15 試験の観戦
と言うわけで、私たちは再び学園へと向かった。二回目と言うことで、今度は門番もすんなりと通してくれた。ただ、今日は約束をしていなかったこともあって、学長は不在だった。もう少ししたら帰ってくるらしいけど、それまでどうしよう。学内の見学でもして、待っていようか……。
などと話しながら校内を歩いていると、途中の廊下でトライデンを見つけた。
「あ、でん──じゃなくて、ジークじゃないか。どうしたんで──だ?」
途中からしどろもどろになりながらも、トライデンが話しかけてきた。「殿下」「どうしたんですか」と言おうとしたんだろう。お忍びの旅なので殿下呼びも本名呼びも禁止、敬語のたぐいも使わないで、と昨日の話し合いで決めてあったんだけど、すぐには直らないみたいだね。あ、もちろん、「聖女様」呼びも禁止です。
「学長に、少し聞きたいことがあってな。トライデンはどうしてここに? 旅の準備は終わったのか?」
「はい──じゃなくて、ああ。授業や試験で護衛の仕事に加えてもらったりするから、旅支度なんて慣れたもんだよ。ここに来たのは、ちょっと見ておきたい試合があったからだ」
「試合?」
「試合というか、卒業試験だけどな」
そろそろ試合の時刻だというので、会場の武芸場へ一緒に付いていくことにした。こっちもちょうど、暇になったところだったし。
トライデンによると、騎士課程の卒業試験には、ペーパーテストの他に学生同士の試合があるのだそうだ。そういえばコンラッドとかいうやつも、そんなことを話してたっけ。そして、やはり騎士ということで、試合の結果のほうが重視されるらしい。
もちろん、これ以前に十分な成績を残していれば、卒業試験の結果には関係なく、文句なしで騎士に採用される。けど、採用されるかどうかぎりぎりの人にとっては、かなり重要な試合になる。試合に勝った人は採用、負けた人は不採用、なんてことがありえるし、実際にあったりする。
そんなボーダーライン上にいる学生の一人にトライデンの友人がいて、そして今日が、その学生の卒業試合の日なんだそうだ。
「出発を明日にしてもらったのは、準備のこともあったが、この試合を見届けておきたかったからなんだ。俺の勝手な都合を押しつけてしまって、すまなかった」
「いや、構わないさ。君を急に学園から連れ出すことになったのは、私たちの都合だからな」
「そう言ってもらうと助かりま──助かる」
武芸場というのは、四方を校舎の建物に囲まれた、小さめの運動場のような場所だった。その真ん中に、全身鎧を身につけた人が二人、向かい合って立っていた。二人とも、大きく息を弾ませている。どうやら、たった今試合を終えたばかりらしい。
武芸場には、他にも何人かの人が集まっていた。数人はやはり全身鎧の姿だったけど、こちらはまだ兜をかぶっていなかった。うち二人は歳がけっこう上に見えたから、審判や採点のため、試合に立ち会う教師かな。残りは、この後で試合をする学生なんだろう。鎧を着ていない人は全員が制服姿で、試合を見に来た学生たちらしかった。
私たちが近づくと、制服の二人がこっちに気がついた。うち一人は昨日も会ったコンラッドで、彼はこちらを一瞥すると鼻をフンと鳴らし、すぐによそを向いてしまった。もう一人は知らない女の子で、彼女はトライデンに気がつくと、こっちこっち、と細かく手を振った。
「トライデン、何してたの!」
「すまん、リリー。遅くなった。マービンの試合は?」
「ぎりぎり間に合ったよ。ちょうど今、前の試合が終わったところ」
トライデンはリリーと呼んだ女学生の横に立った。私たちもその隣に並んで、武芸場の中央に視線を向ける。視線の先では、試合をする学生の入れ替えが行われていて、新しく入った二人が中央に進んで、脇に抱えていた兜をかぶろうとしているところだった。
そうして近くに立ってみると、試合をする二人にはけっこうな身長差があった。大きい方は2mを越えていそうなのに、小さい方は騎士にしてはちょっと小柄で、170センチに行かないくらい。ただ、顔つきだけでいうと、小さい方が目をぎらつかせて闘志をみなぎらせているのに対して、大きい方は気弱そうなタイプにも見えた。
あれ、ちょっと待って。
兜をかぶる直前、大きい方の人が口に手を当てたよ。で、その後でのどが動いてた。今、なにかを飲み込んだような……?
でも、誰も何も言わずに、そのまま準備が進んでいく。大きい方は盾と片手剣、小さい方は両手剣を使うみたい。双方装備を調え、武器を構えて、いよいよ試合が始まった。
「では、これより騎士課程卒業試験として、マービンとヘルトの一戦をとり行う。双方、準備はいいな。では……始め!」
「オラァァァァァ!」
教師の初めの合図と共に、小さい方の鎧がすごい勢いで突進し、怒号と共に剣を振り下ろした。大きい方は動きが1テンポ遅れたように見えたけど、何とか盾を合わせて、攻撃を防ぐ。が、小さい方は攻勢を止めようとせず、素早い連撃を繰り出していった。この光景に、リリーが悲鳴を上げた。
「危ない、マービン!」
「くそ、マービンの悪い癖が出たな。持ち前の性格ってやつなのか、あいつは試合が始まってもどこかのんびりしていて、いっつも後手を引いちまうんだ。
それでもたいていのやつには体格で圧倒できるから、今までは五分以上で勝てていたが、今日は卒業後の進路がかかった大一番だからな。相手もいつも以上に必死だぞ」
トライデンが答える。どうやら大きい方が友人のマービン、小さい方が対戦相手のヘルトらしい。そしてトライデンの言葉通り、ヘルトは上、横、そして突きと、様々な手段で次々と攻撃を加えていった。
それでも、マービンはその猛攻をしのぎ続けていた。守勢一方になってるけど、このまま守りを固めて相手が疲れたところで反撃すれば、勝てるんじゃない? なんて素人考えをしていると、トライデンがまたつぶやいた。
「まずいな……」
「これってまずいん? 確かに攻め込まれてはいるけど、一本も当たってないやん」
「それはそうなんだが、ある程度の時間が経ったら、試合を止められちまうんだ。このまま試合が終われば、間違いなくヘルトの優勢と判定されるだろう。ヘルトのやつ、判定勝ちを狙ってやがるな」
ああ、この試験って、一本とるまで終わらないわけじゃないのか。
確かに、もしも今試合が終わったら、攻撃している側の勝ちになってしまいそう。問題は、最後まで今の攻勢を続けられるかどうか、なんだけど、最初からこれを狙っていたとしたら、相手は剣の技術どうこうではなく、とにかくスタミナ重視の訓練を重ねてきたのかもしれない。
その後も、ヘルトの攻撃、マービンの防御は続いた。さすがにヘルトの剣のスピードは落ちてきたように思えるけど、マービンが攻勢に転じることも、まだできていなかった。あ。教師の一人が、もう一人に目線を送ってる。送られた方は、ほんの少しだけうなずきを返していた。これ、そろそろちょっとまずいんじゃない?
ところがこの時、事件が起きた。




