14 奇妙な噂
ハイラインと自己紹介した男は、続けて、
「ところでお客様、先ほどから、ずいぶんと時間をかけて店内をご覧になっておられるようですが、何かお探しでしょうか?」
「あ、いや。お探しってわけでもないんやけどな。さっき下着は買うたから、上に着る服で何かいいもんはないかな、と思うて」
そう答えながら、私は改めて自分の格好を見た。マントにズボンに帽子という、魔導師ジョブの冒険者の格好で、ちょっと見には男なのか女なのかわからない。まあ、普通なら男女の違いがないなんてことはないんだけれど、私の場合はそれが控えめっていうか、なんていうか……要するに、バストのあたりね。
女魔導師の先生には「戦いには、その方が便利なんですよ」なんて言われたけどねえ。持つものには、持たざるものの気持ちなんてわからんのですよ。
ちなみに冒険者の場合、女性でもズボンをはくのが普通だ。その方が、動きやすいからね。見てくれよりも自分の命の方が大事だから、まあ当然でしょう。冒険者以外でも、街中ではロングスカートの人がいるけど、田舎だとあんまりいないかなあ……ロングでないスカートは、私は見たことがない。暑い地域に行ったら、少しはいるのかな。
まあそういったわけで、魔導師ジョブの人が着る服で、見るからに女性を感じさせるような品はないかなあ、なんて思って探してたんだ。
それにしても、そんなに時間をかけてたっけ? この世界、信頼できる腕時計なんてないからね。大雑把な時間がわかる時計もどきはあるけど、あれって太陽を見た方がよっぽど正確に時刻がわかる、程度の代物だ。太陽の見えないところ、つまり夜間とか迷宮の中とかで使うものなので、その程度でもいいらしいけど。
あ、そうか。それでジークは、店から出て行ったのか。私があんまり長い時間、店内をうろついてたので、待ち疲れてしまって。ちょっと、悪いことしちゃったかな……と、私が一人で納得していると、ハイラインはにっこりと笑みを浮かべて、
「そうですか。ではよろしければ、私の方から、お客様にお似合いのお品を提案させて頂きましょうか?」
「え? いや、そこまでしてもらわんでも──」
私の断りの台詞も聞かずに、ハイラインは商品棚の方へ向かってしまった。しばらくして戻ってきた店長さんは、腕に抱えた服を、近くにあったテーブルに並べていった。私はそのラインナップを見て、思わず一歩退いた。
いやー、ないわーこれ。
出てきたのは、お城のメイドさんが着るタイプでは絶対にないフリルがたくさん着いてミニスカートのメイド服カチューシャ付き、金銀の糸で派手な刺繍の入った真紅のチャイナドレス深めのスリット入り、それからどういうわけか、昔の日本の女子高生が体育の時間に来ていた服たしかブルマーとかいう名前のセクハラ体操着……。
さすがに、これは引いてしまう。女性っぽいものがほしいとは思ってたけど、これはちょっと、路線が違うんじゃないだろうか?
ああ、ミニスカート、こんなところにあったのか。って言うか、ブルマーってなによ。この世界に、どうしてこんなものがあるの?
そうか。召喚なんてものがあるんだから、かつての召喚者が、こんな文化を持ち込んだ可能性もあるのか。そしてその文化が、数は少ないかもしれないけど、一部に熱狂的な信者を産んだとしたら? それが時代を超えて受け継がれていき、その信者の中に、よりによって洋服店の店長がいたとしたら……?
ちょっと現実逃避的にそんなことを考えていると、一度引っ込んだハイラインが再び服を抱えて戻ってきた。そこには、花びらみたいな飾りがたくさん着いた真っ黒のドレス、ゴスロリって言うんだっけ、そんなっぽい服も見える。私はあわてて、
「あ、ちょい待ち! えーとな、うちらはこれから、ちょっと約束があってやな。王立学園に寄っていかんといけんのや。悪いけど、服を買うのはまた今度ってことで──」
「そうでしたか。ですが、でしたらここを、学長室とでも思っていただければ──」
「へ? なんでそうなるんや?」
私が問い返すと、ハイラインは服を並べようとする手を止めて、私を見た。
「……いえ、ちょっとした冗談です」
なんて言われたけど、今の言葉のどこが面白いのか、私にはよくわからなかった。うーん、これがこっちの世界のボケの水準だとしたら、ちょっとキツイかも。これなら、さっき出した服がボケだった、のほうが良かったよ。残念ながら、あれは本気だったみたいだけど。
私が微妙な表情を浮かべていると、店長さんは急に真顔に戻って、
「学園と言えば、近頃奇妙な噂が流れていますね」
「奇妙な噂?」
「噂というか、一部は間違いなく事実なのですがね。最近になって、学生が寮や街中で急に暴れ出して、問題を起こすことが頻発しているんですよ。
あの学校は騎士やお抱え魔術師を志望する者だけでなく、冒険者になるつもりで入った学生も多いですから、気性が荒い者も珍しくはありません。ですが、近頃の事件は、ちょっと変わっていましてね。暴れる様が常軌を逸していて、まるで正気を失ったかのような激しさだそうなんです。
取り押さえても強引に暴れ続けるものだから、やむを得ず気を失わせ、その後で調べてみたら学生の両腕が骨折していた、なんてこともあったそうですよ。しかも、そんな事件を起こしたのが、いつもはどちらかといえばおとなしくて、目立たない学生ばかりだそうでして。
そんなことが立て続けに起きているので、あの学校には正気を失わせる呪いがかけられているか、それとも変な魔物でも潜んでいるんじゃないか。そんな噂が流れているんですよ」
「へー。そんなことがあったんか。知らんかった。教えてくれて、おおきに」
私はそそくさと店を出て、ジークと合流した。彼はイライラを越えて、一種の悟りの心境に達していたのだろうか。なんて言うか、表情が抜け落ちたような顔つきで、外に立っていた。でも、ここで普通に話をしたらなんだか怒られそうな気もしたので、私は彼が口を開くよりも早く、さっき聞いたばかりの噂を話してみた。
「……そんなことが起きていたのか」
話を聞き終えたジークは難しい顔でこう言った。
「まあ呪いとか魔物ってところは、ほんまにただの噂みたいやけどね」
「それでも、少し気にはなるな。レイスの一種には、人にとりついて少しずつ魔力を吸い上げ、同時にその人の正気を失わせるものもいると言われている。旅の準備はほぼ終わったことだし、もう一度学園に寄って、話を聞いてみるか」




