48 思いがけぬ再会
「領主様の、縁談のせいなんだ」
今度は、ダンさんという若い方の男性が答えた。
今の領主であるオーガスト・クライトンは、前の領主が病気で急死したのをうけて、十代前半の若さで領主となった。オーガストはその時、まだ結婚も婚約もしていなかった。領地がそれほど豊かでなく、また山間の遠隔地であることもあって、他の貴族に声をかけても、色よい返事がもらえていなかったんだ。
けれど領主となったからには、できるだけ急いでお相手を見つけなければならない。後継ぎを作らなければならないとか、婚約者もいないと貴族社会でなめられるとか、いろいろ理由があるらしくてね。
そこで、とりあえずお見合いだけでも、と声をかけまくり、その甲斐あって、アンドレア・ブランザという、けっこうな都会に領地がある子爵家の令嬢と会えることになった。ところがここで、困ったことが起きた。
オーガストが、アンドレア嬢に一目惚れしてしまったんだ。
もちろん、アンドレアもオーガストが好きになったのなら、全然困ったことではない。けど、現実は厳しかった。アンドレアはオーガストを気に入らなかった、いや、はっきり言ってしまうと、かなり嫌っていたらしい。
というのも、領地が僻地にあるのもそうなんだけど、どうやらオーガストという人は、なんていうかその……見た目があんまり、良くないらしいんだ。
体はぶくぶくと太っていて、そのためなのかかなりの汗っかきで、息とか体臭とかがけっこうきつい。香水をつけてはいるんだけど、体臭を消すにはその香水自体の臭いが強くなって、下手をすると逆効果になってしまう。そのうえ、頭髪もかなり薄くなっている。
アンドレアとオーガストは、実年齢は1歳差なんだけど、お見合いの席で一緒にお茶を飲んでいる様子は、まるで若い娘と親戚のおじさんのように見えたそうだ。
クライトン家からは、丁重な断りの返事が来た。
ただ、これは貴族でなくてもそうかもしれないけど、その返事には「あなたの見た目が悪いから」などとは書かれていなかった。都会で育った娘なのでそちらで暮らす自信がないとか、街の近くに魔物がいるのを娘が怖がっていて、といった当たり障りのない理由を並べて、このたびはご縁がありませんでした、と伝えてきたんだ。
だけどオーガストは、この返事、本気にしてしまった。
いや、本気にしたというより、どうしてもアンドレアを手に入れたかったオーガストが、「本気にしたがった」が本当なのかもしれない。
そうして彼が始めたのが、なんと、領主の館の改築だった。それまでは木とレンガで作られていた古い館を、石造りの洋館に。さらに館を取り囲む壁も、街の外壁並みの頑丈なものに変えた。
外壁の工事は、魔物が怖いのなら守りを固めてしまえばいい、と考えたんだろう。石造りの洋館が「都会風」なのかどうか、私の感覚ではよくわからないけど、たぶんこの世界では、そういうものなんだろう。
これらの工事は改築と言うより、ほとんど建て直しだったので、莫大な工費がかかってしまった。そのために、税を重くしたんだそうだ。
「そうして、改めて婚姻の申し込みをしたんだけど、やっぱり断られちまった。しかも今度の返事には、『年のわりに老けていて、娘の好みではない』といった、かなりきつい言葉が、はっきりと書いてあったんだってよ。
まあ、気の毒っていえば気の毒なんだが、そんなことで税金を取られる側としては、たまったもんじゃないよな」
「それは災難やったねえ。あれ? でも、断られたんなら、もうその話は終わったんやろ。なんで最近になって、税金が重くなっとるん?」
「魔王軍との戦争が起きたから、なんて言いわけしてるみたいだけどな。けど噂で聞いた話だと、最近になって領主様のところに、変な魔術師が逗留しているらしいぞ。そいつが街に来てから、また税金が上がった、って話だ」
「そうなのか? それは初めて聞いた」
ルーカスの言葉に、ダンが声を上げた。そして、ちらっと街の真ん中、おそらくは領主の館のあるんだろう方向を見て、
「だとすると、まだ何かするつもりなのか……よくわからないが、まだあきらめてないのかなあ」
◇
その後しばらくしてから、私たちもようやく、街に入ることができた。
時計がないから正確にはわからないけど、軽く二、三時間は経っていたと思う。
