第6話 剣術
編入初日の夜。部屋を抜け出すと、特務騎士団副司令ヴァルターが騎士団の訓練場で待ち構えていた。
「あの、これからしばらくの間よろしくお願いいたします」
「しばらくで済むかはお前の上達次第だ」
厳しい訓練になるだろう。ヴァルターは本気でセシルに剣をモノにさせるつもりだった。
「とにかく時間が惜しい。それで俺に打ち込んで来い。殺すつもりでな」
ヴァルターは鞘に入った剣をセシルへ投げて寄越す。恐る恐るセシルが鞘から剣を抜くと、刃引きのされていない真剣だった。
「騎士団でも採用している一般的な剣だ」
セシルは初めて手にする本物の剣の重みを手に感じ取る。
「でも、ヴァルターさんの武器は?」
ヴァルターの足元に置いてあった木剣を見てセシルが問いかける。
「これでいい。それとも俺が真剣を使った方が安心か? 慢心だな。無駄に痛い目を見ることになるだけだぞ」
「慢心というか、万が一があるかもしれないじゃないですか」
ヴァルターは返事をせず、木剣を手にした。
「早く打ってこい。こちらからいっても構わんのだぞ」
どうにでもなれ、とセシルは思い切りヴァルターへ斬りかかった。
次の瞬間セシルの剣は折れ、折れた刃が宙を舞って地面へと突き刺さった。
セシルの斬撃をヴァルターは瞬時に魔力強化した木剣で受け、逆に叩き折ったのだ。
「仮に万が一があってもお前程度の相手なら容易に対処できる。次からはこれも使わん」
絶句するセシルを見据えながらヴァルターは木剣を放り捨て、次の剣をセシルへ投げ渡した。
打ち合った際の衝撃が手や腕にビリビリと残り、セシルは剣を取り落としてしまう。
「あまり剣を無駄にするなよ。お前に使える時間も予算にも限りがあるからな」
訓練は短い休憩を挟んだ以外、夜明けまでぶっ通しで続いた。
「今日はここまでだ」
それを聞いてセシルは訓練場に倒れ込んだ。セシルの剣は最初の木剣の一件以降、ヴァルターにかすりすらしなかった。
「構え、剣の振り方、踏み込み方、その他全て自分に合う形を見つけろ。お前は通常の魔導騎士になるわけではないからな。型通りの剣術を体得するのは得策ではない」
「はい……」
息も絶え絶えにセシルが返事を絞り出し答える。ヴァルターは既にセシルに背を向け訓練場を後にしようとしていた。
セシルは寝ぼけまなこのフレデリカから最低限の治療を受け、“アカデミー”へと戻った。
引き続き剣術訓練に臨むセシルであったが、訓練内容は前日と同じ「避けるヴァルターに斬りかかり続ける」というもの。
それが一週間続くと次の週からようやく木剣を使った打ち合いになった。
身体に直接打ち込まれはしないもののヴァルターの一撃は重い。
打ち合う度に手は痺れるし、大振りを咄嗟に防ぐと身体ごと吹っ飛ばされ生傷が絶えなかった。
そして訓練内容が大きく変わったのは三週間目からだった。
「お前、『開花』で得た能力と剣の併用はできるか?」
「わかりません。能力は使うなとベネディクトさんに言われているので」
「そうだろうな。『原石』の能力は通常の魔術法則からかけ離れたものだ。観察眼に優れた者なら一目見ただけでお前の正体を暴くだろう。だが、今回は副司令権限で俺相手であれば使っていいこととする」
「はい。能力の訓練は剣術と同時並行。つまりは実戦形式で覚えるということですね」
「少しはわかってきたじゃないか」
そうはいったものの、セシルはそれまで能力の行使は禁じられていたし、未だにガニメデを撃退したときの記憶は未だに戻っていなかった。
ただでさえヴァルターとの打ち合いは神経をすり減らすような集中力を必要とする。
そんな中、打ち合いながら自分の能力を引き出すといった器用な真似ができるだろうか。セシルは思案する。
「今回からは当てに行くぞ」
慣れてきた木剣での訓練も思考を「開花」前後の記憶を思い出すことに割かれることで集中力が削がれ、これまではなんとか捌けていた様な打撃に何度も叩き伏せられる。
「もう終わりか?」
地面に倒れ伏すセシルへヴァルターが告げる。もう十度ほどは殴り倒されただろうか。
「いえ、まだお願いします」
木剣で身体を支えながら立ち上がると、セシルはヴァルターに訓練の続行を申し込んだ。
セシルはヴァルターに打ち倒されては立ち上がり、朦朧とした意識で打ち合いながら自身のどこかに潜んでいるはずの能力の在処を模索する。
立っているのがやっとのセシルにヴァルターは容赦なく打ちかかるが、セシルの意地に対してヴァルターの顔に困惑の色が見え始める。
(こいつ、死ぬのが怖くないのか?)
