25 街の人たちの反応
エイブラムに案内されて入ったサウロイールは、なんだか奇妙な雰囲気のする街だった。
いや、街がさびれているとか、そう言う意味じゃないよ。さすがに王都やハイファンと比べると格段に小さいけど、それなりににぎわってはいる。「田舎にしては、結構がんばってるな」くらいの感じは、十分にある。
街を囲む外壁も、立派なものだ。これは、このあたりは山の中にある盆地で、ある程度の広さの畑もあってそれなりの人口もある一方、周囲にはそれ以上に広大な森が広がっているから、魔物の数も多い。そのため、街の規模に比べて頑丈な防壁が築かれているんだそうだ。
あ、外壁と門が白かったのは、少し珍しかったかな? 外壁は石造りだから、材料の色によっては白いこともあるんだけど、門が白いのは珍しい。普通は木製だから、当然茶色とか焦げ茶色なんだけど、ここはなぜか、白く塗られているんだ。ちょっとペンキははげかかってたけどね。だけど、これもまあ、奇妙と言うほどではない。
奇妙に感じたのは、街の人たちの態度だった。
直接に、何かをされたわけじゃない。けど、明らかにおかしかった。門番の人も、街を歩く人も、かなりあからさまに嫌な顔をする。まるで、こっちをさげすんでいるような、または何かを疑っているかのような、そんな視線を送ってくるんだ。今まで、一度も会ったことのない人たちなのに。
もしかして、私たちが旅人だから? どの世界でも、新参者はよそ者扱いされがち、なんてことはあるのかもしれない。特に、田舎なんて閉鎖的なところが多そうだからね。けどそれにしても、ここまでされる筋合いは無いんじゃないかなあ……。
でも、しばらくして気がついた。
この視線が向けられているのは、私たちじゃない。私たちを案内して、少し先を歩いていたエイブラムだ。
街の人が向ける冷たい視線の先も、小さな子供が母親の陰に隠れながら指さす先も、私たちからは少し前方にずれていた。通り過ぎる男が吐き捨てるようにつぶやく嘲りの言葉も、エイブラムに向けてのものだった。
だけど当のエイブラムは、もう慣れっこと言った顔で、
「ぼくはこれから、領主様のお宅に向かって、先ほどの件を報告してきます」
「あれ? こう言うのって普通、冒険者ギルドとかに話をするんやないの?」
「ぼくは正式には、冒険者としての登録はしていないので。それに、代行とはちょっと、顔見知りなんです」
彼の言う「代行」とは、「領主代行」のことだ。
この国は中央集権ではなく封建制で、多くの貴族に領地が与えられて、領地の統治も任されている。で、普通は領主である貴族がその土地に住むものなんだけど、あまりにも辺鄙なところにあったり、あるいは領地が飛び地になっていたりすると、貴族とは別の代理人が実質的な統治を委任されることがある。それが領主代行だ。
ここは山の中の街だから、領主本人がここに来るのを嫌がったのかな。領主は今、王都あたりで優雅に過ごしているのかもしれない。
「ならば、私たちも一緒に行こう」
「いいんですか? そんな面倒をおかけして」
「ゾンビに襲われそうになったのは、私たちだからな。実際に現場にいた者たちが、一緒に話をした方がいいだろう」
ジークはうなずいて答えた。そうして向かったのは、貴族宅というよりは、どこかの商会の事務所みたいな建物だった。
建物を囲う塀はあるものの、塀の中には庭などない。外観こそ、多少は趣きのある石造りの二階建てだったけど、他の建物と比べてみると、実際には特筆すべきものでもなかった。こういう古い西洋風建物に趣きを感じるのは、私がこの手のものに慣れていない異世界人だからだろう。
たぶん、実際に領主がここに泊まることなんてほとんどないんだろう。役場の職員が働きに来ている、市役所の庁舎みたいなものなんだろうね。
「顔見知り」と言っていたとおり、門番に話しかけたエイブラムは、顔パスで通してもらえた。けど、その門番を含めて、周囲の視線はやっぱり冷たかった。入ってすぐの受付にいた女性に用件を告げると、女性は明らかに嫌そうな顔になって、すぐに席を立って奥へ向かった。戻ってきた彼女は、
