49 いろいろなあるある
食事を終えた後、私たちは宿の部屋に戻った。
「オーガストという人は、かなりひどい領主のようですね」
部屋に戻ってすぐに、エイブラムが口を開いた。私もまったく同感だった。
「そもそもの話なんやけど、税金を勝手に高くするのって、認められてるもんなんか?」
「国から与えられた領地でどのような領地経営をするかは、それぞれの領主の権限の内だ。例外として、領地を焦土と化すような行為を行ったり、領民を極度に苦しめる経営が行われたような場合には、領地を取り上げられる可能性もある。だが、それはよほど、明確な場合に限られる。
それに、魔王国との戦争が起きているのは、事実だからな。戦時の徴税自体は、一般的に認められているものだ」
「そういえば、魔王軍が反撃してるらしい、なんて話も聞こえてきたっけねえ」
ジークの説明に、私はうなずいた。私たちが食事をしている間に他のお客さんも食堂に入ってきて、そんな噂話をしていたんだ。この国の王子であるジークには悪いけど、魔王軍が反撃していて、その前線に魔王が出ているのなら、その方がいいかなあ。私が戦わなくてすむから。
けど、エイブラムとトライデンは疑わしげな表情で、
「ですが、こんな辺境の街に伝わってくる噂なんて、本当かどうか怪しいんじゃありませんか。それに見た感じ、この街が戦争への対応で何かしているとは、思えないんですけど」
「そうだよな。騎士や兵士の姿は、それほど多くはない。そもそも、俺たちがこのルートを通ってやってきたのは、こっちでは魔族との戦闘が起きていない、ってのもあったんだろ? 『反撃』っていうんだから、それをやったのは、元々戦っていた場所じゃないかね」
「そうですよね。戦時の徴税は一般に認められている、ってことですけど、たぶんここの領主はそれを利用して、私服を肥やしているんじゃないでしょうか。もしかしたら魔王軍反撃の噂も、それをみんなに納得させるため、故意に流されたのかも」
「うんうん。ありそうな話だよな。どうにかできねえのかなあ」
私たちは期せずして、ジークの顔を見た。この街では、マイカウンドなどとは違って、魔物に襲われたとかアンデッドが発生したとかの事件が起きているわけではない。だからそれを解決して、ただの冒険者が領主にもの申す、なんてことはできないだろう。
それができるとしたら、カーペンタリア王国第一王子である、ジークベルト・エルズミーアだけなんだ。
私たちの視線を受けたジークは、難しい顔つきで考え込んでしまった。
ところで。
名前くらいは知ってるって人もいると思うけど、昔、「水戸黄門」という時代劇があった。
実は私、実際に見たことがあったりする。おじいちゃんがこの番組が大好きだったからだ。見逃したら大変と、わざわざレコーダーに録画までしていた。祖父母の家に行った時、おじいちゃんの膝で膝枕をしてもらい、頭をなでられながら、よく一緒に見てたなあ。おじいちゃん、今もまだ、見てたりするのかな。
で、そのおじいちゃんに聞いたことがあるんだけど、このドラマには「水戸黄門あるある」というものがあるらしい。「あるある」なんて呼び方はしてなかったけど、そういうものがある、ってことは、おじいちゃんも気がついていた。
たとえば「悪党どもはなぜか、老人で弱そうな水戸黄門本人にはなかなか切りつけてこない」とか、「たまに登場する拳銃を持った敵役が銃を撃とうとすると、その寸前、手に刃物を投げつけられて弾がそれる」とか。
その中の一つに、「黄門が『もう少し様子を見ましょう』と言うと、必ず事態が悪化する」というのがあるんだそうだ。
まあドラマ的には、事態が悪化してくれないと悪玉を退治する理由ができないからね。それによく考えてみれば、いくら水戸黄門が偉いからって、正式に任命された領主やら代官やらがいるところで勝手に悪人(場合によっては領主本人)を成敗するなんて、「様子を見る」ことができる段階では、難しかったのかも。
だとすると、「悪化する」前の「様子を見る」ところからが、「あるある」なのかな。
目の前にいるジークも、そんな黄門と同じ立場に立っているらしかった。結局、彼は水戸黄門あるあるが教えるとおりに、こう言った。
「ここでは、私たちは単なる冒険者だ。王子としての権限を使うことはできない。
もう少し、様子を見ることによう」
