君の涙
最近、紫苑の体調があまり良くない。学校にもあまり行けなくて、お父さんは「病院に入院させよう」とお母さんと話していた。また、あの遠い所へ行かないといけないのかな。紫苑があまりそこを好きでないのを僕は知っている。案の定、病院に連れて行こうとするお父さんに紫苑は元気をなくした。
「どうしても行かないといけないのかな」
僕以外誰も居ない自室で紫苑が呟いた。とても寂しそうで、哀しそうな顔だ。僕はどうすることも出来なくて、寝台の側で彼を見上げる。
目があった彼が笑った。
でも、それはうれしそうでは無くて、なんだか胸が締め付けられる感じの笑みだ。
「わかったってどうして言ってしまったのかな。本当は行きたくないのに」
病院のことだよね。
知っているよ。紫苑はお父さんとお母さんのために病院に行くって答えたんだよね。
投げ出された手をそっと舌でなでる。大丈夫だよ。
「行きたくない、行きたくないよ。」
紫苑が小さな声で言った。
うん、我慢していたんだよね。本当はそう言いたかったけれど、紫苑のために頑張っているお父さんたちを見てきたから。元気にしてくれようとしているってわかっているから、言えなかった。紫苑は見えすぎるから。
でもね、紫苑。僕になら言っても良いんだよ。何だって聞いてあげる。君のために僕は居るから。
頭を紫苑の膝にのせるようにして目を閉じる。
ねぇ、紫苑。大好きなんだ。本当は駄目だけれど、君が嫌なら病院に行かしたくないって思う。僕は君を直すために何もしてあげられないのに。だからね、せめて僕は君の心に沿っていたい。
僕を撫でる君の手が震えている。
僕はただ寄り添って、その手に鼻を押し付けるようにして大丈夫と伝えることしかできない。
「白雨。嫌だ。もう、嫌なんだ。いつまで続く?いつになったら治るかわからないのにまだ続けるのか。」
震える声。身を裂くような言葉。痛いほどの力が手にこめられる。
紫苑。
「もう、良いからと思ってしまう時があるのが怖い。そんなこと考えたらいけないのに」
僕は、紫苑が何度も入院して、その度に帰って来られないかもと言われていたのを知っているよ。お母さんはその度に泣いていた。お父さんも白くなるほど手を組んで、眠れぬ夜を過ごして来た。それを紫苑は側に居なかったのに知っている。心で感じ取っている。だから、苦しくても頑張って来た。それに、生きるために必要なことだって賢い君は知っていた。
でもね、紫苑。苦しいと感じるのは、嫌だと思うのは間違いじゃないんだ。だって、君の心が叫んでいる。泣いている。
だからね、君自身を否定しないで。
白い頬に溢れる涙をなめとって、呼びかけ続ける。
大丈夫。大丈夫だよ、紫苑。
君自身を責めないで。嫌だって感じて良いんだよ。だって、君の心が壊れてしまうもの。
大丈夫。紫苑。大好きだよ。
その日、僕は何年かぶりに君の腕の中に抱かれて眠った。