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召喚されたおおまか聖女は、ハッピー・エンドを希求する  作者: ココアの丘
第2章 死霊の街

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29 アシダカは益虫です

 エイブラムの話を聞いた後、私は一人で、家の外に出ていた。街の方を見ながら、大きく息を吸い込んで、ハアと大きくため息をついた。


 いやー。ないわー。


 なんだか重たい話が続いて、その後も重たい雰囲気が変わらなかったので、思わず逃げ出してしまったよ。

 いくら私でも、あんな話にボケやツッコミを入れる気にはなれない。あの手の話って、私、苦手なんだよね。得意な人なんていないかもしれないけど。というわけで、すまんジーク、トライデン。男同士の話し合いというやつで、なんとかしてくれ。こういう時って、お酒なんかもいいのかもしれないよ。私は飲んだことないから、よく知らないけど。

 あえて陽気っぽい歌を選んで、鼻歌で歌いながら、私はそのへんをぶらぶらと歩いた。

 この家の建っているところは少し高台になっていて、サウロイールの外壁や周囲に広がる畑がよく見渡せる。今は午後も少し遅いくらいの時間で、朝夕の混雑時ではないせいか、街の門には人だかりはない。畑の中を通る街道にも、一頭の牛を引く農夫が、ゆっくり歩いているだけだった。

 その上にあるのは、雲一つない青空と、輝く太陽。温度も暑くもなく寒くもない、実に気持ちのいい日だった。


「見た感じは、のんびりしたところなんやけどなあ」

「まったくそのとおりですね」


 ぽつりと独り言をつぶやくと、突然、後ろから声がした。私はびっくりして飛び上がり、あわてて後ろを振り返った。


「わ! なんや!?」

「お久しぶりです、聖女様」


 そこにいたのは、ハイラインだった。

 学園都市の婦人服専門店で私に話しかけてきて、変な服を勧めてきた男。そして、あの街で起きていた薬物事件についての情報を私に教えてくれた、魔族の男だ。そのハイラインが、あの時とそっくり同じ服装で、私の前に立っていた。


「なんやあんたか。あれ、あんた、なんでこんなところにいるん。婦人服のお店はどうしたんや?」

「ああ、あの店ですか。あそこの権利は、つきあいのある商人に譲ってきました。以前から、店を売らないかとの話を、何度かいただいておりましたのでね。急ぎ店を片付けて、あなたの後を追ってきたのです」

「ええー……。なんでまた、そんなことを」

「私がいるべき場所は、あなたの隣だからでございます」


 ハイラインは片膝をつき、右手を差し出して、大げさな動作でお辞儀をしてみせた。はたから見たら、まるでプロポーズでもされているような格好に見えたかもしれない。けど私は、まったく心を動かされていなかった。

 顔だけを見れば、まあまあいい男の部類だろう。ちょっとキザな感じが強めな気はするけど、それでもいい方。ただ、それ以外の部分が、私には合いそうにない。


 なにしろこいつ、私を男と勘違いしていたんだよ。


 そして、女装をしていると。さらにその上で、そんな私をお慕いしている、なんて言ってきたんだ。つまりこいつは、そういう趣味なわけ。

 いや、そういう趣味自体が、ダメだってわけじゃないよ。昨今の風潮というか、その手のものが認められてきてる、ってのはわかります。けど、公的にダメかどうかと、そういう人を私個人の好みとして好きになるかとは、ちょっと話が違うでしょう。こいつの場合、かなりひねりがききすぎてるし。

 まあ、私が男だと思ってたってことは、そこまでプライベートな空間(風呂とか、着替えとか)には侵入してなかった、ってことだろう。その点だけは評価してあげよう。けどそもそもの話、私を男と思った時点で、マイナスのスタートなのだ。


 というわけで、私ははっきりと首を振った。


「そういうのは、間にあっとるから。それになあ。こないだも()うたけど、うち、オトコやないんやで」

「それはわかっております。ですが、私も申し上げたはずです。私は、あなたの洞察力や、つまらぬルールを一蹴する行動力に、深く感銘を受けたと。

 さらに、今回の事でもわかりました。あなたは、私がそのような趣味趣向を持つものと知った上で、それでも遠ざけようとはなさっていませんでしたね。それに先ほどは、死霊術師というジョブを持つ者まで、受け入れておられました。そこに見える街に住んでいる、心の醜い住民たちとは雲泥の差です。

