53 またしてもあるある
メルヒオールは、自分のしゃべった言葉に、うんうんとうなずいてから、
「以上が、この魔法の基本的な構成です。
このうち、生命力燃焼魔法は秘伝とされている、と申し上げましたが、実は私の手によって再現に成功しておりました。これについては、領主様もご記憶のことと思います。
今回の一連の実験の最初の被験者である、魔術師のローブを着た若い男。確か、この街に流れ着いたばかりの冒険者、と言っておりましたかな。彼に対して魔法をかけたところ、被験者の容貌は明らかに若返り、まるで幼い子供のようになってしまいました。
ところがその後、今度は急速に老化が進みました。彼の顔は、今度は干からびたようにしわくちゃになり、全身の筋肉も痩せ衰えて、腰は見たこともないほどに曲がっていきました。あの実験により、老女の逸話が伝えている描写が正確であることも判明しました。生命力燃焼魔法は間違いなく、『若さ』をもたらすのです。
また、ドレインしたものをポーションに変換・保存する魔術も、比較的容易に開発することができました。この際に使用したのは通常のドレイン魔法であり、したがって保存できたのは魔力と体力、つまり通常のポーションとマジックポーションができただけなのですが、ユースフル・ドレインの開発にとっては、これもまた重要な一歩でありました。
難関だったのは、この両者を結びつける第二の柱、『若さのドレイン』の部分でした。
当初はまったくの五里霧中で、どの方向に研究を進めればいいかさえ、わからないほどでした。が、領主様に調達していただいた数十体の被験者たちの献身によって、次第に進むべき方向を定めることができました。そして、今次ようやく、理論的な目処が立ったのです。
厳密に言えば、今はまだ理論段階ではあります。が、魔術論的には、既にあらゆる検討は尽くされており、予備実験の結果もすべて肯定的なものとなっております。今回の本実験によって、新魔法ユースフル・ドレインが産み出した若返りのポーションを、領主様に献上することができる。私はそう、確信しています。
さて、それでは。領主様もお待ちのようですので、さっそく実験に移ることにいたしましょう」
メルヒオールが、控え室の方に声をかけた。少しの間が開いてドアが開き、二人の兵士が一人の若い男を引っ立ててきた。男は、ダンだった。
縄で厳重に拘束され、口には猿ぐつわがされている。だけど、今までの話が、隣の部屋にも聞こえていたのだろう。ダンはメルヒオールを見ると、狂ったように頭を振り、言葉にならないうめき声を漏らした。
「怖がることはありません。むしろ、光栄に思うべきですよ。なにしろ君は、この偉大な魔法を施される最初の人物として、魔術史に名を残すのですから」
メルヒオールは静かに笑って、魔法の詠唱を始めた。
「<従来の年代学
すなわち未来・現在・過去は
いまや異なる展望 異なる存在論的整合性として
存在を現実化する>」
メルヒオールが前に伸ばした右手のてのひらの前に、なにやら奇妙なものが浮かび上がった。それは、無数の黒い糸がうごめき、絡まり合ったような、なんとも形容しがたい、歪なかたまりだった。
「<それは手段と目的 可逆と不可逆
原因と結果を絶えず取り違え
潜在的なハリケーンは
蝶の羽ばたきに立ち戻る>
……<ユースフル・ドレ──> ──ぐっ!」
呪文の詠唱が終わり、魔法名を宣言しようとするその瞬間、メルヒオールの右てのひらにナイフが突き刺さった。鮮血が宙に舞い、メルヒオールは悲鳴を上げ、右手を押さえてうずくまった。
ユースフル・ドレインの魔法は、発動の直前で中断された。
◇
「お、あ、ど、どうして! どうしてナイフが私の手に……!」
メルヒオールが、何やらわけのわからないことを叫んでる。それにしても、発射直前のてのひらへのナイフ直撃かあ。またしても、「水戸黄門あるある」の炸裂だね。
それから、これはもう一つのあるある、「黄門様は、悪役が決定的な悪事をする、その直前まで手を出さない」でもあるかな。でもこういう行動って、自分が当事者になってみると、一応は理由のあるものだったんだなあ、とわかった。
なにしろこれって、はたから見れば領主宅への不法侵入だもん。正義は我にありとは言っても、物的というか、決定的な証拠を持ってるわけでもない。あるのは噂や、隠密スキル持ちがもたらしてくれた伝聞情報だけ。こっちの立場は、それなりに弱い。シラを切られたら、逆にこちらが悪人にされてしまうかもしれない。
だからこそ、犯行の瞬間直前に踏み込んで、立場の弱さをごまかしたかったんだ。
「何奴?」
オーガストはあたふたと左右を見まわし、私たちの方を向くと、驚愕の表情を浮かべた。どうやら、ハイラインが行動を起こしたために、彼の隠密スキルが切れてしまったらしい。
まあ、ここまで隠してくれれば、もう十分だけど。いやー、それにしてもね。隠密スキルがここまですごいとは、思わなかったよ。
ハイラインが私たち全員に隠密をかけてくれたあと、この領主宅に向かったんだけど、本当に拍子抜けするくらい、簡単に侵入できた。改築して立派になった外壁も、全然問題にならなかった。早めの時間なら門が開いているんだから、中に入るのは簡単。スキルで姿が見えなければ、見張りなんていないも同然だからね。
そこから家に入るのも同様だった。ドアの前に見張りはいたけど、誰かが出入りするのに便乗して、あっさりと潜り込めました。まあ、考えてみれば元の世界でも、マンションのオートロックが「共連れ」とかいう手口ですり抜けられてたからなあ。こっちの世界の人を笑えないか。
地下室へ続く最後のドアはさすがに施錠されていたけど、これもハイラインにかかれば、開錠は簡単だった。階段を降りた後は、例によって共連れで控え室を通り、実験室に入った。ちなみに、この部屋の壁の一部は隠し扉になっていて、その先は金庫室になっているらしいんだけど、今回は関係ないので省略。そもそも、たいした物も入っていないらしいし……って、中に入ったんかい! すごいな、ハイライン。
その後は、部屋の隅の方で、オーガストたちが来るまでじっと待っていた、ってわけ。今回一番大変だったのは、最後の「待つ」だったかもしれない。オーガストが来て、そろそろ出番かな、と思ったら、メルヒオールの話がめっちゃ長かったし。
「曲者だ、出会え、出会え!」
我に返ったオーガストが叫んだ。その声に応じて、隣の控え室から数名の兵士が、剣を抜きながらこっちの部屋に入ってきた。
こちらもすぐに、ジークとトライデンが戦闘態勢に入った。エイブラムも剣を抜いて、私を守るように、私の前に立っている。この子、一人で冒険者みたいな生活をしていたくらいだから、魔術だけでなく剣技もそれなりにできるんだよね。あ、ハイラインのやつ、いつの間にかまた姿を消してるな。どうせ、どこかに潜んでるんだろうけど。
ま、それはともかく……。
助さん格さん、やっておしまいなさい!




