16 勝負あり、のその後で
「え、なんやこれ?」
「ん? どうかしたのか?」
私は思わず、声を上げてしまっていた。ジークが声をかけてきたけど、私は戦い続ける二人に目を凝らしたまま、何も答えなかった。この場所のどこかに、変な「動き」があったような気がしたんだ。
前にも説明したと思うけど、聖女としての練習を初めて以来、私は周囲の「魔力の動き」というものを感じることができるようになっていた。
まあ、それ自体は私だけじゃなく、この世界の人なら多かれ少なかれできることらしいんだけど、私のそれはかなり敏感らしい。魔術師というのは剣士タイプよりも敏感なものなんだけど、私はその中でも、トップクラスに敏感なんだそうだ。教師役の女性魔術師が、そう教えてくれた。さっきここで感じたのは、そうした魔力の微妙な動きだった。
けど、それもちょっとおかしな話だ。
目の前で戦っているのは二人とも剣士・騎士タイプで、魔法は使っていない。筋力や防御力を強化する魔法、なんてものもあるんだけど、それを試験で使うのは禁止されている。もしも使ったら、あるレベル以上の剣士(たとえば、学生を指導する先生レベルの剣士)なら、間違いなく気がつくはずだ。
私は首をかしげながら、さらに意識を集中して、周囲の魔力を探った。すると魔力の動き、いやもっと正確に言うと、魔力の「澱み」のようなものが、武芸場にあることがわかった。
その元になっていたのは、今まさに戦っている対戦相手のうちの一人──マービンだった。
このことに気がついた瞬間、大きな声が上がった。
「うぉぉぉぉぉ!」
声の主はマービンだった。トライデンとリリーが驚きの表情を浮かべる。マービンって人は、普段はこういうことはあまりしない人なんだろう。相手が剣を振り下ろそうとするのも構わず、マービンは猛然と前に出た。それと同時に、なんと手にした盾を思いっきり、ヘルトに向けて投げつけた。
この行動が、剣技として理にかなったものなのかどうかは、私にはわからない。けど間違いなく、相手の意表を突いたようだった。
攻撃態勢だったヘルトは攻撃を中断し、一旦横にステップして、飛んでくる盾をよけた。けれどもマービンは、盾を投げながら、同時に前に出ていた。そしてヘルトが攻勢を緩めたわずかな隙に、右手で持っていた剣を両手に握り直し、大上段に振り上げていた。対するヘルトも瞬時に体勢を立て直して、迎撃の剣を振るった。
ガキン、と大きな金属音が場内に響き、一本の剣が宙に舞った。少し遅れて、一体の鎧が仰向けに倒れこんだ。左手で、右の肩を押さえている。教師の一人が右手を掲げて、宣言した。
「勝負あり! それまで!」
立っていたのは、マービンだった。
「おお、やったなマービン! 盾を放り投げた時には驚いたが、両手持ちの大剣を片手剣で弾き飛ばすとは、たいしたパワーだ。以前からパワーはあるやつだったが、あそこまでとは思わなかったぞ。今日のために、よっぽどトレーニングを積んでいたんだろう。これで王城の騎士に採用されるのは、まず間違いないな!」
「マービン……」
大喜びのトライデンの隣で、リリーは感極まったように小さくつぶやいた。その目には、涙がにじんでいる。それを見たトライデンは、あっ、しまった、という顔つきになって、
「あ、すまん。こんなにはしゃいじまって……リリーは卒業後は田舎に帰って、薬師になるんだったな。王城の騎士になったら、マービンは王都住まいだ。もしもこの試合で負けていれば、リリーと一緒に、故郷で騎士になる道もあったんだよな」
「ううん、あいつが勝ったのはうれしいよ。それが、あいつが望んだ道なんだもん。それはわかってる。だけど、なんだかちょっと、泣けてきちゃって……」
