36 こっちの世界でも廃墟
その数日後、私たちはなんとか無事に、マイカウンドの街に到着した。
「なんとか無事に」と言ったのは、単純に「無事に」ではなかったから。いや、結果としては何事もなくて済んだから無事ではあったんだけど、街に入る前に、何度も魔物に遭遇していたんだ。それも、ゴブリンとかのザコ敵だけでなく、オークと言ったそこそこ強い魔物たちと。
何度目かの戦闘の後、トライデンは首をかしげて、こう言った。
「このあたりはまわりの森が深くて、魔物が多くわいてきやすい場所なんだ。それだけに、魔物狩りには力を入れているはずなんだがなあ……ま、俺たちの運が悪かったんだろ」
一般的に、街の近くというのは人が多く行き交いして、魔物を発見したら、それを退治しようとする。そのため、街の近くになるほど、魔物と会うことは少なくなり、会う魔物も弱くなるのが普通なんだ。なのに、ここまで来ての大量遭遇は、確かにちょっと運が悪かったのかもしれない。
そうして到着したマイカウンドは──とても平和で、そしてとっても奇妙な街だった。
◇
外から見るマイカウンドは、普通の外壁と普通の門を持つ、ごくごく普通の街に見えた。門番も、普通に立っていた。けど、先頭のジークがギルドカードを出して示そうとすると、門番の人が首を振った。
「ああ、身分証は見せなくていいぞ。勝手に通っていってくれ」
「え、ジークは見せんでええの? ほなら、これはうちの──」
「いや、全員そのまま入ってくれていい。なにしろ、今日はお祝いの日だからな。ようこそ、選ばれし街、マイカウンドへ」
そう言って、笑顔で門を通してくれた。一瞬、ジークが王子だとバレて顔パスになったのかと思ったけど、どうやら違ったようだ。そうして入った街は、これまた奇妙な雰囲気で満ちていた。
それほど広くはない中央通りは、人で一杯だった。そこら中に人だかりができて、陽気に歌を歌い、語り合っている。ざわめきで満ちていて、うるさいくらいだ。中には、昼間から酒を飲んだのか、既に千鳥足になっている男たちもいる。
ちょっと待って。あそこで飲んでいる人、兵士の格好をしてるよ。兵士の格好ってことは、たぶん非番で飲んでるんじゃなないと思うんだけど、大丈夫なの?
そんな酔っぱらいの一部が、こっちに寄ってきた。
「おまえたち、見ない顔だな。旅の人か?」
「うぇーい、選ばれし我が街へようこそ!」
「おまえら、今日ここに着いたのか? なんて運がいいやつらだ! お祝いだ、さあ飲め、飲め飲め」
そういって、手にした木製のジョッキを差し出してきた。
しつこく絡んでくる酔っ払いたちからなんとか逃れて、私たちは宿に入った。一応、お代が良心的でそこそこサービスがいいという宿をトライデンに選んでもらってはいたんだけど、その宿のサービスは予想を上回るものだった。やっぱり酒が入っているらしい、ちょっと赤ら顔になっていた宿の主人は、私たちを見るなりこう言ったんだ。
「ようこそ、我が街マイカウンドへ! 今日は、宿代はサービスにしといてやるよ!」
「え、サービス? ってことは、もしかしてタダってこと?」
「もちろんだとも。これからの世界を、俺たちで一緒に作っていこうじゃないか!」
部屋に入った私は、さっそくトライデンに尋ねた。
「ご主人、えらくご機嫌に酔っ払っとったなあ……一応、確認しときたいんやけど、ここってこんな街なん?」
「そんなわけないだろ。こないだのサウロイールよりは大きいけど、ごく普通の田舎町だよ」
トライデンは顔をしかめながら、首をかしげた。
「そしたら、今日はお祭りかなにかなんか?」
「いや。ここの祭日は他の街と同じで、新年の祝いと秋の収穫祭だけだ。だいたい、祭の日にだって、こんなに大騒ぎはしてなかったぞ」
「そうだろうな。第一、祭だからと言って、街の門を開いたままにして無条件に通らせるなど、するはずがない」
ジークも少し顔をしかめる。大歓迎されたのにみんなしかめっ面というのも考えてみれば申し訳ないんだけど、思わずそうなってしまうくらい、この街はおかしかったんだ。
「とにかく俺は孤児院と、それからタマラおばさんのところに行ってくる。それで、一体何があったのか聞いてみるよ」
トライデンはそう言って立ち上がった。タマラさんというのは、トライデンがときどきお世話になっていたという、遠い親戚の人だ。それを見たジークも立ち上がって、
「いや、私も一緒に行かせてくれ。本来であれば、君と古なじみの人たちの再会の邪魔などしたくはないが、どうにもこの街の空気がおかしすぎる。直接、話を聞いてみたい」
「なら、うちも一緒に行ってええか? 余計なのが一人増えるも二人増えるのも、そんなに変わらんやろ?」
「あ、だったらぼくも行きます」
「構わないぞ。別に、恋人との再会、ってわけでもないんだから」
トライデンがうなずいてくれたので、私たちはもう一度全員で、外に出ることになった。
まず最初に向かったのは、トライデンがお世話になった孤児院だ。さっきと同じ、良く意味がわからない賑わいを見せる街中を見ながら、私たちは、中央通りから裏道に出た。
「ねえ、トライデン。この街では、どこの家にも玄関に十字架が飾ってあるよね。このあたりは、ああする風習があるの?」
歩きながら、きょろきょろと周りを見ていたエイブラムが、トライデンに尋ねた。
十字架ってのは、地球にもあったあの十字架のことね。上の方と下の方に細かい飾り模様がついているので、厳密に言うと違うものなんだろうけど、ぱっと見には十字架に近い。そして、やっぱりこちらでも宗教関係の品で、オルティナ聖教の教会の屋根の上とかに飾られている。
ただし、こっちの世界では、普通は教会の外につけられているだけで、信者が身につけたり、各家庭に置いてあるようなものではないらしい。その十字架が、この街ではどこの家にも、ドアの上あたりに飾ってあったんだ。そういえばこんな景色、他の街では見なかったな。
トライデンは首を振って、
「いや。実はあれにも、びっくりしてたんだ。あんなもの、俺がいた頃にはなかった」
「そうだよね。ぼくも、マーサ様からいろんな場所の教会の話を聞かせてもらってたんだけど、こんな風習については聞いたことがないもの。だから、なんか変だなあ、と思ったんだ」
「っていうか、飾ってある十字架、どれも新しかったで。あれ飾ったのって、けっこう最近の話やないかな」
そうしてたどり着いたのは、街の外れの、さびれた通りだった。この手の施設というのはだいたいそうなんだけど、ここの孤児院も街の中心地からは離れたところにあった。さっきまでの喧噪が嘘のように、この通りには人通りがほとんどなく、静まりかえっていた。
そしてそれは、目的地の建物も例外ではなかった。
「なんか、誰もいないみたいやね」
「……そうだな」
目の前の建物を見ながら、トライデンが答えた。
平屋建ての、古ぼけた木造の建物。孤児院という名前から想像していたよりも小さなその建物には、通りと同様、人気が無かった。それだけでなく、玄関の木戸は外れかかり、壁や屋根のところどころには、穴が開いていた。それはこっちの世界基準で見ても「廃墟」のレベルで、どう見ても、現在使われている施設とは思えなかった。
「どうやら、この孤児院は取り潰しになっちまったらしい。まあ、ここは昔っから経営が苦しかったみたいだから、仕方ないのかな……。
折り返しになっちまって悪いが、次はおばさんのところに行ってみよう」




