04 突然の王子様
それから、さらに一週間ほどたったある日。
私は、石造りの廊下を歩いていた。
前と後ろには、白銀色の鎧を身につけた騎士が二人ずつ並んでいる。全員無言のまましばらく進み、豪勢な飾り彫りのついた大きな扉の前に出た。その左右には騎士が一人ずつ、扉を守るように立っている。私たちが立ち止まると、扉の前の騎士が気をつけのような姿勢をとったあと、二人そろって、これもまた大きな取っ手を引いた。
開いた扉の向こうには、豪華な分厚い絨毯が敷かれた、きらびやかな部屋があった。
部屋の奥側は一段高くなっていて、まだ十代に見える若い男女が、左と右に分かれて椅子に腰掛けていた。その真ん中の、さらに一段高い場所には、二つの大きな椅子が置かれていた。
向かって左側のそれは、黄金色の本体に真っ赤なクッションという派手な配色。さらに、どうみても実用的ではない高すぎる背もたれが、いかにも王座という感じを与える。けど、今はそこには、誰も座っていなかった。
その右側にある、同じような作りだけどちょっと背の低い椅子には、四十代ちょいの女性がいた。そこらじゅうに金の刺繍が入ったドレスという、こちらも椅子に負けないド派手な衣装。聞いた話だと、この人がこの国の王妃様で、左右に座る若い男女は王子と王女らしい。
それにしても、あの王妃様の服はねえ……。ないわー。私があれを着なさい、なんて言われたとしたら、たとえそれが「聖女の決まり」だったとしても、遠慮したいなあ……なんて思いながら見ていると、その右にいた王女様と目があった。そしてどういうわけか、にらみつけられてしまった。
私、なんかやったっけ? 王族の人なんて会ったことがないから、初対面のはずなんだけどな。
そこはかなり広い部屋だったんだけど、中にいたのはこの三人と、王妃のすぐ下に立ってこちらを見ている禿げ頭のおじいさん、それからもう一人、おじいさんの少し手前に王妃の方を向いて立っていた、私より少し年上の男性だけだった。これも聞いた話だと、おじいさんはトルマン公爵という、宰相の人のはず。だけど、若い人は誰だろう?
その男の人は、青い瞳に高い鼻筋で、金色の髪を短くまとめていた。この金髪が本当に鮮やかで、まさしく「金」の色そのものなのはびっくりした。城の中では見たことがないから、こっちの世界でも珍しいんじゃないかな。
髪の色に引きずられてしまったんだろうか、顔立ちもなんとなく高貴な印象を受ける。けど、身につけているのは軽量の鎧と剣で、騎士や貴族風の格好ではなかった。教えてもらった知識では、どちらかというといわゆる「冒険者」の格好で、ここでは場違いな感じがする。
まあ、私も人のことは言えないんだけどね。私が着ているのも、黒のローブに節くれ立った杖という、冒険者(剣士タイプではなくて、魔術師タイプの)そのものの装備だし。別に文句は言いませんよ。私、ワークマンって好きだったし。
ただ、華やかな服を着たいわけではないにしても、私って聖女のはずなんだよね。もうちょっと聖女っぽい服はなかったんだろうか。清らかって言うか、そんな印象の。もしかしたら、これがこの世界の「聖女」なのかもしれないけど、呼び出された時に倒れた枢機卿の人って、派手だけど一応は聖職者っぽい服を着てたんだけどなあ。
考えてみると、服や装備に限らず、なんだか私の扱いがぞんざいな感じもする。まあ、私は聖女っていうタイプじゃないからね。向こうの方も、聖女にしてはみたものの、扱いに困っているのかもしれない。
部屋の中に入ったところで、私の前後にいた騎士たちが後ろに下がった。私はトルマンのおじいさんに促されて若い男性の隣に進み、予め教わっていたとおり、床に片膝をついて頭を垂れた。王様や王妃様の前に出た時にする、拝謁のポーズだ。あれ、隣の男の人はやってないけど、いいのかな。後で怒られるぞ。
「顔をお上げください」
トルマンが言ったので、私は顔を上げた。立ち上がっていいのかどうかわからなかったので、安全策をとって、ひざまずいたままで。どうやら、それで正解だったらしい。トルマンは軽くうなずき、今度は王妃に体を向けて、
「セリーナ様、聖女マリー様がお見えになりました」
王妃が黙ったままうなずき、トルマンは再びこっちを向いて、
「マリー様。
魔王が近く復活するであろうとの神託が下されたのは、もうご存じですな。わがカーペンタリア王国はその魔王を討伐するため、アンタイル魔王国に対して宣戦を布告し、征討の軍を起こしました。
これより、あなたには王城を出て、アンタイル魔王国との戦いの場に赴いていただきます。本来であれば、盛大な出陣の儀を開いてお送りするところなのですが、既に戦いが始まっていることもありますので、略儀をもって代えることといたします。
異なる世界より召喚されし聖女、マリーよ。あなたの戦いに、栄光があらんことを!」
トルマンはそう言うと、目を閉じ、祈りを捧げるように小さく頭を垂れた。上段に座っていた三人の王族も、同じ動作をした。
けど、そうしていたのはほんの一瞬だけだった。
三人の王族はすぐに顔を上げると、席を立って、部屋の奥にあるドアへと向かった。トルマンは彼らに向かって深くお辞儀をして、三人を見送る。王族たちは最後まで、一言も口をきかなかった。
えーと、これだけ? これで終わり?
そりゃあ、簡単な儀式って言ってたけどさ。それにしても、ちょっと手抜きなんじゃないかなあ。変に凝った式をされたりしても面倒くさいだけなんだろうけど、いざ何にも無いとなると、それはそれで、なんか引っかかる。
やがてドアが閉まって、王族たちが部屋から姿を消した。トルマンはまた私の方、正確には私の隣の男の方を向いて、こんなことを言った。
「では、聖女様をお願いいたしますぞ、ジークベルト殿下」
隣の若い男が、こちらも無言のまま、つまらなそうな顔でうなずいた。
ん? ちょっと待った。
今、「殿下」って言ったよね。っていうことは……。
え、この人、もしかして王子様なの?




