じてしまったんだ。

 それにね。理不尽な理由で断罪された主人公が、断罪してきた相手にざまあをしてまわる……なんて小説は、読む分には気持ちがいいよ。けど、実際にはああはいかないと思うんだ。

 ざまあするのが正しいかどうかもあるけど、それ以前に「理不尽な理由で断罪された」の部分が、正しいかどうか。それは主人公の主観だけで、事実認識が間違ってるんじゃない? と思ったりするんだよね。それが本当に主人公の勘違いで、ラストでそれに気づいた主人公が愕然とする、なんて小説もあったりするし。

 できればここは、黄門あるあるの、なあなあで行けないかなあ……。


 まあ、そんな風に思うのは、私が断罪劇を他人事として眺めているからかもしれない。もしも自分自身にそれが降りかかったら、そんな甘いことは言ってられないのかもしれないけど。


 私の言葉に、ジークは少し考え込んだ。


「なるほど。確かに、現時点で私たちが持っている証拠は、いわば伝聞情報だけだな。ハイラインの情報は信頼性が高いと私は考えているが、それは私の判断にすぎない。個人的な判断だけを根拠に断罪を行うのは、公正な裁きとは言えないのかもしれない」


 そして、今度はメルヒオールの方に体を向けた。


「だが、そこにいる魔術師は別だ。彼が、この犯罪に直接的に関与していたのは明白だ。しかもそれを、誰に命じられたわけではなく、自分から欲して行っている。なにしろ、彼自身の口で、そう説明していたのだからな」


 あら、今度はそっちに刃が向くのか。

 メルヒオールに関しては、私も弁護の言い訳が見つからなかった。確かにこいつ、これ以上ないくらいの自白を、私たちの目の前でしてたからなあ。

 ジークとの話の間、メルヒオールは自分の手を押さえてうずくまったままだった。けど、今の言葉を聞くと、ぱっと体を起こした。


「馬鹿な! 私は、画期的な魔法の開発に成功した、功労者なのですぞ! 

 考えてもみてください。これまでの歴史上、数多くの偉大な指導者が現れ、優れた政治を行って、すばらしい治世を築いてきました。しかし、どのような偉大な方であっても、逃れられぬものがありました。それは老いです。

 どんなに優れた指導者であっても、やがては年老い衰えて、この世を去らざるをえない。そのために、かつての繁栄は軒並み過去のものとなってしまいました。


 ですが私の魔法により、そのような恐れはなくなるのです!


 この後、偉大な指導者が現れれば、私の魔法によって、永遠の若さを保つことができる。それは、この地に永遠の繁栄をもたらすことでしょう。この魔法を、王家に献上してもいいですぞ。そうすれば、カーペンタリア王国は永遠の繁栄を手に入れることができる。そして、その繁栄の基礎となった魔法の開発者である私もまた、永遠に賞賛されることでしょう!

 そんな私を罪に問おうとするなど、まったく考えられない暴挙だ!」


 早口でまくし立てると、メルヒオールはオーガストにぱっと顔を向けて、


「領主様! そんなところで何をしているのです。このままでは、私たちはおしまいですぞ! 早く、この王子とか言う人間を片付けなければ──。

 そうだ。このような暴挙を行う人間が、王子であるはずがない。王子を僭称する、ただのならず者に違いないのです。そうに違いない。そんなならず者は、私が退治いたしましょう!」


 メルヒオールは立ち上がって、まだ出血の止まっていない右手をジークに向けた。


「<従来の年代学

  すなわち未来・現在・過去とは>……」


 メルヒオールは、先ほど中断されたのと同じ詠唱を再開した。あれでも魔術師としての腕は確からしく、詠唱はなめらかで素早いものだった。


「……<潜在的なハリケーンは

  蝶の羽ばたきに立ち戻る>


  ……<ユースフル・ドレイン>!」


 メルヒオールの血だらけの手の前に、うごめく無数の黒い糸が出現する。それは詠唱の完成、魔法名の宣言と共に発射された。対象に衝突すると、糸はあっという間にそれを包み込み、不気味な繭のようなものを作りあげた。

 地下室に悲鳴が上がった。


「──ぐわあぁぁぁ!」


 悲鳴を上げたのは──メルヒオール自身だった。


 当たり前だよね。魔法を反射する魔法、リフレクトがかかってたんだから。あれって、そこそこ長い時間、効果が続くんだ。そうでないと、戦いの間中かけ続けなきゃならなくって、あんまり意味が無いからね。

 攻撃力というか破壊力のある魔法なら打ち破られたかもしれないけど、ユースフル・ドレインとかいう魔法は、そう言う種類のものじゃないみたい。あっさりとはね返されて、それを唱えた魔術師自身に命中したんだ。


 黒い繭は、メルヒオールの体を完全に包んだ後、ゆっくりと薄れていって、やがて消えた。繭の下から現れたメルヒオールの容貌は、またたく間に変貌していった。


 顔も、手も指も、見る間に肉が落ちていき、しわが増えていった。髪の毛は白くなって抜け落ち、ローブの肩にはらはらと落ちた。彼の背中はどんどんと曲がって、まるで土下座をするかのように、頭が地面に近づいていった。

 ついさっきまでは、彼は年相応の三十歳くらいの容貌だった。今ではどう見ても、八十歳は軽く越えているおじいさんだ。メルヒオールは、しわくちゃになった自分の手に気づいて、悲痛な叫び声を上げた。


「なんだこれは?! なぜ私が年老いている。なぜ、術が私にかかったんだ?! 