(まだだ。これじゃガニメデ、あいつに勝つための第一歩も踏み出せていない……)
そしてセシルの左側頭部を狙った横薙ぎの打撃、セシルは確かに反応し防御の姿勢を取った。
しかし、セシルがヴァルターの一撃を防いだ瞬間。
セシルの手にしていた木剣が折れた。
辛うじて防御したことで勢いは弱まったものの、それでも尚、並みの人間は殺傷し得る一撃がセシルに襲い掛かる。
ヴァルターの木剣はセシルの頭部すれすれの位置まで迫っていた。
そこまで死が近付いてきてようやく、セシルの能力は再び覚醒したのだった。
セシルを中心とした爆発の様な激しい衝撃波がヴァルターを思い切り吹き飛ばした。訓練場をヴァルターが勢いよく転がっていく。
無意識による防衛本能が発動したのだ。
精も根も尽き果てたセシルはそのまま倒れ、動けないでいた。
だが、今回の訓練で確かにセシルは能力を行使する感覚を掴めた様な気がしたのだった。
「お前、無事か?」
「……はい、生きてます」
ヴァルターが歩み寄ってきた。セシルと打ち合える様に身体を魔力強化していなかった為、右の肘が逆の方向に折れ曲がっていたが、意に介していない様子だ。
「ってヴァルターさんこそ大丈夫ですか!?」
仰向けに倒れたままセシルはヴァルターの身を案ずる。
「フレデリカに診せればいいだけだろう。それよりも今回は記憶を失くしたりしていないだろうな?」
「ええ、何かコツを掴めた様な気がします」
「ベネディクトも無茶を言うと思っていたが、これは本当に一か月で成し遂げてしまうかもしれないな」
セシルは初めてヴァルターが笑みを浮かべたところを見た。
ほんの一瞬ではあったが。
「今日の訓練はもう終わりでいいだろう。医務室へ行くぞ」
「俺はもう少しこのまま寝ていたいですね……」
セシルは明るくなり始めた空を見上げながら答えた。
身体から力が抜けて起き上がれないのも理由としてあったが、この達成感にもうしばらく浸っていたい気持ちもあった。
「そうか、また明日な」
ヴァルターはその場を後にしたが、セシルはそのまま訓練場で眠り始めてしまった。
数時間後、セシルは全身の痛みで目を覚ますと、医務室へ行くどころか痛みで起き上がれないことに気付いた。
ヴァルターと打ち合っていたときは興奮していて気にならなかったが、身体中痛まないところなどないほどに全身がボロボロになっている。
「誰かー! いませんかー!」
セシルが能力を発現できた際、それを間近で目撃する者が出ない様にここ何週間か訓練場自体が人払いされていることをセシルは知る由もなかった。
大声を出すと身体に響き、痛みが増すのでセシルは助けを呼ぶことを諦めた。
その日は休校日だったし、どうせ夜にはヴァルターがまたやってくるのだ。
前日と同じボロボロのまま訓練場で倒れているセシルを見てヴァルターは怒るだろうか、呆れるだろうか。
(でも、ヴァルターさんって喜怒哀楽の怒以外はあんまり想像付かないよなあ)
セシルは痛みを紛らわす為、どうでもいいことを考えていた。すると突然上から覗き込むように、セシルに救いの手を差し伸べるクラリッサが現れたのだった。
「おいおーいセシルー? 生きてるー?」