46 【Side:魔王】 瓦礫の上
魔王軍の進撃は続いていた。
次の街でも、魔王軍を迎撃しようと街の北門を出てきた軍勢は、四天王のドレアム、ゼルファーによる斬撃によって、瞬く間に両断されていった。その様におびえ、立ち止まった騎士や兵士たちは、ハイラインの暗殺術の餌食となった。
魔王を倒すどころか、魔王の元にたどり着くことさえできず、ヒト族の体だけが、恐るべきスピードで死体に変わっていく。このまったくの一方的な展開に、街の軍は総崩れになって、北門の中へと逃げ戻った。
だが、逃げ惑う者たちの中に、門の前から動かない一団がいた。たったの数人だが、周囲の狂騒から隔絶されているかのように、魔王のいる方向を静かに見つめている。彼らは金属の甲冑や革鎧などではなく、揃って白の法服を身につけていた。
その姿を見て、魔王ゼウロンはいぶかしげにつぶやいた。
「やつら、なんのつもりだ?」
「どうやらこのメコンドには、光魔法を使う聖職者がいるようです」
ゼウロンのつぶやきに、後ろに控えていた魔族の幹部、ジスランが答えた。
「ヒト族の間では、光魔法は魔王様に対して特別な効果がある、と信じられているようですからな。光魔法さえ使えば自分たちは助かる、それどころか敵の大将を倒して、大きな手柄を立てられる、とでも思っているのでしょう。
だからこそ、ああして恐れる素振りもなく、立っていられるのですよ」
「なるほど。ヒト族というものは、たとえ聖職者であっても、愚かしさは変わらないものだな」
「しかし魔王様。光魔法が魔族に大きなダメージを与える傾向があるのは、事実です。また、その魔法が、反魂者に対してどのような効果を持つのか、が少々気になります。
念のため、この場は兵たちの後ろに下がっておいていただきたいと存じます」
戦うべき相手がいなくなって手空きになったため、いったん魔王の横に下がっていたドレアムが、ゼウロンに忠言した。だが、ゼウロンはゆっくりと首を振って、
「その心配はない。なぜなら──」
「ここには俺がいるからな!」
ドレアムと同じく、魔王の横にいたゼルファーが口をはさんできた。
「おっと、お言葉の途中で失礼いたしました、魔王様。ですが、あなた様を御守りする役目は、どうかこの私にお任せ下さい」
そう言って、手にした大盾を前に掲げて見せた。
この時、法服たちの列の中から、声が上がった。
「魔王、ゼウロンよ!」
声を上げたのは、列の真ん中にいた、禿頭の男だった。男は続けて、
「おのれの力に溺れ、神に守られしこの街に現れた、哀れなる魔族よ!
私の前に出たからには、貴様には既に、懺悔をする時間も残されてはいない! 神より与えられし『悪魔を倒す魔法』を持つ私の手によって、天罰を与えてやろう。
貴様の悪行も、これまでと知れ!」
そう言うと、彼は一歩前に出て、呪文の詠唱を始めた。
「<われわれの系は
その正常でカタストロフィックな進行において
なんの問題もなく結合を行う>」
「ふん。何をするのかと思えば、ホーリーランスか」
「魔王様、お下がり下さい」
鼻で笑って、対抗する闇魔法を発動しようとするゼウロンを制して、ゼルファーが魔王の前に立った。一方、法服の男は呪文の詠唱を続け、それとともに、彼の眼前にまぶしく輝く一本の光の槍が現れた。
「<カオスにおいて輪郭を現し始める
系のあらゆるフォルムは
その無限速度と共に消散する>……。
……<ホーリーランス>!」
魔法名の宣言と共に、空中に浮かんでいた光の槍が放たれた。それは魔王に向かって、すさまじいスピードで走って行く。だが、魔王の前にいたのは、両腕で盾を構えたゼルファーだった。その黒い盾は、帯びた魔力によってより一層黒く変色し、周囲に黒いオーラを放っていた。まるで、闇の光に包まれているかのようだった。
光の槍が盾に到達するのと同時に、ゼルファーは自身の体ごと、盾を前に突き出した。瞬時、光と闇が交差し、二つの力がそれぞれの存在をかけて押し合った。その結果──。
光は、その向きを反転させた。
スピードはそのままに、光の槍はそれを放った術者の元へ返っていった。それを見て、慌てふためく法服の男たち。だが、彼らがそんな姿をさらすことができたのは、ほんの一瞬だった。槍はあっという間に到達して、まぶしい光の爆発を起こした。
輝きが収まった時、そこに法服の男たちの姿はなかった。その周囲一帯に、元はヒト族の体だったらしい血まみれの肉片が散乱しているだけだった。
「この魔法は悪魔を倒す魔法だ、などと言っておったな。まったくその通りだ! 悪魔とは、貴様らヒト族のことなのだからな!」
「光の攻撃魔法は、魔力を多く持つ者に対して大きな効果を持つと言われる。今回は、聖職者である彼らの保有魔力量が大きかったため、肉体を爆散させるほどの力を発揮したのだろう」
この凄惨な光景に、ジスランが嘲笑するような言葉を浴びせ、ドレアムは冷静な解説を加えた。ゼウロンは満足そうにうなずいて、残心の体勢をとったままの部下に対して、ねぎらいの言葉をかけた。
「ゼルファー、見事だった」
「は、恐れ入ります」
「おまえのおかげで、我が軍はほぼ無傷のまま、敵の主力を除くことができた。だが、まだ相当数の軍勢が街の中へ逃げ込み、籠城の構えをとっている。これから我が軍はあの街に入って、残敵の掃討を行わなければならない。
その間、おまえは後方に残って、しばらく休んでいるとよい」
ゼルファーは首を振った。
「……いえ。俺はまだ、やれます。俺にもやらせて下さい」
◇
その数時間後。
ゼルファーは、瓦礫の上に立っていた。
彼の周囲に散らばっているのは、破砕された木の柱、散乱する赤い割れた屋根瓦、崩れ落ちたレンガとドア、そこから落ちたらしい泥まみれの十字架。めくれ上がった石畳、街の北門を作っていた分厚い木の板、血まみれの兜、血まみれの鎧の残骸、体からちぎれ飛んだと思われるヒトの腕らしきもの……。
生きたヒト族の姿は、一人も見えなかった。
そこは一つの街、いや、ヒト族が「街」と呼んでいた場所の、なれの果てだった。
ヨーロッパの家というと石造りのイメージがありますが、中世ヨーロッパでは貴族の邸宅を除いて、木造や木とレンガを使ったものが一般的だったそうです。ではどうして石の家のイメージが強いかというと、木造のものは、もう残っていないからだとか。言われてみれば、「三匹の子豚」には藁の家と木の家が出てきたよね。
さて、これにて第3章が終了となります。なんとなく現代的? な騒動を解決したマリーの一行ですが、次の第4章でも、言い方によっては現代的? な騒動に巻き込まれます。巻き込まれるというより、進んで巻き込まれにいくのですが……この先も、マリーたちの冒険を見守っていただけたら幸いです。
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えーと、それからですね。ここまで毎日更新で投稿してきましたが、そろそろストックがなくなってきました。次回からは、週に2~3回の投稿になると思いますので、ご了承ください。書くことはだいたい決まっているのに、なかなか書けないんだよね……。もっと速く書けたらなあ!




