11 卒業試験は免除です
ギルドを出て次に向かったのは、この街の中心的存在である学園だった。
場所的にも、ハイファン王立学園は街の中央に位置していた。南門から中央通りをまっすぐに進むと、街の中にあるもう一つの門に突き当たる。ここが、学園の中央門だ。門の向こうにある建物は、かなり特徴的な見た目をしていた。背の高い、三つの塔が並んで立っていたんだ。
最も高い中央の塔は、五十メートルくらいあるかもしれない。この世界で見た建物の中では、一番の高層建築かも。屋根はとがっており、途中には展望台のようなふくらみがあって、高さは全く違うけれど、東京スカイツリーを連想させた。
ジークは中央門の警備をしている門番にギルドカードを見せて、「学長と約束がある」と告げた。門番は少し怪しむような表情をしたけど、すぐに確認が取れたらしい。そのまま学園内に通された。
指示された場所に馬車を停め、学園の中を歩いていく。たまにすれ違う学生たちは皆、さっきギルドでも見た紺色の服を身につけていた。建物は石造りで、前の世界の学校とはまったく雰囲気が違うけど、この学生の姿だけは、ああ、ここって学校なんだなあ、と感じさせるものだった。
これも教えられた来客室に入って、ソファーに座って待っていると、しばらくして隣の部屋とをつなぐドアが開いて、一人のおばあさんが入ってきた。真っ白な髪を長く伸ばし、魔術師用の黒いローブを身につけている。おばあさんはジークを見ると、深く頭を下げて、
「ジークベルト殿下、お久しぶりでございます。それから聖女様、初めまして。この学園で学長を務めさせていただいております、エレンと申します」
どうやらこの人は、私とジークの正体を知っているらしい。礼を受けたジークは鷹揚にうなずいて、
「先日の、剣術大会の際にお目にかかって以来になるかな。恒例の大会だが、今年は特に良いものを見せていただいたと思っている。
さて、さっそくですまないが、トライデン君を呼んでもらえるかな」
「承知しております。先ほど呼びに行かせましたので、今しばらくお待ちください」
エレンは恐縮した様子で、また頭を下げた。そして、私たちの対面のソファーに座って、彼女の後から入ってきたメイド姿の若い女性に、客人にお茶を入れるよう指示を出した。四人分の紅茶がテーブルに並べられ、メイドさんが部屋を退出する。そのすぐ後、今度は廊下側のドアがノックされた。
「トライデンです。学長先生が、私とお呼びとうかがいました」
「入りなさい」
ドアが開いて、一人の若い男性が姿を見せた。
2メートルはあるんじゃないかと思えるほどの長身で、がっちりした筋肉質の体。紺色のブレザーを身につけているところをみると、ここの学生らしい。けど、なんていうか、そのブレザーはあんまり似合っていなかった。あまりにも筋肉がつきすぎていて、制服が上下共に、つっぱった感じになってしまっているからだ。
そのマッチョ君は部屋に入ると、ジークを見て驚きの表情を浮かべた。
「失礼しま……え、ジークベルト殿下、ですよね? えーとあの、お久しぶりです。こ、この前の大会では、オレ──いや、私のような者にわざわざ声をかけていただき、あの、なんと言ったらいいか──」
「トライデン君。とりあえず、かけなさい」
エレンに促されて、トライデンは緊張した面持ちのまま、エレンの隣の席に座った。そうして、お茶を飲むよう勧められ、トライデンは機械みたいな動作で、ティーカップを口に運んだ。エレンが改めて私たちの紹介をすると、私が聖女だと知ったトライデンは、お茶を吹き出しそうになっていた。
だけど、二口、三口とお茶を飲むうちに、トライデンも少しは落ち着いてきたようだった。彼がカップを皿に置いたところで、ジークが口を開いた。
「まずは、先日の剣術大会の優勝、改めておめでとう。実に見事な試合だった」
「恐縮です。あの結果は、自分でもできすぎだったと思っています」
「そんなことはあるまい。エレン学長からも、君は常日頃から、他を寄せ付けない圧倒的な剣技を示している、と聞いているよ。
そこでだ。そんな君の腕を見込んで、私から頼みたいことがある。私たちは今から、とある場所へ向けて、ごく少人数での旅をすることになっていてね。ついては君に、私たちの旅に加わってもらいたいのだ」
「え? 殿下と一緒の旅、ですか?
でもオレ──いや私は、まだ学生ですよ。卒業まであと一月ほどは授業がありますし、卒業試験の試合も残っています。それが終わるまでは──」
トライデンはあわてた様子で言ったが、エレンは微笑んで、
「ああ、その点は心配ありません。残りの授業と、それから学年末の卒業試験も、君は免除となります。卒業の際には、君を首席扱いとすることも約束しましょう。遠慮することはありませんよ。君は武芸だけでなく、学問も優秀ですからね。卒業試験を待たずとも、首席は確定していたようなものです」
「試験の免除って、そんなことができるんですか?」
「非常に例外的な措置ではあります。しかし、先ほど殿下は『頼みごと』と言われましたが、実際には非公式な王命と考えてよいでしょう。王命に従ってもらうのですから、その際に生ずる不利益について、少々の例外措置を講ずるのは当然のことです」
「王命、ですか……。その旅というのは、どこへ行くんですか?」
「今はまだ、詳細を話すことはできない。もちろん、君が同行に同意してくれるのなら、内容は教えるがね」
最後の質問には、ジークが答えていた。トライデンはこくこくとうなずき、考える素振りをする。けど、意外に早い時間で、答を返してくれた。
「わかりました。卒業とか首席とかはともかく、オレ──私を助けてくれた殿下からのお頼みです。お断りすることなどできません。喜んで、お供させて頂きます。
それで、出発はいつですか?」
「できるだけ急いで街を出たいところだが、君の方も準備が必要だろう。実は我々も、これから旅の準備を調えなければならないんだ。お恥ずかしい話だが、こういう少人数での移動は、ほとんど経験が無くてね。しかもそれを一人で準備するようなことは、初めてだ。できればそのあたりも、君に教えてもらいたい」
「わかりました。それでは僭越ながら、そのお手伝いもさせて頂きます」
エレンはジークたちの話がまとまったのを見ると、つと立ち上がって、隣の部屋に続くドアを開けた。隣の部屋は、たぶん学長室なんだろう。そして戻ってきた時には、彼女は一本の剣を手にしていた。




