湖に眠る音
第1章よりも少しサスペンス要素が強くなった、そんな感じの仕上がりになっています!
父の謎は深まるまま…そんなドキドキ感をお楽しみください!
夕立が去ったあとの空気は、湿り気を帯びて重たかった。 翌日、宵宮空と霜月亜夜は、倉嶋穂音の案内で郊外の湖へと向かっていた。
湖の名は、御影湖。 観光地から外れたその場所は、地図にも小さくしか載っていない。 しかし、周囲には古びた研究施設の跡が点々と残っていた。
「ここが、父がよく通っていた場所です」 穂音の声は少し震えていた。 湖面は鈍く光り、風もないのに水面がかすかに波立っている。
空はポケットから古いフィルムのコピーを取り出し、指先で照らした。「写真と同じだな。あの桟橋、形も位置も一致してる」
亜夜が双眼鏡を覗き込みながら静かに言う。「桟橋の手前、杭の位置が不自然ね。一本だけ新しい」「新しい?」「他は腐食してるのに、一本だけ鉄がまだ赤く錆びていない」
空は笑みを浮かべた。「じゃあ、行ってみようか。探偵らしいことをしないとね」
三人は湖畔へと降りていく。 草の間を抜けると、木製の桟橋が現れた。板の隙間からは、冷たい水の気配が上がってくる。
空がしゃがみ込み、例の新しい杭を軽く叩いた。 ――カン、カン。 澄んだ音が響く。
「中が空洞だ」「何か、入っているんですか?」穂音が近づく。 空は工具を取り出し、慎重に鉄の蓋をこじ開けた。
中には、小さな筒状のカプセル。 そして、中から出てきたのは――古びた録音テープだった。
「……これ、父の声でしょうか」「多分そうだろうな」 空はカセットを手に取り、慎重に埃を払う。
亜夜が腕時計を見る。「今の時代にカセットを再生できる場所なんて、事務所くらいしかないわね」「じゃあ帰るしかない」 空は軽く笑ったが、その笑みの奥に微かな緊張があった。
――そして、宵月探偵事務所。 夜風が涼しく、窓の外では街灯が淡く光っている。
再生ボタンを押すと、最初に流れたのはノイズ。 ザザ……という音の後、低く落ち着いた男性の声が聞こえた。
「……もしこの録音を聞いているのが、穂音か、宵月を名乗る誰かなら――」
空と亜夜は目を合わせる。 声は確かに、生前の倉嶋教授のものだった。
「私は、“音”を記録する研究をしていた。だが、それは音楽ではない。――“人の声の残響”を捕らえる研究だ」「音は、空間に残る。たとえその人がいなくなっても、声の粒子は消えない。私は、それを“残響記録体”と呼んだ」「……もし、私の死が事故ではないとすれば――」
そこで音声が途切れた。 再生ボタンを押し直しても、ノイズしか流れない。
「事故ではない?」 穂音が震える声でつぶやいた。「父は……殺されたんですか?」
空は腕を組み、ゆっくりと立ち上がる。「まだ断定はできない。でも、彼は“誰かに聞かれている”ことを恐れていた」
「聞かれている?」 亜夜が首を傾げる。「まるで、“音”そのものに監視されているみたいな言い方ね」
そのとき、事務所の照明が一瞬だけ点滅した。 穂音が息をのむ。
次の瞬間――再生機の中のテープが、ひとりでに回転を始めた。 誰も触れていないのに、機械が動く。
「……穂音。逃げなさい。」
父の声が、ノイズの奥から低く響いた。 その声は確かに“今”録音されたような、生々しさを持っていた。
空がゆっくりと機械の電源を抜く。 部屋は静まり返った。
「――やっぱり、“音”は残ってるらしいな」 空の声は静かだが、その瞳には確かな興奮と警戒が入り混じっていた。
亜夜は、机の上に残るテープを見つめた。 ノイズの奥で、まだ何かが囁いているように見えた。
倉嶋穂音の表情は蒼白だった。「父は、何を聞いたんでしょう……?」
窓の外で、風鈴がひとつ、ゆっくりと鳴った。 その音が、まるで答えるように。
――そして、誰も気づかなかった。 録音機の停止ボタンの上に、小さな赤いランプが、まだかすかに灯っていることに。
読んで頂きありがとうございます(*´▽`)
次章は1月15日に投稿予定なので、お楽しみに!




