12 それってもしかして
戻ってきたエレンは、一本の剣を手にしていた。その鞘には、全体に薄い浮き彫りの飾りが施してあり、柄の部分には、刀身に近い場所に水色の宝石のようなものがはめ込まれている。エレンはソファーに戻ると、剣をトライデンに差し出した。
「では、話がまとまったようなので、我が校を代表してトライデン君に贈り物です。この剣を存分に使って、ジークベルト殿下の旅を守ってあげてください」
「え? これをもらってしまっていいんですか」
「なんやそれ。あ! それってもしかして、聖剣ってやつなん?」
はっとひらめいた私は、思わず声を上げてしまった。異世界で魔王となれば、出てくるのは聖剣だよね! 肝心の勇者が、見当たらないみたいだけど。いや、ここで剣が与えられるってことは、もしかしてトライデンが勇者なの?
けれど学長はおかしそうに笑って、
「いえいえ、それほど素晴らしいものではありません。この学園では、毎年の首席卒業者に、騎士課程の学生には剣を、魔術師課程の学生には杖を贈呈しているんです。トライデン君は今期の首席が確定しているので、予めお渡ししておこうと思いまして。
これは聖剣ではありませんが、少々特殊な剣──一般には魔法剣と呼ばれるものです。使う際、剣に魔力を込めると、刀身が青い光を帯びて格段に切れ味が増します。熟達者になると、その魔力を斬撃として飛ばすことができるそうですよ。トライデン君も、後で試してみてください」
その後も話が続き、明日あさってで旅の準備をして出発は三日後、とだいたいの予定を決めてから、私とジークは学長室を出た。トライデンは、学長と少し話があるらしい。廊下を出たところで、私はジークに尋ねた。
「さっき、殿下に助けてもらった、って彼が言うてたけど、あれは何のことなん?」
「ああ、あれか。私はこの学園で開かれる学園祭に、毎年招待されていてね。そこで行われる剣術大会を、観戦することにしている。その大会で見つけたのが、トライデンだったんだ。一年生の頃から、彼の剣技、特に大盾を使った守りからのカウンター攻撃の才能は、ずば抜けていたな。
ただ、彼は平民出身、しかも貧しい寒村の出ということで、生活費にも困っているらしかったのでね。そのために退学せざるをえなくなるかもしれないと聞いたので、私の個人的な資金で、援助をしてきたんだ。
と言っても、彼と親しく話をしたことなどはなかったから、さきほどはずいぶん緊張をしていたようだったが」
「はー。そんなことがあったんや」
私が感心していると、学長室のドアが開いて、トライデンが出てきた。
「あれ、もうええの?」
「ええ、終わりました」
「学長さんの話って、なんやったの?」
「いえ、聖女様やジークベルト殿下と関係のあることではありません。実は私の友人で、卒業後の進路がまだ固まっていないやつがいまして。卒業試験の結果でどうなるかについて、ちょっとお話を──」
「トライデン!」
そんな話をしていると、後ろから急に大きな声が上がった。振り向くと、学園の制服を着た男子生徒が、少し身をそらし気味にして、腕を組んで立っていた。後ろには、数人の男子学生が付き従っている。
当人はそれなりにいい体つきをしているのだけど、その格好、それから取り巻きっぽいやつを引き連れて立っているところが、いかにも小物な横暴貴族の息子、という感じがした。なんだか面倒ごとの予感がしたので、私は小声でジークに聞いた。
「誰?」
「アベニウス侯爵家の嫡子で、確かコンラッドと言ったか。ああ見えて、剣の腕はなかなかのものだ。前回の剣技大会では、トライデンと決勝で戦っている」
爵位の序列って、この世界でも「公・侯・伯・子・男」なんだよね。と言うよりも、そう並ぶように翻訳されている、が正しいのか。で、そのうちの侯爵家ってことは……あら、意外と小物じゃなかった。
でも決勝で戦ったってことは、そこで負けたってことだよね。優勝は、トライデンだったんだから。それに、ジークも「ああ見えて」って言ってるくらいだから、こっちの世界でも、ああいう態度は小物に見られがちなんだろう。
コンラッドはふんぞり返った体勢のまま、私たちを無視して(横にいるジークが王子であることには、気づいていないみたい)、トライデンに突っかかっていった。
「今度の卒業試験では、おまえとまた対戦することになるだろう。在学期間中、おまえには苦杯をなめさせられてきたが、それも今回で終わりだ。ここで宣言しておこう。最後に勝つのは、おまえごとき平民ではない! 尊き血の系譜を引き継ぐ、この私だ!」
「いえ、俺は今度の試験は──」
「言い訳はいらん! 覚悟しておけ。おまえを破り、卒業生首席の座は、私が守ってみせる!」
言いたいことだけいうと、コンラッドは回れ右をして、去って行った。まわりの取り巻きたちも、馬鹿にしたような視線をこちらに投げつつ、彼に従っていく。その後ろ姿を見送りながら、トライデンがぼそっとつぶやいた。
「……いや、だから俺は、今度の試験は受けないんだっての」




