21 ハッピーエンドや!
「オトコのコ?」
マレビトというのは、異世界から召喚された人間のことだ。どうして彼は、私が召喚された聖女であることを知っているのだろう? いや、とりあえずそれは置いておこう。そんなことよりも、ハイラインの別の言葉のほうが、私にはめちゃくちゃ引っかかっていた。
オトコのコ? もしかしてそれって、「男の子」じゃなくて、「男の娘」のこと? なんて言うんだろ、かわいい系の女装をした男性を指す言葉だったような……言っとくけど、私にはその手の趣味はない。けど、部活の後輩にそういうのが好きな子がいて、その手のマンガとか写真とかを、どういうわけか私によく見せに来ていた。
私は、まだ伸びきっていない自分の髪に手を当てた。決して大きいとは言えない自分の胸に目を落とした。頭の中には、以前に王城での授業で教わった、ある知識が浮かんできていた。この世界では、たとえ男性であっても、選ばれし者は『聖女』と呼ばれ、『マリー』の名がつけられる……。
こいつ、私を男だと思ってたの? 男の人が、女性服の専門店に入って、女性用下着を買いあさっていた、と。いや待て待て待て。そう思った上で、私にフリフリのミニスカメイド服や、スリット入りのチャイナドレスを着せようとしてたの?
私はぞっとした。それと同時に、とある純粋で強烈な感情が、心の底から湧き上がってきた。
──それは、怒りだった。
「私は、あなたの美しさと、内に秘めた危うさに引きつけられました。私を魔族と見破った高い知性、魔族だからといって犯人とは限らないことを認める柔軟な思考にも、感心させられました。
そしてなによりも、この世にあまた存在するつまらぬ常識、意味の無いルールやマナーや作法といったもの。そんなものをものの見事に一蹴してしまうあなたの態度と行動に、深く感銘を受けました。
私はここに誓いましょう。この身も心も、すべてのものをあなたに捧げ、私の一生をあなただけに──」
「……わーたーしーはー」
ハイラインがまだ何かしゃべってたけど、私はもう、聞いていなかった。
私の言葉からは、関西弁が抜け落ちていた。前にも説明したけど、私は怒ったり気分が落ち込んだりすると、標準語になってしまう癖がある。持ち前の、ちょっと低めの声で叫びながら、私はハイラインのあごに向けて、手加減なしのアッパーカットを放った。
「──女だー!」
「はぢび!」と叫びながら、ハイラインは体をきれいな弓反りにして、宙を舞った。その姿を見た私は、あ、しまった、と思った。
今のセリフ、「オレは女だ!」にしておけば、古式ゆかしいボケになってたのになあ……。
◇
翌日、私たちは再び、学園の前で待ち合わせた。
目撃者が多かったこともあり、前日の事件はコンラッドに責任ありとなって、トライデンにはおとがめはなかった。ジークの正体を知っている学長あたりが、手を回したのかもしれないけどね。
それから、違法薬物の存在とそれを販売していた人についての情報は、ジーク経由で学長に伝えてもらった。情報源がアレだし、はっきりした証拠を出せるわけでもないのでどこまで対処してくれるかはわからないけど、今の私にできるのはここまでだろう。
ということで、今回は何の騒ぎもなく三人集合して、街の北門へ向かった。そこには、街を出る際の検問を待つ人で行列ができていたけど、その列から少し離れたところに、制服姿の男女一組が立っていた。リリーとマービンだった。
「あ、トライデン!」
リリーがこちらを向いて手を振ってきた。私たちは列に並ぶ前に、リリーたちの方へ寄っていった。
「体はもういいのか、マービン」
「ああ、心配をかけてしまったみたいで、すまなかった。体調の方は、もうだいたい良くなったよ。それで今日は、おまえが旅に出るって聞いたから、見送りをしようと思ってな。それからちょっと、おまえが行く前に伝えといたほうがいいかな、って思うことがあって……」
トライデンの問いかけに、マービンはこう答えたけど、なぜかその後を言いよどんだ。大きな体をもじもじとさせて、なんだか話したいのに話せない、そんな感じを漂わせている。するとリリーが、マービンの背中を軽く小突きながら、
「実はね。私たち、故郷に帰ることにしたんだ」
「そうか、がんばれよ。……ん? 私『たち』? ってことは……」
「うん。マービンも一緒。彼、王都で騎士になるのはやめて、田舎に戻ることにしたんだ。田舎って言っても実家のある街に帰るんじゃなくて、領都で田舎騎士になるんだけどね。この間の試合、勝ちはしたけど、ちょっと変な感じになって、その後で倒れてしまったでしょ。なんて言うか、あれで限界を感じちゃったみたい」
「……そうか」
「でも、田舎の街って言っても、領都だと部屋代はそこそこ高いし。薬師見習いや騎士見習いだとお給金もそんなに出ないでしょ。それで、二人で一緒に住むことにしたの」
「え、二人一緒に? ってことはもしかして──」
「うん。田舎に戻ったら、すぐに結婚するつもり。ほんとは盛大な結婚式でも開いて、トライデンにも祝ってほしかったんだけどね。トライデンは旅に行っちゃうし、式だって貧乏暮らしだと、すぐには無理そう。けど、そのうち二人で稼げるようになったら、招待状を送るかもだから、その時はよろしくね」
「お、おう。……あ忘れてた。二人とも、おめでとう」
「うん、ありがとう」
「ありがとうな」
こうして、私たちは幸せそうな二人に見送られて、ハイファンの街を出たのだった。
特に幸せそうなのはリリーだったけど、マービンの方も、王都での暮らしにはそこまで未練が無さそうに見える。薬を使ったおかげで王都で騎士になるよりも、田舎でのんびりと暮らす方が、彼にとってもいいかもしれないね。
私は、きれいに晴れ渡った空を見上げ、大きな声で言った。
「これで、ハッピーエンドや!」
「……いや、言いたいことはわからんでもないけど、『エンド』はないだろ。まだ旅は始まったばかり、って言うか、始まってもいないんだから」
「ナイスツッコミ」




