24 袖すり合うも
そんな感じで旅をすること数日。私たちは、もう少しでサウロールの街に着く、というところまで来ていた。
サウロールは、人口は1万にも満たないくらいだけど、サブルート上の街の中では、そこそこ大きな規模の街なんだそう。この調子で行けば、今日は何とか、宿に泊まれそうだね。何日かテント泊が続いてたから、さすがに体がしんどくなってきたよ。
最初のうちこそ、キャンプだ! テントも意外に悪くないね! なんて喜んでいたんだけど、さすがにもう飽きてきた。ジークが用意してくれたテントは、品自体は、この世界では上等な品物みたい。けど、そうは言ってもテントだからね。ベッドとは比べものになりません。
道が森の中に入ったので、さっき高台にいた時には見えていた街の壁が、今は見えなくなっていた。けど、もう少し進めば森を抜けて、平原に出るはず。そこまで行けば、街はもう目の前だ。
そんな感じで上機嫌で歩いていた私だったけれど、ここでつと、足を止めた。
ずっと前の方に、妙な気配があるのを感じたんだ。そう、これは魔力。魔力のかたまりと、その動き。しかもそれは──かなりいびつな感じがするものだった。
「みんな気いつけて。なんかおる!」
私の声で、ジークとトライデンは即座に戦闘態勢に入った。周囲に気を配りながら、急ぎ足で前へ進んでいく。私たちの場合、どうせ戦うのなら、森の中よりも平原の方が戦いやすい。それに、まずは敵を視認しておきたい。だから開けた場所を目指したんだけど、森に出る直前、魔力の正体が私たちの前方に現れた。
「うわぁ……」
それを見た瞬間、私は思わず引いた声を出してしまった。
現れたのは、ゾンビの群れだった。
ヒトの死体と思われるものが、腐敗臭をまき散らして、よろよろと動き回っている。口は開きっぱなし、二つの目はあさっての方を向いているか、あるいは無くなっている。体のところどころの肉は腐ってはがれ落ちていて、そこから汚い色のジェル状の液体が垂れ、ぶらぶらと揺れている。
ホラー映画でおなじみのあのゾンビの実物が、私の目の前にいた。この世界に来て初めて見る、アンデッドだ。その数、合計五体。私は顔を引きつらせ、ないわー、と心の中でつぶやいていた。
前にいたジークも、少し表情を歪めている。この世界の人でも、さすがに王子様となると、アンデッドに会うことなんて少ないんだろう。その一方でトライデンは、以前にも戦った経験があるのか、平気な風だった。ただ、ちょっと不審げな声でこう言った。
「ゾンビか。しかしこいつら、どうしてこんなところにいるんだ?」
この世界では、死体をそのへんに放っておくと、アンデッドになることがある。ただ、それを見ることは、意外に少なかったりする。
アンデッドになるには、ある程度の時間がかかるからだ。動物の死体は、アンデッド化する前に他の動物に食べられてしまうことが多い。人の死体も、街の外ならやっぱり動物に食べられるだろうし、街の中であれば、アンデッド化しないような処理(首を切断したり、地域によっては火葬される)をした上で埋葬されるからだ。
それでもアンデッドが発生することはないことはないんだけど、それが街の近くに現れれば、即座に討伐されるのが普通だ。臭いですぐに気がつくし、見た目のインパクトは強烈だけど、戦闘力自体は低い。その上移動速度も遅いので、一度発見できれば、討伐は簡単なんだ。そんなゾンビが、どうしてこんな街の近くにいるんだろう。
まあ、そこのところはとりあえず置いておくとして……これ、どうしようか。
ゾンビって、魔物としてはそれほど強くはない。けど、剣を使って退治するとなると、ちょっと大変なことがある。というのは、攻撃側もダメージを受けるからだ。ダメージと言っても肉体的なものではなくて、切った時に飛び散る肉の破片とか、返り血とかの話ね。それが、攻撃した人にもかかってしまうんだ。
この世界の人も、やっぱりそういう汚れは嫌がるみたい。特に旅の間は、服を変えたりきちんと洗うのが難しいからね。もちろん単に汚いだけでなく、衛生上も極めて良ろしくない。