「お会いになるそうです」
とだけ告げて席に戻り、そのままこっちを見ることはなかった。
エイブラムに案内されて、石の廊下を進んだ。館内に入っても、そこここに見える職員たちは、こちらに視線を向けようとはしない。けど、それには例外もいるらしかった。向こうの方から、ドタドタという足音と共に、大きな声が聞こえてきたんだ。
「貴様ーーーアアアァァ!」
語尾を妙に強く伸ばした声で、私たちに向けて怒鳴りつけてくる。やってきたのは、全身鎧の甲冑を着込んだ、この領の騎士らしい大男だった。エイブラムは少し眉を曇らせたけど、黙って頭を下げた。
「こんにちは、マルニクス騎士団長」
「こんにちはではない! なぜ貴様のような男が、領主様のお屋敷に入っている! 厚顔無恥にも程があるだろう!」
「申し訳ありません。ですが、既に受付を通して、ヨーゼフ様との面会はご了承いただきました。それに、ぼくがここに来たのは、街のすぐ近くで異変を発見したからです。やむを得ない事情があったためですので、お許し願います」
こんな正論を返されたマルニクスは、ぐっと言葉を詰まらせたけど、
「用が済んだら、すぐに出て行けよ。この家だけではない、街からもだ! ここは、貴様のような穢れたジョブの持ち主がいていい場所ではないのだからな!」
また大声を上げると、騎士団長はまたドタドタと音を立てながら、向こうへ去って行った。エイブラムはふう、と息をついて、
「お騒がせしました。さあ、行きましょう。執務室は、このすぐ先です」
ドアをノックして入ったのは、やっぱり元の世界の市長室、といった感じの部屋だった。ただし、元の世界とは違って、貴族の家らしい美術品や調度品は、いくつか並べられていたりする。立派な、少し大きすぎる感じもするデスクに座って書類仕事をしていたのは、小太りの小男だった。
着ているのは濃紺の、背広に似た服。もう六十才は越えているんだろう、頭はかなりハゲて、バーコード頭って言うんだっけ、あんな感じになっている。こっちの世界でも、こんな髪形するんだね。ってことは、やっぱりハゲって、恥ずかしいというかできるならなりたくない、自分でも認めたくはない、と思われてるのかな。
「ヨーゼフ様、ご無沙汰しています」
エイブラムが一歩前に出て、また頭を下げた。ヨーゼフ代行は、ペンを走らせたままちらっと視線を上げて、
「エイブラムか。うん? 後ろの人たちは?」
エイブラムは私たちのことを、旅の冒険者だと説明した。彼には、そう説明してあったからね。けど、ヨーゼフは疑わしげな目つきになって、
「こんな辺鄙な所へ? まさか、お尋ね者ではないだろうな」
「もしもそうなら、こんな場所に来たりはせえへんよ」
「ふん……それで、何の用だ」
私の答に、ヨーゼフは鼻を鳴らしてペンを置いた。エイブラムは、街の外でゾンビがいたことを報告したけど、ヨーゼフの反応はやや鈍かった。
「ゾンビ、か。だが、ゾンビが発生すること自体は、無いことではないだろう。例えば、旅人や行商人が、道中で殺されたとかな。魔物なら死体を食べてしまうだろうが、山賊ならアンデッド対策などをせず、放っておくやつもいるからな」
「ですが、実は最近、同じようなことがあったんです」
エイブラムの答に、ヨーゼフは左の眉を上げた。
「それも、二回も。どちらも、5~6体のゾンビの群れで、場所は街の北側の森のはずれでした。火魔法で難なく倒すことはできましたが、こんな頻度でアンデッドがでることなんて、今まではありませんでした」
「なるほど、少しおかしいな。この近くで魔族や山賊などとの戦闘があった、あるいは集落が山賊などに滅ぼされた、といった報告は入っていない。それほどの数の人間のアンデッドが発生するようなことは、あまり考えられないはずなんだが。
まさかとは思うが、おまえのしわざではないだろうな?」
「……そんなわけがないでしょう」
さすがに少しムッとした顔になって、エイブラムが答えた。ヨーゼフは厳しい目つきのまま、
「冗談だ。……念のため、警備を厳重にするよう、手配しておくことにしよう」