そう言ったとたん、リリーはぽろぽろと大粒の涙を流し始めた。その目は、マービンの姿を焼き付けようとするかのように、しっかりと見開かれている。そんな彼女の姿に、トライデンは「そ、そうか。その、俺、こういう時はなんて言ったらいいのか……」と、ただおろおろしていた。
どうやら、マービンとリリーは幼なじみの恋人同士という関係だったらしい。けどたった今、卒業後の進路が別れてしまったんだ。
高校時代の先輩から聞いた話だと、こういうのってたいていは関係がだんだんうやむやになってきて、最後には別れてしまうんだそうだ。元の世界での話だけどね。けど、交通網や連絡手段の発達した日本でもそうなんだから、こっちではなおのこと、遠距離恋愛は難しいんだろう。
いやもしかしたら、「遠距離恋愛」なんて言葉自体が無くて、別の街に行く、イコールお別れ、なのかもしれないなあ……。
武芸場では、まだ今の試合の名残が残っていた。勝ったマービンは立ちつくしたままだし、負けたヘルトの方も、上体は起こしたももの、まだ立ち上がってはいない。けど、彼らの周囲は早くも、次の試合の準備に移っていた。
先生たちは次の試合に臨むらしい学生に声をかけ、試合待ちの学生や見物の学生たちの顔ぶれも、何人かが入れ替わっている。そういえばコンラッドとかいうやつ、マービンの試合結果を見届けると、なぜか満足そうにうなずきながら、武芸場を出ていったな。トライデンには声もかけずに。あいつ、いったい何しに来たんだろう。
先生の一人が、早く立ちなさい、とヘルトに声をかけた。ヘルトもようやく兜を外し、立ち上がろうした。マービンの剣は肩口に当たっていたけど、鎧の上だったから、ケガはしていないはず。今までは、試合の結果に呆然としていたんだろうね。
けど、ヘルトが動くのと同時に、またもや大きな声が響いた。
「ぐ……ぐわぁぁぁ!」
今回もまた、声の主はマービンだった。
マービンは奇声を上げながら剣を振り上げ、ヘルトに向かって突進していった。声といい行動といい、明らかに尋常な様子ではない。まさか、倒れてる相手に、切りつけたりはしないよね? けれど、私は気がついてしまった。試合が始まった後は忘れてしまっていたあの違和感、魔力の「濁り」のようなものが、再び強烈に感じ取れるようになったことに。これってもしや……。
「マービン!」
「馬鹿野郎、止めろ!」
リリーが悲鳴を上げ、トライデンは叫ぶと同時に武芸場に駆け出していった。
マービンを止めようとしたんだろうけど、とうてい間に合いそうにない。ただ、近くにいた剣術の先生の動きはさすがだった。完全な不意打ちだったはずなのに素早く反応して、マービンにすっと近づき、横から一閃を浴びせた。切りつけた先は、彼が持っていた剣だ。きれいな金属音が響いて、マービンの剣が手を離れた。
一瞬、マービンがたじろいだところに、トライデンが飛びついた。背後からマービンを羽交い締めにする。が、それでもマービンは暴れ出そうとして、遅れてかけつけた先生や学生たちと揉み合いになった。その光景を見ながら、私は聖女としての訓練を思い出していた。そうだ。この魔力の乱れ、濁りは、何かに似てる。あれは確か……。
「<差異はおのれの概念を見いだす
そしておのれの直感を見いだす
すなわち差異的、すなわち微分、すなわち比のために
差異は自ずから消え去る>」
私は呪文を詠唱しながら、小走りに人だかりの元へ駆けつけた。そして詠唱を終えると共に、状態異常を回復させる魔法を発動した。
「……<キュア>!」
マービンの頭の前に、小さな光が灯った。それは彼がかぶった兜の中へ入りこみ、一瞬、兜の中からわずかな光が漏れた。
光が消えると同時に、マービンはがっくりとうなだれ、そして全身の力が抜けたように、前のめりに倒れ込んだ。




