37 両手を合わせ、上目遣いで
その後、ようやく通りかかったご近所の人をつかまえて聞いてみたところ、やっぱりこの孤児院は、つぶれてしまったらしい。そこにいたシスターや子供たちは別の街の孤児院に移されたそうで、この街に残っている人はおそらくいないだろう、とのことだった。私たちはお礼を言って、中央通りの方へ歩いた。
タマラの家は、中央通りから二本ほど奥に入った裏通りにあった。
こちらも、家自体はすぐに見つかった。引っ越したわけでもなく、トライデンが覚えていた場所にそのままあったからね。木造平屋造りの、どこにでもある、っていうか平均よりはちょっと古めかしい感じのする家で、彼女はここで旦那さんと一緒に小さなパン屋さんをしているらしい。
ただ、タマラ本人には、なかなか会うことができなかった。時間をおいて二度訪ねたんだけど、二度とも留守だったんだ。
アポも取ってないんだから、留守なのはしかたがない。けど、こんな長い時間お店を放っておいて、商売のほうはだいじょうぶなのかな……と思って隣の人に尋ねてみたところ、タマラはこの騒ぎの関係で、忙しく飛び回っているのだそうだ。考えてみれば、このお祭り騒ぎでは、満足に商売なんてできないのかも。
でも、騒ぎに関わっているのなら、その分、詳しい話が聞けるかも知れない……と、三度目に訪ねてみたら、今度は店のドアが開いていて、そこから小柄なおばさんが顔をのぞかせていた。
「タマラおばさん!」
「ん? トライデン? トライデンかい? あらー、本物だ、トライデンだよ!」
トライデンが駆け寄っていくと、そのおばさん──タマラさんも喜びの笑顔を浮かべて、トライデンと抱き合った。
タマラは歳は五十すぎくらいの、見るからに人のよさそうなおばさんだった。ちょっと体の線がふっくらとしてるけど、それもまた、いい人っぽさに拍車をかけている。まあ、トライデンによると「いや、昔はもう少し、ほっそりしてたと思うんだが……」とのことだったけどね。もちろん、タマラがいない場所での会話で。
私たちがトライデンに続いて自己紹介すると、タマラはこちらにも笑顔で挨拶して、「ささ、狭いところだけど、どうぞ入って下さい」と、私たちを家の中に案内してくれた。
小売り用の狭いスペースを抜け、奥のキッチンに向かう。4人掛けのテーブルに私たちを座らせたタマラは、ハーブティー(この世界では、紅茶や緑茶ではなく、こちらが一般的)と、たぶん売り物だと思うんだけど、大きな皿に載せたパンも出してくれた。その間も、「よく来たねー、ほんと、よく帰ってきてくれたよー」の言葉を繰り返していた。
その後で、どこかから椅子を持ってきたタマラは、それをトライデンのそばに置いてそこに座り、彼と話し始めた。しばらくは、昔の思い出話が続く。
この子は昔からやんちゃで、大きくなったら冒険者になりたい、なんて言っていた。そのくせ寂しがりで、孤児院からときどき抜け出しては、ここを訪ねて、涙顔で私に抱きついてきたりした。こっちもかわいそうに思って、この子の気の済むまで抱き返してやって、寂しくなったらまた来なよ、と送り返して店に戻ると、売り物のパンがいくつかなくなっていた……。
これって、もしかして長くなるのかなあ……と思ってたら、これが予想通りに、けっこう長く続いた。
「──それでねぇ。あの時はうちの宿六のやつが、よりによって飲んできちまって。ぐでんぐでんに酔っ払って、使い物にならなかったんだよ。それであたしも、ついつい大声になっちまって──」
「タマラさん、ちょっとよろしいでしょうか」
トライデンとは関係のない、旦那さんの愚痴みたいな話になったところで、ジークが口をはさんだ。タマラは一瞬、きょとんとした後、
「あら! ごめんなさいね。お客さんを放って、ついつい話し込んでしまって。なにしろ、この子と会うのは、ずいぶん久しぶりだったんでねえ」
「いや、こちらこそ、お二人の再会の邪魔をするような真似をして、申し訳ありません。
ただ、ちょっと気になることがありまして、それについてお話を聞きたいんです。私たちは今日、ここに着いたばかりなのですが、門番は仕事をしておらず、街の中はまるでお祭り騒ぎのようでした。トライデンに聞いたところ、この時期にお祭りはないはずだし、祭だとしてもこんな騒ぎにはならない、との話でした。
いったいこの街で、何が起きているのでしょうか?」
「あれ? あんたたち、それを知っててここに来たんじゃないのかい?」
タマラはまたしても、きょとんとした顔になった。
「えー、本当かい? それで今日、ここに着いたの? そんな偶然ある? いやー、ほんと、よく来てくれ──」
「あの、タマラさん、それはいったい、どういう──」
「あ、あんたたち、知らないんだったね。実はね。この街の教会に、そこの支部長をなさっている大司教様がおられるんだけど、私、大司教様から信者の代表みたいな仕事を任されることになって」
「おばさん、昔っから熱心に教会に通ってたもんなあ」
「ああ、そうだったねえ。それでこの子が寂しがって、教会に行こうとしたら足にすがりついてきたりして──えーと、それでね。その大司教様が、神様からご神託を授かった、っておっしゃったんだよ」
「神託? 神様が、なんって言ったんだ?」
トライデンの問いに、タマラは両手を胸の前で合わせて少し上目遣いになりながら、こう答えた。
「神様は、こうおっしゃっられたそうなんだ。──近々、この世界が滅びる、って」




