僕の家族
僕の一日は結構早い時間帯に始まる。
早朝6時半。寝床から起き上がり1階のキッチンに向かう。キッチンではお母さんが既に着替えて朝食の準備に立っていた。足音に気が付いたお母さんが振り返る。
「おはよう、白ちゃん」
僕は声を掛けてくれたことがうれしくて目を細めた。
僕は玄関にあるいて行って床に落ちた新聞を拾う。そしてそれを持ってダイニングにとって返す。椅子の上に新聞を置いて僕は開いた窓から庭に出る。
朝の清々しい空気が気持ちよくて僕はおおきく伸びをした。あちらこちらあるいてから縁側に座り込む。
暫くしてから背後に人が立ったのが分かった。
「白、おはよう。相変わらず早いな」
穏やかな声はお父さんのものだ。お父さんは僕の頭を撫でてくれる。
僕は室内に戻ると、2階まで歩いていく。目指すは2階の一室。その部屋はきちんと掃除されていて、部屋の主の年齢にしては整然とした印象を受ける。学習机に、本棚、そして寝台。少年らしい青系統の色でまとめられた寝具の中で眠る少年が、僕がこの部屋に来た目的だ。
傍に近寄って布団を撥ね退けるでもなく行儀よく眠る彼を見つめる。寝起きの少し悪い彼が起きる様子は無い。だから、僕はいつものように彼を起こす。控えめに揺すって、呼びかける。
ねぇ、起きて。朝だよ、学校に行くんでしょう。
そろりと瞼が開いて、僕を見上げてくる。眩しげに瞬いた君は、ややして顔を綻ばした。
「おはよう、白」
おはよう、紫苑。今日は調子が良さそうだね。
彼はゆっくりと体を起して寝台から降りる。紫苑は顔を洗うために室外に出る。僕は彼の後ろから付いて行って下に降りる。そして、一足先にお母さんとお父さんが居るダイニングに落ち着く。
お父さんが四角いテーブルの狭い所のうちの一つに座っている。お母さんの席はその右側で、紫苑の席が左側。僕の場所は紫苑の隣。
僕が来たのを合図にお母さんがご飯とお味噌汁をよそいだ。お父さんは開いていた新聞を閉じた。そしたら直ぐに紫苑がやって来て、漸く食事が始まる。
紫苑はゆっくりゆっくり食事する。いつも、お父さんとお母さんが先に食べ終える。二人は紫苑の傍でお茶を飲んだり、片づけを進めたり、外に出る準備をする。そうしながらも紫苑を見守っている。
こうして見ると、この家の朝って紫苑が中心なのかな。
そう言っても別に、お父さんとお母さんが紫苑を甘やかしているわけではない。夕ご飯はお父さんが帰ってからで少し遅い。怒られたりもしている。それに、紫苑は席に着く前に必ず僕のご飯を用意してくれる。自分が食べない時でも僕の分は用意してくれて、自分で用意できない時はお父さんかお母さんに頼んでくれる。紫苑が朝起きるのが一番遅いのは、お母さんとお父さんが紫苑にたくさん休んで欲しいからだと思う。
紫苑は体があまり強くない。学校も他の子のようには行けなくて、よくお家で寝ている。あんまり、お家で休んでいると遠い所ある病院に行ったりもする。だから、お父さんもお母さんも紫苑には一杯休んで元気で居て欲しいのだろう。もちろん、僕もそう思う。僕が毎日起こしに行くから紫苑は一杯眠って良いからね。
紫苑が学校に行く時間だと、制服に着替えた彼の姿で分かった。
送っていくよ、紫苑。
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
「気をつけて行けな」
お父さんとお母さんに見送られ出掛ける。紫苑が通うのは中学校だったかな。家からあまり離れていない場所にある。学校の近くまで紫苑を送って「またね」のあいさつをして、別れる。歩いて家に帰る途中、紫苑の友達が声をかけてくれる。
紫苑、友達多いよね。みんな、友達?
声をかけてくれるのはうれしいけど遅刻じゃないかな。もう、お家に着くから。大丈夫かな。
お家に着いたら、玄関に寝そべる。
お父さんが開けてくれるから待っていれば良いんだ。
ドアが開く音がして、鞄を持ったお父さんが出てきた。
「ただいま、白。見送り御苦労さま」
お帰りなさい。お父さんもいってらっしゃい。
お父さんと入れ替わりに家の中に戻る。
「行ってきます。留守番頼むよ、白」
わかった。
お母さんは既に出掛けていて、家の中は静かだ。本当は皆が居ない間は外に出ていても良いのだけど、中で留守番。
僕の名前は白雨。いつもは白って呼ばれている。名前の通り白い短毛の中型犬で10歳ぐらいになる。少し大きめの立った耳と大人しい気性が特徴と言われている。外見的特徴はともかく大人しいのかどうかは、僕にはよくわからないけど。元々飼われていたのは、この羽染家ではなかったのだけれど今では彼らと暮らしている。
僕は家族のいない室内でいつもの場所にうずくまる。大切な人たちが帰って来るまで時間はたっぷりある。ほんの少し目を閉じよう。直ぐに帰ってくるはずだから。