ふと気がつくと、トライデンが私の方を振り返っていた。
「ここは一つ、聖女様の力を見ておきたいかな」
あー、やっぱりそうなるよねえ。
ゾンビなどのアンデッドには、光魔法が非常に有効とされている。攻撃魔法とは違う浄化魔法と言うものがあって、これがアンデッドには特効になるんだそうだ。さらに浄化魔法の場合、物理攻撃や魔法攻撃と違って、汚物が飛び散ることもない。まさしく「浄化」されてしまうので、この点も都合がいい。
しかたない。適材適所と言うことで、私がやりますか。それに、ここまではジークとトライデンでほとんどの戦いの片をつけていて、私はあんまり戦っていないし。一度くらいは、聖女の力というやつを見せてあげましょう。
私はうなずいて、ジークとトライデンの前に出た。魔物まではまだ少し距離があるから、この立ち位置でも問題はなさそう。そして、浄化魔法の詠唱を始めた。
「<患者すなわち主体が 否定された量化詞によって
自己決定する半分の中の 主体すなわち患者>
……」
ところがその途中で、突然に道の左の森の中から、魔法名を宣言する声が聞こえてきた。
「……<ファイアーランス>!」
それと同時に、木々の間から飛び出した炎の槍が、ゾンビたちに襲いかかった。
槍はゾンビに命中し、魔物の体から火柱が上がった。燃え上がる炎の中で、ゾンビは一体、また一体と倒れていく。アンデッドには光魔法が定番なんだけど、火魔法も悪くはない。見てのとおり、燃えて動かなくなっているし。ただ、実体のないレイスとかだと、効きにくいらしいけど。
それにしても今の魔法、誰がやったんだろう? と首をひねっていると、火魔法が出てきた方向の森から、
「だ、大丈夫ですか?」
と、出てきた人がいた。現れたのは、一人の若い男性だった。
歳も背も、私と同じくらい? 服も、私と同じ魔法使いの黒のローブを着ている。ただ、一応は国が用意してくれた私のそれとは違って、あんまり高級感はなく、古びて薄汚れていた。サイズもちょっと小さくて、背丈に合っていない。
体つきは細身で、筋肉がないと言うよりも痩せ過ぎという感じ。ちょっと態度がおどおどしていて、気が弱そうな感じを受ける。でも、顔つきはそれなりに整っているので、女の子にも意外と人気があるのかもしれない。世の中には、陰のある男性が好きな層が、一定数いるみたいだからね。こっちの世界でどうなのかは、知らないけど。
「木には、なんとか燃え移りませんでしたね。森の中では火魔法はダメ、って教えられてたんですけど、相手はゾンビだし、それにもう少しであなたに襲いかかろうと──」
と言ったところで、男は私の後ろにいる、ジークたちに気づいたらしい。
「──あ、他にも人がいたんですか。だったら今の火魔法は……」
「今の魔法、あんさんがやってくれたん? ありがとうな」
なんだか気まずい空気になりそうな感じがしたので、私の方からお礼を言うことにした。男はほっとした顔で、いえいえ、とお辞儀を返してきた。
話を聞いてみると、この人はサウロールで冒険者のような仕事をしている、エイブラムさんだそうだ。ただ、住んでいるのは街の中ではなくて、壁の外にある一軒家だという。これはちょっと意外だった。すぐ近くに街があるのに、どうしてそんなことをしてるんだろう。外に出たら、魔物や山賊に襲われる危険があるのに。
そうだ。魔物と言えば、
「なあ。このへんって、今みたいにゾンビがうろつくこと、けっこうあるんか?」
「いえ、普通はそんなことはほとんどないというか、なかったんですが……念のため、この件は街に報告した方が良さそうです」
「これから街に戻るん? ほな、うちらと一緒にいこ。これも、袖すり合うも多生の縁、ってやつやろ」
というわけで、私たちはエイブラムと一緒に、サウロイールへ向かうことにした。それにしても、「多生の縁」って、どんなふうに翻訳されているんだろう。元の世界の日本人でも、「多少の縁」と思っている人、けっこう多いと思うんだけど(←元受験生の豆知識)。




