第8話 元素
セシルが能力発現のコツを掴んでから、加速度的にセシルの剣術の練度は上がっていった。
単純な剣の腕だけでなく、剣から衝撃波を放つ。
剣の峰に上から衝撃を加えて威力を増加させる。
相手に衝撃波をぶつけて体勢を崩す等、剣術に能力を様々な形で応用し剣術と能力の併用が可能になっていった。
「能力を剣に乗せる強化技は使えそうか」
訓練の休憩中、ヴァルターが尋ねた。
「剣から衝撃波を飛ばすのとは違うんですか?」
「いや、剣に魔力を纏うことで斬撃自体の威力を上げたり、剣の耐久力を上げる様にできないかということだ」
ヴァルターは一般的な魔力強化についてセシルに説明した。
「剣に衝撃を纏う、ですか? 確かに今まで試していませんでした」
「俺の所感だが、お前の能力は衝撃を放つものではない。未知の物質をぶつけられている感覚に近いな。言うなれば火・風・水・土の四元素のいずれでもない“第五元素”と言うべきか。おそらくその物質を纏った剣なら魔力強化された剣とも打ち合えるはずだ」
ヴァルターから見てセシルの能力は未だに底が見えない。
鍛錬次第ではあるが、その未知の物質で現実には存在し得ない切れ味の剣を作ることだって可能になるだろう。
「わかりました。その第五元素? を剣に留めればいいんですね」
「やってみろ」
セシルは普段、衝撃波として扱っているその“第五元素”を剣の表面に固定するイメージで木剣に力を込める。
一瞬出来たかの様に思えたが、次の瞬間には纏わせた第五元素は四方に飛び散ってしまう。
その一部がセシルの顔に当たり、確かに衝撃波というよりは物質の様に思えた。
「剣術と能力の併用はそろそろ及第点と言ってもいいだろう。後は第五元素による剣の強化ができる様になることだ。しばらく一人で実践してみろ。俺の代わりにベネディクトの補佐をフレデリカがしているが、そろそろ限界だろうからな」
「及第点ってことは、ベネディクトさんの言っていた『剣の扱いのマスター』は間近ってことですか?」
期待を込めてセシルはヴァルターに尋ねる。
「併用が及第点だと言ったんだ。士官学校程度では通用するだろうが、剣術自体はまだまだ未熟と言うほかない。間違ってもガニメデと戦うなどとは考えるなよ」
言い方は厳しかったが、最低限の目標クリアとセシルは判断した。
セシルは最後の課題である魔力強化の鍛錬に取り組むのだった。
第五元素による剣の強化、これが中々の難易度であることをセシルは早々に感じた。
第五元素を木剣の外側を覆う様に纏うとすぐに空気中に霧散してしまうし、逆に木剣の内側に第五元素を注ぎ込むと、木剣が内部から割れてしまう。
元素を込めすぎて刀身が破裂した木剣の柄を眺めてセシルが途方にくれていると、訓練場の端から聞き覚えのある大声が届いた。
「セーシールー! 調子はどっすかー!」
「どうもこうも、見ての通り伸び悩んでるよ」
「ストレス発散に木剣折ってるっすか? 見られたらヴァルターさんに怒られるっす。わたしもよく怒られるっすから、いい謝り方教えてあげるっすよ」
セシルの周囲に散らばった木剣の破片を見て見当違いのことを言うアン。
「そうじゃなくってさ。魔力強化の練習をしてるんだよ。俺の能力を使った特別版の」
「魔力強化の練習でどうして木剣が粉々になるっすか?」
セシルは第五元素の説明を交えながら、木剣の外側を第五元素で覆うと元素が離れていってしまうため、内側から第五元素を込めて強化しようとしていること、その力加減に難儀していることをアンに説明した。
「うーん説明しづらいっすけど、逃げられるなら捕まえればいいっすよ」
「うん? 逃げられる? 捕まえる? いや待てよ。もしかして……外側からなら」
アンの言葉にセシルは何か閃いたかの様に思考を巡らせる。