「あるある」っていうのは、もしかしたらけっこうな強制力っていうか、予知能力を持っているのかもしれない。
というのも、その直後、まさにあるあるのとおりに、事態が悪化してしまったんだ。
◇
ヘリータウンの街に入った、その次の日。
宿の朝食を食べた私たちは、部屋に残ったり街をぶらぶらしたりと、それぞれにのんびりと過ごしていた。
街から街を旅している間って、夜の間も交替で魔物や盗賊を警戒する番をしたりするので、本当に休める時間があんまりない。だから街にいる時くらいは、ゆっくり休みたいんだ。税金の問題は聞いていたけど、それはまあ、それとして。しばらく様子を見ると決めていたし、そもそもそんなに急ぐ話でもないだろうし。
そしてお昼になると、私たちはもう一度、ダンの店を訪れた。
ところが昨日と違って、店の中が騒がしかった。
お客さんで混雑してるわけあじゃない。何人かの男の人がいるのが見えるけど、食事をしている人なんていなかった。っていうか、テーブルの上に食事なんて出されていなかった。みな立ったまま、心配そうな顔で、真ん中のテーブルのほうを見ている。彼らの視線の先には、両手で顔を押さえて泣いている若い女性が座っていた。
男たちの中に、ダンの姿はなかった。
私たちが店の中に入ると、男の一人が前に出て、こっちに声をかけてきた。
「すいませんお客さん。今日はここ、やってないんです……あれ? あんたたちは──」
「あ、ルーカスさんやないの。昨日はどうもやで」
男の人は、昨日街の門の前でダンと一緒にいた、ルーカスだった。互いに短い挨拶を交わした後、ジークはテーブルに座ったままの女性をちらっと見て、ルーカスに尋ねた。
「どうかしたんですか?」
「実はね。ダンが……お役人に、連れていかれてしまったんだよ」
「連れていかれた? それは逮捕された、と言う意味ですか?」
「ああ。そのとおりだ」
ルーカスがうなずいた。
彼の説明によると、昨日の夜、突然この街の役人数人が食堂を訪ねてきて、ダンを取り押さえた。そしてそのまま、連れていってしまったそうだ。その際に役人は、ダンと奥さんに向かって「不敬罪で逮捕する」と言っていたらしい。
「不敬罪って、いったい何をしたっていうんだ?」
「どうやら、ダンのやつが領主様の悪口を言っていた、って通報があったらしい。昨日、門に並んでいた時に、いろいろと話しただろ。あれを聞いていて、密告したやつがいたんだろうな」
「あの時か? でも、そこまでたいしたことなんて、話していなかったぞ。ここは税金が高いとか、それが領主さんの縁談のせいだとか、せいぜいそのくらいで」
「役人が言うには、それがもう、不敬にあたるんだってよ」
「ん? そやけど、なんで──」
「たったそれだけで逮捕かよ! ひでえ話だな」
私の言葉をさえぎるように、トライデンが大声をあげた。こんなことをするなんて、彼にしては珍しいんだけど、それほどに憤慨しているらしい。
だけど、周りの人たちからは、それに同調する声は上がらなかった。ここで「そのとおりだ」と返事をしたら、もしかしたら自分も捕まってしまうかもしれない、と思ったんだろう。店内に奇妙な静けさが満ちる中、テーブルで泣いていた女性が、立ち上がった。
「そういうわけでして、今日はお店を開けてないんです。申し訳ありませんが、他の店を回ってください」
こう言って、女性は頭を下げた。この人が、ダンの奥さんだった。
◇
私たちは、近くにある別の食堂に入った。
入ってすぐ、壁に貼ってあるメニュー表が目に入った。ダンが「うちは他より安いんだ」と言っていたのは嘘ではなかったようで、ダンの店より五割ほど高い値段だった。しかも、今提供されているのは「昼定食」一種類だけらしく、他のメニューのところは、上から線が引かれて消されている。食材があまり入ってきていないせいなんだろうか。
私たちを見た店員の女性が、声をかけてきた。
「いらっしゃい。今はお昼の定食しか出せませんけど、それでもいいですか?」
「ええで。じゃあその昼定食を、人数分で」
「えーと、人数分っていうと、四人前ですか? それとも、五人前でしょうか」
「五人?」
私は首をひねった。そして、はっと気がついて、後ろを振り向いた。
私たちの後ろには、こちらでは珍しいくせ毛の黒髪を長く伸ばした、キザっぽい男が立っていた。ハイラインだった。