 い、いや。何も問題はない。そう、このユースフル・ポーションさえ飲めば、すぐ元どおりに……」


 メルヒオールは、左手に握っていたガラス容器に顔の前にかざした。容器の中には、ほんのりと光を放つ、白い液体が入っていた。彼は震える手でその蓋を開け、大事そうに両手で支えながら、こぼさないように口に運んだ。

 液体を飲み干したメルヒオールは、垂れ下がったまぶたで半ば覆われていた両眼を、かっと見開いた。


「おお! 何だ、この感覚は!

 体の内側から、力が湧いてくる。生命力があふれてくる!

 成功だ。成功したぞ! 私は若返った! なんという偉大な発明! やはり私の理論は、間違っていなかった……!」


 メルヒオールは両手を突き上げ、天を仰いだ。その目からは、大粒の涙があふれだしていた。私も、ジークたちも、オーガストや彼の配下の兵士たちも、愕然としてその姿を見つめていた。


 魔術師の顔形は──年老いた姿のまま、まったく変わっていなかった。


 手はしわだらけ、腰は曲がったまま、もちろん髪の毛も抜け落ちたまま。そんな彼を見て、私はなぜか、コンドロイチンのことを思い出していた。

 知ってるかなあ、コンドロイチン。ちょっと前までは、これが入った健康食品とかのCMが、テレビなどで盛んに流されていたやつだ。

 年をとると、膝とかの関節の中の軟骨がすり減って、関節が痛くなる。関節が痛くなると、動くのがつらくなるから、ますます体が衰え、頭も衰えていく。そんなあなたに、コンドロイチン。これは軟骨を作っている成分なので、これを飲めば軟骨成分が体に取り込まれ、軟骨が蘇る……らしかった。

 元力士の○の海とか、俳優の○越○一郎とかが、盛んにCMに出てたんじゃなかったかな。元気そうなおじいちゃんおばあちゃんの「私が元気なのは、これのおかげです」とかもやってた気がする。私のおじいちゃんも膝の痛みを抱えていたので、いろいろと試してたっけ。でもしばらくすると、どれもやめていた。「全然効かない。全然良くならない」と言って。

 そう。昔っから「コンドロイチンを飲んでも、効かないんじゃない?」とも言われていたんだ。噂レベルじゃなくて、学術レベルで。

 コンドロイチンを飲んでも、そのまま体に入るわけじゃない。まず胃で分解されて、アミノ酸になって体に吸収されるんだそうだ。でも、アミノ酸になるんだったら、肉とかを食べるのと変わらないよね。それが体の中でコンドロイチンに戻り、さらには軟骨を修復してくれるとは限らないんじゃない? というわけ。

 でも、そんな懸念は実証されたわけではなかったので、コンドロイチン関連の健康食品は売られ続けていた。効果があると実証されたわけでもなかったけど、そのあたりは、法律上許されているんだろう。個人的には、許されるべきではないと思うけどね。こんな、詐欺っぽい商売なんて。

 ところが最近になって、コンドロイチンに関する大規模な検証が行われたんだそうだ。


 その結論は、「効果はない」。


 テレビで、珍しく断言していたなあ。NHKだったけど。NHKって受診料がらみでよく批判されてるけど、こういうところは評価してあげたい。健康食品のCMだらけの民放(もしかしたらネットも?)では、まず放送できないだろう。NHKでそれを話してた先生も、「私は消されるかもしれない」って、冗談交じりで言ってたくらいだから。

 まあ最近は、コンドロイチンから別の成分に変えて、別の商品のCMをやってるんだろうな。それに効果があるかは、ともかくとして。


 ……えーと、要するにです。「若さ」を抽出したものが用意できたからと言って、そしてそれを体に取り入れたからと言って、若くなるとは限らない。ってことです。それがたった今、実証されてしまったんだ。

 メルヒオールは「力が湧いてくる」って言ってるけど、あれは栄養ドリンクを飲んだみたいな感じなんだろう。栄養ドリンクとかの「元気が出る」も、ご大層に表示されてる『有効成分』は関係がなくて、単純にカフェインで興奮しているだけ、って話もあるからね。血圧が上がるかもなので、飲み過ぎにはご注意を。


 魔術師の姿を見たオーガストは、がっくりと地面に突っ伏した。


 メルヒオールは、そんなオーガストや、そして自分自身の姿にも気づいていないらしい。歓喜の涙を流しながら、自らを賞賛する言葉を発し続けていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