そして、旅人が街に入る時には税金というか通行料が取られるんだけど、これがまた、とっても高かった。普通の街の十倍以上。その上、明らかに冒険者の身なりをしているのに、税のかかる品(一定以上の金額の品物を持っていると、問答無用で課税されるらしい)を持っていないか、しつこく尋ねられた。これじゃあ、入場に時間がかかるよね。
マジックバッグの中身を調べられたらちょっとまずかったかも知れないけど、エイブラムのマジックバッグは、リュックサックの底の方にマジックバッグとしての口がついている、という偽装がされている品だったので、見つからずに済みました。
門を入ると、一本の大通りで出た。この道は、まっすぐ街の中心に通じているんだけれど、その通りの先には大きな壁が見えた。街の反対側の壁ではなくて、街の中にもう一つ壁がある。あれが、ダンが言っていた領主の家なんだろう。確かに、遠目でもわかるくらい、立派な壁だ。その上、門の内側には、物見の塔みたいなものまで建っていた。
門の立派さとは対照的に、街を歩く人たちの顔は、あんまり元気がないように見えた。例のアンドレア嬢は、二度目の婚姻申し込みの際には、この街に来ることなく断ってきたそうだけど、もしもここに来ていたら、街の活気の無さも、断る理由の一つに入れていたかも知れない。
私たちはまず冒険者ギルドに入って、周囲の情報を教えてもらった。その後、ギルドの受付さんに教えてもらった宿で部屋を取り、その後で、これもギルドで教えられた、そこそこ安くて評判がいいという食堂に向かった。
まだ夕食時にはちょっと早い時間だったんだけど、早く行った方がいいですよ、と言われたんだ。というのも、この街は税金のせいで、食料品などもあまり入ってこなくなってしまっている。そのため、食堂などは材料が足りなくなって、早いうちに店じまいしてしまうことがあるからだ。
ちなみに宿の方でも、朝食はなんとかなるけど夕食は無理、と言われてしまっていた。
そうして入った食堂で、私たちは思いがけない再会をした。
「いらっしゃい! おや、あんたたちはさっきの……」
「あれ、ダンさんやないの。奇遇やな。っていうかダンさん、食堂のご主人やったん? てっきり、冒険者かと思ってたわ」
奥の厨房から出てきたのは、さっき門の前で話をしたばかりの、ダンだった。あの時の冒険者装備ではなく、食堂の店員らしいエプロン姿になっている。
「ああ。さっきも話したとおり、この街は税金が高いからな。だから俺は、店で使う肉のために、自分で魔物を狩ってきてるんだ。これにも税金はかかるが、商人が持ち込む肉よりは、かなり安くなるから」
「食堂のおっちゃんが魔物退治とは、たいへんやねえ」
「まあ、俺は元々は冒険者をやってたから、そこまで苦ではないんだけどな。他の店は大変だろう。うちの店の値段、旅人さんだとけっこう高いと感じるかも知れないけど、これでもけっこうがんばってる方なんだぜ」
私は、壁に貼ってあるメニュー表を見た。確かに、高い。実物を見たわけではないけど、メニューの名前だけで比べれば、どれも他の街の倍ほどはする。これで安い方だとすると、庶民は生きていくだけでも大変なんじゃないかな。
「正直な話、けっこうなお値段やねえ。やっぱこれも、税金のせいなん? こんな値段やと、街の人、困ってるんやないの?」
「そりゃあ困ってるよ。一番困るのは、やっぱり食べ物だろうな。この街はまわりに農地が少ないから、穀物関係は他から持ってこなくちゃならない。それに全部税金がかかるから、パンなんかは値上がりがひどいんだ。その上、高い物価に音を上げた冒険者が街を出て行ってしまったので、魔物肉の流通も少なくなって、値が上がっちまった。
そういえば最近、若いやつを見かけることが少なくなった気もするなあ。あいつらもみんな、街から逃げちまったのかねえ」
ここまで話したところで、食堂の奥から女の人の声が上がった。
「あんた! なにを無駄話してるの。早くこっち来て、料理を手伝って!」
「お、おう。わかった」
「だいたいねえ、ここでそういうことを、べらべらと話してるんじゃないわよ。最近は、うかつなこと話してたら、それだけで捕まったりするんだから。もしあんたが捕まったら、誰がボア肉を獲ってくるのよ!」
「お、おう、そうだよな。
それじゃお客さん、そういうことで。注文が決まったら、知らせてください」
ダンはそう言い置いて、そそくさと厨房へと戻っていった。