 その寛容なお心に、私は心からの──」

「でも、うちはこないだの事件で、あんたが犯人だと思い込んでたんやけど」

「誤りを素直に認めるのもまた、高潔さの表れかと考えます。それもまた、心の醜い者たちには決してできない──」


 これだけ言っても、ハイラインはポーズを崩そうとはせず、わけのわからないセリフを話し続けた。もう理解とか説得とかはあきらめて、私は話題を変えることにした。


「あのー、ところでやな。あんた、魔王国にいた時には重要な仕事をしてた、って言うてたよね。たぶんやけど、それって情報収集の担当とか?」

「さすがですね。よくおわかりです」

「そりゃあ、こないだの事件では、あんたいろんなことを知ってたからなあ。で、一つ聞きたいんやけどが、このへんにアンデッドが出てきてるのは知ってたりする?」

「存じております」

「こっちから聞いといてなんやけど、どうして知っとるん?」

「私には、情報を集めるのにぴったりのスキルがありましてね。私のかわいい子供たちが、そこら中に散って、いろいろなことを教えてくれるのです」

「え、子供?」

「ここにもおりますよ」


 ハイラインはそう言うと、左手で襟足のあたりを一なでし、その手を前に出して見せた。開いた手のひらには、一匹のクモが乗っていた。

 そう、クモ。たぶん、ハエトリグモとかアシダカグモとか、巣を張るんじゃなくて地面や壁を歩き回るタイプの方だ。大きさは、小さめのアシダカくらいかな。

 私、クモは嫌いというわけではないです。あれって、ゴキブリなんかを食べてくれる益虫だしね。見つけても殺虫剤なんてかけません。けど、こないだカーテンを開けた時、そこに隠れていたアシダカグモ(大きめ)がさっと飛び出して私の足に登ってきた時は、おもわずキャーッ、と叫んでました。つまり、好きなわけでもないんです。

 私は、ハイラインが手をつきだしたのと同じくらいの距離を後ずさって、


「あー、な、なるほど。そのクモがそこら中に散って、見聞きしたもんを教えてくれるんやな。くわしくはわからんけど、なんとなくはわかった」

「彼らのおかげで、まわりに飛び交うハエにも、気づくことができるのですよ。そうそう。あなたのまわりにも何匹かおりましたので、始末しておきました。念のため、お知らせしておきます」


 ハエ? それってなにかのたとえなの? それとも、ストレートにハエそのもの? ……よくわからないけど、ハエはまあね。クモと違って、明らかな害虫だからね。殺虫剤をまいても、いいと思います。特に小バエは嫌いだ。


「そうなんか、おおきにやで。

 で、そのアンデッドなんやけど、どうしてこのあたりに出てきたのか、そこらへんはわかる?」

「ああ、それは──」

「マリー、そこにいるのか? 悪いけど、部屋に戻ってきてくれないかな。おれもなんていうか、ああいう雰囲気は、ちょっと苦手で……」


 トライデンの声が聞こえた。その寸前、ハイラインの姿が消えていた。立ち去ったのではなく、一瞬にして見えなくなった感じ。たぶんこれが、隠密のスキルなんだろう。そして姿が見えないまま、声だけが小さく響いた。


「彼らにはまだ、私が敵ではないとわかってもらえないでしょうから、今は姿を隠しておきます。また折を見て、挨拶することにいたしましょう」

「ちょい待ち。アンデッドの群れって、まだおるん? それで、こっちに来てたりするの?」

「──そうですね。ですが、たとえアンデッドが現れても、聖女様なら問題はないでしょう」


 その声が終わると、彼の一切の気配は、その場から消えてしまった。そして、それが消えてしまってから、いまさらのように気がついた。


 もしかしてあいつ、これから先も、私について来る気なの?




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