「わたしの言いたいこと、伝わったっすか?」
「多分。これから合ってるか試してみるよ」
セシルは新たな木剣を手に取ると、木剣の外側に第五元素を纏わせる。
纏わせた元素は木剣から離れようとするが、それを新たな第五元素を発生させることで対処する。
つまりセシルがアンの言葉で思いついたのは、木剣から離れようとする第五元素の外側に、更に発生させた第五元素を発生させ続けて押し付けるという手だった。
二度手間ではあるが確かに木剣の周囲に第五元素を固定し、強化することができた。
「おー、なんかいい感じじゃないっすか! もしかしたらわたしって名コーチかもしれないっすねー。月謝はご飯を奢ってくれたらでいいっす」
「ありがとう。飯くらいならいつでも奢るよ」
アンの助言により修行が大きく前進することができ、セシルは改めて礼を言う。
「ご飯の話は約束っすよ。ていうか今から行くっす」
「まあちょっと待ってくれよ。試し切り、見たくないか?」
「あ、それは見たいっすー。じゃ行くっすよ、ほいっす!」
突然アンは予備の木剣をセシルに向かって勢いよく放り投げる。
セシルは咄嗟に飛来する木剣を払いのけた。
払いのけられると同時に木剣は第五元素の塊で打たれ、弾けとんだ。
「すげえっすー! さっすがアン流剣術一番弟子っすねー!」
「おお、弟子になったつもりはないけど、できたな……!」
二人は思わず、勢いよくハイタッチをして喜び合った。
「何がアン流剣術だ。だが一日で魔力強化をモノにするとはな。流石だな、セシル」
「うげっす」
ヴァルターがセシルの持った木剣と、たった今砕けた木剣を交互に見て言った。
だがセシルにとって強化が成功した以上に、それまでセシルを「お前」と呼んでいたヴァルターが初めてセシルのことを名前で呼んだこと。
そちらの方がセシル自身が認められたようで嬉しかった。
「だがそのやり方は『原石』の化け物じみた魔力量があるからこそできる荒技であることを忘れるなよ」
セシルの手元を見てヴァルターは忠告する。
「はい!」
セシルは満面の笑みを浮かべ答えるのだった。
修行の後、セシルがベネディクトに呼び出され執務室へ行くと、机の上に深紅の宝石がはまった金属製の輪があった。
「『原石』としての力が目覚め始めた以上、今後はこの首輪を付けて生活してもらうからね。まあ、魔力を一定の水準まで抑えるものだと思ってくれればいいよ」
「首輪? でも魔力を抑える意味ってなんですか?」
「セシル君が『原石』であることを隠蔽する為だよ。君の魔力は規格外過ぎるから。わざわざ『原石』を見分ける魔導器もあるくらいだからね。何事も用心の為さ。ちなみに、君からは外せないから」
首輪を指に引っ掛けてクルクルと回しながらベネディクトが説明する。
「でもヴァルターさんとの訓練では正直なところ、その魔力量に甘えた様な立ち回りをしていたんですが大丈夫でしょうか?」
「心配いらないよ。首輪の方はフレデリカの様な潜在的魔力量の多い魔術師と思わせるように、ギリギリの調整をしてある。よっぽどのことがない限り魔力切れを起こすことはないし『原石』だと露呈することはないはずだ。支援部隊の技術部の推測では、おそらく、理論上、かなりの確率で、大丈夫だと思う」
セシルの疑問にベネディクトが答えるが、余りに歯切れの悪い回答にセシルは困惑するばかりだ。
士官学校の敷地内で欠陥が見つかっては大変だ。そう思いセシルは早速首輪をはめてみる。
「ん……。確かに問題なく能力は使えそうです」
「そうかい。改めてようこそ『特務騎士団』に」
こうしてセシルは正式に、特務騎士団所属の魔術師として認められたのだ。
巻き付いた金属製の首輪の重みに、セシルは特務騎士としての責任を感じるのだった。