33 【Side:魔王】 黒い刃
魔王ゼウロンの率いる軍勢は、次なる目的地に到着した。
ゼウロンの後ろには、魔族四天王ドレアム、同じく四天王のゼルファー、魔族幹部ジスランのほか、数十名の兵士が付き従っている。そして数百メートルほど前には、目指す街の外壁があった。そのまわりには、このあたりでは珍しく広大な、しかしあまり手入れのされていない畑が広がっていた。
「魔王様。エリートンの街より、お出迎えが来ているようですな」
「ふむ。どうやら、ずいぶんと歓迎されているようだな。しかし……」
ゼウロンは首をひねってつぶやいた。
「いったい何なのだ、あれは?」
街の外壁は、このような山中の街としてはかなり強固に作られており、外観も立派なものである。それ自体は、特に奇妙なところはない。また、ヒト族の街に魔族の軍が近づいたとなれば、迎撃の騎士や兵が出てくる(ジスランは「お出迎え」と茶化していたが)のも変ではない。むろん、迎撃ではなく籠城という選択肢もありうるが、敵軍の規模(数十名程度)だけを見れば、迎撃に出ようとするのもうなずけるだろう。
奇妙なのは、兵たちのいでたちだった。
そこには、全身鎧を身につけた騎士の姿はなかった。それどころか、カーペンタリア王国の軍では一般的な、画一的な革鎧をつけて画一的な剣や弓を持つといった、ごく普通の兵士さえいなかった。
街の北門の前に並ぶのは、貧弱で痛みの目立つ革鎧をつけ、剣や大剣などばらばらの装備を持つ男や女たちだった。その真ん中やや後ろにいる、指揮官らしいスキンヘッドの大男などは、ぱっと目にも手入れが行き届いていない大剣を抜き身で肩にかつぎ、ふんぞり返った姿勢で魔王軍をにらみつけている。
どうみても正規の兵や騎士ではなく、冒険者崩れのごろつきのようにしか見えない。その数もわずか百数十で、魔王軍より数は多いものの、街を守るための兵力としては非常に心もとないものだった。
首をひねりながらも、ゼウロンは一歩前に出た。そして、攻撃魔法の呪文を唱えようとしたのだが、それをドレアムが押しとどめた。
「魔王様、お待ちください。あの程度の者たちに、あなた様の魔法は必要ありません。私が片付けてきましょう」
そう言って、ドレアムは一人だけで、敵の前へ進み出ていった。ドレアムは魔王と同じ色の、漆黒の鎧を身につけている。だが、騎士としてはそれほど背は高くはなく、やや細身だ。その姿を見て、待ち受けるヒト族側から嘲笑がわき起こった。
「おいおい、そんなひょろっとしたやつ、一人だけか?」
「カッコつけてんじゃねえよ」
「それともなにか。他のやつら、びびって出てこれねえのか?」
そんな声が聞こえてなどいないかのように、ドレアムはごく自然体で、腰の剣を抜いた。そして立ち止まると、無言のまま、剣を水平に一振りした。
ドレアムの剣から、黒い刃が放たれた。
黒の刃は、ヒト族の軍へ襲いかかった。そして一瞬の間に、そのほとんどを上下に両断した。指揮官の大男も、戦場で何をなすこともなく、ただただ大量の血を吹きだして、地面に倒れ落ちた。刃は兵たちを突き抜け、街の外壁に当たって大きな割れ目を入れたところで、ようやく止まった。
この攻撃から逃れられたのは、最初から刃の通り道にいなかった、列の右端の三人の男だけだった。男たちはきょとんとした顔でまわりを見まわしていたが、すぐに悲鳴を上げて、街の北門に向けて駆け出した。だがその三人も、門にたどりつく前に前のめりに倒れ、そのまま動かなくなった。
「ハイラインか」
ゼウロンがつぶやくと、その背後に、くせ毛の黒髪の男が姿を現した。魔族四天王の一人、ハイラインだ。
「はい。魔力の針を三本ほど、投げつけておきました。いらぬおせっかいだったでしょうか?」
「いや。余計な手間をかけずに済んだ。ご苦労だった」
「ありがとうございます。私が身も心も捧げ、永遠の忠誠をお誓いするのはあなただけです」
ドレアムが再び剣を一閃すると、今度は北門が音を立てて崩れ落ちた。まわりには、そこにいるはずの門番や衛兵の姿はなかった。魔王たちはほとんど何の抵抗も受けずに、門の中に入った。
街の通りには、逃げ惑う人々の姿があった。だがその数は、街の規模を考えると少ないものだった。魔王軍はそのまま大きな通りを進んで、街の中央にある、もう一つの壁を取り囲んだ。壁の中にあるのは、領主の館である。その壁は、街の外壁に劣らぬくらい大きく立派なものだったが、門の内側にある物見櫓から魔王たちの方を見ているのは、先ほどと同様、ごろつきのような男たちだった。
「さっきも思ったが、いったいなんなのだ、あれは。なぜあんなやつらが、兵士の真似事をしている?」
「おそらくは、街の統治に失敗したのでしょう」
魔王の疑問に、ドレアムが答えた。
「統治の失敗で、ああなってしまうのか?」
「なってもおかしくはありません。
統治に失敗し、街の経済が行き詰まれば、領民の生活は苦しくなります。そこでもし、領主が領民のためではなく、おのれの生活を優先させて税を重くしたりなどすれば、領民たちは街を逃げ出すでしょう。そうして人口を失ってしまえば、経済はさらに落ち込み、税収も減っていきます。
そうなれば、遅かれ早かれ、軍を維持することもできなくなる。そうして残ったのが、あそこに見える、兵ともいえない者どもの集団なのでしょう」
「なるほど。確かに、周囲の畑はかなり荒れていたな。畑を耕す民は、どこかへ逃げてしまった。だから残された領民は魔族の街を襲い、山賊まがいのことをしていた、というわけか」
「ふん。ヒト族は、自分の治める街の統治さえ、満足にできないとみえる」
ジスランが吐き捨てるように言った。
ここでも、街の外と同じことが繰り返された。ドレアムの剣によって門は破壊され、敵兵の体が両断された。こうした攻撃を繰り返し、領主の館も、館内にいた兵たちもさんざんに破壊、殺害した後で、ゼルファーを先頭にした魔王軍が館の中になだれこんだ。
しばらくしてゼルファーは、一人の男を引っ立てて、門の外に戻ってきた。その男は肥え太っており、一見して中年のヒト族に見えた。
「地下の金庫室に隠れていた。ハイラインが気づかなければ、見逃していたところだったぜ」
そのヒト族は、ゼウロンの前に引きずり出されると、地面に身を投げ出すような土下座をして、こう訴えた。
「どうか、お助け下さい。どうかお慈悲を! 私は、領主様の代行者に過ぎません。あなた様がここの御領主になられるのであれば、あなたに従います! 決して、逆らうようなことはいたしません!」
「嘘をいうな。貴様が代行ではなく、領主本人であることはわかっている」
ゼウロンは冷たく答えると、ドレアムに目配せした。ドレアムの持つ剣が、再び黒い光を放った。
「もっとも、貴様が領主かどうかなどは、私には関係のないことだがな。私はヒト族そのものを、この世界から滅する、と決めているのだから。
領主であろうがなかろうが──貴様にはもはや、どのような可能性も残ってはいないのだ」
ドレアムが剣を振るった。鮮血が舞い、さっきまで領主だった男の首が、地面に転がり落ちた。




